学位論文要旨



No 121861
著者(漢字) 佐藤,満
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ミツル
標題(和) 水素吸蔵合金アクチュエータを用いた動作支援システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 121861
報告番号 甲21861
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6391号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊福部,達
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 助教授 広田,光一
 東京大学 助教授 井野,秀一
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は身体的な障害をもち、日常的な生活に介護を要する人が利用する自立支援、あるいは介護支援用機器に用いるためのアクチュエータに関する研究について述べたものである。

 本質的に柔らかさを兼ね備えた水素吸蔵合金アクチュエータは出力・重量比が大きく、無騒音・無振動であるなど、福祉機器の動力源として適した特徴をもつ。本論文はこの水素吸蔵合金アクチュエータのもつ本質的な柔らかさ、およびコンパクトな機器を実現できる出力重量比の大きさを生かした自立・介護支援機器への応用、あるいは応用のための指針を得ることを目的としている。具体的には、日常的に行われる一連の生活動作における流れの中における2つの点に着目し、要介護者が行う動作の自立支援・介護支援機器を念頭において、以下のような研究開発を行った。

 第一に、MHアクチュエータ自体がもつ受動コンプライアンス特性を明らかにし、ロボットアームの関節駆動に用いるための、2つのMHアクチュエータを相対する形に配置した拮抗型MHアクチュエータにおける位置制御性とコンプライアンス制御性、およびコンプライアンス可変範囲を明らかにした。その上で、介護支援などで能動的に人に接触作業をするロボットアームを想定し、拮抗型MHアクチュエータが備えるべき、身体接触に適した可動軸まわりのコンプライアンス値をいかに設定すべきかという問いに対しての指針を得た。

 第二に、MHアクチュエータを利用した小型かつ安全性の高い自立・介護支援機器を構築するために、MHアクチュエータ内部の水素圧を空気圧に変換する機構を構築し、水素気密対策によるアクチュエータの重量増加や、危険であるという印象をもたれやすい問題点を解決する方策を実現した。その上で、これまでにMHアクチュエータが応用された介護支援機器の例に比べて、はるかにコンパクトな自立・介護支援機器の開発を試みた。具体的には、空気圧変換機構を利用した、既存の車いす上に設置するだけで立ち上がり動作を支援することができる、座面用クッションサイズの動作支援装置の試作開発を行った。

 本論文は全体で1章から6章で構成される。第1章では、上述のように、本研究がもつ背景と本研究の目的について述べた。以下に2章から6章に記述される内容を要約する。

第2章 MHアクチュエータのコンプライアンス可変性の評価

本章では冒頭の1節で、従来研究の内容からMHアクチュエータの基本構造と既知の特性、および従来の自立・介護支援機器へのMHアクチュエータの応用例を紹介する。さらに、他のアクチュエータとの比較を行い、MHアクチュエータが自立支援・介護支援機器の動力源としていかに適しているかを示す。

その上で本研究において第1に取り組む点である、圧力をパラメータとしてMHアクチュエータを定値制御した場合のコンプライアンス特性を計測し、単体のMHアクチュエータの水素内圧に応じて変化する弾性率の特性を明らかにする。次にロボットアームの関節駆動に利用するために、2機を拮抗型に配置したMHアクチュエータにおいて、軸まわりの角度変位とコンプライアンスの制御性を明らかにする。またこの2つがそれぞれ独立に制御が可能であることを示す。さらに拮抗型MHアクチュエータの試作を行い、その動作特性の計測から、コンプライアンスの可変範囲を明らかにする。

