学位論文要旨



No 121836
著者(漢字) 佐藤,陽平
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヨウヘイ
標題(和) 多胴高速船型の性能推定法と適用航路の運航シミュレーション
標題(洋)
報告番号 121836
報告番号 甲21836
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6366号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
 東京大学 助教授 青山,和浩
 東京大学 助教授 秋元,博路
 東京大学 助教授 川村,隆文
内容要旨 要旨を表示する

 世界経済の発展と、経済のグローバル化に伴う国際的な分業体制の広がりにより、国際および国内の物流量は増大している。物流は社会インフラであり、経済活動の基盤であるため、物流システムの効率が低い地域は、物流システムの効率が高い地域に比べて、地域全体の経済の競争力が低くなる。従って、物流システムの効率化は、地域全体にとって重要な課題である。

 本研究では、アジア地域、特に日中間の物流システムの効率を向上に焦点を合わせ、高速船型の性能推定法、および高速船を開発し、さらに、その高速船の運航採算性を評価するためのコンテナ貨物輸送シミュレーション法を構築する。

 日中間の物流量は、近年、増大を続けており、社会インフラとしての重要性も増している。日中間の物流は、重量ベースで99%が海上物流、残り1%が航空物流である。海上コンテナ貨物は、その大部分が平均速度16ノット、最速でも22ノット程度の比較的低速のコンテナ船の船団で輸送されているのに対し、航空貨物は、時速約900kmで輸送されている。両者の速度差は大きく、両者の間の速度域の輸送モードは存在しない。また、航空貨物の輸送量が増大していることより、海上輸送の高速化へのニーズは高まっていると推測される。そこで本研究では、この隙間の速度域を埋めることが可能な高速船と、高速船型の性能推定法を開発することとする。

 高速船型に求められる流力性能は、優先順位が高い順に、抵抗性能、耐航性能である。燃料消費量が多い高速船において、抵抗性能は必須な性能である。耐航性能は、安全性および乗り心地の面で重要な性能である。就航率または乗り心地が悪いために、乗客数が減少し撤退を余儀なくされた高速船が、国内外で数多く存在することからも、耐航性能の重要性がわかる。高速船型の抵抗性能については、水槽試験を用いてある程度の開発は可能であるが、耐航性能については、実験設備などの制約から水槽試験での評価は難しく、東京大学で開発されたSSTH(Super Slender Twin Hull, 超細長双胴船)やHydrofoil Catamaran(双胴水中翼船型)などの多くの例では、実験船を使った実海域実験で評価するのが通例であった。実験船を用いた開発では、億単位の開発資金、および数年間の開発期間を必要とし、開発リスクが高い。また、実験船の場合、実船の縮小スケールであるため、船長と波長および波高の関係が実船の場合と異なり、実海域での実船の耐航性能を完全に模擬することは難しいといった問題がある。そもそも実船で荒天下の耐航性能試験を行うことは危険である。従って、数値シミュレーションで、耐航性能を評価できる方法を開発することは、高性能の船舶の開発が可能になり、更に、開発資金、および開発期間の面で、意義は大きい。

 一方、過去の高速船開発では、高速船型開発に技術的に成功したが、運航採算面で失敗した事例が数多くある。これは、船価が比較的高く、また燃料費も高い高速船の宿命でもある。従って、高速船を開発するためには、高速船型(ハード面)の開発と、適用航路(ネットワークと経営法)の開発を同時に進める必要がある。本研究では、高速船型の開発と同時に、その高速船の運航採算を評価できるコンテナ貨物輸送シミュレータを開発し、ハードと経営手法の両面の開発を行い、運航採算面の課題に対処する。

 本論文は、二部構成されており、第一部では、多胴高速船型の性能推定法について述べ、第二部ではコンテナ貨物輸送シミュレーション法による高速船型の運航採算性の評価法について述べる。

 第一部では、多胴高速船型の抵抗性能、および耐航性能のシミュレーション法、WISDAM-XIの開発を行なった。WISDAM-XIは、支配方程式であるRANS(Reynolds-Averaged Navier-Stokes)方程式を、有限体積法で離散化するCFD計算法である。対流項に三次精度のMUSCL形TVD法、速度場と圧力場のカップリングにMAC法、自由表面の取り扱いに密度関数法を用いている。多胴船型(複雑形状)を取り扱うためにマルチブロック法を導入し、追い波を含めた波浪中の船体運動を計算するために、任意方向からの入射波の生成が可能な造波境界条件を開発した。

