学位論文要旨



No 121844
著者(漢字) 酒井,幹夫
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,ミキオ
標題(和) 核燃料粉末の流動を考慮した臨界解析のための粒子法に関する研究
標題(洋)
報告番号 121844
報告番号 甲21844
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6374号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 奥田,洋司
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 劉,傑
内容要旨 要旨を表示する

 原子力エネルギーは、供給安定性、経済性、環境負荷において、優れたエネルギー源であることから、日本国内の発電電力量の35%以上(1997年以降)を賄うまでに成長し、欠かすことの出来ない重要なエネルギー源となっている。日本は資源に恵まれないため、エネルギーの安定確保と資源の有効利用のために、安全確保を大前提に核燃料サイクルの確立を基軸にした原子力エネルギー政策が進められている。

 核燃料サイクルとは、天然に存在するウラン、トリウム資源を採掘、精錬、転換、濃縮、加工して核燃料として原子炉で使用し、さらに原子炉から取り出した核燃料を再処理、再加工して再び原子炉で使用し、残りを廃棄物として処理処分するまでの一連の循環を意味する。核燃料サイクルの中枢を担う施設の多くが青森県六ヶ所村に建設されている。これらの施設は、建設に際して、安全評価がなされている。

 原子力施設の安全評価では、設計基準事象を選定して、万一の事故が起きた場合でも安全設計が妥当であることを確認する。評価結果の判断の基準は、公衆に対して著しい被ばくのリスクを与えないこととしている。このため、火災、爆発、臨界、漏洩、機器故障などに関する代表事象を設計基準事象に選定して、信頼性のあるデータおよび解析で評価する。特に、臨界評価については、1999年9月30日に(株)ジェー・シー・オー東海事業所転換試験棟で臨界事故が発生したのを受けて、重要性が再認識されている。

 原子力施設の臨界評価では、いかなる事象であっても臨界にならないように設計する。そのため、臨界安全管理がなされており、核分裂性物質が臨界量に達しないようにする質量制限、核分裂性物質の濃度が一定値を超えないようにする濃度制限、核分裂性物質を含む物質またはそれを入れる容器の形状寸法がある値以上にならないようにする形状寸法制限などの技術手段が適用されている。その結果、臨界評価では、解析値に安全裕度が見込まれる。

 これまでの臨界評価は、大きな安全裕度を設定したため、媒体の流れなどの現象を反映した評価はほとんど行われてこなかった。例えば、核燃料製造の粉体プロセスにおいて、装置内における核燃料粉末の流動に伴って生じる諸現象が臨界評価へ及ぼす影響は、ほとんど議論されてこなかった。設計や運転の合理化が進められるため、核燃料製造工程などにおいて、核燃料粉末の流動をはじめ、媒体の流れなどの現象を考慮した臨界解析手法の開発が望まれている。なお、核燃料の製造工程の粉体プロセスでは、核燃料粉末が不連続体として振る舞う体系が多いことが知られている。

 本研究では、粉体が不連続体として振る舞う体系を精度良く評価でき、さらに粒径分布を比較的容易にモデル化できる離散要素法を粉体流動解析手法として選定した。離散要素法と臨界解析を結合する手法を開発し、本手法に基づく統合コードシステムをCOARA(Coupled analytical method for the criticality evaluation considering the granular flow of Radioactive materials)と名付けた。COARAは、離散要素法による粉体流動解析機能、モンテカルロ法による臨界解析機能、中性子の体系からの漏えいの影響を評価するための粉体層表面積計算機能および粉体流動解析の可視化機能から構成されている。COARAを回転円筒容器内でUO2粉末が流動する体系に適用し、UO2粉末の流動によって生じる諸現象が臨界評価へ及ぼす影響を検討した。一方で、離散要素法には、計算で取り扱うことのできる粒子数に限界があるため、通常の産業の粉体プロセスで取り扱われるような10億個以上の粒子を用いた大規模体系シミュレーションを行うことが実質的に不可能である。そのため、離散要素法を用いた大規模解析体系のシミュレーションを行うためのモデルも本研究において開発した。以下に、本研究で検討した内容について述べる。

