学位論文要旨



No 121842
著者(漢字) 岡,伸人
著者(英字)
著者(カナ) オカ,ノブト
標題(和) 課題解決のための情報表現と情報管理プラットフォーム
標題(洋)
報告番号 121842
報告番号 甲21842
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6372号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 原,辰次
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 陳,迎
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景

課題解決が非常に困難な事象は自然,人工物,人間,それぞれの特性,活動が輻輳して多様に展開する動的事象と考えることができ,極めて複雑な事象である.複雑事象が持つ「問題」は,複数の人間が「たった一つの事象」について,それぞれの価値観,歴史観,世界観,背景知識を基に認識し,理解し,問題設定を共有した結果,「問題」となる.その意味で,これらの問題は,人間的因子が加わる二重に複雑な事象となる.そのため複雑事象が持つ問題に関する情報から得られる記述・主張は必然的に多種多様で,不完全なものとなることが,課題の解決を試みる際の前提となる.

-課題解決のための問題点の整理-

課題解決が求められる事象において,問題を複雑にしている要因は「事象を構成する要素の不確定性」「事象を表現するモデルの多様性」「モデルから得られた結果解釈の恣意性」に分類できる.そこでこれらの要因について問題点を整理し,その上でその解決の方策について検討したい.

・事象を構成する要素の不確定性

課題解決が求められる事象においてその構成要素が明確でない場面は多い.この要素の不確定性は背景知識の潜在化によってさらに増大する.そしてそれは未発見の関係性を思索する場合にも障害となる.そこで事象に関する背景知識の明示的表現および全体像の俯瞰により,利用者の研究における意識の位置付けを明らかにし,不足している部分の「気付き」を支援するシステムが求められる.

・事象を表現するモデルの多様性

現実世界には,多様な粒度・精度を持つ様々なデータ・解釈・主張が存在している.それらが事象に応じて適切に使用されるためには,モデルや知識を管理するシステムが求められる.

・モデルから得られた結果解釈の恣意性

背景知識と結果解釈との整合性が検証されていないため,それは多種多様で不完全なものとなる.そのような状況における整合性の検証には,様々な研究者の試行錯誤が必要になる.そこでこの試行錯誤を支援するシステムが求められる.

2. 目的

本研究では,課題解決のための情報表現と情報管理プラットフォームを構築することを目的とする.情報表現とは「事象に関する背景知識の明示表現および全体像の俯瞰により,利用者の「気付き」を支援するシステム」をさす.また情報管理とは「様々な知識を管理・利用するシステム」および「背景知識と結果解釈との整合性検証を行うための,研究者の試行錯誤を支援するシステム」をさす.このプラットフォーム構築を通して,複雑な事象の課題解決に結びつく方法論の開発を行う.

3. 方法

今回構築したシステムの名称をVirtual Laboratoryとした.

3.1. Virtual Laboratoryの概念設計

Virtual Laboratoryはネットワークを通した相互作用を活用し,多くの研究者の試行錯誤を支援する.このシステムに要求される役割として,情報管理システムには「情報共有」「検証支援」「研究者間の共創支援」,情報表現機能部分には「背景知識の明示表現および全体像の俯瞰」「俯瞰図と構造化された情報との関係性による背景知識の選択」がある.そこで各々の詳細を述べる.

・情報管理システム

断片的に存在する情報や成果を,一つの意見に収斂するためのプラットフォームとして,webを利用したポータルサイトを構築した.各々の情報を共有するだけでなく再編も行うことができ,研究者「間」の試行錯誤を支援する.それによりシステム上で,研究者は実験などの情報やプログラムを共有し,それを基に検証し,さらにコミュニケーション機能を利用した共創活動を行うことができる.

・情報表現システム

背景知識の明示表現および俯瞰図を作成する際,専門家の知恵を基に情報を構造化し,それらを表現した.さらにそれらをライブラリとして蓄積する.俯瞰図と構造化された情報との関係性を基に事象に適した背景知識をそのライブラリの中から選択可能にすることで,利用者のポジショニングを明らかにし,不足している部分の「気付き」を支援した.

3.2. Virtual Laboratory構築内容

蓄積・共有し,利用することができる枠組みは,PHPやPerl,Javaのプログラム言語およびApatchやPostgreSQL,ShareTask(TM),Pukiwikiなどを内部プロセスに組み込むことで構築した.さらにコミュニケーション機能はAJAX,PHPのプログラム言語によって構築した.またVirtual Laboratory上で取り扱われるデータ表現は,テキストデータ(自然言語)・数値データ・画像データとした.さらにモデル表現には,背景知識と結果解釈との整合性検証に必要な研究者の試行錯誤を支援するために,目的/対象 /過程/状態/条件/観察データ/作成者のデータを付与した.

4. 結果と考察

4.1. 情報管理システム

異なる研究グループ間で情報を管理するための「ポータルサイト」を構築した.

