学位論文要旨



No 121875
著者(漢字) 佐藤,幸生
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ユキオ
標題(和) 酸化亜鉛結晶粒界の原子構造と特性
標題(洋) Atomic structure and properties of ZnO grain boundaries
報告番号 121875
報告番号 甲21875
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第229号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山本,剛久
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 野原,実
内容要旨 要旨を表示する

 結晶性固体材料は多くの場合、多結晶体として用いられている。多結晶体は結晶部分およびその境界である結晶粒界によって構成されているため、その所得性は結晶部分および結晶粒界部に由来する。その中で、結晶粒界における物理的な特性の発現についてはこれまでに数多くの研究がなされてきたが、解明されていない点も数多く残されている。例えば、ZnO多結晶体は結晶粒界の存在により高い非直線電流-電圧(I-V)特性を発現することが知られバリスタとして広く用いられているが、この非直線I-V特性の起源は明らかとなっていない。これは多結晶体中の結晶粒界が多種多様な構造を有しているため粒界ごとにその特性が大きく異なり、構造と特性との相関性を理解することが困難であることに起因している。本論文では様々な構造および組成の単一粒界を有するZnOバイクリスタルを作製し、その系統的な解析を行った。

 第2章ではZnO[0001]傾角粒界における安定原子構造の解析を行った。[0001]〓=7対称傾角粒界および[0001]〓=49対称傾角粒界を有する無添加ZnOバイクリスタルを作製し、粒界原子構造の解析を高分解能透過型電子顕微鏡法(High-Resolution Transmission Electron Microscopy: HRTEM)および格子静力学計算を併用して行った。[0001]〓=7対称傾角粒界は2種類の周期的な原子構造(構造ユニット)を有することが分かった。図1(a)および(b)に示すように、1種類の構造ユニット(構造ユニットA)には通常のZnO結晶より1つ多い5配位の原子が含まれ、もう1種類の構造ユニット(構造ユニットB)には通常のZnO結晶より1つ少ない3配位の原子が含まれている。このような通常のZnO結晶とは異なる特殊な配位構造の形成は粒界における原子構造の1つの大きな特徴であると考えられる。また、図1(c)に示すように〓=49(3580)対称傾角粒界の原子構造は〓=7粒界と同じ構造ユニットA、Bとバルク様の構造ユニット(構造ユニットC)の組み合わせで構成され、A、B、Cの順に周期的に配列することが分かった。この〓=49粒界における特徴的な構造ユニットの配列は粒界における局所的な歪みを有効に緩和することが分かった。このような局所歪みの緩和は粒界での構造ユニットの配列、ひいては粒界原子構造を支配しうる重要なファクターであると考えられる。

 第3章ではZnO[0001]傾角粒界における空孔形成エネルギーの評価を行い、原子構造との相関性について調べた。第2章で明らかとなった[0001]〓=7および〓=49対称傾角粒界の安定原子構造をモデルとして用い、粒界での各原子サイトにおける亜鉛空孔(VZn)および酸素空孔(VO)の形成エネルギーを格子静力学計算によって求めた。粒界におけるVZnおよびVOの形成エネルギーは原子サイトに依存して大きく変化し、多くの原子サイトにおいてはZnO完全結晶中より低くなることが分かった。特に、5配位原子の隣接原子の1つおよび3配位原子では空孔形成エネルギーが非常に低いことが分かった。この形成エネルギーの原子サイト依存性は原子間距離および配位数と関連しており、(1)Zn-O間の距離が長くなること、(2)Zn-Zn(もしくはO-O)間の距離が長くなること、(3)配位数が少なくなることの3つが形成エネルギーを低下させると考えられる。

 第4章ではZnO[0001]傾角粒界におけるPr不純物の偏析挙動と原子構造との相関性について調べた。Prを添加した[0001]〓=7対称傾角粒界を有するZnOバイクリスタルを作製し、走査透過型電子顕微鏡法(Scanning Transimission Electron Microscopy: STEM)による観察を行った。また、第2章で明らかとなった[0001]〓=7および〓=49対称傾角粒界の安定原子構造をモデルとして用い、粒界での各原子サイトにおける亜鉛サイトを置換したPr原子(Pr(Zn))の形成エネルギーを格子静力学計算によって求めた。高角度環状暗視野法を用いたSTEM観察の結果、Prは粒界層を形成することなく粒界では2枚のZnO単結晶が直接原子レベルで接合していることが分かった。Prは粒界の特有の原子サイトに偏析しており、この〓=7粒界では5配位のZnサイトを置換していることが分かった。一方、格子静力学計算の結果からもこの5配位サイトが最も安定なPrの偏析サイトであることが示唆された。この5配位サイトに優先的にPrが偏析するのはこのサイトにおけるZn-O間の距離がZnO完全結晶と比べて10%以上長く、イオン半径の大きなPrが偏析するのに有利であることに起因すると考えられる。

 第5章ではZnO単一粒界におけるI-V特性について調べ、ZnO粒界に特有な非直線I-V特性発現の起源について検討した。様々な方位関係の無添加およびPr添加単一粒界を有するZnOバイクリスタルを作製し、粒界構造とI-V特性との相関性を調べた。粒界構造の観察にはTEMおよびSTEMを用いた。また、粒界および粒界近傍において電子線エネルギー損失分光法(Electron Energy Loss Spectroscopy: EELS)の測定を行った。これらの実験的な手法と併行して粒界における安定原子構造および電子状態の理論計算を第一原理計算を用いて行った。まず、無添加ZnOバイクリスタルのI-V特性を評価した結果、全ての無添加ZnOバイクリスタルが直線的なI-V特性を示すことが分かった。また、無添加〓=7対称傾角粒界について電子状態密度の計算を行った結果からも、非直線I-V特性の起源となりうるバンドギャップ中の過剰なエネルギー準位は形成されないことが分かった。これらの結果はZnOにおける非直線I-V特性が粒界の原子構造のみに由来するものではないことを強く示唆するものである。一方で、Pr添加〓=7粒界は非直線I-V特性を示すことが分かった。第4章で明らかとなったとおりこのPr添加〓=7粒界ではPrが5配位のZnサイトを置換している。このPrからEELSスペクトルの測定および解析を行ったところ、Prは+3価の状態で存在していることが分かった。上記の通り、このPr3+は+2価のZnサイトを置換しているため、ドナー的な挙動を示すものと考えられる。この結果は非直線I-V特性の起源と考えられる粒界二重ショットキー障壁(Double Schottky Barrier: DSB)がアクセプタ型のエネルギー準位に由来することと相反し、Prが非直線I-V特性の直接の起源ではないことを示唆している。無添加およびPr添加〓=7粒界において第一原理計算による亜鉛空孔(V(Zn))および格子間酸素原子(Oi)の形成エネルギーの評価を行った結果、この2つの欠陥種の中ではVZnが支配的であり、Prの偏析によりその形成エネルギーが大きく低下することが分かった。PrおよびVZnが導入された〓=7粒界について電子状態密度を求めた結果、V(Zn)の導入によりバンドギャップ中にアクセプタ型のエネルギー準位が形成されることが分かった。これらの結果から、Pr添加ZnO粒界における非直線I-V特性の起源がPrの偏析によって誘起されたV(Zn)であることを強く示唆される。

 第6章では、様々な粒界整合性を有するPrおよびCoを添加したZnOバイクリスタルを作製し、粒界整合性と非直線I-V特性との相関性について検討した。また、得られた知見より高い非直線I-V特性を有するZnO単一粒界の設計指針を見出し、ZnO単一粒界バリスタの試作を行った。まず、PrおよびCoを添加した〓=1粒界、〓=7粒界およびa-c粒界((0001)とを接合した粒界)を有するZnOバイクリスタルを作製した。これらの粒界の整合性はCRLP法を用いて評価し、それぞれ1、0.111および0.039と計算された。これらの粒界についてTEM観察およびエネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy: EDS)による組成分析を行った。TEM観察およびEDS分析の結果、いずれの粒界においてもZnO結晶が直接原子レベルで接合しているが、Prの偏析濃度が粒界ごとに大きく異なり、整合性が低いほど多量のPrが偏析する傾向にあることが分かった。また、I-V特性も粒界ごとに大きく異なり、多量のPrが偏析しているほど、高い非直線性を示す傾向にあった。したがって、より整合性の低い方位関係の粒界にPrを偏析させることがより高い非直線I-V特性を得るための1つの設計指針と考えられる。そこで整合性の低い方位関係の単一粒界を有するPrおよびCo添加ZnOバイクリスタルを作製し、その評価を行った。この単一粒界ではEDS分析からより多量のPr偏析が認められ、また、そのI-V特性は非直線係数が20程度の高い非直線性を示している。(図2)

 これら一連の研究成果は電子セラミックス分野において30年来議論の的であったZnOバリスタでのDSB形成メカニズムに原子スケールでの解釈を与える非常に重要な成果である。また、粒界研究の分野においても、本研究のような単一粒界実験および理論計算による原子構造と諸特性の相関性の解明および実用デバイスの設計・創成への展開という一連の有力な粒界研究の方法論を確立した点で、その意義は非常に大きいと考えられる。