 回転円筒容器内において単一粒径のUO2粉末が流動する体系にCOARAを適用し、粉体流動諸現象が臨界評価へ及ぼす影響を検討した。容器の回転速度および注入粒子数をパラメータとして、UO2粉末の流動を考慮した臨界解析を行った。注入粒子数をパラメータとしたとき、回転速度を60rpmとし、注入粒子数を3000個、5000個および7000個と変化させた。一方で、回転速度をパラメータとしたとき、注入粒子数を7000個とし、回転数を30rpm、60rpmおよび150rpmと変化させた。注入粒子数をパラメータとした検討では、全てのケースにおいて、回転開始から0.3秒から0.6秒程度で粉体層の崩壊が起こり、その後準定常状態になった。注入粒子数が3000個のとき、回転円筒容器内でUO2粉末の揺動が観察された。このようなUO2粉末の流動を考慮した臨界解析を行い、実効増倍率の時間変化を求めたところ、実効増倍率は回転開始とともに減少し、粉体層の崩壊時にさらに減少し、その後ほぼ一定となった。また、UO2粉末の揺動は、臨界評価にほとんど影響を及ぼさなかった。回転速度をパラメータとした検討では、準定常状態における粉体層の自由界面の形状は回転速度に依存した。粉体層の自由界面の形状は、30rpmのとき直線型であり、60rpmのときS字型であった。回転速度が臨界速度を超える150rpmになると、粒子は容器壁に圧着して運動し、粉体層の形状はO型になった。このようなUO2粉末の流動を考慮した臨界解析を行い、実効増倍率の時間変化を求めたところ、注入粒子数をパラメータとした場合と同様に、実効増倍率は回転開始とともに減少し、粉体層の崩壊時にさらに減少した。回転速度が速くなると、初期状態と準定常状態の実効増倍率の差が大きくなった。これらの解析結果から、粉体の運動によって粉体層が膨張するダイラタンシーが起こり、粉体層の表面積が増大して中性子の漏えいが促進されるとともに、さらに体系内の原子個数密度が減少することにより、実効増倍率が減少したものと考えられる。

 粒径分布のある核燃料粉末が回転円筒容器内で流動する体系にCOARAを適用し、粉体流動諸現象が臨界評価へ及ぼす影響を検討した。さらに、マーチングキューブ法を導入して粉体層の表面積の時間変化を求め、体系からの中性子の漏えいと粉体層表面積との関係についても検討した。単一粒径のUO2粉末を注入した体系と粒径分布のあるUO2粉末を注入した体系について、両者の注入量を8.68kg、回転速度を60rpmに設定して、両者の解析結果を比較した。回転円筒容器内のUO2粉末の流動について、回転開始から0.3秒から0.6秒程度で粉体層の崩壊が起こり、その後準定常状態になった。粒径分布のある粉末が回転円筒容器内で流動すると、大きな粒径の粒子が環状外側に分布し、小さな粒径の粒子が環状内側に分布する粒度偏析が起こった。このようなUO2粉末の流動を考慮した臨界解析を行い、実効増倍率の時間変化を求めたところ、上記の解析結果と同様に、実効増倍率は回転開始とともに減少し、粉体層の崩壊時にさらに減少し、その後ほぼ一定となった。実効増倍率は、粒径分布の有無にかかわらずほとんど同じ傾向を示したが、粒径分布がある粉末の方が大きくなった。これは、粒径分布がある粉末では、大きな粒子同士の間に形成される空隙に小さな粒子が入り込むため、粉体層の表面積が小さくなると、原子個数密度が大きくなるためである。実効増倍率と粉体層の表面積との関係を検討したところ、両者には相関関係があった。また、粒度偏析の進展時に実効増倍率はほとんど変化しなかった。これは、本解析体系では原子個数密度の分布の変化が臨界評価にほとんど影響を及ぼさないことを意味すると考えられる。これらの結果より、本解析体系では、粉体層の表面積の増加による中性子の漏えいが臨界解析に大きく影響を及ぼすことが示された。

 離散要素法では、計算で取り扱うことのできる粒子数に限界があり、大規模体系シミュレーションを行うことが実質的に不可能である。既存の離散要素法の大規模解析体系モデルは、粒子-流体間相互作用が支配的な体系を対象としており、粒子-粒子間に作用する接触力のモデル化がなされていない。そこで、離散要素法の大規模解析体系において接触力を精度良く評価できるモデルとして、改良型代表粒子モデルを開発した。改良型代表粒子モデルでは、オリジナル粒子よりも大きな代表粒子を用いて、オリジナル粒子群を代表粒子としてモデル化した。改良型代表粒子モデルでは、相互作用時において、代表粒子に含まれるオリジナル粒子の速度に基づく並進運動および角速度に基づく回転運動のエネルギーの総和(計算上、代表粒子内に存在するオリジナル粒子の運動エネ

ルギーの平均とオリジナル粒子数の積)が、オリジナル粒子径のl倍の大きさの代表粒子の運動エネルギーと一致するとしてモデル化した。数値実験を行い、改良型代表粒子モデルの妥当性を検証するとともに、適用範囲を検討した。