第3章 ロボットアームが身体接触する際の最適コンプライアンス値の推定

本章では、実際の介護作業を想定して、ロボットアームが能動的に人に接触作業をする際に、身体に過剰な力を与えず、ヒトの腕のように柔軟な動作をするために必要な可動軸まわりのコンプライアンス値の指針を明らかにし、拮抗型MHアクチュエータのコンプライアンス可変域がこの指針に適合するかどうかの評価を行う。具体的には、ベッド上に臥床しているヒトの身体の下にロボットアームを挿入する作業において、最適なコンプライアンス値を、拮抗型MHアクチュエータを用いた2軸アームを実際に身体接触させる実験と、身体表面の機械的特性の計測とそのモデリングを用いた計算によって、身体接触作業におけるアームの最適コンプライアンス値を推測する。この結果から、拮抗型MHアクチュエータは人の身体に能動的に接触する作業を行う自立・介護支援機器の動力源として有効であることを明らかにする。

第4章 水素圧-空気圧変換機構を備えたMHアクチュエータの開発

本章では、MHアクチュエータ内の水素圧を空気の圧力に変換して、空気圧駆動とすることで装置に応用する際の駆動部品の汎用性を向上させ、なおかつ安全性も高めた空気圧変換型MHアクチュエータを開発する。水素圧-空気圧変換機構は金属ベローズと逆止弁を用いた簡便な機構を採用し、その動作特性を計測する。その結果、MHが水素を吸収する過程が放出する過程よりも多大な時間を要する問題点が明らかとなり、水素吸収を促進する性質をもった合金組成に変更することで、水素吸収過程に要する時間を大幅に短縮させることを試みる。また、空気圧に変換するサイクルを繰り返し、空気蓄積容器に一定量の空気を貯蔵することで、それを空気圧動力源として用いるエアコンプレッサーとしての利用方法の提案を行う。

第5章 コンパクトな車いす用立ち上がり動作支援機器の試作

本章では、前章で開発した水素圧-空気圧変換機構を備えたMHアクチュエータを用いて、MHアクチュエータが本来もつ出力重量比が大きい利点を生かした、他のアクチュエータでは実現が難しいコンパクトな自立・介護支援機器を試作する。

試作した機器は、車いすからの起立動作が困難である要介護者を対象とした、着座面を上昇させることで立ち上がる動作を容易にする起立動作支援機器である。従来、同様の目的の機器は車いすの基本構造自体に大幅な改良を必要としたが、通常の車いす座面に設置するだけで使用が可能で、取り外しも容易になるように、座面用クッションと同様の形状の装置を実現する。さらに、この装置が起立動作支援装置として有効に作用するための座面昇降の動作仕様についても検討を加える。

第6章 結論

本章では、本研究が至った結論とMHアクチュエータに期待されるその他の機器への応用の展望、および今後の課題について述べる。第一に、本研究の総括を行い、MHアクチュエータの可変コンプライアンス特性と小型化に有利である特徴を積極的に生かすことで、自立支援・介護支援機器の動力源として、MHアクチュエータはさらに有用性を増すということを結論とした。第二に、今後の展望として空気圧変換型MHアクチュエータは太陽熱や廃熱を利用することでエネルギーレス空気圧源になる可能性などについて触れた。第三に、現状のMHアクチュエータが共通して抱える動作の緩除性やコスト的な問題点について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、身体的な運動障害により日常的な生活動作に介護を必要する人に対しての自立支援、あるいは介護支援用機器に用いるための水素吸蔵合金アクチュエータに関する研究について述べている。とくに、この水素吸蔵合金アクチュエータのもつ本質的な柔らかさ、およびコンパクトな機器を実現できる出力重量比の大きさを生かした自立・介護支援機器への応用、あるいは応用のための指針について論じている。

 具体的には、日常的に行われる一連の生活動作における流れの中における2つの点に着目し、要介護者が行う動作の自立支援・介護支援機器を念頭において、まず第一に、MHアクチュエータ自体がもつ受動コンプライアンス特性を明らかにし、ロボットアームの関節駆動に用いるための、2つのMHアクチュエータを相対する形に配置した拮抗型MHアクチュエータにおける位置制御性とコンプライアンス制御性、およびコンプライアンス可変範囲を明らかにしている。その上で、介護支援などで能動的に人に接触作業をするロボットアームを想定し、拮抗型MHアクチュエータが備えるべき、身体接触に適した可動軸まわりのコンプライアンス値をいかに設定すべきかという指針について考察している。第二に、MHアクチュエータを利用した小型かつ安全性の高い自立・介護支援機器を構築するために、MHアクチュエータ内部の水素圧を空気圧に変換する機構を構築し、水素気密対策によるアクチュエータの重量増加や、危険であるという印象をもたれやすい問題点を解決する方策を実現している。その上で、これまでにMHアクチュエータが応用された介護支援機器の例に比べて、はるかにコンパクトな既存の車いす上に設置するだけで起立動作を支援できる座面用クッションサイズの動作支援装置の試作開発を行っている。

 本論文は全体で1章から6章で構成される。第1章では、本研究がもつ背景と研究の目的について述べている。第2章では冒頭の1節で、圧力をパラメータとしてMHアクチュエータを定値制御した場合のコンプライアンス特性を計測し、単体のMHアクチュエータの水素内圧に応じて変化する弾性率の特性を明らかにしている。次にロボットアームの関節駆動に利用するために、2機を拮抗型に配置したMHアクチュエータにおいて、軸まわりの角度変位とコンプライアンスの制御性を明らかにしている。さらに拮抗型MHアクチュエータの試作を行い、動作特性の計測から、コンプライアンスの可変範囲を明らかにしている。

 第3章では、実際の介護作業を想定して、ロボットアームが能動的に人に接触作業をする際に、身体に過剰な力を与えず柔軟な動作をするために必要な可動軸まわりのコンプライアンス値の指針を明らかにし、拮抗型MHアクチュエータのコンプライアンス可変域がこの指針に適合するかどうかの評価を行っている。具体的には、ベッド上に寝ているヒト身体の下にアームを挿入する作業において、拮抗型MHアクチュエータを用いた2軸アームを実際に身体接触させる実験と、身体表面の機械的特性の計測とそのモデリングを用いた計算によって最適コンプライアンス値を推測し、この結果から、拮抗型MHアクチュエータは人の身体に能動的に接触する作業を行う自立・介護支援機器の動力源として有効であることを明らかにしている。

 第4章では、MHアクチュエータ内の水素圧を空気圧に変換して、空気圧駆動とすることで装置に応用する際の駆動部品の汎用性を向上させ、なおかつ安全性も高めた空気圧変換型MHアクチュエータを開発している。また、空気圧に変換するサイクルを繰り返し、空気蓄積容器に一定量の空気を貯蔵することで、それを空気圧動力源として用いるエアコンプレッサーとしての利用方法の提案を行っている。

 第5章では、前章で開発した水素圧-空気圧変換機構を備えたMHアクチュエータを用いて、MHアクチュエータが本来もつ出力重量比が大きい利点を生かした、他のアクチュエータでは実現が難しいコンパクトな自立・介護支援機器を試作している。試作した機器は、車いすからの起立動作が困難である要介護者を対象とした、着座面を上昇させることで起立動作を容易にする機器で、従来同様の機器は車いすの基本構造自体に大幅な改良を必要としたが、通常の車いす座面に設置するだけで使用できるように座面用クッションと同じ形状の装置を試作している。さらに、この装置が起立動作支援装置として有効に作用するための座面昇降の動作仕様についても検討を加えている。

 第6章では、本研究が至った結論とMHアクチュエータに期待されるその他の機器への応用の展望、および今後の課題について述べている。

 以上のように、本論文では、MHアクチュエータのコンプライアンス特性や小型であるという特徴を積極的に生かすことで、自立・介護支援機器への応用範囲が拡大することを実証している。本論文の成果は今後の高齢化社会に対応する技術として介護ロボットに代表される自立・支援介護支援機器への応用が期待され、社会的な貢献度も高い。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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