学位論文要旨



No 121845
著者(漢字) 篠原,主勲
著者(英字)
著者(カナ) シノハラ,カズノリ
標題(和) 流れ場に置かれた構造物の随伴変数法による形状最適化
標題(洋)
報告番号 121845
報告番号 甲21845
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6375号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奥田,洋司
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
内容要旨 要旨を表示する

 飛行機、タービン、船、配管などは、日常生活に必要な基幹製品であり、技術革新による代替製品の開発が困難である。そのため我々は今後もこれらの基幹製品を用いる必要がある。数世代にわたって蓄積された技術資料により、製造元企業は安全性・信頼性改善のために乗り越えるべき技術的課題や、社会的ニーズ(社会が要求する付加価値)を明確に把握している。製品開発の優位性を保つため、既存製品の需要の促進と技術的課題の解決がスピーディに要求される。そのため、需要と技術的課題を定量的に数値化し、その数値を最大限に引き出すため、設計仕様が特性、信頼性、低コスト性の三大要因を同時に満たされた合理的な製品開発設計が要求されている。外形設計が三大要因に依存する飛行機翼などを対象として、合理的な設計を開発可能にする方法に形状最適化がある。

 形状最適化とは,構造物の外形を変形することで,最大の性能,信頼性,低コスト性を有する構造物を構築することである。従来,流体と構造が関わる形状最適化の分野(飛行機翼,タービン翼,船体など)では,抗力や揚力を実験による検証で,評価の対象となる性能,信頼性,低コスト性を検討してきた。コンピュータの発達に伴い,設計段階で構造物の計算モデルを作成し,その計算モデルの形状を評価対象に最適化することが可能になった。最適化手法には,実験計画法,数理計画法,タグチメソッド,GA,SA,ファジイ,ニューラルネット,ゲーム理論などがあるが,これらの手法では,表面形状を制御するパラメータである設計変数の数が増加するにつれて,評価関数の勾配,すなわち感度を求めるために必要な流体の再計算の回数が増大する。したがってメッシュの解像度が上がるにつれて,計算量の点から現実的に,最適化計算が実行困難となる。そのため,一度の流体計算でn個の設計変数に対して感度を求める随伴変数法に基づく形状最適化システム開発に着目する。随伴変数法とは,変分原理に基づく制約条件付きの変分法で,随伴変数と呼ばれるラグランジュ乗数を導入することで,制約条件付きの評価関数の極値探索問題を制約条件なしのラグランジュ関数の極値探索問題に置き換える。

 1970年代より、差分法による翼形状の感度解析を構築した。同時期に非圧縮粘性流れでも感度解析が試みられた。1980年代には、CFDアルゴリズムの適用により、非圧縮オイラー方程式で翼形状を最適化した。1980年代後半には、随伴変数法を定式化した。その手法のCPU計算時間を低減する手法を提案した。1990年代より非構造格子を用いた最適化の計算を試みた。非構造格子でのナビエ・ストークス方程式による低レイノルズ数領域での計算が行われた。これらの研究では、初期形状を十分に最適形状に近づけ、カルマン渦が発生しにくい物体形状に設定する必要があった。高レイノルズ数の領域では、円柱などのカルマン渦が発生しやすい初期形状から最適形状へ、目的関数が収束した計算結果が示されていない。

 本研究では、流れ場に配置した3次元円柱がモデル化された高解像度のメッシュを最適化するため、ラグランジュ関数の停留条件から流れ場の時間幅を用いて最適化計算開始時間と終了時間を定式化し、非定常流れ場でもロバストに最適解に収束可能とする随伴変数法を構築した.有限要素法により、ラグランジュ関数の方程式を離散化した。メッシュ大変形を許容する重調和方程式、流体の安定化手法からなるシミュレーション技術を随伴変数法アルゴリズムに実装した.これにより最適形状と関連がなく、カルマン渦が発生するような初期形状からでも最適形状構築を実現可能とした。

 第1章では、形状最適化の必要性と本研究の背景を述べる。

 第2章では、随伴変数法を定式化するために、詳細に変数を定義し、状態方程式、随伴方程式、感度方程式からなる随伴変数法による感度解析を構築した。このときに従来での定式化では、議論されていない最適化計算の時間幅の条件および随伴方程式の境界条件をラグランジュ関数の停留条件より導出した。その導出過程を詳細に記した。

 第3章では、プログラム実装上、計算結果の再現性で重要となってくる連続系の方程式から離散系の方程式への誘導を、有限要素法を用いて詳細に記述した。ナビエ・ストークス方程式に適用される流速、圧力の分離型解法であるFractional step法を随伴方程式へ適用した。これにより状態変数から随伴変数を計算できるようにした。これらの変数から感度方程式により、感度を求めることができることを示した。

 第4章では、随伴変数法による感度解析から形状を変形させるために必要となる形状最適化の要素技術を述べた。形状最適化で問題となる"最適解の探索方法"、"物体の体積の保持"、"メッシュの変形技術"、"物体の表面の平滑化"、"流体解析の安定化"からなる形状最適化で特に重要となった問題点を挙げ、そのひとつひとつに対して解決方法を提案した。これにより、メッシュ変形の不安定性の要因となる高解像度、流体解析の不安定性要因となる高速流での極めて厳しい計算条件下でもロバストに計算可能とした。

 第5章では、状態変数、随伴変数、感度が複雑に絡み合う随伴変数のアルゴリズムの開発が困難なため、並列化、線形ソルバー、ファイルI/Oなどからなるプログラムライブラリ,HPC-MWを用いることで、随伴変数法によるプログラム開発可能とし、期間を劇的に短縮した。また行列の要素データを1次元の圧縮行列で保持することで、データを記憶するためのメモリを低減した。

 第6章では、上記のアルゴリズムにより、ストークス方程式を用いて、形状最適化を計算したところ、従来の最適形状とほぼ一致し、本研究の妥当性を検証した.その手法を、ナビエ・ストークス方程式を用いてレイノルズ数100,1000のカルマン渦が発生する非定常状態で、この手法を円柱形状に適用したところ、それぞれおむすび形状、弾丸形状になることで最適解に収束し、評価関数の流体が物体表面の抗力を低減することから、本研究の有効性を示した.

 以上より、これまでレイノルズ数100前後でロバストに評価関数を収束できなかったが、本研究で提案した随伴変数法より、評価関数を収束させた。さらに従来では、計算できなったレイノルズ数1000の領域でも最適化計算が可能であることを示した。

 これにより、高レイノルズ数領域でもロバストに最適形状に収束させる随伴変数法を構築したことで、流れ場が非定常で複雑形状を有する実機の解析モデルでも計算可能となりうるものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 飛行機、タービン、船、配管などは、日常生活に必要な基幹製品であり、技術革新による代替製品の開発が困難である。そのため我々は今後もこれらの基幹製品を用いる必要がある。数世代にわたって蓄積された技術資料により、製造元企業は安全性・信頼性改善のために乗り越えるべき技術的課題や、社会的ニーズ(社会が要求する付加価値)を明確に把握している。製品開発の優位性を保つため、既存製品の需要の促進と技術的課題の解決がスピーディに要求される。そのため、需要と技術的課題を定量的に数値化し、その数値を最大限に引き出すため、設計仕様が特性、信頼性、低コスト性の三大要因を同時に満たされた合理的な製品開発設計が要求されている。本研究は、流体中に置かれた構造物の抗力低減化を実現する形状最適化を対象とするものである。

 形状最適化手法は、遺伝的アルゴリズムに代表されるような確率論的手法と感度解析に基づく決定論的手法とに大別される。確率論的手法は、設計変数の数が増加するにつれて、評価関数の勾配、すなわち感度を求めるために必要な支配方程式の計算回数が増大する。一方、決定論的手法、とくに随伴変数法は、一回の支配方程式群の解析ですべての設計変数に対する感度を求めることができるという特長があり、本研究の対象とする問題の最適化アプローチとして適当である。しかしながら、流体中に置かれた構造物の形状最適化問題に随伴変数法を用いた場合には、評価関数がたびたび収束しないなどの問題点があった。

 本研究では、ある時間幅に対して、非定常流れ場でもロバストに最適解に収束可能とする随伴変数法を構築した。そして、有限要素法によるラグランジュ方程式の離散化、メッシュ大変形を許容する重調和方程式、流体の安定化手法、などの要素技術と組み合わせることにより、随伴変数法に基づく形状最適化アルゴリズムを実装し、適用事例を通じてその有効性を示した。

 本論文は8個の章から構成されている。第1章では、形状最適化の必要性および形状最適化の分類が述べられている。形状最適化で重要となる感度解析の進展とその適用例が詳細に述べられている。

 第2章では、随伴変数法を定式化するために、詳細に変数を定義し、状態方程式、随伴方程式、感度方程式からなる随伴変数法による感度解析の手順が示されている。このとき、従来の定式化では議論されていない、最適化計算の時間幅の条件および随伴方程式の境界条件をラグランジュ関数の停留条件より導出した。

 第3章では、支配方程式群の有限要素法による離散化が述べられている。すなわち、原始変数に基づくナビエ・ストークス方程式の分離型解法であるFractional Step法を随伴方程式へ適用し、状態変数、随伴変数を求めたのちに、これらの変数から感度方程式により感度を計算する方法が述べられている。

 第4章では、随伴変数法による感度解析から形状を変形するために必要となる形状最適化のいくつかの要素技術が述べられている。形状最適化で問題となる"最適解の探索方法"、"物体の体積の保持"、"メッシュの変形技術"、"物体の表面の平滑化"、"流体解析の安定化"からなる形状最適化で特に重要となった問題点を挙げ、そのひとつひとつに対して解決方法が述べられている。これにより、メッシュ変形の不安定性の要因となる高解像度、流体解析の不安定性要因となる高速流での極めて厳しい計算条件下でもロバストに計算可能としたことが示されている。

 第5章では、状態変数、随伴変数、感度が複雑に絡み合う随伴変数のプログラム開発を効率的に進めるために、並列化、線形ソルバー、ファイルI/OなどからなるプログラムライブラリであるHPC-MWを用いることで、随伴変数法によるプログラム開発可能とし、期間を劇的に短縮したことが述べられている。

 第6章では、上記のアルゴリズムにより、ストークス流れのもとで円柱形状の最適化計算を実施したところ、従来の最適形状とほぼ一致し本研究の有効性が確認されたことが述べられている。さらに、その手法を、ナビエ・ストークス方程式を用いたレイノルズ数100、250、1,000の非定常状態に適用したところ、おむすび形状、弾丸形状などに安定に最適形状に収束し、評価関数である表面力を低減化できたことが述べられている。

 第7章では、より現実的な状況を想定し、曲がり管に対して随伴変数法による形状最適化手法を適用することで、構造物の表面力を低減する配管形状が構築できることが述べられている。初期形状と比較して曲がり部が丸みを帯びた最適な形状を構築することで評価関数を9%低減していること示されている。

 以上より、本研究は、流れ場に置かれた物体の形状最適化問題において、新しい基本原理の確立に寄与し、その原理を用いた大規模流体シミュレーション技術は、工学一般の内部流れ等の科学的データの蓄積等にも寄与するものであり、広くその知見を開示することは技術貢献に値する。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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