学位論文要旨



No 121870
著者(漢字) トゥラヤクル ピサヌ
著者(英字) Tulayakul Phitsanu
著者(カナ) トゥラヤクル ピサヌ
標題(和) ブタにおけるアフラトキシンB1の解毒代謝に関する研究
標題(洋) The Study of the Detoxification Metabolism of Aflatoxin B1 in Pig
報告番号 121870
報告番号 甲21870
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3075号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 眞鍋,昇
 日本生物科学研究所 理事 土井,邦雄
 国立医薬品食品衛生研究所 衛生微生物部第四室長 小西,良子
内容要旨 要旨を表示する

 AFB1はAspergillus flavusと A.paraciticusにより産生される二次代謝物であり、熱帯・亜熱帯地域で生産される穀物を広範囲に汚染する。現在でもこのカビ毒による人の致死例を含む集団急性中毒事例が散発し、家畜においてもこうした中毒が発生しているものと推察される。このカビ毒の大きな特徴は、強力な発がん物質である点にあり、アフリカや中国における疫学的調査によって、ヒトの肝臓がんの原因となっていることが判明している。

 これまでゲッ歯類動物を中心として、AFB1の動物体内における代謝に関し、その毒性と発がん性との関連において多数の研究が行われてきた。AFB1は、主に肝臓のチトクロームp450酵素によって毒性が比較的弱いAFM1,AFP1,AFQ1などの脂溶性代謝物に代謝されるとともに、一方では活性型のAFB1-エポキシドに変換される。AFB1-エポキシドは、それ自体で細胞内DNAその他高分子化合物と結合することによって毒性や発ガン性を現すものと理解されている。一方、AFB1-エポキシドは、グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)によりAFB1-グルタチオン抱合体に変換されるとともに、AFB1-ジアルデヒドを経てAFB1-ジハイドロディオールに変換され、さらにアルデヒドリダクターゼ(AR)によりAFB1-ジアルコールへと変換される。AFB1-ジハイドロディオールは、細胞内たんぱく質と結合し、毒性発現に関与するものと考えられている。げっ歯類動物においては、とくにGSTとARの両酵素がAFB1の体内解毒代謝に大きな役割を果たすことが認められているが、家畜を含め他の動物種についての知見は少ない。本研究では、AFB1の毒性に対して比較的感受性が高いブタにおけるAFB1の代謝に関し、in vitroの反応系を用いて一連の研究を行ない、以下の知見を得た。

1. ブタ(雌、RandracexLarge Yorkshire、1ヶ月齢)の肝臓組織におけるAFB1に対するGSTとARの各活性を、ラット(雄、F344/DuCrj、8週齢)、ゴールデンハムスター(雄、8週齢)、ニジマス(雄、成熟)、マウス(雄、ICR、8週齢)との比較の下に明らかにすることを目的とし、各動物の肝臓を採取し、そのサイトゾール分画をAFB1-エポキシドまたはAFB1-ジハイドロディオールと補酵素(NADPH、G-6-P dehydrogenase、G-6-P)の存在下で反応させ、反応生成物であるAFB1-グルタチオン抱合体とAFB1-ジアルコールをHPLC(液体クロマトグラフィー)で定量することによって、それぞれの酵素活性を測定比較した。なお、AFB1-エポキシドは反応系にハムスター肝臓ミクロゾーム分画とAFB1を含めることによって生成させたものを、また、AFB1-ジアルコールはAFB1から化学的に合成したものをそれぞれ用いた。

 その結果、いずれの動物種もGST活性を持ち、基質濃度の増加に伴いAFB1-グルタチオン抱合体生成量も増加すること、Vm/Km値は、ハムスター、マウス、ラット、ブタ、マスの順に高いことが認められた。この順序は、すでに報告されているAFB1の毒性に対する感受性の低い順に合致していることから、AFB1に対するGST活性が、AFB1の毒性に対する感受性の動物種差を決定する重要な因子であることが示唆された。AR活性も各動物種に認められたが、その活性とAFB1の毒性に対する感受性との間には一定の関係が認められなかったことから、同酵素は毒性の動物種差の決定因子ではないことが判った。

