学位論文要旨



No 121859
著者(漢字) 樫田,啓
著者(英字)
著者(カナ) カシダ,ヒロム
標題(和) 色素とのコンジュゲーションによるDNAの機能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 121859
報告番号 甲21859
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6389号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 津本,浩平
 名古屋大学 教授 浅沼,浩之
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、種々の色素を結合したD-threoninolをDNAの主鎖に導入することにより、新しい機能性核酸を創製することに成功した。まず第1部では、これまでの機能性核酸に関する研究全般を概観し、関連化学全般における本研究の位置づけを明確にした。次に、第2部においてD-threoninolを介して色素を結合した修飾核酸の構造及び物性に関して検討を行った。第3部以下では第2部で得られた知見を利用することで、色素会合体の調製及び機能性核酸の創製を目指した。

第1部 研究の目的及び背景

 DNAは遺伝情報の担い手としての機能の他に、相補鎖と自発的に二重らせんを形成するという超分子として非常に興味深い性質を有している。このような性質を利用することで、近年DNAを利用した分子ワイヤの開発や遺伝子多型の検出材料など、DNAを材料として利用する試みが盛んに行われている。しかしながら、DNA自身は材料や検出プローブとして最適化されているとは言えず、これらの用途のためにはDNAを修飾する必要がある。近年の合成化学の進歩により核酸を修飾することが容易となったため、様々な非天然分子がDNAに導入されてきた。これらの修飾核酸においては殆どの場合天然のDNAが持つリボース(Fig. 1a)を用い、塩基部分に導入した例が多かった。しかしながら、核酸の超分子としての性質を利用する上では必ずしもリボースを利用する必要はない。また、リボースを改変する合成は煩雑であり、今後様々な分子で核酸を機能化する際にはより汎用性の高いリンカーを開発する必要がある。

 そこで、本研究ではD-threoninol(Fig. 1b)に着目した。このリンカーはリボース同様に2つのヒドロキシル基が3つの炭素で結ばれており、キラルであるためD体とL体をつくり分けることが可能である。また、アミノ基を有しているために天然のリボースと比べ機能性分子の導入が容易であるという利点もある。そこで、本研究においては、種々の色素を結合したD-threoninolをDNAの主鎖に導入することにより、新しい機能性核酸を創製することを試みた。

第2部 D-threoninolを介した修飾核酸の構造及び物性

 修飾核酸の性質を評価する際には、その安定性及び構造が最も重要となる。第2部においては、D-threoninolを介して色素を結合した修飾核酸の構造及び物性に関して検討を行った。その結果、D-threoninolを介して核酸に色素を導入すると、対応する相補的核酸との2重鎖の安定性が著しく上昇することを見出した。また、この二重鎖に関してNMRによる構造解析を行い、色素分子が塩基対間にインターカレートすることを明らかにした。従って、機能性分子をDNAに導入する上でD-threoninolが優れたリンカーであることが明らかとなった。こうして、D-threoninolを介して色素分子をDNAに導入すれば、当該色素分子を二重らせんの中の望みの位置に正確に配置できることを実証した(Scheme 1)。そこで、第3部以下では、この知見を利用することで、色素会合体の調製及び機能性核酸の創製を目指した。

第3部 新規色素会合体の調製

 第3部では、複数の色素をDNAに導入し、会合数ならびに分子配向の制御された一連の色素会合体の調製に成功した。色素会合体は光学材料として種々の用途に応用されている。しかしながら、これまでの色素会合体の調製では、溶液中で色素単体の自発的な会合現象を利用していたために、会合数と分子配向の制御が非常に困難であった。また、会合性の低い色素を用いることが出来ないという問題点もあった。しかし、D-threoninol 骨格を含むDNAを利用すれば、色素の会合形態(会合数及び配向)を精密に制御できる。更に、天然の塩基対の二重鎖形成能を利用することにより、会合性の低い色素を会合させることも可能となる。実際にDNAに色素を導入したところ、設計どおり数及び配向の制御された色素会合体を形成することが明らかとなった。NMRによる構造解析の結果、このDNAにおいては塩基対間で色素がスタックした構造をとっていることがわかった(Fig. 2)。また、この色素会合体はスペクトルの顕著な先鋭化や短波長シフトを示すなど、興味深い物性を示すことが明らかとなった。

 また、同様の手法をさらに展開し、これまで調製が困難であった複数種の色素によるヘテロ会合体を調製することにも成功した。その際、異なる色素間で励起子相互作用して新たなバンドを生じることを見出した。この現象はDNAを用いることで初めて明らかとなったものであり、本研究が、色素会合現象の基礎研究にも重要な知見を与えることが示唆された。更に、DNAが負電荷を有するポリアニオンである性質を利用することでカチオン性色素による会合体を安定に調製することに成功した。以上のように、第3部においてはDNAの骨格を利用することで、会合形態の制御された会合体を調製することに成功した。また、その設計を利用することでこれまで調製が困難であった色素会合体を調製できることを明らかにした。

