学位論文要旨



No 121834
著者(漢字) 安永,裕幸
著者(英字)
著者(カナ) ヤスナガ,ユウコウ
標題(和) 産業新生における技術ロードマップの機能と役割 : 技術の構造化による技術ロードマップ策定手法の開発とその有効性
標題(洋)
報告番号 121834
報告番号 甲21834
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6364号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,克守
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 助教授 武市,祥司
 東京大学 特任助教授 坂田,一郎
内容要旨 要旨を表示する

 近年、研究開発マネジメントの高度化の要請の高まりとともに、技術ロードマップ策定・活用の機運が盛り上がってきている。その最も著名な事例は、半導体産業が国際的な連携の中で策定し、絶えず更新をしている「国際半導体技術ロードマップ(ITRS)」であろうが、産業界、学会、政府がそれぞれに様々な狙いを持って技術ロードマップの策定・活用に携わるようになっている。我が国においても、昨年、政府として初めての技術ロードマップを経済産業省が策定したところであり、今後の活用が注目されている。しかしながら、技術分野の特性に応じた技術ロードマップの策定手法の開発等はあまり進んでいないのが現状である。そこで、本研究においては、「過去の技術ロードマップの内容、策定・活用手法、その効果等についての調査・分析を行った上で、種々の技術/製品分野ごとの特性を踏まえながら、その策定手法について新たな方法論を提示するとともに、その有効性を検証すること」を目的とした。研究内容を要約すれば、以下のとおりである。

 まず、近年、国家の経済・産業の発展に向けての科学技術やイノベーションの重要性に関するイニシアティブの存在を指摘するとともに、それらイニシアティブにおいては、過去の産業体系に縛られない新産業群を創出することが将来に亘っての継続的な経済船長に不可欠であるとの認識を伴うものであることを指摘した。更に、我が国経済・産業及び研究開発の直面する本質的課題として、最近の我が国の景気の回復は過去の頑強な経済・産業システムの力とは言い切れない、いわば脆弱性を伴ったものであるとともに、特に我が国の研究開発の問題としては、(1)企業の経営マネジメントが短期的な利益重視の「金融の論理」に基づいていること、(2)取り組むべき課題が理論限界ギリギリの領域で複雑性が急激に増加していること、(3)産学連携や異分野融合を推進するための組織が未熟で、「タコツボ」的な文化が依然として残存していること、(4)市場及び技術の両面からの不透明感が増加していること等があることを指摘した。こうした認識の下で、社会像、市場ニーズ及び技術を俯瞰する技術ロードマップの必要性が今後増大してくることを指摘した。

 次に、各種文献と内外の関係者へのインタビュー及び著者自らがその策定プロセスに責任者として参画した、経済産業省/NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「技術戦略マップ」の策定プロセスから得られた経験等をもとに、現在公開されている各種の技術ロードマップの概要やその策定手法・利用手法について横断的な分析と考察を加えた。まず、研究開発マネジメント・ツールとしての技術ロードマップの発見経緯や、その定義及び役割や意義について明らかにするとともにその類型に関する先行研究についても分析を行った。更に、技術ロードマップの策定主体ごとの事例として、企業が策定した技術ロードマップ、産業界あるいは学会が策定した技術ロードマップ、産業界が国際的な連携の下で策定した技術ロードマップ、政府が策定した技術ロードマップについて事例分析を行い、更に、先行文献及びアルミ産業、ライフサイエンス、太陽光発電、半導体、電子機器製造技術等の具体的事例を基に技術ロードマップの目的、内容、策定プロセス、活用法等について分析を行った。