 抵抗性能の計算精度の検証として、Wigley船型および三胴船型を対象として抵抗計算を行った。三胴船型は、船首バルブとトランザムスタンを有する実用的な船型である。計算結果と水槽試験結果を比較し、抵抗値、沈下量、トリム量、船側波形、波紋の全ての項目において、両者が高い精度で一致することを示し、WISDAM-XIの抵抗性能計算における有効性を明らかにした。

 単胴船型の耐航性能の計算精度の検証として、SR108単胴コンテナ船型のディフラクション状態の計算を行なった。追い波を含む任意方向からの入射波中を前進する船体に加わる波浪外力を計算し、水槽試験と比較した結果、ロールモーメントを除き、両者が高い精度で一致することを明らかにした。ロールモーメントが一致しなかったのは、計算の船型にはビルジキールが無く、一方、水槽試験模型にはビルジキールが付いていることが原因だと考察された。次に、船体運動の検証として、向波中を運動しながら前進するSR108単胴コンテナ船型の計算を行い、水槽試験結果と比較した。その結果、両者は良好な精度で一致した。以上より、WISDAM-XIの単胴船型の耐航性能計算の有効性を明らかにした。

 多胴船型の動揺性能の計算精度の検証として、単胴船型、双胴船型、および三胴船型の動揺性能の計算を行った。前進速度が無い状態で、横波中を4自由度で運動する計算である。計算結果を水槽試験結果と比較し、良好な精度で一致することを示した。

 多胴船型の耐航性能の推定法の評価として、単胴船型、双胴船型、および三胴船型の耐航性能の計算を行なった。任意方向からの入射波中を、4自由度で運動しながら前進する計算である。計算結果として、各運動モードの振幅、および船体の上下加速度を示し、WISDAM-XIにより、各船型の耐航性能の特徴を定量的に評価できることを明らかにした。

 第一部の最終章では、第二部の運航採算評価に必要なデータ(載貨重量および船価)の算出を目的として、単胴高速船、双胴高速船、および三胴高速船の基本設計を行なった。

 第二部では、コンテナ貨物輸送シミュレーション法の開発を行った。離散型、時間発展型、マルチエージェントをコンセプトとしたこのシミュレータにより、日中間の全てのコンテナ貨物をコンテナ船で形成されたネットワーク上で輸送することを、一時間ベースの時間発展でシミュレートし、各船舶の運航採算、およびコンテナ貨物輸送システム全体の効率を評価することを可能とした。

 構築したシミュレータを用いて、日中間コンテナ貨物輸送の現状再現シミュレーションを行い、輸送システム全体の総犠牲量を算出できることを示し、同時に、各船舶の消席率、および採算を計算できることを示した。

 次に、第一部で開発した高速船型の運航採算性を評価した。まず、高速船の運賃およびスケジュール設定シミュレーションを行い、本シミュレータにより該当船舶の利益が最大となる運賃およびスケジュールを設定できることを示した。さらに、燃料価格変動シミュレーションを行い、高速船の燃料価格に対するリスクを評価できることを示した。第一部で設計した高速船の運航採算性を評価した結果、単胴高速Ro/Ro船もしくは30ノット三胴船が、大阪-上海間に就航した場合黒字となる可能性が高いことを示した。黒字となる要因は、短時間で貨物を運べることによる優位性(航海速力が速く、Ro/Ro船であるため荷役時間の短縮できる)と、Ro/Ro船の荷役費が安いことであることを明らかにした。また、これらの高速船が就航することにより、総犠牲量は低減し、物流システム全体の効率が向上することを明らかにした。

 上記の通り、本研究では、多胴高速船型の抵抗性能と耐航性能の推定法、およびコンテナ貨物輸送シミュレーション法の二つのシステムを構築し、それらの有効性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、CFD技術による多胴型の高速船型の性能推定法、およびその高速船の運航採算性を評価するための時間発展型のコンテナ貨物輸送シミュレーション法を構築するものである。

 本論文は、二部で構成されており、第一部では、CFDによる多胴高速船型の性能推定法について述べられ、第二部ではコンテナ貨物輸送シミュレーション法による高速船型の運航採算性の評価法について述べられている。

 第一部では、多胴高速船型の抵抗性能、および耐航性能の評価のためのCFDシミュレーション法WISDAM-XIの開発を行っている。高速船型の抵抗性能については、水槽試験を用いてある程度の開発は可能であるが、耐航性能については、実験設備などの制約から水槽試験での評価は難しく、東京大学中心で開発されたSSTH(超 Super Slender Twin Hull,細長双胴船)やHydrofoil Catamaran(双胴水中翼船型)などの多くの例では、実験船を使った実海域実験で評価するのが通例であった。実験船を用いた開発では、億単位の開発資金、および数年間の実験期間を必要とし、開発リスクが高く効率も低い。また、実験船の場合、実船の縮小モデルであるため、船長と波長および波高の関係が実船の場合と合せることが困難なこともある。従って、数値シミュレーションで、耐航性能を評価できる方法を開発することにより、高性能の船舶の開発が可能になり、更に、開発資金、および開発期間の面で、意義は大きい。