2. AFB1に対する臓器間の感受性の差異との関連におけるAFB1の各臓器における代謝様式を究明するために、ブタ(雌、RandracexLarge Yorkshire、1ヶ月齢)の肝臓、腎臓、小腸、肺、脳を採取し、それら臓器のミクロゾームおよびサイトゾール各分画を得た。ミクロゾーム分画を3H-AFB1と子牛胸腺DNAと補酵素(NADPH、G-6-P dehydrogenase、G-6-P)の存在下で反応させ、生成した3H-AFB1-DNA付加体をシンチレーションカウンターで測定することによってAF-DNA付加体生成活性を求めた。また、ミクロゾーム分画をAFB1と補酵素の存在下で反応させることによって生成したAFP1、AFQ1、AFM1、アフラトキシコールをHPLCで定量することによって、AFB1から各代謝物への変換活性を調べた。サイトゾール分画については、AFB1-エポキシドまたはAFB1-ジハイドロディオールと補酵素の存在下で反応させ、反応生成物であるAFB1-グルタチオン抱合体とAFB1-ジアルコールをHPLC(液体クロマトグラフィー)で定量することによって、それぞれの酵素活性を求めた。

 その結果、AFB1-DNA付加体生成は全ての臓器に認められたが、肝臓においては他の臓器に比して生成量が顕著に多いことが認められたことから、肝臓のAFB1-エポキシド生成に関わるp450酵素活性は他の臓器に比して顕著に高いことが示唆された。比較対象として用いたハムスター肝臓に匹敵する量であったことから、他の動物種と比較してもその活性が高い動物種に位置づけられることが判明した。

 AFB1からAFP1への代謝は、腎臓および小腸に認められられたが、小腸の代謝活性は腎臓の1/10程度であった。AFB1からAFQ1への代謝は肺以外の全ての臓器に認められ、その活性に大きな相違は認められなかった。AFB1からアフラトキシコールへの代謝には臓器間で大きな差異は認められなかった。これらの脂溶性の代謝物はいずれも細胞レベルでAFB1よりも毒性が低いことが知られており、これら代謝経路は解毒過程と見なすことができるが、腎臓のAFB1からAFP1への代謝活性のみが他臓器よりも明らかに高いこと以外には臓器間の差異が顕著でないことから、臓器間のAFB1に対する感受性の相違には関わらないものと考えられる。

3. ブタへの抗酸化剤等の化学物質の給与が、ブタ組織におけるAFB1の代謝酵素の活性に及ぼす影響を究明するために、一ヶ月齢のブタに緑茶抽出物(サンフェノン)またはクマリンを含有する飼料を3週間給餌しした後に、肝臓と小腸を採取し、両組織によるAFB1代謝を調べ、無処置対照ブタと比較した。

 その結果、クマリン給与により、肝臓と小腸におけるAFB1-DNA付加体生成活性の低下、肝臓におけるAFB1のAFM1とAFQ1への代謝変換活性の低下およびAFB1のアフラトキシコールへの代謝変換活性の上昇、小腸のAFB1に対するGST活性の上昇が認められた。一方、サンフェノン給与は、小腸のAFB1に対するGST活性の上昇、肝臓におけるAFB1のアフラトキシコールへの代謝変換活性の僅かな上昇を招来した。以上より、クマリン給与は、肝臓p450酵素活性を低下し、小腸のGST活性を上昇することによってAFB1の解毒代謝を亢進すること、サンフェノン給与は、クマリンよりも作用は弱いが、小腸のGST活性を上昇することによってAFB1の解毒代謝を亢進することが示唆された。

以上、本研究により、他動物種との比較の下にAFB1の毒性に対する感受性との関連において、ブタにおけるAFB1の解毒代謝について重要な側面を明らかにすることができた。

審査要旨 要旨を表示する

 アフラトキシンB1(AFB1)はAspergillus flavusとA.paraciticusにより産生される二次代謝物であり、熱帯・亜熱帯地域で生産される穀物を広範囲に汚染する。現在でもこのカビ毒による人の致死例を含む集団急性中毒事例が散発し、家畜においてもこうした中毒が発生している。