 次に、世界で最も関係者によって参照され、活用されている「国際半導体技術ロードマップ(ITRS)」が半導体産業の発展に如何なる役割を果たしてきたか、またその要因は何か、という点について、各種文献及び産業界への聞き取り調査を基に分析を行った。まず、半導体分野の業界横断的な技術ロードマップ誕生のきっかけとして、1980年代の日米半導体摩擦に端を発した米国の半導体産業の競争力の低下と、それに対する対応策として打ち出されたコンソーシアムであるSEMATECHの研究開発戦略が密接に関係していることを分析し、その後、米国の半導体産業が競争力を回復した後は、この枠組みを国際的に広げ、半導体産業が「ムーアの法則」に則って発展し続ける、すなわち、回路線幅の微細化を継続的に進めるための、関連産業(半導体製造装置、材料)や大学等との連携ツールとして機能してきた点について分析を行った。更に、ITRSが極めて広範に参照・活用されていることについて触れた上で、ITRSの成功要因を明らかにした。ITRSが成功したのは、(1)産業構造面では、半導体プロセス技術の高度化・複雑化の中で、先端技術の研究開発プレーヤーとして半導体デバイスメーカのみならず製造装置メーカや材料メーカ、大学等を広く参画させることが必要であり、なおかつ、そのための牽引力として大手の半導体デバイスメーカの購買力等が機能したこと、(2)技術構造面では、半導体がシリコンCMOS構造という製品のドミナントデザインの上に、リソグラフィやエッチングという製造プロセスのドミナントデザインも確立しており、加えて、加工線幅を微細化することによって集積度の向上のみならず情報処理速度の向上や消費電力の低減等が実現できるような技術的因果関係が成立していたことについて指摘した。更に、これらを一般化すれば、産業面では、当該製品について関係者間で「将来市場に関する共通認識」が共有されていること、技術面では、「技術が構造化されていること」であることを示した。

 次に、前章で示された「技術の構造化」の概念について、先行研究をベースにしたテンプレートを提案し、これに基づいて、本研究において検証すべき2つの仮説を提示した。仮説は以下のとおりである。

(仮説1)種々の産業技術について、本研究で提案するテンプレートを用いて、その構造化の状況や程度を記述することが可能である。

(仮説2)技術の構造化の程度が高い分野ほど、構造化された技術ロードマップの策定が可能である。構造化された技術ロードマップにおいては、「プロセス、構造、機能」に関するレベルまで記述されており、かつ、それら3要素が比較的均等に出現する。

また、(仮説1)の検証については、文献情報及び各分野の専門家との意見交換を通じて、前出のテンプレート上で各技術の構造化の状況や程度を明らかにすることにより行い、(仮説2)の検証については、既存の技術ロードマップ(特にITRS及び「技術戦略マップ」)について、そのコンテンツをキーワード分析することによって行うことを示した。

 次に、(仮説1)を検証するため、20の技術分野について前出のテンプレートを用い、文献情報や各分野の専門家との意見交換を行ってそれらの構造化の状況や程度を明らかにした。ここで、技術の構造化の程度が高い分野として、半導体、石油化学、自動車用鋼板、生分解性プラスチック、パーソナルコンピュータ、カラーテレビ受像機、ディジタル・スチルカメラ、ロボット(産業用)、人工衛星、自動車、原子力発電、ペットボトルリサイクル等であることを示した。更に、種々の技術について「将来市場に関する共通認識」の状況を簡単に示すとともに、「技術が構造化されているか否か」及び「将来市場に関する共通認識があるか否か」を主な判定軸として、技術の類型化を行った。更に、本来的には、こうした類型化に従って、技術の特性に応じた技術ロードマップの策定手法を確立することが重要であることを示した。

 最後に、「技術の構造化」による技術ロードマップ策定手法の有効性を検証するため、第4章で提示したテンプレートを拡張し、モデルを提示した。そのモデルを利用して「技術戦略マップ」及びITRSのコンテンツについてのキーワード分析を行ったところ、以下が明らかとなった。

1) 技術が構造化されていない分野では、構造化された技術ロードマップの策定が困難である。また単に「実体(Entity)」のレベルにとどまらず、「特性(Attribute)」や「メカニズム」の水準の記述が多い技術分野ほど技術ロードマップが構造化されている。

2) 「特性(Attribute)」のうち、「プロセス、構造、物性(機能)」の3要素に関する記述が均等であるほど、当該分野の技術ロードマップは構造化されている。

3) 「メカニズム」については、本来的には記述が多い技術ロードマップほど構造化されていると考えられるが、その点は既存の技術ロードマップの分析では必ずしも明らかとはならなかった。

これらから、より構造化された技術ロードマップを策定するためには、「特性」に相当する要素を増やすことによって、技術ロードマップとしての具体性・定量性を向上させることが必要となる。

 今後は、この手法を更に発展させ、様々な技術経営のニーズに応じた技術ロードマップ策定方法を展開させていくことが可能である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文については、論文審査委員会の場において以下の審査がなされた。

1)本論文で行った研究の意義について

・技術ロードマップが研究開発マネジメント・ツールとして産学官で頻繁に活用される状況となった今日、主として単に専門家を集めてのブレインストーミング方式による策定手法が採られていた中で、技術/製品分野の特性を反映した策定の方法論の確立を目指した検討が行われた点は意義が大きいと考えられる。

・特に、「技術の構造化」という概念に基づき「プロセス/構造/機能」という3つの要素により技術の構造化を行うとともに、技術ロードマップの策定においても技術の構造化という手法を用いることが有効であることを示そうとした点は、今後、工学分野において研究対象となる技術が高度化・複雑化する中で一つの体系を作り上げることに繋がりうると考えられる。

・また、著者は既存の技術ロードマップに関して研究を行うにとどまらず、その職務の一環として、約20の技術分野について我が国政府として初めての技術ロードマップ(「技術戦略マップ」)を策定した経験を有しているとともに、現在もその職務にあって科学技術行政の一つのツールとしてその活用を図っている。技術ロードマップが研究開発マネジメント・ツールとして注目される中で、このように、実際の職務としてこれを策定・活用した経験に裏付けられた研究となっていることは大きな意義を有するものと考えられる。

2)本論文において提示した仮説とその検証に関するオリジナリティについて

・第1の仮説(技術は、「プロセス/構造/機能」という3要素とそれらの間の主導原理を明らかにすることによって構造化することができる。)については、特に材料・デバイス技術の特徴を反映した仮説であると見なすことができるが、「プロセス-構造間」及び「構造-機能間」の主導原理の明確化により構造化の程度や状況を表すことができるとした点、及びそれを材料・デバイス系技術のみならず機械・システム技術をも含めて具体的に適用し、構造化して記述した点は、本研究においてオリジナリティを有する点であると考えられ、高く評価できる。また、この構造化のモデルが視覚的に極めて判りやすい形で提示されているため、今後、様々な形で応用することが可能であると考えられる。

・第2の仮説(技術の構造化の程度が高い分野ほど、構造化された技術ロードマップの策定が可能である。また、構造化された技術ロードマップにおいては、「プロセス/構造/機能」に関するレベルまで記述されており、かつ、それら3要素が比較的均等に出現する。)については、既存の技術ロードマップ(「国際半導体技術ロードマップ」及び「技術戦略マップ」)を用いてキーワード解析し、その結果を数値化、グラフ化した点や、それらの結果分析において技術ロードマップ策定の政策的意図等が影響している可能性を指摘している点等は、本研究において高いオリジナリティを有する点であると考えられる。

3)本論文において提示された先行研究分析や事例研究の内容について

・策定のみならず、その活用や効果についての蓄積があるほぼ唯一の事例であると考えられる「国際半導体技術ロードマップ」について詳細な分析を行うとともに、その成功要因を産業・市場構造と技術構造の2面から分析した点が評価できる。

・特に技術の構造については、シリコンCMOS構造半導体が、デバイス構造、デバイス製造プロセス、デバイス機能の3点において長らくドミナントデザインを確立するとともに、デバイス構造とデバイス製造プロセスの間にはプレーナ技術という主導原理があり、デバイス製造プロセスとデバイス機能の間にはスケーリング則があり、「微細化することによって機能の高度化が可能である」とする技術の発展の基本的な方向性が明示されているとした分析は明快であり、評価できる。

・加えて、国際半導体技術ロードマップが成功した技術構造面の要因を、「個々の技術は革新的であるが、全体としては一定のパラダイムの中での改善・改良型のイノベーションである」として一般化している点は他の技術や製品分野への適用が可能となる点で評価できる。

4)本論文の結論とその将来の展開可能性について

・本論文の結論は明解であり、また、現実に本論文の分析対象となった分野の研究者から見ても妥当であると考えられる指摘となっている。このことから、本論文において著者が提唱している「技術の構造化」の概念及びそれに基づく技術ロードマップ策定手法は有益であると評価することができる。

・加えて今後、「技術の構造化」の概念を用いて、様々な分野における技術ロードマップ策定への具体的な適用が期待されるとともに、異分野技術の融合にもロードマッピングという手法が一定の有効性を発揮する可能性が指摘されており、本論文の研究を広く展開することが可能であると考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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