 本研究の数値シミュレーション法は、支配方程式としては、URANS(unsteady Reynolds-averaged Navier-Stokes)方程式を基本としたものであり、有限体積法で空間離散化し、対流項は3次精度、粘性項は2次精度で解き、自由表面は界面捕獲法のひとつである密度関数法を用いている。また、多胴船型周りの複雑形状の空間を取り扱うために、スタッガード変数配置に対応したマルチブロック法を開発している。耐航性能の推定のために、全方向からの入射波の生成が可能な造波境界条件を開発し、向波、斜め向波、横波、斜め追波、追波の規則波の造波できること示し、ほぼ完全な数値水槽を実現している。

 まず、Wigley船型および三胴船型を用いて、抵抗性能の推定精度の評価を行い、抵抗値、沈下量、トリム量、船側波形、波紋、三胴船型の船体間の相互干渉、全ての項目において、水槽試験結果と計算結果は高い精度で一致することを示し、本計算法の抵抗性能推定における有効性を明らかにした。この方法により単胴、双胴、三胴の3船型の抵抗性能の評価を行い、特に3胴船に対してはサイドハルの位置に対する詳細な比較を行っている。

 耐航性能の推定法は、まず、もっとも単純な波浪中船体運動である動揺性能で精度評価を行っている。その結果、フリーロールおよび横波中ロール運動の計算が可能であり、またその推定精度は高く、単胴船型、双胴船型、三胴船型の動揺性能の差を良好な精度で評価できることを明らかにしている。この方法を用いて、多胴船型の耐航性能の推定法の評価を行っている。計算条件は、船体が、波浪中(向波、斜め向波、横波、斜め追波、もしくは追波)を受け、4自由度の運動(サージ、ヒーブ、ロール、およびピッチ)をしながら前進する状態である。このCFDシミュレーションは、「多胴船型の耐航性能計算」、および「追波中の耐航性能計算」の二つの点で新規性があるものである。まず、多胴高速船型の波浪中船体運動を、本計算法で計算可能であることを示した。次に、計算結果として、ヒーブ振幅、ロール振幅、ピッチ振幅、ヨーモーメント振幅、および上下加速度を示し、WISDAM-XIにより単胴船型、双胴船型、および三胴船型の耐航性能の差を評価可能であることを明らかにしている。

 第一部の最後では、実海域の波浪特性、CFD計算結果、および水槽試験結果を基に、7,500トン型の単胴船型、双胴船型、および三胴船型の基本設計を行い、運航採算と建造費を比較している。

 第二部では、コンテナ貨物輸送シミュレーション法を構築している。離散型、時間発展型、マルチエージェントをコンセプトとしたこのシミュレータにより、日中間の全てのコンテナ貨物を作成されたネットワークに乗せ輸送することを一時間ごとの時間発展でシミュレートし、各船舶の運航採算、およびコンテナ貨物輸送システム全体の効率を評価する手法である。

 構築されたシミュレータを用いて、日中間コンテナ貨物輸送の現状再現シミュレーションを行い、輸送システム全体の総犠牲量を算出できることを示し、同時に、各船舶の消席率、および採算を検討できることを示している。また、運賃を変えたシミュレーションを行い、運賃が消席率と採算に与える影響、すなわち荷主と海運会社の取引をシミュレートできることを示し、本シミュレーション法の有効性を明らかにしている。

 次に、第一部で開発した高速船型が日中航路に投入されたときの運航採算性を評価している。その結果、単胴高速Ro/Ro船、もしくは30ノットの三胴船が、大阪-上海間に就航した場合黒字となることを示した。黒字となる要因は、短時間で貨物を運べることによる優位性(航海速力が速く、Ro/Ro船であるため荷役時間の短縮できる)と、Ro/Ro船の荷役費が安いことであることを明らかにしている。また、運賃シミュレーションを行い、利益が最大となる運賃を算出した。これらの高速船が就航することにより、総犠牲量は低減し、物流システム全体の効率が向上することが示されている。このように、コンテナ貨物輸送シミュレーションにより、船舶の運航採算性と物流システム全体の効率を評価できることを示し、その有効性を検証している。

 以上のように本研究は多胴船のCFDシミュレーションによる設計法を開発するとともに、新しい海上物流シミュレーション法を開発しており、造船、海運、物流の世界に大きく貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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