学位論文要旨



No 121832
著者(漢字) 韓,雪
著者(英字) HAN,XUE
著者(カナ) ハン,セツ
標題(和) 超高速射出成形による微細パターン転写成形に関する研究
標題(洋) Transcription Molding of Microscale Patterns Using Ultra-high-speed Injection Molding
報告番号 121832
報告番号 甲21832
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6362号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 川勝,英樹
 東京大学 助教授 新野,俊樹
 東京大学 助教授 土屋,健介
内容要旨 要旨を表示する

1 研究背景と目的

 プラスチックの微細転写技術はITやバイオ技術など様々な分野への応用が広がりつつあり,非常に重要な成形技術となっている.プラスチック成形加工で最も汎用性・生産性の高い技術の射出成形も転写成形の主要な技術であるが,転写成形品形状の微細化と薄肉化・複雑形状化に伴って,低コストを維持しつつ,いかに高い転写性を実現するかが新たな課題となっている.転写性の向上に有効な方法の一つは充填過程での固化層の生成を抑制することで,射出速度を増加させた超高速射出成形技術により高転写率を実現できることが期待された.しかしながら,超高速射出成形による転写成形の研究は,これまでほとんどなされておらず,各種成形因子と転写性との相関についての詳細な系統的研究が必要となっている.

 射出成形における転写成形プロセスについても,これまで充分な解明がなされていない.報告されている転写プロセスのモデルは,いずれも成形品性状の観察ならびに転写形状等の計測結果の評価とそれに基づく推測によるもので,特に微細パターンへの充填過程における樹脂挙動を直接観察した研究は行われていなかった.

さらに,これまで超薄肉成形技術として用いられている超高速射出成形について,従来の汎用射出成形や射出圧縮成形では実現できない新しい転写成形として,高機能・高付加価値の成形技術の可能性を探索することも,先導研究として重要な研究課題である.

 以上の背景に基づき,本論文では以下の3つを研究目的として掲げて研究を行っている.(1)超高速射出成形における各種成形因子の影響を系統的に調査し,超高速射出成形による微細転写技術を確立する.(2)動的可視化手法を通じて射出成形の金型表面における転写プロセスを解明する.(3)転写成形における超高速射出成形の有効性を生かして,二方向同時転写技術を開発する.

2 研究内容

 本論文は,序論と結論の他,「第I部 超高速射出成形による転写成形」に関する3章,「第II部 可視化解析」に関する2章,「第III部 二方向同時転写技術の開発」に関する1章,以上の全8章から構成される.以下,その概要を述べる.

2.1 超高速射出成形による転写成形

 転写成形における超高速射出成形の有効性,及び各種パラメータ,せん断発熱の影響などについて,それぞれ第2章,第3章と第4章で具体的な調査を行った.

 第2章では,超高速射出成形による転写成形の有効性について実証的な検討結果を報告した.ここでは,アクリル樹脂(PMMA)を成形材料とし,頂角90度,ピッチ50μmのプリズムパターンを用いて,射出率100 cm3/s から800 cm3/s(超高速射出条件)までの条件で成形実験を行った.その結果,金型温度80℃,保圧120 MPa, 射出率800 cm3/sで平均転写率0.97を達成し,超高速射出成形の有効性が実証された.また,大きさ150 mm×50 mmの転写面における全面転写の評価を行い,転写成形に及ぼす残留空気・ガスの影響,流動パターンと転写率分布との相関などを具体的に明らかにした.

 第3章では,転写成形における各種因子の影響を詳細に調査した.実験では,ピッチ25μmと100μmのプリズムパターンを用い,各種成形パラメータと金型条件の影響を詳細に検討した.ここでの金型条件とは,キャビティ厚さ,及びプリズム溝の配置方向と溝ピッチを指す.その結果,超高速射出成形による転写成形においては,射出率に加え溝配置方向と金型温度の影響が大きいことが具体的に実証された.また,異なるキャビティ厚さと各種成形条件にて充填過程の樹脂圧力変化を計測し,充填過程での圧力上昇の立ち上がりが転写率に大きな影響をもたらすことも明らかにされた.

 第4章では,超高速射出成形におけるせん断発熱と転写成形との相関を検討した.超高速射出成形では,溶融樹脂の高速流動に伴うせん断発熱により樹脂温度が顕著に向上する.この実験では,まず透明樹脂における赤外線放射温度センサの計測方法について予備実験を行い,透明PMMAと赤外放射温度センサによりキャビティ内での樹脂温度を計測した.これにより,成形機ノズルおよび金型内ゲートにおける発熱効果と転写性との相関を検討した.その結果,樹脂流動における絞り部(ノズルとゲート)でのせん断発熱による温度上昇が確認され,転写成形との相関が明らかにされた.