 これまでげっ歯類動物を中心として、AFB1の動物体内における代謝に関し、毒性と発がん性との関連において多数の研究が行われてきた。その結果、AFB1は、主に肝臓のチトクロームp450酵素によって毒性が比較的弱いAFM1、AFP1、AFQ1などの脂溶性代謝物に代謝されるとともに、活性型のAFB1-エポキシドに変換されることが判っている。AFB1-エポキシドは、細胞内DNAその他高分子化合物と結合し、その結合が毒性や発がん性に必須の過程であると考えられている。一方、AFB1-エポキシドは、グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)によりAFB1-グルタチオン抱合体に変換されるとともに、酵素的または非酵素的にAFB1-ジアルデヒドを経てAFB1-ジハイドロディオールに変換され、さらにアルデヒドリダクターゼ(AR)によりAFB1-ジアルコールへと変換される。AFB1-ジハイドロディオールは、細胞内たんぱく質と結合し、毒性発現に関与するものと考えられている。げっ歯類動物においては、とくにGSTとARの両酵素がAFB1の体内解毒代謝に大きな役割を果たすものと考えられているが、家畜を含め他の動物種については不明である。本研究では、AFB1の毒性に対して比較的感受性が高いブタにおけるAFB1の代謝に関し、in vitroの反応系を用いて解毒過程を中心に一連の研究を行なった。

 第1章では、ブタの肝臓組織におけるAFB1に対するGSTとARの各活性を、ラット、ゴールデンハムスター、ニジマス、マウスとの比較の下に明らかにするために、各動物の肝臓のサイトゾール分画をAFB1-エポキシドまたはAFB1-ジハイドロディオールと反応させ、反応生成物であるAFB1-グルタチオン抱合体またはAFB1-ジアルコールを定量することによって、各酵素活性を測定した。

 その結果、いずれの動物種もGST活性を持ち、ハムスター、マウス、ラット、ブタ、マスの順に高いことが認められた。この順序は、すでに報告されているAFB1の毒性に対する感受性の低い順に合致していることから、AFB1に対するGST活性が、AFB1の毒性に対する感受性の動物種差を決定する重要な因子であることが示唆された。AR活性とAFB1の毒性に対する感受性との間には一定の関係が認められなかった。

 第2章では、AFB1に対する臓器間の感受性の差異との関連におけるAFB1の各臓器における代謝様式を究明するために、ブタの肝臓、腎臓、小腸、肺、脳を採取し、それら臓器のミクロゾーム分画のAFB1-DNA付加体生成活性およびAFB1から各脂溶性代謝物への変換活性を調べた。GSTとARの各活性も測定した。

 その結果、AFB1-DNA付加体生成活性は、AFB1の主要な標的臓器である肝臓において他の臓器に比して生成量が顕著に高いことが認められた。AFB1から脂溶性の代謝物への変換活性およびGSTとARの各活性は、臓器間の感受性と関連が認められなかったことから、AFB1の毒性に対する臓器間の感受性の差異は、AFB1-エポキシド生成に関わるp450酵素活性の差異によることが判明した。

 第3章では、ブタへの抗酸化剤等の化学物質の給与が、ブタ組織における AFB1の代謝酵素の活性に及ぼす影響を究明するために、一ヶ月齢のブタに緑茶抽出物(サンフェノン)またはクマリンを含有する飼料を3週間給餌した後に、肝臓と小腸を採取し、両組織によるAFB1代謝を調べ、無処置対照ブタと比較した。その結果、クマリン給与により、肝臓と小腸におけるAFB1-DNA付加体生成活性の低下、肝臓におけるAFB1のAFM1とAFQ1への代謝変換活性の低下およびAFB1のアフラトキシコールへの代謝変換活性の上昇、小腸のAFB1に対するGST活性の上昇が認められた。また、サンフェノン給与も、小腸のAFB1に対するGST活性の上昇、肝臓におけるAFB1のアフラトキシコールへの代謝変換活性の僅かな上昇を招来した。以上より、これら化学物質投与によってAFB1の解毒代謝が亢進することが示唆された。

 以上、本研究により、AFB1の毒性に対する感受性との関連において、ブタにおけるAFB1の代謝について重要な側面が明らかにされた。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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