No | 121831 | |
著者(漢字) | 宮地,英生 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤチ,ヒデオ | |
標題(和) | 問題解決環境としての可視化システムの開発 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121831 | |
報告番号 | 甲21831 | |
学位授与日 | 2006.09.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6361号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 機械工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 序論 ここで対象とする数値計算や実験の結果をCGで画像化する可視化システムは、1990年頃から市販の汎用システムが登場し、科学技術の発展に大きな貢献を果たしてきた。その間、可視化研究は、1つのデジタルデータを効率的に画像化する方向で発展してきたが、近年、対象となるデータが大規模化するにつれ、表示装置の解像度不足、さらには、人間の理解力の限界という新しい課題が登場し、表示技術だけでは問題の解決が困難になってきた。そこで、今、新しい可視化システムには、試験、表示、認識、議論、決断、再試験といった大きな業務サイクルの効率的な問題解決支援が求められている。 2. 本研究での提案と目的 可視化に関する研究として自動可視化、並列可視化、グリッド可視化など、さまざまな研究が進められているが、1つ1つの適応領域が狭く、限定された分野でしか利用されない。その一因として、可視化に関するデータ構造の規格が無いため、これらの技術を組み合わせて利用範囲を広げることや、市販の可視化システムへ組み込みが難しい事があげられる。そこで、本研究では、これらの可視化技術および、現在市場に流通しているグラフィックスソフトウエアを容易に合成する技術を開発することで、研究の大きな業務サイクルの効率化を支援する可視化システムの開発を目指す。 そのために、本論文では、従来の可視化システムが持つ二種類の処理、計算機が判断する計算処理と人間の判断を容易にするグラフィックス表示処理を分離の分離を提言する。そして、後者の人間が判断する表示処理に目的を絞り、規格化が進んでいるグラフィックスボード関連の情報をインターフェイスとして、既存ソフトウエアを改変することなく表示を合成する「ビジュアルフュージョン」という概念を提案する。 本論文の目的は、それを実現するための技術開発と、それを具体的な可視化の問題に適用し、ビジュアルフュージョンの有効性を示すことにある。 3. 大規模可視化のための画像重畳技術の開発 大規模データに有効な、グラフィックスボード上の画像値とZバッファ値を使った画像重畳による並列可視化システムを開発していたが、可視化業務で大規模なデータだけを扱うわけではない。テストランから本計算まで、研究段階によって異なるデータ規模に対応するスケーラブルな可視化環境が求められていた。そこで、まず、ボリュームレンダリング用のハードウエア画像重畳装置を、汎用的なサーフェイスレンダリングに適用した並列可視化システムを構築し、その有効性と問題点を明らかにした。次に、計算機のメモリ量を超える規模のデータを可視化するためにストリーミング技術を実装し、画像重畳とストリーミング可視化の組み合わせで1台のPCで論理的には無限大のデータを可視化できることを示した。最後に、それにグリッドミドルウエアを組み合わせたシステムを開発し、ストリーミング可視化の高速化を実現した。これら一連の開発と実証試験により、画像重畳によるビジュアルフュージョンが大規模可視化業務に対して柔軟な解決手段を提供できることを示した。 4. 可視化結果のコンテンツ化のための形状復元技術の開発 研究成果を公開することは研究業務の一部となり、それを三次元化するニーズが高まっている。三次元の可視化結果をネットワーク経由でコンテンツとして配信するとき、データリダクションが必要となる。従来、リダクションの圧縮度の指標はオリジナルのデータ精度に対する許容範囲で設定されたが、様々な精度のコンテンツを合成する場合、その指標の決定が困難になる。しかし、ビジュアルフュージョンの概念では、人間の認識度を基準にするので、表示解像度という圧縮指標を与えることができる。本研究では、イメージベースドモデリングの技術を応用し、さまざまな方向から可視化した複数の二次元画像だけから、表示解像度に応じた新しい三次元モデルを再構築する技術を開発し、いくつかのモデルに適用した。本手法で再構築したモデルは、形状とテクスチャでコンテンツを復元する。そのため形状の圧縮効果だけで品質を評価できないので、人間の脳の三次元モデルを使った主観的品質評価を実施した。その結果、同程度の幾何形状の圧縮率では、テクスチャで情報を補完する本手法は優位であることが判った。また、表面の状態に注目する人に対して本手法が有効であることを示唆した。 図1に、三次元の脳モデルを本手法で再構築するプロセスを示す。 5. 可視化システム共有のためのOpenGLフュージョン技術の開発 インターネットが普及し、遠隔の共同研究においてTV会議は日常のツールになりつつある。近未来のコミュニケーション支援として高臨場感通信の研究が盛んに行われており、その中では、可視化結果の共有だけでなく、三次元可視化システム自身の共有が求められる。可視化システムの空間共有では、同一視点で合成する画像重畳ではなく、それぞれの視点での画像表示が必要なため、三次元的なフュージョンが必要となる。本研究では、グラフィックスボードへの命令として業界標準であるOpenGLコマンドをキャプチャして合成する技術を開発し、OpenGLを使った市販の可視化ソフトウエアとデモプログラムを再コンパイルすること無く1つのウインドウに合成することを実現した。また、ネットワークで接続した2台の計算機にそれぞれソフトウエアを動作させ、通信で三次元表示を交換して1つの三次元モデルに合成し、それぞれ独自の視点から観察することもできた。性能評価では、現在の実装において合成表示により描画性能が1/3程度に落ちること、OpenGLコマンドのキャプチャ時に大きなオーバーヘッドがあることを確認した。 図2に魚が泳ぐアニメーションプログラムAtlantisと市販の可視化ソフトウエアMicroAVSをOpenGLフュージョン技術で1つのウインドウに合成した様子を、図3にバーチャルリアリティ空間に、Atlantisとビデオアバタ、CGモデルを合成した例を示す。 6. まとめ 以上の研究により、ビジュアルフュージョンの概念が大規模データ可視化、コンテンツ配信、可視化システム共有などの、可視化における現在、近未来のニーズに対して、有効な解決手段を与える1つの考え方であることが示された。 図1 複数の二次元画像から三次元モデルを復元する処理の概略 図2 Atlantis「魚」と市販ソフトウエアの「地形」を左下のウインドウに合成表示 図3 バーチャルリアリティ空間に複数のソフトウエア表示を合成した様子 | |
審査要旨 | 本論文は,「問題解決環境としての可視化システムの開発」と題して,6章から構成されている. 計算科学は理論・実験に次ぐ第三の方法として,バイオ,デジタルエンジニアリングなどの多くの学術・技術分野における重要な共通技術基盤として期待されている.その中で,計算結果を画像化する可視化技術は,結果の評価や伝達に必須のツールとなっている.近年,計算機の高速化は,マルチフィジックス,マルチスケールの研究を可能にし,ネットワークの高速化は,グリッドコンピューティングや遠隔地コラボレーションのような新しい利用方法を創出している.これに伴い,それらの新しい研究や利用法に応じた新しい可視化システムが必要となるが,可視化ソフトウエアは多数市場に流通しているものの,可視化の共通技術基盤は整備されておらず,プロジェクト毎に,新しい可視化システムのコーディングを余儀なくされている状況にある.そこで,今後の計算科学の発展に可視化システムを効率的に開発する技術基盤の必要性が高まっている. 本論文では,そのような要求に対し,可視化の共通技術基盤として,複数の可視化ソフトウエアに開発を加えることなく,それらの出力画像を三次元的に合成する技術の開発と,それを用いて既存ソフトウエアの組合せによって新しい可視化システムの構築方法について述べている. 第1章では,本研究の背景にある問題解決環境(Problem Solving Environment)の思想を述べ,対話システムでは,入出力の統合で既存ソフトウエアを組合せたシステムの開発が可能であることを示している.特に,人間の認識と判断を支援する表示機能が重要となる可視化システムでは,その出力であるコンピュータグラフィックスを合成することで,複数の可視化ソフトウエアを有機的に統合することが可能となる.その前提に基づき,既存の三次元可視化ソフトウエアに変更を加えること無く,グラフィックス上で合成を行う"ビジュアルフュージョン"という概念を提案し,本研究の目的を,その要素技術開発とプロトタイプ開発に設定している. 