学位論文要旨



No 121829
著者(漢字) 杵淵,郁也
著者(英字)
著者(カナ) キネフチ,イクヤ
標題(和) 分子線法によるシリコン表面の酸化反応機構の解析
標題(洋)
報告番号 121829
報告番号 甲21829
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6359号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 加藤,孝久
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

 半導体素子の微細化に伴って,製膜プロセスにおいてより精密な寸法制御が求められている.また,微細構造は熱損傷を受けやすいため,プロセスの低温化も同時に必要とされている.これらの課題を実現するためには表面反応の制御技術が重要であり,詳細な反応機構,とりわけ反応の動的過程に関する理解が不可欠である.

 特にシリコン表面の酸化反応は,ゲート絶縁膜の製造過程として工学的に重要な反応であり,基礎・応用の両側面からこれまでにも多くの研究がなされてきた.近年,西口ら(1)は,高濃度オゾン雰囲気下では酸化膜の成長速度が著しく増加し,プロセス温度を200〜500K下げても従来の酸素雰囲気下での熱酸化と同等の成長速度が得られることを示した.

 しかし従来の研究(1-6)では,気相におけるオゾンの分解反応が顕著に起こる実験系で測定を行っており,シリコン表面まで到達するオゾンの濃度が反応容器形状などの装置特有の事情により変化してしまうため,反応条件が明らかでないという問題があった.このため,オゾンによる酸化膜の成長速度は報告によって大きくばらついている.また,反応機構に関しても,加熱されたシリコン表面上でオゾンが熱分解することにより生じた酸素原子が反応を促進していると考えられてはいるが,詳細は明らかになっていない.

 今後,効率的なプロセス設計を実現するためには,反応機構の詳細を理解することが必要不可欠である.そこで本論文では,オゾンガスによるシリコン表面の酸化反応について,分子線法を用いた解析を行った.超高真空中に保持された試料表面に分子線としてオゾンを供給することで,気相反応の影響を排除した測定が実現できるので,表面反応過程のみを明確に捉えることが可能となった.

2. 昇温脱離分析法による初期酸化過程の解析

 オゾンによるシリコン表面の初期酸化過程を調べるために,シリコン(100)清浄表面に対して分子線の照射により酸化を行い,生成された表面酸化層を昇温脱離分析法により解析した.実験に用いた清浄表面は,RCA洗浄を行った試料を超高真空中で約1000℃まで加熱して表面の酸化膜を除去することにより用意した.分子線照射時の表面温度は400℃である.試料表面の酸化にはオゾン/酸素混合ガス分子線(オゾン濃度5.1%)を用いた.さらに比較のために,純酸素分子線による測定も行った.

 分子線照射後の表面を一定速度で昇温すると,酸化層が熱分解することで生成されるSiO分子の脱離スペクトルが測定できる.得られた脱離スペクトルから酸素被覆率と表面酸化層の構造を評価した.

 本論文で測定を行った酸素被覆率3ML(2×10(13) atoms/cm2)未満の表面では,分子線照射時間に対する酸素被覆率の増加は修正ラングミュア型吸着式に従った.吸着曲線の傾きから初期吸着確率を求めると,酸素被覆率が0の表面にはオゾン1分子の衝突に対して酸素原子が1個表面に吸着することが分かった.酸素原子の初期吸着確率がほぼ1であるという報告(7)を考慮すると,表面に入射したオゾンはほぼ全て酸素原子と酸素分子に解離しており,酸素原子はシリコン表面の反応サイトに結合するが,他方の酸素分子は大半が表面と反応せずに脱離すると結論される.

 オゾンにより酸化された表面の脱離スペクトルは,酸素分子により酸化された同被覆率の表面と比べて高いピーク温度を示した.従って,オゾンを用いて酸化した表面はより安定な結合状態を取ることが分かった.第一原理計算(8)によると,酸素分子が解離吸着する際の反応障壁は,ダイマーの架橋位置には存在せず,ダイマーのバックボンドサイトには0.8eV,さらに1層下のサブサーフェスバックボンドには2.4eVである.このため酸素分子線により表面を酸化したときには,酸化される反応サイトはダイマーの架橋位置とバックボンドが主となる.これに対してオゾンの場合には,表面で生じた酸素原子が大きな反応障壁無しにサブサーフェスバックボンドまで酸化することができるため,より安定な構造が形成される.

 表面酸化層の構造についてさらに詳細に評価を行うために,脱離スペクトルから脱離の反応速度を求めた.その結果,SiO分子の脱離は1次反応であり,反応速度はおおむねアレニウス式に従うことが確認された.しかし,活性化エネルギーと頻度因子は見掛け上,初期酸素被覆率に依存して大きく変化する.このような脱離速度の振る舞いを説明するために,次のような反応モデルを提案した.シリコン表面の初期酸化は島状に進む(9)ことを考慮に入れ,SiO分子の脱離が島の縁の部分から起こると仮定する.すると,全吸着原子のうち脱離反応に寄与できる原子の割合は,表面の被覆率に依存して変化する.SiO脱離素反応の反応速度は被覆率によらず,1組の活性化エネルギーと頻度因子によるアレニウス式で表されるものとする.以上のモデルにより,実験で見られた脱離速度の被覆率依存性が再現できた.

3. 分子線散乱測定によるアクティブ酸化反応機構の解析

 表面温度が高いときには,分子線の入射により生じた酸化物の寿命は非常に短く,速やかにSiO分子として脱離する.このような酸化形態はアクティブ酸化と呼ばれる.アクティブ酸化では表面の酸素原子被覆率が非常に低い状態に保たれるため,シリコン原子が露出した表面とオゾンとの相互作用を調べることが可能である.

 本研究では,高濃度オゾン分子線(オゾン濃度約60%のオゾン/酸素混合ガスをヘリウムで希釈)を温度1033-1153Kのシリコン表面に照射して測定を行った.分子線を回転式チョッパーにより変調した際のSiO分子脱離量の時間変化を調べることで,表面反応の動的過程を解析することができる.

 分子線の変調に含まれない周波数成分はSiO分子の測定信号においてノイズレベルとなっており,表面反応機構が線形システムで表されることが確認できた.表面伝達関数の周波数特性から,高濃度オゾン分子線によるシリコン表面のアクティブ酸化反応は,酸素分子線による反応の場合と同様に2段階1次反応機構となっていることが示された.速い反応速度は分子の吸着から脱離前駆体生成までの1段目の反応過程に,遅い反応速度は脱離前駆体からSiO分子が脱離する2段目の反応過程に対応する.

 2段目の反応速度は,比較的温度が低い場合を除いて,オゾン分子線による反応と酸素分子線による反応でほぼ同一の値となった.従って,いずれの場合にも同じ構造を持つ脱離前駆体が生成されていることが分かる.

 これに対して,1段目の反応過程は酸素分子線の場合と比較して2倍以上速い反応速度で進むことが分かった.入射したオゾンは表面において分解し,酸素原子と酸素分子が生じる.従って,脱離前駆体生成には酸素原子が関与する反応経路と酸素分子が関与する反応経路があり,測定された反応速度はこれら2つの反応経路を平均化したものに対応している.酸素原子によるアクティブ酸化反応では脱離前駆体の生成反応が非常に速く進み,実質的に1段階反応となることが報告されている(7).オゾンによる反応においても,この酸素原子が関わる反応経路により脱離前駆体の生成が促進されている.

 シリコン表面に入射するオゾンの反応確率は,基本的には温度によらず一定である.高濃度オゾン分子線を照射した際のSiO分子生成量は,入射分子線流束あたりで比較すると純酸素分子線の場合の約5倍であり,高い反応性を持つことが確認された.

 表面温度が比較的低い条件では,SiO分子の脱離速度低下に伴って酸素被覆率の時間平均量が増加する.前節の昇温脱離測定からも示唆されるように,酸素被覆率の高い表面では酸素分子の反応確率は大幅に低下する.これに対して,酸素原子の反応確率はそれほど低下しないため,脱離前駆体生成に関して酸素原子が関与する反応経路が支配的となる.従って,1段目の反応速度が表面温度の高いときよりも大きくなる逆転現象が見られる.

4. 結言

オゾンによるシリコン表面の酸化反応について,分子線を用いた実験により反応機構を解析した.昇温脱離分析法と反応性散乱測定の結果から,表面酸化層の成長と熱分解の両方において,オゾンが表面で解離することで生じる酸素原子が反応の形態を大きく変えていることが明らかになった.

