学位論文要旨



No 121837
著者(漢字) 藤田,康範
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ヤスノリ
標題(和) 経営戦略の数理モデル構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 121837
報告番号 甲21837
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6367号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,克守
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 元橋,一之
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 武田,史子
内容要旨 要旨を表示する

 Porter(1980)が競争という視点を明示的に導入して経営戦略についての研究を大きく進展させた当初から、経営戦略を経済学的に分析する必要性がポーター自身によって指摘されてきた。

 ポーターによれば、経営戦略の分野には基礎的な分析手法が不足しており、他方、経済学者は、そのような分析手法を提供できるにもかかわらず、経営者たちのニーズへの感度が低いのである。

 経済学は、伝統的に企業を生産関数によってのみ記述してきた。すなわち,資本,労働力などの生産要素を投入すると製品やサービスを自動的に産出するものとして企業を取り扱い、それを前提として「完全競争市場」の機能を分析することを主眼としていたのである。アダム・スミスの「見えざる手」が社会的に望ましい状態を導くことを根本とし、したがって,企業の意思決定や行動を望ましい方向に導びく方法については,原則として「競争的な市場に委ねておけばよい」つまり「マネジメントしない」を解答としていた。

 しかしながら、このような経営戦略と経済学との乖離は近年縮小しつつある。Oster(1989)、Milgrom and Roberts (1992)、Stigliz (1993)、Besanko, Dranove and Shanley (1999) によって、経営戦略と経済学との接合がはかられているのである。「見えざる手」の完全競争市場の分析から,「見える手」が必要な不完全市場の分析に重心が移動し,経済学の基本原理に基づいて企業組織や企業経営のさまざまな問題を分析し、経営戦略の豊富な事例の背後にある論理を経済学によって解明し始めているのである。

 他方、日本経済の再活性化への唯一無二の鍵として、新たな企業戦略の必要性が小宮山・松島(2003)によって提唱されるようになっており、経済問題を解決する上での経営戦略の必要性が高まっている。

 本論文は、この系譜上に位置するものであり、数理によって経営を記述して経営戦略を策定する枠組みを構築することを試みるものである。

 本論文では、とりわけ、新産業組織論との接合をはかり、以下の方向に拡張する。すなわち、商品企画戦略、制度・規制の下での戦略、非営利組織の戦略への拡張である。

 以下では、第1部では、商品企画戦略、第2部では、競争市場への拡張、第3部では、地球温暖化政策下での企業戦略、第4部では、通商政策下での提携戦略、第5部では公的金融機関の戦略について分析する。

 得られた結論は以下のようにまとめられる。

第1部の主な結論

(1)完全競争市場に企業が存在する場合には、「金のなる木」の製品周期が最も長く、「金のなる木」から「負け犬」あるいは「花形製品」に移行するにつれて製品周期が短くなり、そして、「問題児」の製品周期が最短となる。

(2) 完全競争市場に企業が存在する場合には、生産・販売している製品の間の補完性が強まると、製品切替のタイミングが早くなる。

(3) 完全競争市場に企業が存在する場合には、「金のなる木」においては製品多様化が最も進行しており、「金のなる木」から「負け犬」あるいは「花形製品」に移行するにつれて製品多様化が減少し、「問題児」の製品多様化が最少となる。

第2部の主な結論

(1) 寡占市場における先導的企業は、模倣頑健性が強い時は、そうでない場合に比べて、高い利潤において新製品を投入すべきである。

(2) 寡占市場における先導的企業は、競争優位期間が短くなった時は、そうでない場合に比べて、低い利潤において新製品を投入すべきである。

(3) 寡占市場における追随的企業は、模倣の価値が増加した場合には、そうでない場合に比べて、低い利潤において新製品を投入すべきである。

(4) 寡占市場における追随的企業は、相手の新製品投入時期が早くなった場合には、そうでない場合に比べて、高い利潤において新製品を投入すべきである。

(5) 寡占市場における均衡においては、新製品投入に伴う旧製品の利潤減少が低下した場合には、そうでない場合に比べて、先導企業は利潤が高い状態で新製品を投入し、追随企業は利潤が低い状態で新製品を投入するようになる。

(6) 寡占市場における均衡においては、市場の不確実性が増加した場合には、そうでない場合に比べて、先導企業および追随企業はともに利潤が低い状態で新製品を投入するようになる。

第3部の主な結論

(1)先進国への温暖化ガス排出割当が少ない場合には発展途上国企業がCDMを採用しない場合がある。

(2)先進国への温暖化ガス排出割当の増加によって温暖化ガス排出量の総和が減少し得る。

(3)財市場の拡大に伴って先進国への温暖化ガス排出割当が増加されるほど、発展途上国企業がCDMを採用する可能性が高まる。

(4)技術の不確実性が増加する場合や、財価格が上昇する場合には、排出権供給者の利潤が増加する。

第4部の主な結論

(1)アンチダンピング法の下では、両国企業の提携が可能となる。

(2)アンチダンピング税の期待値水準が高く(低く)しかも課税する側の国の企業の市場占有率が大きい(小さい)場合には,両国企業間の提携が成立する可能性が高い。

(3) 直接投資実施国の需要が多い場合には、直接投資実施国最終財生産者がダンピング認定回避行動をとることを選好する

(4)ローカルコンテント要求水準が低い場合には,直接投資実施国最終財生産者はローカルコンテント要求に服し,ローカルコンテント要求水準が高い場合には,直接投資実施国最終財生産者はダンピング認定回避行動を取る。