第2章では,三次元のデータが画像に変換される可視化の処理過程を説明し,可視化ソフトウエアの最終出力が画像であることを述べ,計算機の高速化による可視化データの大規模化で,その画像の表示装置の解像度不足の問題が顕在化していることを述べている.次に,可視化の研究動向に触れ,そこでは人間の認識や理解へ研究対象が広がり,たくさんの情報を表示しても人間に認識される保証が無いので可視化を自動化する考え方と,表示解像度に応じた情報量に絞ることで対話処理速度を維持し,可視化は人間の判断を支援する立場に撤するという考え方があることを示し,本研究が後者の位置づけであることを示している.最後に,従来の三次元データ合成と,本研究で提案しているグラフィックス合成の違いと特性を述べ,ビジュアルフュージョンの定義と制約を明確にしている. 第3章から第5章は,第2章で定義したビジュアルフュージョンの概念に基づき,可視化システムに求められている3種類の課題を解決するために,3種類のビジュアルフュージョン技術を開発し,それを使ったシステム構築について述べている. 第3章では,大規模可視化の問題を解決するために,既存の可視化ソフトウエアを並列に動作させ,最終出力を画像重畳で合成することで1つの並列可視化システムに構築している.これはグラフィックスボード上のフレームバッファの画像とZバッファの値を利用することで,既存ソフトウエアの改変無しに複数出力画像の3次元的な合成を実現している.ここでは,既存ソフトウエアの外に開発した画像重畳部分の変更で,ハードウエア画像重畳装置への対応,時間方向にも分割するストリーミング可視化,グリッドミドルウエアとの連携,とデータサイズに応じたシステム開発例を実施することで,ビジュアルフュージョンによるシステム開発の柔軟性を示している. 第4章では,複数視点からの2次元画像のシリーズから3次元形状を復元する技術を開発している.これは,通常,実写画像からCGモデルを作成するイメージベースドモデリングの技術をCGに応用した点で興味深い技術である.復元にはフレームバッファの画像しか利用しないので既存ソフトウエアへの改変は全く不要である.入力がCGで出力もCGであることから,不思議な変換に見えるが,これにより,ボリュームレンダリングやレイトレーシングなどZバッファに値を書き込まないソフトウエアも含め,任意のグラフィックス出力から3次元形状が復元できること,複数のモデルを表示解像度に応じた1つの指標でリダクションできる利点がある.また,幾何形状と表面テクスチャに分離することで,可視化結果のように形状は単純だが表面の物理量が重要なモデルに対して有効なリダクションができることを示している.応用分野として3次元コンテンツ作成を取り上げ,脳の3次元モデルを使って,従来のポリゴンリダクション手法と本手法で生成したモデルを比較した主観的品質試験を行い,本手法の特性を論じている. 第5章では,OpenGLライブラリで記述された可視化ソフトウエアを対象として,OpenGLコマンドをキャプチャして,1つのウインドウに合成表示する技術を開発している.既存ソフトウエアに手を加えず,OpenGLのDLLをリプレースすることでコマンドを抜き出す技術は,マルチディスプレイ表示用に開発された技術だが,これを合成に利用した点で新規性がある.3次元のシーンとして合成後に独自の視点を与えることが可能で,この手法はバーチャルリアリティシステムの構築に適している. 第6章は結論として,第3章から第5章で開発した各技術の特性と今後の課題について述べ,ビジュアルフュージョンの概念に関して本論文で得られた成果がまとめられている. 本論文では,グラフィックスの情報だけを利用して複数の3次元出力を合成することで,既存ソフトウエアに手を加えることなく新しいシステムを構築する概念の提案と,具体的な技術開発が報告されている.計算科学の研究において,ソフトウエア開発は必須の作業だが,研究サイクルの効率化には,コーディングやデバッグ作業は無いことが望ましい.人間の認識に焦点をあて,CGの表示だけを合成することで,効率よく新しいシステムを構築する思想は例が無く,今後の可視化システム開発に有意義な指針が示されたといえる.可視化は計算科学に広く関わる必須のツールであることから,本研究の開発技術は計算科学の分野に広く利用できると期待でき,その意義は大きい. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
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