参考文献(1) T. Nishiguchi et al., Appl. Phys. Lett., 81 (2002), 2190-2192.(2) T. Nishiguchi et al., Jpn. J. Appl. Phys., 44 (2005), 118-124.(3) Z. Cui et al., J. Electrochem. Soc., 150 (2003), G694-G701.(4) A. Kazor et al., Appl. Phys. Lett., 65 (1994), 412-414.(5) A. Kazor et al., Appl. Phys. Lett., 63 (1993), 2517-2519.(6) S. C. Chao et al., J. Electrochem. Soc., 136 (1989), 2751-2752.(7) J. R. Engstrom et al., Phys. Rev. B, 41 (1990), 1038-1041.(8) K. Kato et al, Phys. Rev. Lett., 80 (1998), 2000-2003; K. Kato et al., Phys. Rev. B, 62 (2000), 15978-15988.(9) T. Engel, Surf. Sci. Rep., 18 (1993), 91-144.
審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,オゾンによるシリコン表面の酸化反応機構を分子線実験により明らかにし,半導体デバイス製造プロセスにおいてオゾンを効率的に利用するための基礎的知見を得ることを目的としている.

 現在,オゾンを用いたシリコン表面の低温酸化反応は,ポリシリコンTFT(Thin Film Transistor)のゲート絶縁膜作成プロセスへの適用が検討されている.ポリシリコンTFTはガラスあるいはプラスチック等の非耐熱性基板上に形成されるため,プロセス温度が200-400℃程度に制限される.オゾンを用いることにより,このような低い温度においても,良質な酸化膜を実用的な反応時間で形成することが可能になると期待されている.プロセス最適化のためには,気体分子-固体表面間相互作用および表面反応過程に関する知見が必要とされている.そこで本研究では,オゾンによるシリコン表面の酸化反応機構について,分子線法を用いた解析を行なった.超高真空中に保持された試料表面に分子線としてオゾンを照射することにより,気相におけるオゾンの分解反応の影響を排除した測定が実現できるので,表面反応過程に関して明確な情報が得られる.

 本論文は,「分子線法によるシリコン表面の酸化反応機構の解析」と題し,全5章からなる.

 第1章は「序論」であり,研究の背景と目的,また過去に行われたシリコン表面の酸化過程に関する研究を挙げ,これらに対する本論文の位置づけを述べている.

 第2章は「研究手法」であり,はじめに本論文において中心的役割を果たす超音速分子線および飛行時間法の理論を述べている.次に,実験装置および実験手順の概要について説明している.最後に,本実験装置により生成される分子線の特性評価を行なっている.

 第3章は「昇温脱離分析による初期酸化過程の解析」であり,オゾンによるシリコン(100)面の初期酸化過程を調べるために,分子線照射により酸化された酸素被覆率が3原子層未満の表面に対して昇温脱離分析法を用いた解析を行なっている.分子線照射時間を変えて作成した多数の酸化表面に対して脱離スペクトルを取得し,吸着特性や表面構造の被覆率依存性を調べることにより,酸化反応機構を検討している.その結果,オゾンを用いて表面を酸化したときには,酸素分子の場合と比較してより深い位置にある反応サイトまで酸素原子が結合できることを明らかにしている.さらに,被覆率増加に伴ってオゾンによる酸化表面が酸素分子による酸化表面と比較してより安定な構造をとるようになる原因を,反応に関与できる反応サイト数の違いから考察している.また,表面酸化層の熱分解は不均一に進み,表面上の酸化領域と非酸化領域の境界における反応素過程が律速になっていることを示している.

 第4章は「分子線散乱測定によるアクティブ酸化反応機構の解析」であり,分子線の変調に対する反応生成分子の脱離量変化を測定することで,表面反応機構の解析を行なっている.オゾンによるシリコン(100)表面のアクティブ酸化反応機構は,入射オゾンとシリコン表面の反応により脱離前駆体が生成される過程と,反応生成分子の脱離過程から成る2段階1次反応となっていることを明らかにしている.入射オゾンは表面において解離して酸素原子を生じており,この酸素原子の関与する反応経路によって,脱離前駆体が生成されるまでの反応時間が酸素分子との反応と比較して短くなっていることを示している.また,入射分子数あたりの反応生成分子の生成量から,オゾンは酸素分子と比較して高い反応性を持つことを確認している.さらに,アクティブ酸化からパッシブ酸化への反応形態の遷移についても考察している.

 第5章は「結論」であり,以上の考察によって明らかになった,オゾンによるシリコン表面の酸化反応機構について,酸素分子による反応機構と比較しながらまとめている.

 先に述べたような背景から,分子線法を用いて,オゾンによるシリコン表面の酸化反応素過程に関する詳細な知見を明らかにしたことの意義は大きい.特に,清浄表面における反応機構から酸化膜の成長機構までを関連付けながら考察しており,非常に優れた論文となっている.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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