 以上の結果より,高射出率ほど転写率が向上する要因として,射出率が高くなると,(1) Shear thinning効果に加えて,せん断発熱に起因する樹脂温度の向上により樹脂粘度の著しい低下がもたらされること,(2) 充填時間が短くなり充填過程での冷却が抑制されること,さらに (3) 樹脂粘度の低下にもかかわらず,フロント通過直後のキャビティ内樹脂圧力の立ち上がり速度が増大すること,以上3つの要素があることが示された.

2.2 可視化解析

 第5章では,型内での樹脂流動パターンに及ぼすスタンパー溝の配置方向の影響について可視化手法を用い調査した.第2章で既に樹脂流動パターンと転写性の分布との相関が実証され,第3章では溝配置方向は転写性に大きく影響するが,転写率分布にはほとんど影響しないことが明らかにされている.従って,転写性に及ぼす溝配置方向の影響を解明するには,樹脂流動パターンに及ぼす溝配置方向の影響を調査することが必要となった.この可視化解析の結果,溝ピッチ100μm以下,キャビティ厚さ0.5 mm以上の成形条件では,溝配置方向がキャビティ全体での樹脂流動パターンにほとんど影響しないことが実証された.

 第6章では,スタンパー溝への樹脂充填挙動を動的可視化手法により解明した.前章までの研究では,超高速射出成形による転写成形に及ぼす各種影響因子の影響を実証的に明らかにしてきた.一方,充填,圧縮,保圧過程における転写プロセス,とりわけ充填過程における転写溝への樹脂の充填挙動については,これまで推測の領域にとどまっていた.そのため,溝内部への樹脂充填過程を直接可視化することが強く望まれていた.本可視化研究では,ピッチ100μmと50μmのプリズムパターンのニッケル電鋳スタンパーを用い,長距離顕微鏡を超高速ビデオカメラに取り付けて,溝内部への樹脂充填挙動の直接可視化を実施した.これにより,スタンパー溝への樹脂の充填挙動を観察することに初めて成功し,射出成形の充填過程において,射出率,溝配置方向,キャビティ厚さ,溝ピッチの大きさ,金型温度などの各因子が転写溝内部への樹脂充填挙動にどのような影響を及ぼすかを明らかにした.具体的には,ピッチ100μm のスタンパー,射出率50 cm3/sの成形条件で,充填過程における微細溝への樹脂充填挙動の可視化解析では,キャビティ圧力が単調に増加するものの,スタンパー溝への充填は充填過程のごく初期(2〜3 ms)にほとんど充填が終了していることが明らかになった.また,射出率が高くなるほど,充填過程での溝部への樹脂の充填過程は早い段階で行われ,その充填速度も充填率も高くなることが示された.以上の可視化解析結果と転写実験結果に基づき,射出成形における各種因子の影響を最後にまとめた.

2.3 二方向同時転写技術の開発

 第7章では,二方向同時転写技術について検討した.ここで言う二方向同時転写とは,一つのL型成形品においてその垂直両面上に二つの微細転写面を同時に形成するというもので,これまでの既存の射出成形技術では実現が困難な転写技術である.

 本研究では,超高油圧シリンダを導入することにより,型開閉とサイドブロックの移動を独立に駆動でき,離型時における両転写面の損傷を回避できる二方向同時転写成形の評価用金型を設計・製作した.本評価金型におけるキャビティは,型開き方向のパーティング面に1次転写面を有し,その垂直方向(側面方向)に2次転写面を有する構造となっている.転写実験では,キャビティの直交両面共に大きさ30 mm × 30 mmの 25μmピッチのプリズムパターンを設置し,ポリカーボネート(PC)を用いて超高速射出成形による二方向同時転写の評価を実施した.その結果,本金型システムの設計の妥当性,超高速射出成形による二方向同時転写の可能性が実証された.また,二方向同時転写に及ぼす真空引き,金型温度,溝配置方向,キャビティ厚さなどの影響も具体的に明らかにされた.

3 主な研究成果と今後の課題

 本論文では,転写成形における各種影響因子について系統的な調査と検討を行い,高転写率成形への超高速射出成形技術の適用とその有効性を実証的に明らかにした.また,超高速射出成形条件にて高い転写率を実現できるメカニズムにいても,樹脂温度,キャビティ内樹脂圧力の計測データに基づき具体的な解明を行った.射出成形の充填過程における微細転写溝への樹脂の充填挙動について,本論文では直接可視化手法で解析を行い,充填過程での転写プロセスの重要性と各種パラメータの影響を初めて明らかにした.また,転写成形における溝配置方向の影響の原因について,ファウンテンフローに伴う伸長流れに起因する分子配向の視点から考察し,微細転写成形における溶融流動過程でのフロント部分子配向の重要性を初めて指摘した.さらに,超高速射出技術の応用開発研究として,二方向同時転写技術を検討し,新しい金型構造の提案により実現可能性を実証的に明らかにした.

