学位論文要旨



No 121835
著者(漢字) 田中,英紀
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヒデノリ
標題(和) 炭素繊維シ−ト補強されたコンクリ−ト構造要素の耐力・疲労寿命評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 121835
報告番号 甲21835
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6365号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
 東京大学 助教授 高橋,淳
内容要旨 要旨を表示する

 コンクリート構造物は、1900年代初期にヨーロッパより技術導入されて以来、橋梁をはじめ、ダム、トンネル、港湾施設などの重要な社会資本を形成してきた。特に、1960年代後半からの高度成長期には、鉄道・道路を中心とした幹線網が急速に整備されてきた。この間、技術的な改善、あるいは提案が数多くなされ、施工の合理化や設計技術の向上、研究課題の抽出と取り組みが進められてきた。

 反面、急激な整備にともなう天然材料の枯渇、品質管理手法の未整備、さらに、塩害・中性化およびアルカリ骨材反応などによる化学劣化が複雑に作用して、コンクリート構造物の耐久性・耐荷性の低下が顕在していると指摘されている。

 一方、わが国は世界でも有数の地震国であり、多くの構造物・人的被害を受けてきた。近年では、1995年の兵庫県南部地震、2004年の新潟県中越地震が代表的な地震として挙げられる。これらの地震によって得られた知見や課題は、コンクリート構造物の耐震技術の向上に貢献し、新材料・新工法の採用も盛んに行われるようになった。

 さらに、わが国の国家財政の観点からも社会資本ストックの増加よりも、既存ストックの延命化や耐震性能向上を図る補修・補強技術の必要性はますます高くなってきている。炭素繊維シート補強は、補修・補強技術の中の一工法に位置付けられており、炭素繊維シートの高弾性、高強度および耐腐食性などの特長に着目して、1993年に適用されはじめて以来、数多くのコンクリート構造物の補強工法として採用されている。

 しかし、一般に、部材厚250〜1000(mm)のコンクリート部材に0.15(mm)単位の炭素繊維シートを貼付して耐力を向上させるため、接着剤を含む炭素繊維シート近傍に生じる局部応力が、構造耐力の評価に影響を及ぼす。このため、従来のような設計コードでは、十分にその力学特性を把握できない課題があった。

 連続体損傷力学(以下、損傷力学と称する)は、材料内部のマイクロクラックあるいはマイクロボイドのような微視的空隙の発生と成長による剛性、靭性などの低下、残存寿命の減少のような構造劣化を連続体力学の枠組の中で表現できる特長を有しており、クリープ破断を評価するために提案された後、有限要素法に組み込まれて、金属材料の延性破壊、脆性破壊および疲労破壊などの評価に応用されている。

 本論文では、炭素繊維シートで補強されたコンクリート構造要素の耐力・寿命解析を行う解析手法の確立を最終目的として、損傷力学に基づく解析コードの作成と解析精度の実験的な検証を実施した。主な項目は、(1)コンクリートの各強度試験結果による応力・ひずみ関係と弾塑性損傷構成方程式を同定したこと、(2)同構成方程式を有限要素プログラムにインプリメントして、炭素繊維シート補強された実寸RC版の単調載荷および200万回予疲労後の単調曲げ破壊実験と比較検討して解析手法の妥当性を検証したこと、(3)炭素繊維シート補強されたコンクリート構造要素の構造耐力に大きな影響を与え、かつその評価方法が十分確立されていない炭素繊維シートとコンクリートとの剥離破壊モードの単調載荷および疲労破壊モデルを開発し、実験結果と対比してその有効性を評価したこと、(4)現炭素繊維シート補強設計コードのレビューを行い、設計プロセスへの損傷力学の導入および損傷力学による数値解析を用いた設計指針の改善例を基に、炭素繊維シート補強設計への損傷力学の適用性を提案したことである。

 以下に、これらの項目をさらに具体的に述べる。

 まず、コンクリートの弾塑性解析に適用されているDrucker-Pragerの相当応力を用いて弾塑性損傷構成方程式を定式化し、接線型の応力増分・ひずみ増分関係を表記した。さらに、コンクリートの単軸圧縮および引張強度試験から得られた応力・ひずみ関係をカ−ブフィッティングして同構成方程式中のコンクリートの材料定数を決定した。同様に、曲げ疲労強度試験結果を利用して、損傷発展に関わる材料パラメータを決定した。