 今後、これらの手法とモデルを用いて、実際の核燃料製造工程における臨界評価へ適用されることが望まれる。本研究で開発した詳細解析モデルを導入することによって安全裕度を減らすことができるため、効率的な設計および運転が可能になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は核燃料粉末の流動を考慮した臨界解析のための粒子法に関する研究で、6章より構成されている。

 第1章は序論で、研究の背景と目的が述べられている。核燃料施設の臨界評価では、いかなる場合でも臨界にならないように設計しなければならない。しかしながら、これまでの臨界評価では、核燃料製造装置内における核燃料粉末の流動に伴って生じる諸現象が臨界評価へ及ぼす影響についてほとんど議論されていなかった。そこで、粉体が不連続体として振る舞う体系を精度良く評価できる離散要素法を粉体流動解析手法として用い、離散要素法と臨界解析を結合することで核燃料粉末の流動を考慮した臨界安全解析手法の開発をすることが研究の目的であるとしている。また、本研究で開発されるコードシステムはCOARA(Coupled analytical method for the criticality evaluation considering the granular flow of Radioactive materials)と名付けられている。

 第2章では臨界解析統合コードシステムCOARAの開発について記述されている。離散要素法による粉体流動解析手法、モンテカルロ法による臨界解析手法、および可視化手法についてまとめられている。

 第3章では回転円筒容器内で流動する核燃料粉末の臨界解析についてまとめられている。回転円筒容器内において単一粒径のUO2粉末が流動する体系にCOARAを適用し、容器の回転速度および注入粒子数をパラメータとして、UO2粉末の流動を考慮した臨界解析がおこなわれている。注入粒子数をパラメータとした解析では、全てのケースにおいて回転開始から0.3秒から0.6秒程度で粉体層の崩壊が起こり、その後準定常状態になっている。実効増倍率は回転開始とともに減少し、粉体層の崩壊時にさらに減少し、その後ほぼ一定となっている。回転速度をパラメータとした解析では、準定常状態における粉体層の自由界面の形状は回転速度の増加に伴い、直線型、S字型、さらに粒子が容器壁に圧着して運動するO型へと変化している。実効増倍率は回転開始とともに減少し、粉体層の崩壊時にさらに減少している。回転速度が速くなると、初期状態と準定常状態の実効増倍率の差が大きくなっている。これらの解析結果から、粉体の運動によって粉体層が膨張するダイラタンシーが起こり、粉体層の表面積が増大して中性子の漏えいが促進されるとともに体系内の原子個数密度が減少することにより、実効増倍率が減少すると考察されている。

 第4章は粒径分布のある核燃料粉末が回転円筒容器内で流動する体系にCOARAを適用したものである。さらに、マーチングキューブ法を導入して粉体層の表面積の時間変化を求め、体系からの中性子の漏えいと粉体層表面積との関係についても検討されている。単一粒径および粒径分布のあるUO2粉末を注入した体系について比較したところ、粒径分布のある場合において大きな粒径の粒子が環状外側に分布する粒度偏析が起こっている。実効増倍率は粒径分布の有無にかかわらずほとんど同じ傾向を示したが、粒径分布がある粉末の方が大きくなっている。これは、大きな粒子の間に形成される空隙に小さな粒子が入り込むため、粉体層の表面積が小さくなるとともに原子個数密度が大きくなるためであると考察されている。実効増倍率と粉体層の表面積とは相関関係があったが、粒度偏析の進展時に実効増倍率はほとんど変化しないことが明らかになったとされている。

 第5章では大規模体系を扱うための改良型代表粒子モデルが提案されている。離散要素法において扱うことのできる粒子数には計算機性能から決まる限界があり、大規模体系のシミュレーションをおこなうことが実質的に不可能であった。そこで、本章で提案される改良型代表粒子モデルにおいては、オリジナル粒子よりも大きな代表粒子を用いる。そして、代表粒子の接触力に用いるべきパラメータをオリジナル粒子のものから理論的に導出している。改良代表粒子モデルを用いた数値実験をおこない、本モデルの妥当性を検証するとともに、適用範囲が検討されている。

 第6章は結論であり、本研究のまとめが述べられている。

 以上を要するに、本論文は核燃料製造工程の臨界安全において、核燃料粉末の流動を詳細に取り扱うことのできる手法を開発し、今後の臨界安全評価の精度を高めるものであるとともに、開発した手法を用いて核燃料粉体の流動が臨界評価へ及ぼす影響について解析し、新たな知見を見出している。こうした成果はシステム量子工学の進歩に貢献することが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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