(5) 直接投資実施国の需要の減少あるいは直接投資受入国産中間財の価格の増加に伴って,直接投資実施国最終財生産者がローカルコンテント要求に服するローカルコンテント比率の範囲が縮小する。

第5部の主な結論

(1) 公的金融機関が企業の後半期への貸出を開始することによって,企業の前半期への民間金融機関の貸出が増加し、企業の後半期への民間金融機関の貸出が減少する。

(2)公的金融機関が企業の後半期への貸出を開始することによって,民間金融機関の利潤、企業の総余剰、経済全体の厚生が増加する。

(3)プロジェクトに失敗した企業への公的金融機関の貸出を減らすことによって厚生が増加する。

(4)プロジェクトに失敗した企業への公的金融機関の貸出を減らす一方で、プロジェクトに成功した企業への公的金融機関の貸出を増加することによって厚生が増加する。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、数理によって経営を記述し、モデルに基づいて経営戦略を策定する枠組みを構築することを試みた研究である。

 経営戦略を経済学的に分析することの必要性は、Porter(1980)1が競争の視点を導入して経営戦略についての研究を大きく進展させた当初から、ポーター自身によって指摘されており、近年になって、Oster(1989)2、Milgrom and Roberts (1992)3、Stigliz (1993)4、Besanko, Dranove and Shanley (1999)5 によって、経営戦略と経済学との乖離の縮小がはかられている。

 本論文は、経営戦略と経済学との接合をはかるこのような研究の系譜上に位置するものである。

1 Porter M.E. (1980),Competitive Strategy : Techniques for Analyzing Industries and Competitors, Free Press

2 Oster S.M. (1989) Modern Competitive Analysis, Oxford University Press, USA; 3rd edition

3 Milgrom P.and J.Roberts (1992) Economics, Organization and Management, Prentice-Hall

4 Stiglitz J. E.(1993), Economics. W.W.Norton

5 Besanko D., D.Dranove and M. Shanley.(1999), Economics of Strategy, 2nd Edition Wiley

 経営を数式によって記述し、重要な変数間の関連付けによって認識の構造を示していること、仮説的演繹法によって構築した数理モデルによって解を求め、経営の意思決定への手がかりを与えていること、確率を明示的に導入し、最適停止理論に基づいてモデルを構築していること、ボストン・マトリックス等の従来の経営学の知見との関係を明らかにしていること等に本論文の新規性がある。

 本論文は、大きく二つに分けられる。

 前半部では、最適停止理論に基いたモデルを構築し、確率的に利潤が変動する下のモデルチェンジの最適タイミングを解析的に明らかしている。

 第2章では、逐次的に製品の投入/撤退を行う企業に関して、新製品をどのタイミングで市場に投入するべきか、旧製品をいつまで売り続けるべきか、市場成長率や市場占有率との関係はどうか等について分析し、その上で、第3章では、2つの系列の製品を生産し、それぞれの系列についてモデルチェンジを繰り返している場合に拡張し、系列間の代替・補完性と製品投入時期との関係を導いている。続く第4章では旧製品の陳腐化を阻止できる場合について拡張し、モデルチェンジが頻繁に行われ、しかも多様な製品が並列する条件を明らかにしている。

 第5章から第7章にかけては、さらに分析を進め、2企業の連関を明示的にモデル化している。すなわち、2企業(先導的企業、追随的企業)が交互に製品を投入し、追随的企業が先導的企業を模倣した製品を生産している状況を分析対象とし、第5章では先導的企業の戦略を、第6章では追随的企業の戦略を導出している。最後に、第7章では、第5章と第6章の分析を統合して市場均衡を求め、経済学との融合を行っている。

 以上の分析は、商品企画戦略に関する研究を大きく前進させるものと考えられる。

 後半部は研究の展開であり、新産業組織論との接合をはかり、地球温暖化政策下での企業戦略、通商政策下での提携戦略、公的金融機関の戦略について詳細に分析している。

 分析課題は、「地球温暖化政策の下での企業戦略(第8章)」、「確率的変動下における排出権供給の最適時期(第9章)」、「アンチダンピング政策の下の企業戦略(第10章)」、「ローカルコンテント政策とアンチダンピング政策の下での企業戦略(第11章)」、「中小企業活性化に向けての公的金融機関の戦略(第12章)」、「過剰債務問題解決に向けての公的金融機関の戦略(第13章)」と多岐にわたり、前半部で構築した数理モデルの適用可能な範囲の広さを物語っている。

 経営学の新たな潮流の1つとして、数値的な正確な認識と重要なキーワードの関連付けによって認識の構造を明らかにすることがある。

 経営を数式によって記述し、重要な変数間の関連付けによって認識の構造を明らかにすることを志す本論文は、この潮流と符合するものであり、データによる検証と結合することにより、「俯瞰経営学のための経済学」という新たな1つの体系が開拓されると期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク