学位論文要旨



No 121850
著者(漢字) 筒井,健
著者(英字)
著者(カナ) ツツイ,ケン
標題(和) 高解像度衛星画像を用いた3次元定量地形解析技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 121850
報告番号 甲21850
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6380号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 助教授 福井,勝則
 東京大学 助教授 松島,潤
内容要旨 要旨を表示する

 近年,異常気象,多発する地震,そして人口増加による宅地開発に関連して,世界各地で多発する自然災害が深刻な問題になっている.また,地球温暖化の進展は,今後更に多くの異常気象に伴う自然災害を引き起こすと懸念されている.我が国が属するアジア地域は,地形特性の一つとして急峻な山地が多く,多くの山地で社会基盤が形成されている.その地形特性に起因して,地震や豪雨に伴う地すべり,斜面崩壊,土石流等の斜面における地質災害が増加している.例えば,我が国では2004年10月23日に,新潟県中越地震(M6.8)が発生し,1,000箇所以上の地すべり・斜面崩壊が発生し,住居,交通機関,インフラ施設に甚大な被害を与えた.また,豪雨に伴う斜面災害も深刻であり,我が国では,最近数年間に渡り大型台風の上陸が相次ぎ,各地で斜面崩壊,土石流等の被害が頻発している.

 大規模かつ多発する斜面災害の被害は,急峻な山地で広域に分布するため,現在,広域に対応した災害調査技術の実現が期待されている.従来,災害発生時には,復旧計画策定のための現地測量や航空写真を用いた局所的な地形調査が行われてきた.しかしながら,大地震や台風に伴う広域災害では,全体を網羅するために多くの時間と費用が必要であり,また,人を寄せ付けないような急峻地や海外では調査の実施が困難な問題があった.また,全体視野的な調査が欠落しているため,将来の災害予測にとって貴重な地域固有の地形特徴を十分に分析できない問題があった.その問題解決のための広域調査技術の一つに,近年,宇宙を航行する人工衛星を用いたリモートセンシングの活用が期待されている.衛星リモートセンシングは,数百km2以上に及ぶ情報の広域性と,数日〜数十日間隔の情報の周期性に利点があり,この2つの利点は災害監視への応用に適合する.しかしながら,従来,衛星リモートセンシングを用いて取得される情報の多くは2次元定性情報であり,3次元定量的な地形情報が取得できないため,復旧計画策定で用いる崩壊土量や危険度評価で用いる斜面形状等の取得が不可能であった.そのため,利用は概要把握段階に留まり,計画策定等の実用段階に至っていない.その課題解決には,高精度の高さ情報を含む3次元地形情報の取得とその利用技術の開発が急務である.

 このような背景から,本論文では,自然災害で実用可能な広域地形調査技術の確立を目的に,高解像度衛星画像を用いた高精度の3次元定量地形解析技術を提案する.提案技術を用いれば,従来に10m以上の高さ誤差があった広域の3次元地形データをおよそ5m誤差で効率的に収集可能であり,大規模斜面災害の評価へ応用できる.災害評価では,(1)災害発生箇所の検出,(2)発生規模の定量評価(崩壊体積等),(3)災害地形の特徴評価(地形勾配等)へ適用できる.提案技術は,以下の3つの要素からなる.一つ目の要素は,高解像度衛星画像からの山地斜面に対応した高精度DEM(Digital Elevation Model:デジタル標高データ)抽出手法である.従来に斜面で発生していたDEMの高さ誤差を減少させ,樹高補正により森林地での地盤高さ推定を可能にした.二つ目の要素は,高精度DEMを用いた地形変化の検出手法である.崩壊発生箇所や土石流堆積箇所を検出できる.三つ目の要素は,高精度DEMを用いた災害規模の定量評価である.地形崩壊の深さや崩壊体積量の定量算出が行える.

 以下に,各要素に関する研究内容を述べる.

(1) 山地斜面での性能向上を目的に,斜面と植生に対応した高解像度衛星ステレオ画像からの高精度DEM抽出手法を新しく提案した.斜面と植生で従来発生していた計測誤差を減少させた方法である.斜面への対応では,従来発生していた急斜面での計測エラーを減少させるため2つのアプローチを検討した.一つ目は,初期地形モデルに基づく画像探索であり,誤探索に起因する大きな標高エラーの発生を減少させた.二つ目は,地形連続性の条件化であり,近似面を用いて地形連続性をモデル化し,斜面で発生する細かな誤差を補正した.植生への対応では,平均樹高と画像分類に基づく樹林境界からの距離係数に基づく樹高補正を検討した.

 研究手法に基づくDEMの基本性能と実用性能を3種類の最新計測機器を用いて評価した.精密GPSを用いて基本性能を平地で検証した結果,2.5m解像度のSPOT-5衛星画像を使用した場合,RMSE(Root Mean Square Error) 約2mの誤差で標高計測が可能であり,その値が理論精度と同等であることを実証した.実用評価では,斜面崩壊地と森林山地で精度検証した.斜面崩壊地では,2箇所の大規模崩壊地で地上設置型レーザ計測データと比較した結果,RMSE約4〜5mで標高推定が可能であった.森林山地では,航空機搭載レーザ計測データと比較した結果,樹高補正を行った場合にRMSE 約4〜5mで標高計測が可能であった.これらの結果は,提案手法の山地斜面での標高推定への適用性を示している.

(2) 高解像度衛星画像から抽出した高精度DEMを地震に伴う斜面災害と豪雨に伴う斜面災害の検出へ実証的に適用した.災害前後の2時期の高精度DEMの抽出,差分に基づき標高変化を観測する方法を提案し,その手法は誤差領域を相互相関と面積によって正誤判定して,誤検出を低減する機能をもつ.地震に伴う斜面災害の例として,2004年新潟県中越地震を解析し,豪雨に伴う斜面災害の例として,2004年ミンドリ台風に伴う台湾中部大甲渓の豪雨災害を解析した.高さ差分の検出精度を検証したところ,2.5m解像度のSPOT-5衛星画像を用いた場合,傾斜角30度以内ではRMSE約3〜4mであり,傾斜角30度以上では地形種類により異なり,急斜面が点在する中越地域では約4〜6mで,急斜面が連続する大甲渓地域では約5〜10mであった.これらの傾向を踏まえて,両地域で発生した斜面災害を解析したところ,両地域で共に,大規模災害箇所が精度良く検出された.10m以上の高さ変化かつ100m幅(または長さ)以上で定義した主要な発生箇所の検出率は100%であった.また,解析結果に含まれる真の地形変化の面積割合を検証したところ,中越地震の場合に84%,ミンドリ台風豪雨の場合で65%であり,精度良い検出が実証された.これらの結果は,提案手法の災害検出への高い適用性を示している.

(3) 高精度DEMを用いて大規模斜面災害の発生規模の定量化を試み,その推定精度を明確化した.実験では,2時期DEMの差分に基づく『深さ』と『体積』の定量化指標を設定し,10m以上の高さ変化の大規模な斜面崩壊,土石流で指標推定を行い,その推定精度を検証した.その結果,『平均深さ』はRMSE約2m,『体積』は約100 m3×103の精度で推定可能であった.一般に,大規模崩壊では数10万〜数100万m3の土砂体積が発生するため,提案手法はこれらの定量評価に十分適用できる.また,土石流災害を例に,定量評価を災害要因に関連する地形特徴分析へ応用した.土石流規模と河床勾配の関係に着目して,堆積と侵食の境の勾配,大規模土石流が堆積した勾配の特徴を抽出した.抽出した特徴勾配は検証データと良く整合し,災害要因究明への応用可能性を示した.

 これらの本論文の成果は,提案したDEM作成手法およびDEMを用いた斜面における地質災害の定量評価手法の高い実利用性を示している.提案技術を用いれば,高解像度衛星画像を用いて遠隔から大規模災害の定量的かつ網羅的な事後評価を精度良く行うことが可能である.