このシステム上で,人的情報・知識・モデル,それぞれをつなぐネットワーク構造は共有・検証・共創に利用されている.さらにそこから得られた結果がこのシステムに蓄積されるという意見収斂のためのサイクルができた.このような特徴を持つことで,このシステムは課題解決のための基盤技術として利用することが可能だと考えられる.

4.2. 情報表現システム

思索支援のための手法として,俯瞰図と構造化された情報との関係性を利用し,課題となる事象に沿って,構造化された情報のライブラリから適切な背景知識を選択するシステムを検討した.これは未発見の関係性の思索への貢献も期待できる.

4.3. 考察

本研究では事象の複雑さを表現する際,問題同士のリンク構造で対応している.しかしその関係性の中に複数の解釈が入り乱れる場合,その構造が破綻することも考えられる.そこで補完的な手法として統計手法による相関関係を利用することも考えられる.その一方でリンク構造は非常に直感的であるため,試行錯誤における利用者の混乱回避に貢献すると考えられる.

5. まとめ

問題を複雑にしている要因である「事象を構成する要素の不確定性」「事象を表現するモデルの多様性」「モデルから得られた結果解釈の恣意性」を解消するために,下記の要件を満たす「課題解決のための情報表現と情報管理プラットフォーム」を構築した.

・様々な知識を管理・利用

・背景知識と結果解釈との整合性検証を行うための,研究者の試行錯誤を支援

・事象に関する背景知識の明示表現および全体像の俯瞰により,利用者のポジショニングを明らかにし,不足している部分の「気付き」を支援

これにより研究者群の解法プロセスを通して,一つの意見に収斂するための「場」を提供する.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は課題開発のための情報表現と情報管理プラットフォームに関する研究で、6章より構成されている。

 第1章は序論である。研究の背景と目的が述べられている。環境問題に代表されるような多分野の専門家の協力により課題解決が達成される複雑な事象について例示し、複数の専門家の知識を有機的に活用し問題解決をはかるプラットフォームの必要性を述べ、そのための情報システムを構築することを研究目的であるとしている。

 第2章では、物理、材料、市場、環境などの広範な分野から複雑な求解プロセスが必要となる事例を選定して分析を行っている。複雑な事象を参加者の視点、背景知識に着眼し、それぞれの情報リダンダンシー/エントロピーによって事象を6つに分類し、それぞれの事例に関する情報表現と問題設定と問題解決に至る経緯について議論している。

 第3章では材料設計およびネットワークコミュニケーション分野における類似のシステム事例の紹介と評価を述べている。

 第4章では、本研究で構築した情報システムの設計概念の説明と、ネットワークを活用した共創型プラットフォームの実装例の説明と評価を述べている。適用範囲の広い汎用の情報システム設計の開発や対象を特化したエキスパートシステムには、それぞれ問題解決能力や知識獲得に要するコストに問題があったが、この研究では本格的な情報システムへと段階的に成長させるため、情報の品質、量、価値のバランスの良い改善を目標にしたシステムの概念を提案し、実装している。具体的には、専門家の知見が最も集約されている論文、教科書、参考書などのテキストデータ、研究成果としてのデータベース、シミュレーション、プログラム、知識システム等のオブジェクトに関わる使途、付加価値生成のプロセス、コンテクストのデータベース構築とデータの俯瞰、再利用のためのブラウザーとエディター、因果関係を記述するための知的辞書の開発である。一般に、テキストデータには出版社、著者の版権、データおよび手続き型オブジェクトには開発者の知的所有権や情報モデル、情報インフラの相互運用可能性の問題が存在することから、同一のプロジェクトチーム内での利用においてもきめ細かな情報管理を必要としている。そこで、

・情報をユニットとパスから構成される知識のネットワークとして蓄積・共有、

・開発者の権利を守り、管理コストを低減する計算ポータル、

・情報の相関や構造化された既往の知識による類推に基づく知識の探索、

・求解プロセスを共創するためのコミュニケーション空間の創出

の機能を持つプラットフォームを開発した。これによって知的所有権に沿っての個別情報の隠蔽と俯瞰機能の拡充による透明性の確保という相矛盾する要求仕様を実現した。例えば、コンピュータプログラムやデータベース開発者の権利保護に関しては、それぞれのオブジェクトの価値を可能な限り共有してもらうため、システムが提供する「情報資源の共有機能」を、「情報そのものの共有」と「情報の価値のみ共有」の二つに分類し管理することにより、知的所有権の障壁に阻まれることの少ない自由度の高い情報環境を実現している。

 第5章は考察である。当該情報管理プラットフォーム国際共同プロジェクトでの運用経験を基に、今後の情報管理プラットフォームのあり方や環境問題における問題解決について論じている。

 第6章は結論であり、本研究のまとめが述べられている。

 以上を要するに、本論文は複数の専門家の知識を有機的に活用し問題解決をはかるプラットフォームの必要性を述べ、知的財産権の問題も含む複雑な課題の解決のための情報表現と情報管理プラットフォームに関する新たな概念を提示し、そのための情報システムを構築した。こうした成果はシステム量子工学の進歩に貢献することが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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