 この弾塑性損傷構成方程式を二次元有限要素プログラムに組み込み、単調載荷曲げ強度および曲げ疲労強度試験結果と比較して、実験結果と良く対応する結果を得た。特に、コンクリートのような脆性体では、局部ひび割れが構造崩壊とほぼ等しくなる特長を持っているため、部分連成解析が効率良く曲げ疲労破壊回数を把握できることを示した。無論、完全連成解析による荷重・変位曲線、ひび割れ発生、進展などは実験と良く符号しており、基本であるコンクリートの各強度試験を解析的に評価することができた。

 次に、このプログラムを炭素繊維シート補強されたコンクリート構造要素の損傷破壊解析に適用した。炭素繊維シートによる補強効果を確認するため、補強しないRC版と炭素繊維シート補強されたRC版の単調載荷曲げ耐力を比較し、さらに、200万回予疲労を与えたシート補強した版の単調載荷曲げ耐力を実験結果と対比した。

 その結果、補強しない版のひび割れ発生荷重は実験結果と良く整合し、ひび割れ近傍の鉄筋に高い応力集中が見られる一般的なRC構造の挙動を再現できた。補強された版については、炭素繊維シートの破断とともに急激に耐力を失う脆性挙動を示し、ひび割れ発生位置と併せて実験結果と良く対応する結果を得た。200万回予疲労を与えた版は、部分連成解析でその影響を評価し、初期損傷として単調載荷曲げ破壊解析を行った。予疲労が単調載荷曲げ耐力に与える低減率は、実験では20%、解析では12%であった。二次元モデルでの評価、損傷変数以外の塑性変形量の初期値への反映などが精度向上への課題となるが、定性的には予疲労の影響を良く評価でき、補強後のコンクリート構造物の耐力劣化予測として、補強設計に有効な解析コードを提案できた。

 次の項目は、炭素繊維シートとコンクリートとの剥離破壊モードの解析的検証である。ここでの特長は、Drucker-Pragerの相当応力に最大主応力を組合わせた構成式に、せん断変形が卓越する場合に対応できるようTrescaの相当応力を組込んで二次元弾塑性損傷構成方程式を定式化し、二次元有限要素プログラムにこれを編成したことである。三次元線形弾性解析の予備解析により、剥離破壊は、付着面積による平均的な付着強度ではなく、コンクリート表層のせん断応力、特に付着区間端部に集中する最大せん断応力の影響を強く受け、付着面積の影響をほとんど受けないことが判明した。

 さらに、この二次元モデルを疲労付着破壊解析に拡張した。疲労付着破壊は、周波数5(Hz)の片振り載荷である。この疲労付着破壊解析では、数十サイクルから数百サイクルまでの破壊回数に対応する最大荷重が、約4%程度の差しかないケースもあるが、対象とした3ケースにおいて、実験によく対応する結果を得ることができた。また、損傷変数分布より、疲労付着破壊は、炭素繊維シート付着区間の端部に剥離が生じ、それが先端部に進展して全付着領域に広がって最終的な破壊状況を呈することがわかった。この現象は、コンクリート表層部のせん断応力が付着区間の根元部で最大となり、損傷変数が限界値に達して応力開放された結果であると推定でき、単調載荷付着破壊解析結果とも整合している。

 最後は、損傷力学の補強設計コードへの適用性に関する提案である。現設計コードでは、有限要素法による安全性評価も導入しており、損傷力学の設計コードへの適用に関して整備されている。ここでは、一般的な方法では十分に評価できなかった重要課題である剥離破壊モードを損傷力学による数値解析で評価できる例題を提示した。このことより、一般的な評価方法を補足する形で損傷力学を適用することは、安全性能照査の精度向上、新しい知見の反映による設計の合理化などに期待できる。

 メッシュサイズの依存性、多軸応力下の構成則、異方性の考慮など今後取り組む課題はあるが、コンクリート構造物の設計コードにおいて一般に利用されている有限要素法を基本として、比較的容易にこれに組み込める損傷力学は、コンクリート構造物の経時劣化にともなう構造耐力の減少を評価できる設計ツールとして利用でき、さらに、塩害、中性化などのコンクリートの化学劣化との複合作用による総合的な劣化メカニズム解明の一助となることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、炭素繊維シートで補強されたコンクリート構造要素の耐力・疲労寿命評価のための解析手法の確立を最終目的として、損傷力学に基づく解析コードの開発とその信頼度の実験的検証を実施している。