第4部 機能性核酸プローブの開発

 第4部では、D-threoninolと色素を結合させれば望みの位置に色素がインターカレートする現象を利用して、ゲノムの変異検出を試みた。その結果、D-threoninolを介して蛍光色素(ピレン)複数個をDNAに導入し、DNAサンプル内の塩基欠失を検出することに成功した。塩基欠失は遺伝病との関係から大きな注目を浴びているが、その検出法は未だ確立されていない。しかしながら、本研究で開発したD-threoninolを用いれば色素を所定位置にインターカレートさせることが出来るため、エキシマー発光の有無で一及び二塩基欠失を容易に検出できる。実際に測定を行ったところ、野生型では全くエキシマー発光が観察されなかった(Scheme 2左)。一方、野生型から一塩基が欠失した変異型においては非常に大きなエキシマー発光が観察された(Scheme 2 右)。従って、エキシマー発光の強度によって一塩基欠失を検出することに成功した。また、同様の設計で二塩基及び三塩基欠失の検出に応用できることも明らかにした。

 また、この塩基欠失の検出に、異種分子間の相互作用であるエキシプレックス発光を利用できることも明らかにした。更に、エキシマー発光及びエキシプレックス発光を併用することで、複数の多型を同時に検出することにも成功した。また、分極の影響を受けやすい色素をDNAの内部に導入することによって、リン酸の負電荷によって色調変化する核酸プローブの開発にも成功した。このように、第4部においてはD-threoninolと結合させることにより二重鎖の中の望みの位置に色素を配置することで、優れた機能性核酸プローブを構築できることを明らかにした。

 本研究で得られた知見は修飾核酸の設計に対する大きな指針を与えるばかりでなく、光学材料や核酸プローブなど材料化学、生化学の分野にも大きな影響を与えることが期待される。

Fig. 1. Chemical structure of a) 2-deoxy-D-ribose and b) D-threoninol incorporated into DNA

Scheme 1. Schematic illustration of modified DNA by functional molecules.

Fig. 2. Energy-minimized structure of dye aggregates in DNA duplex.

Scheme 2. Schematic illustration of the discrimination between wild type and one-base deletion mutant.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、色素をDNAに導入することにより、新しい機能性核酸を創製することに成功した。従来、色素をDNAに導入する際には、ほぼすべての場合に、リボースを介して核酸に導入されていた。しかし、本研究においてはアミノ酸誘導体であるD-threoninolに着目し、色素を結合したうえで主鎖に導入し、DNAを機能化した。まず第1部では、これまでの機能性核酸に関する研究全般を概観し、関連化学全般における本研究の位置づけを明確にした。第2部においては、D-threoninolを介して色素を結合した修飾核酸の構造及び物性に関して検討を行った。その結果、D-threoninolを介して核酸に色素を導入すると、対応する相補的核酸との2重鎖の安定性が著しく上昇することを見出した。また、2重鎖の構造をNMRにより解析し、色素分子が塩基対間にインターカレートすることを明らかにした。こうして、D-threoninolを介して色素分子をDNAに導入すれば、当該色素分子を二重らせんの中の望みの位置に正確に配置できることを実証した。

 そこで、第3部以下では、この知見を利用することで、色素会合体の調製及び機能性核酸の創製を目指した。第3部では、複数の色素をDNAに導入し、会合数ならびに分子配向の制御された一連の色素会合体の調製に成功した。これまでの色素会合体の調製では、溶液中で色素単体の自発的な会合現象を利用していたために、会合数と分子配向の制御が非常に困難であった。しかし、D-threoninol 骨格を含むDNAを利用することにより、色素の会合形態を精密に制御できることが明らかとなった。また、同様の手法をさらに展開し、これまで調製が困難であった複数種の色素のヘテロ会合体を調製することにも成功した。その際、異なる色素間で励起子相互作用して新たなHバンドを生じることを見出した。この現象はDNAを用いることで初めて明らかとなったものであり、本研究が、色素会合現象の基礎研究にも重要な知見を与えることが示唆された。

 第4部においては、機能性核酸による色素会合現象を、ゲノムの変異検出に適用した。その結果、D-threoninolを介して蛍光色素(ピレン)複数個をDNAに導入し、DNAサンプル内の塩基欠失を検出することに成功した。塩基欠失は遺伝病との関係から大きな注目を浴びているが、その検出法は未だ確立されていない。しかしながら、本研究で開発したD-threoninolを用いれば色素を望みの位置にインターカレートさせることが出来るため、エキシマー発光の有無で一及び二塩基欠失を容易に検出できる。また、この塩基欠失の検出に、異種分子間の相互作用であるエキシプレックス発光を利用できることも明らかにした。エキシプレックス発光は通常、水中ではほとんど観察されないが、D-threoninolを介してDNA鎖内に色素を導入することによって水中におけるエキシプレックス発光を実現した。更に、エキシマー発光及びエキシプレックス発光を併用することで、複数の多型を同時に検出することにも成功した。本研究で得られた知見は修飾核酸の設計に対する大きな指針を与えるばかりでなく、光学材料や核酸プローブなど材料化学、生化学の分野にも大きな影響を与えることが期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク