学位論文要旨



No 121854
著者(漢字) 竹田,修
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,オサム
標題(和) 低級塩化物を利用するチタンの新製造プロセス
標題(洋)
報告番号 121854
報告番号 甲21854
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6384号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岡部,徹
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 山口,周
内容要旨 要旨を表示する

 チタンは優れた特性と豊富な資源を有しているにもかかわらず,その普及は限定的であり,工業生産が始まってから半世紀以上も経った現在でも未だレアメタルの域にとどまっている。それは,現行のチタンの製造プロセスであるクロール法の生産性が低いためである。そこで,本研究ではクロール法の最大の特長である高品質なチタンを確実に製造できる塩化物製錬法を利用し,連続化・高速化が可能な新しい還元プロセスの可能性を検討することを目標とした。具体的には,チタンの低級塩化物(サブハライド),二塩化チタン(TiCl2)あるいは三塩化チタン(TiCl3),のマグネシウム熱還元法(サブハライド還元法)を基盤とする生産性の高いチタンの高速・(半)連続製造プロセスの開発を行った。本研究で明らかにされた具体的事実を以下に述べる。

 第1章では,チタンの発見から工業生産までの歴史,これまでに行われてきたチタンの製造プロセスの研究やその特徴,問題点などを解析し,サブハライド還元法の原理と特長について論じた。クロール法の原料である四塩化チタン(TiCl4)は室温で蒸気圧の高い共有結合性の液体であるのに対し,チタンの低級塩化物は室温で非常に低い蒸気圧を有し,固体として安定である。低級塩化物を還元工程の原料として用いる利点は以下のとおりである。

(1) クロール法では,TiCl4のマグネシウム熱還元反応が強烈な発熱反応であり,反応容器の温度コントロールのため,生産速度が制限されている。しかし,低級塩化物の還元反応に伴う発熱はTiCl4のそれよりも低いため,還元反応で発生する熱量を低減でき,プロセスの高速化が可能である。

 また,クロール法の還元反応は,主に反応容器内の金属マグネシウム浴の表面における二次元の反応場で起こるTiCl4ガスと溶融マグネシウムの反応である。一方,サブハライド還元法の場合,チタンの低級塩化物が還元温度(約1073 K)においても凝縮相として安定で,凝縮相中で還元反応を進行させることができる。よって,反応場からの抜熱速度を増加できるため,プロセスを高速化できる。さらに,クロール法の二次元の反応場とは異なり,三次元の反応場を利用するため,反応の空間利用効率も高まる。

(2) クロール法では,原料であるTiCl4が金属チタンと容易に反応し,腐食するため,金属チタンを反応容器材料として用いることができない。そのため,現行の製造プロセスは鉄鋼製の反応容器を用いており,容器からの鉄汚染を避けることができない。一方,TiCl2は金属チタンと化学平衡するため,Ti / TiCl2平衡下で還元反応を進行させることにより,クロール法で利用が不可能であったチタン製の反応容器が利用できる。よって,容器からの鉄などの汚染を効果的に防止できる。

(3) 低級塩化物のマグネシウム熱還元反応による反応生成物はMgCl2であり,高い蒸気圧を有する(p°MgCl2 = 1×10-2 atm @ 1200 K)ので,クロール法と同様に真空蒸留により副生成物を容易に分離できる。よって,リーチングを用いずに,効率の高いマグネシウム電解を利用して金属マグネシウムおよび塩素ガスへの再生が容易に行える。

(4) チタン製反応容器を利用することで,反応容器内壁からの汚染を防ぐことができるため,反応容器のサイズを大幅に小さくすることができる(例えば20〜40 kgバッチ)。よって,容器からの抜熱,反応生成物の分離を高速に行うことができ,小ロットの容器を連続的に逐次処理することで,プロセスの(半)連続化が可能である。さらに,チタン製の反応容器を利用することで,必ずしも破砕工程を必要せず,還元分離工程後,チタン製反応容器ごと直接溶解・鋳造することができる。

(5) 低級塩化物を製造する際に,今後増大すると予想されるチタンのスクラップを有効に利用することで環境調和型のプロセスも構築できる。

 これらの特長を有するサブハライド還元法が原理的に可能であるか,基礎的な実験による検討を行った結果について,第2章以降に記した。

 第2章では,サブハライド還元法の原料であるチタンの低級塩化物の効率の良い製造プロセスの開発のために,金属チタンと四塩化チタン(TiCl4)の反応について基礎的な実験による検討を行った。ガス流通型反応容器を用いて低級塩化物の合成実験を行い,ガスの流通経路がある場合はTiCl3の生成・散逸により生成物の析出位置が分散し,低級塩化物の合成反応の効率(金属チタン原料の消費率)は13〜44%と低いことがわかった。

 そこで,反応容器内でのガス流を制御するために新たに作製した閉鎖型反応容器を用いて低級塩化物の合成実験を行い,生成物の析出位置をある程度限定することができた。しかし,反応の効率(金属チタン原料の消費率)は42〜45%と依然として低く,反応の効率を高めるためには,生成したTiCl2をチタン表面の反応界面から除去し,さらにTiCl4との反応を防ぐ必要があることがわかった。

 第3章では,第2章の結果を踏まえて,溶融塩を反応媒体として用いる,より効率の良い低級塩化物の製造プロセスについて検討を行った。溶融塩化マグネシウム(MgCl2)中でTiCl4と金属チタンを反応させる低級塩化物の合成プロセスの検討を行い,TiCl4ガスを直接金属チタンに供給する方法に比べ,反応の効率(金属チタン原料の消費率)を75〜93%に大幅に向上できることがわかった。

 さらに,低級塩化物の溶融塩中への溶解度の温度依存性を利用して,低級塩化物を濃縮することを試みた。TiCl2の溶融MgCl2への溶解度の温度依存性を利用した低級塩化物の濃縮実験を行い,チタンの低級塩化物を含む溶融MgCl2中で,TiCl2を濃縮できることを明らかにした。今後は,より効率的なプロセスの構築のために,詳細な反応メカニズム,濃縮メカニズムの解明が期待される。

 第4章では,チタン製反応容器を用いたTiCl2のマグネシウム熱還元反応によるチタンの高速製造プロセスの実現可能性の検証を目的とした基礎的な実験を行った。あらかじめ合成したTiCl2のマグネシウム熱還元反応の解析を行い,現行のクロール法に比べ,チタンの生成速度が格段に速く,高速な還元プロセスに適していることがわかった。また,クロール法では用いることのできない,チタン製反応容器の使用が可能であることを示した。さらに,反応生成物の真空分離プロセスを組み合わせることによって,条件によっては純度99%以上のチタンを効率よく得られることがわかった。

 今後は,TiCl2のマグネシウム熱還元反応によるチタンの生成速度のより正確な決定,また,その析出メカニズムの解明,真空分離プロセスにおける形態変化のメカニズムなどが解明されることが期待される。

 第5章では,第4章の結果を踏まえて,チタン製反応容器に対して負荷のかかるTiCl3のマグネシウム熱還元によるチタンの製造実験を行った。TiCl3のマグネシウム熱還元反応が高速な還元プロセスに適していることを実証し,純度99%以上のチタンを効率よく得た。また,TiCl3を用いるプロセスでも,実験条件によってはチタン製の反応容器の使用が可能であることがわかった。

 さらに,機械的分離法(ドレイン)と真空分離を組み合わせた反応生成物の分離プロセスについても検討を行い,真空分離のみの場合に比べて反応生成物をより効率よく除去できることがわかった。今後は,析出するチタンの微細構造とドレインおよび真空分離による反応生成物の詳細な除去過程の解明が期待される。

 これらの研究成果によって,低級塩化物を利用するチタンの高速・(半)連続製造プロセス(サブハライド還元法)が原理的に可能であることが実証された。本プロセスは,低級塩化物を用いることによって還元反応に伴う発熱が低減し,凝縮相で反応を進行させることで抜熱速度が向上し,プロセスの高速化が可能であるという特長を有する。さらに,従来研究が行われてきた種々の手法とは異なり,チタン製の反応容器を利用できるので反応容器からの汚染を効果的に防止することができる。本研究で新たに検討を行った還元プロセスの高速化技術や汚染防御技術は,クロール法に代わる次世代のチタンの製造プロセスに必須の要素技術である。本研究は,小規模の極めて基礎的な実験によるものであるが,本論文の結果から得られた知見は,今後のチタンの製造プロセスの研究分野に貢献できるものと考えている。今後の当該研究分野の発展によって,チタンがレアメタルからコモンメタルへと変貌をとげ,より豊かな社会を構築するために貢献することを切に願う。

以上

審査要旨 要旨を表示する

 金属チタンは優れた特性と豊富な資源を有しているにもかかわらず,その普及は限定的である。工業生産が始まってから半世紀以上も経った現在でも未だチタンがレアメタルの域にとどまっている主な理由は,現行の金属チタンの製造プロセスであるクロール法の生産性が低いためである。本論文は,クロール法の最大の特長である高品質なチタンを確実に製造できる塩化物製錬法を利用して,連続化・高速化が可能な新しい還元プロセスの可能性を検討することを第一の目標とし,チタンの低級塩化物(サブハライド),二塩化チタン(TiCl2)あるいは三塩化チタン(TiCl3),のマグネシウム熱還元法(サブハライド還元法)を基盤とする生産性の高いチタンの高速・(半)連続製造プロセスの開発を行ったものである。本論文は以下の6章よりなる。

 第1章では,チタンの発見から工業生産までの歴史,過去のチタンの製造プロセスの研究やその特徴,問題点などを解析し,サブハライド還元法の原理と特長について論じ,本研究の位置付けと目的を明確化している。

 第2章では,サブハライド還元法の原料であるチタンの低級塩化物の効率の良い製造プロセスを開発するために,金属チタンと四塩化チタン(TiCl4)の反応について基礎的な実験による検討を行っている。ガス流通型反応容器を設計・製作し,低級塩化物の合成実験を行い,ガスの流通経路がある場合はTiCl3の生成・散逸により生成物の析出位置が分散し,低級塩化物の合成反応の効率(金属チタン原料の消費率)が13〜44%と低いことを報告している。そこで,反応容器内でのガス流を制御するために閉鎖型反応容器を新たに設計・製作して生成物の析出位置をある程度限定することに成功している。しかし,反応の効率(金属チタン原料の消費率)は42〜45%と依然として低く,反応の効率を高めるためには,生成したTiCl2をチタン表面の反応界面から除去すると同時に,さらにTiCl4との反応を防ぐ必要があることを明らかにしている。

 第3章では,第2章の結果を踏まえて,溶融塩を反応媒体として用いる,より効率の良い低級塩化物の製造プロセスについて検討を行っている。溶融塩化マグネシウム(MgCl2)中でTiCl4と金属チタンを反応させる低級塩化物の合成プロセスの検討を行い,TiCl4ガスを直接金属チタンに供給する方法に比べ,反応の効率(金属チタン原料の消費率)を75~93%に大幅に向上させることに成功している。さらに,TiCl2の溶融MgCl2への溶解度の温度依存性を利用した低級塩化物の濃縮実験を行い,チタンの低級塩化物を含む溶融MgCl2中で,TiCl2を濃縮し,サブハライド還元法の原料として利用できることを明らかにしている。

 第4章では,チタン製反応容器を用いたTiCl2のマグネシウム熱還元反応によるチタンの高速製造プロセスの可能性の検証を行っている。予め合成したTiCl2のマグネシウム熱還元反応の解析を行い,現行のクロール法におけるチタンの生成速度が0.06 kg/m3・s程度であるのに対し,本研究のサブハライド還元法におけるチタンの生成速度が0.76 kg/m3・s程度と格段に速く,高速な還元プロセスに適していることを明らかにしている。また,クロール法では用いることができない,チタン製の反応容器を本プロセスでは使用可能であることを実験的に示した。これは,反応容器からの鉄の汚染を防御する新しい要素技術の可能性を示している点で特筆すべきことである。さらに,反応生成物の真空分離プロセスを組み合わせることによって,条件によっては純度99%以上のチタンを効率良く得ることに成功している。

 第5章では,第4章の結果を踏まえて,還元効率は高いがチタン製反応容器に対して負荷が大きいTiCl3のマグネシウム熱還元反応によるチタンの製造プロセスを検討している。その結果,TiCl3のマグネシウム熱還元反応が高速な還元プロセスに適していることを実証し,純度99%以上のチタンを効率良く得ている。また,TiCl3を用いるプロセスでも,実験条件によってはチタン製の反応容器の使用が可能であることを示し,チタン製錬における新しい要素技術を導入したことは特筆すべき点である。さらに,機械的分離法(ドレイン)と真空分離を組み合わせた反応生成物の高速分離プロセスを新たに開発し,真空分離のみの場合に比べて反応生成物をより効率よく除去できることを明らかにしている。

 第6章では本研究で得られた成果を総括している。

 以上要するに,本論文は,低級塩化物を原料として利用するサブハライド還元法が原理的に可能であることを示し,同時にチタンの高速・(半)連続製造プロセスに応用できることを実証したものであり,従来型のチタンの製錬法では利用することができなかったチタン製の反応容器を使った新しい還元手法を開発することに成功している。これら一連の研究成果は,材料工学の発展に大きく寄与するものである。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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