審査要旨 要旨を表示する

 近年,異常気象や大規模地震が多発し、さらには人口増加による無秩序な宅地造成等によって世界各地で自然災害が深刻な問題となっている。とりわけ我が国が属するアジア地域は,地形特性の一つとして急峻な山地が多く,地震や豪雨に伴う地すべり,崩壊,土石流等の斜面における地質災害の発生が増加している.従来,災害発生時には,復旧等の計画策定のため,現地測量や航空写真を用いた局所的な地形調査が行われてきた.しかしながら,大地震や台風に伴う大規模災害では,全体を網羅するために多大な時間と費用が必要であり,また,急峻な山地や海外では調査の実施そのものが困難な場合も多い.それらの解決のため,本研究は、従来、2次元に留まっていたデータ解析技術を、立体視を基盤とする3次元計測技術に脱皮させることによって、防災分野における実用的な衛星リモートセンシングの実現をめざしたものである。

 まず、本論文では,高解像度衛星画像からの斜面と植生に対応した高精度DEM(Digital Elevation Model:デジタル標高データ)の抽出手法を提案している。これは広域の3次元地形データを高精度で導出可能にする方法であり、災害発生箇所の検出,被害規模の定量評価,地形特徴の分析等に威力を発揮するものである。斜面への対応では,初期地形モデルに基づく画像探索と地形連続性の条件化により,従来、急斜面で発生していたDEMの高さ誤差を減少させ,さらに平均樹高と画像分類に基づく樹高補正により森林地での地盤高さ推定を可能にしている.そして,DEMの精度を,3種類の最新計測機器と比較して評価している.2.5m解像度のSPOT-5衛星画像を用いた場合,平地での精度は精密GPSとの比較によって約2m,斜面崩壊地での実効精度は地上レーザ計測との比較によって約5mであることを検証している。また,森林山地での実効精度は航空機レーザ計測と比較して約5mであったことも報告している.これらの結果、提案手法は山地斜面においても充分適用可能であることを示している.

 次に,高精度DEMを用いた斜面災害に伴う地形変化検出手法を提案している.これは,2時期の高精度DEMの差分に基づき標高変化を自動的に検出する方法であり,DEMの差分結果の誤差領域を相関係数と面積によって正誤判定して,誤検出を低減する機能に大きな特徴がある。そして,高さ変化の検出精度は,斜面傾斜角に依存し,傾斜角が上がるにつれて精度が低下する傾向を明らかにしている.これらの傾向を踏まえて,提案手法を地震に伴う斜面災害(新潟県中越地震)と豪雨に伴う斜面災害(台湾中部のミンドリ台風豪雨)へ実証的に適用している.その結果,両地域共に,大規模災害に伴う地形変化が精度良く検出され,災害発生箇所も的確に検出されたことを示している.

 さらに,地形変化検出結果に基づく,地形崩壊体積の定量評価を試み,その結果、崩壊体積は約100×103 m3の精度で推定可能であることを示し、実用性の高さを実証している.

 一方,土石流災害を例に,定量評価を災害要因に関連する地形特徴分析へ応用している.これは、土石流規模と河床勾配の関係に着目して,侵食と堆積の境となる地形勾配,大規模土石流の堆積が多発した地形勾配の特徴を抽出したものである.この抽出結果は検証値と良く整合し,提案手法の災害要因究明への応用可能性を示している.

 以上を総合し、高解像度衛星画像からの高精度DEM抽出手法とDEMを用いた斜面における地質災害の定量評価手法を統合化し、システム化することにより、遠隔からの大規模災害の定量的かつ網羅的な事後評価を精度良く行うことが可能であると結論している.

 これら一連の研究を通じ、本論文は衛星データによる高精度DEM作成及び地質災害の定量評価に関する技術的発展に多大な貢献をしたと考えられる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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