 以上のように本研究では,表面転写形状の転写を評価軸に,超高速射出成形に基づく高転写率の実現と転写成形プロセスの解明に取り組んできた.一方,光学部品の転写成形には内部構造の評価も重要性が増しており,特に分子配向による複屈折など光学特性に及ぼす超高速射出成形の影響についても,今後詳細に調査する必要があると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 プラスチック成形加工の中で最も汎用性・生産性の高い射出成形法により、低コストを維持しつつ、いかに高い転写性を実現するかが新たな課題となっている。転写性の向上には充填過程での固化層の生成を抑制することが効果的で、超高速射出成形技術による高転写率の実現が期待されていた。しかしながら、同分野での系統的な研究や、各種成形因子と転写性との相関解析はこれまでほとんど実施されていなかった。射出成形における微細パターン転写成形プロセスも解明が進まず、樹脂挙動を直接観察した研究は行われていない。さらに、汎用射出成形や射出圧縮成形では実現できない高機能・高付加価値の転写成形技術の可能性を探索することも、先導研究として重要な研究課題に位置づけられる。

 以上の背景に基づき、本論文では以下の3つを研究目的として掲げて研究を行っている。(1)超高速射出成形における各種成形因子の影響を系統的に調査し、超高速射出成形による微細転写技術を確立する。(2)動的可視化手法を通じて射出成形の金型表面における転写プロセスを解明する。(3)転写成形における超高速射出成形の有効性を生かして、二方向同時転写技術を開発する。

 まず超高速射出成形による転写成形では、頂角90度、ピッチ50μmのプリズムパターンとアクリルを用いて、 800 cm3/sの超高速射出条件にて平均転写率0.97を達成し、超高速射出成形の有効性を実証的に明らかにした。また転写成形に及ぼす残留空気・ガスの影響、各種成形パラメータと金型条件の影響、流動パターンと転写率分布との相関解析を行い、超高速射出成形における転写成形においては、射出率に加えて溝配置方向と金型温度、充填過程での圧力上昇の立ち上がり特性の影響が大きいことを具体的に明らかにしている。さらに成形機ノズルおよび金型内ゲートにおけるせん断発熱効果を計測し、樹脂温度上昇と転写成形との相関を明らかにした。

 可視化解析では、ピッチ100μmと50μmのプリズムパターンのニッケル電鋳スタンパーを用い、長距離顕微鏡と超高速ビデオカメラにより、スタンパー溝内部への樹脂充填挙動の直接可視化を世界で初めて成功させた。これによって、射出成形型内充填過程において、射出率、溝配置方向、キャビティ厚さ、溝ピッチの大きさ、金型温度などの各種因子が転写溝内部への樹脂充填挙動にどのような影響を及ぼすかを可視化解析し、スタンパー溝への充填が充填過程のごく初期(2〜3 ms)にほぼ終了しているという重要な知見を明らかにした。また射出率が高くなるほど、充填過程での溝部への樹脂充填が早い段階で行われ、その充填速度も最終充填率もともに高くなることを明らかにしている。

 二方向同時転写技術の開発では、L字型成形品においてその垂直両面上に二つの微細転写面を同時に形成する成形方法を提案している。超高油圧シリンダ導入によるサイドブロック独立駆動機構金型により、30 mm × 30 mmの 25μmピッチのプリズムパターンとポリカーボネート、超高速射出成形機を用いて二方向同時転写成形を実現し、その可能性を実証的に明らかにしている。

 以上のように、本論文では系統的な研究を通して高転写率成形への超高速射出成形技術の適用とその有効性を実証的に明らかにし、また高転写率実現のメカニズムについても樹脂温度、キャビティ内樹脂圧力の計測データに基づき具体的な解明が行われている。微細転写溝への樹脂の充填挙動については、新規に開発した直接可視化手法により解析を実施し、充填過程での転写プロセスの重要性と各種パラメータの影響を初めて明らかにしている。また、転写成形における溝配置方向の影響の原因について、ファウンテンフローに伴う伸長流れに起因する分子配向の視点から考察し、微細転写成形における溶融流動過程でのフロント部分子配向の重要性を初めて指摘している。さらに、超高速射出技術の応用開発研究として、二方向同時転写技術を検討し、新しい金型構造の提案により実現可能性を実証的に明らかにしている。

 このように本論文は、微細パターンの転写成形の研究分野において、超高速射出成形の有用性の実証、成形因子の系統的解析、転写成形現象の可視化実験解析、先導的な応用技術開発の重要な研究成果を総合的に纏め上げたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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