 本論文の1章は、本研究の背景と概要について述べている。本論文の主要な内容は以下のとおりである。すなわち、(1)コンクリートの強度試験結果に基づき、弾塑性損傷構成方程式を同定したこと、(2)この構成方程式を有限要素プログラムに導入して、炭素繊維シート補強された実寸RC版の単調載荷および200万回予疲労後の単調曲げ破壊実験との比較検討により、解析手法の妥当性を検証したこと、(3)炭素繊維シート補強されたコンクリート構造要素の構造耐力に大きな影響を与え、かつその評価方法が十分確立されていない炭素繊維シート・コンクリート間の剥離破壊モードに対する単調載荷および疲労破壊モデルを開発し、実験結果と対比してその有効性を評価したこと、(4)現状の炭素繊維シート補強設計コードの調査を行い、設計プロセスへの損傷力学の導入および損傷力学による数値解析を用いた設計指針の改善例に基づき、炭素繊維シート補強設計への損傷力学の適用性を検討したことである。

 本論文の2章では、コンクリートの弾塑性解析に適用されているDrucker-Pragerの相当応力を用いて弾塑性損傷構成方程式を定式化し、接線型の応力増分・ひずみ増分関係を誘導している。さらに、コンクリートの単軸圧縮および引張強度試験から得られた応力・ひずみ曲線に対するカーブフィッティングにより、構成方程式中のコンクリートの材料定数を決定した。同様に、曲げ疲労強度試験結果を利用して、損傷発展に関わる材料パラメータを決定した。

 本論文の3章では、この弾塑性損傷構成方程式を二次元有限要素プログラムに組み込み、単調載荷曲げ強度および曲げ疲労強度試験結果と良好に対応する結果を得ている。特に、コンクリートのような脆性体では、局部ひび割れが構造崩壊とほぼ同時に起るため、部分連成解析により効率的に曲げ疲労破壊回数を把握できることを示した。また、完全連成解析による荷重・変位曲線、ひび割れ発生、進展などは実験結果と良好に対応した。

 本論文の4章では、このプログラムを炭素繊維シート補強されたコンクリート構造要素の損傷破壊解析に適用している。炭素繊維シートによる補強効果を確認するため、無補強のRC版と炭素繊維シート補強されたRC版の単調載荷曲げ耐力を比較し、さらに、200万回予疲労を与えたシート補強版の単調載荷曲げ耐力を実験結果と対比した。その結果、無補強版のひび割れ発生荷重、補強版の脆性的破壊挙動、ひび割れ発生位置は実験結果と良好に対応した。200万回予疲労を与えた補強版については、部分連成解析で予疲労時の損傷を評価し、これを初期損傷として単調載荷曲げ破壊解析を行った。予疲労が単調載荷曲げ耐力に与える低減率は、実験では20%、解析では12%であった。

 本論文の5章は、炭素繊維シート・コンクリート間の剥離破壊モードの解析的検討である。すなわち、Drucker-Pragerの相当応力と最大主応力を組合せた構成式に、せん断変形が卓越する場合に対応するためTrescaの相当応力を組込んで二次元弾塑性損傷構成方程式を定式化し、二次元有限要素プログラムに導入した。予備解析(三次元線形弾性解析)により、剥離破壊は、付着面積による平均的な付着強度ではなく、コンクリート表層のせん断応力、特に付着区間端部に集中する最大せん断応力の影響を強く受け、付着面積の影響をほとんど受けないことが判明した。

 さらに、この二次元モデルを周波数5Hzの片振り載荷による疲労付着破壊解析に拡張した。この疲労付着破壊解析では、数十サイクルから数百サイクルまでの破壊回数に対応する最大荷重が約4%程度の差しかないケースもあるが、異なるサイズの試験片3ケースにおいて、実験によく対応する結果を得ることができた。また損傷変数分布より、炭素繊維シート付着区間の端部に剥離が生じ、それが先端部に進展して全付着領域に広がり最終的な破壊状況を呈することがわかった。この現象は、コンクリート表層部のせん断応力が付着区間の根元部で最大となり、損傷変数が限界値に達して応力開放された結果であると推定でき、単調載荷付着破壊解析結果とも整合している。

 本論文の6章は、損傷力学の補強設計コードへの適用性に関する検討である。現状の設計コードでは、有限要素法による安全性評価も導入されており、損傷力学の適用に関する準備は整っている。ここでは、従来の方法では評価が困難であった重要課題である剥離破壊モード評価に対する損傷力学ベースの数値解析の適用例を示した。すなわち、従来の評価方法を補足する形で損傷力学を適用することにより、安全性能照査の精度向上、新しい知見の反映による設計の合理化などが期待される。

 以上を要するに、本論文では炭素繊維シートで補強されたコンクリート構造要素の耐力・疲労寿命評価を行う損傷力学ベースの解析手法を提案し、実験結果との比較により設計支援ツールとしての有用性を実証しており、高い工学的価値を有すると判断される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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