図1.ZnO[0001]対称傾角粒界のHRTEM像(左)および格子静力学計算から得られた安定原子構造(右)。(a)および(b)は〓=7(1230)粒界、(c)は〓=49(3580)を示している。粒界面は矢印の位置に存在する。図中、四角形(点線)は構造ユニットA、長い実線の四角形は構造ユニットB、短い実線の四角形は構造ユニットCを示す。安定原子構造中に「3」および「5」で示す原子はそれぞれ3配位および5配位の構造を持つ。

図2.試作したZnO単一粒界バリスタのI-V特性

審査要旨 要旨を表示する

 本論文で研究対象としている酸化亜鉛(ZnO)は、粒界において非線形的な電流−電圧特性を発現し、その特性を用いたバリスタ素子として広く実用に供されている物質である。提出論文は、このZnOの粒界原子構造および粒界静電ポテンシャル障壁の形成機構に関しとりまとめられている。

 本論文は、七章から構成され、第一章ではZnO結晶の諸物性、研究内容の背景および既報の関連研究などが概説されている。

 第二章は、ZnOの粒界原子構造についての研究内容をとりまとめている。モデル粒界として整合性の高い[0001]Σ=7(1230)対称傾角粒界および整合性の低い [0001]Σ=49(3580)対称傾角粒界を選択し、その双結晶を作成するとともに、高分解能透過型電子顕微鏡法による原子構造観察、格子静力学計算による粒界構造モデルの構築、および、像シミュレーションから、粒界における安定原子位置の決定を行っている。その結果、Σ7粒界は5もしくは3配位を有する配位多面体の組み合わせで構成されること、Σ49粒界ではさらに粒内と同様な4配位の配位多面体とを組み合わせた原子構造となることを突き止めている。この研究により、これまで詳細な原子構造の議論がなされてこなかった低整合性粒界が、配位多面体の組み合わせで議論し得ることが明らかとなり、この結果は、ZnO結晶の粒界構造研究に対して大きな進展を与えるものと考えられる。

 第三章は、亜鉛空孔および酸素空孔の空孔形成エネルギー(ΔE)を格子静力学計算により見積もった内容についてまとめられている。粒界の各原子位置におけるΔEの多くは、粒内のものと比較して低下すること、また、5配位サイトの隣接位置および3配位位置において顕著に低下することを突き止めている。この様なΔEの低下は、イオン間距離で整理できること、また、粒界での配位数低下に起因すると結論づけている。

 第四章は、実用材において重要な添加物であるプラセオジウム(Pr)の粒界安定位置を走査透過型電子顕微鏡HAADF法を用いて実験的に明らかにした内容についてまとめられている。詳細なHAADF像解析から、偏析したPrは配位多面体の特定位置に存在することを見いだし、さらに格子静力学計算との整合性から、その配位位置はエネルギー的にも適することを見出している。この結果は、画一的な概念で議論されてきた粒界偏析という現象に対して、新たな概念を取り入れる結果であり、同分野における従来の解釈を大きく進展させるものと考えられる。

 第五章は、無添加およびPr添加ZnO単一粒界の電流−電圧特性について解析を行った結果をまとめている。まず、無添加ZnO粒界の電流-電圧特性、粒界原子・電子構造解析より、第二章で見出されたような粒界における配位数や原子間距離の変化が非線形電流-電圧特性の起源とはならないことを明らかにした。一方で、Pr添加粒界では第四章において偏析挙動を確認したPr原子が粒界における亜鉛空孔の形成エネルギーを大きく低減させることを第一原理計算より明らかにし、この亜鉛空孔が非直線電流-電圧特性の起源であることを突き止めた。

 第六章は、粒界の相対方位関係とPrの粒界偏析量および粒界における非線形電流―電圧特性との相関性について調べた研究結果をとりまとめている。粒界の整合性が低いほど多量のPrが偏析する傾向にあり、その偏析量が増加するに従い非線形指数が増加することを突き止めた。この結果をもとに粒界構造設計および粒界へのPrおよびCoの効率的添加を行い実用レベルである20以上の非線形指数を示す単一粒界素子の作製に成功している。この結果は、従来型の多結晶体ではなく単一粒界から構成される素子の実用材料への可能性を示すものであり、より一層の小型化への材料設計指針を明確に与えるものと判断できる。

 第七章は本研究論文の総括についてとりまとめられている。

 以上、これまで述べてきたように本論文はZnOの粒界電気特性に関し、大きな進展を与えうる研究内容が述べられており、同分野のより大きな発展に寄与するものと判断できる。なお、本論文第二章は、溝口照康博士、大場史康博士、山本剛久博士、幾原雄一博士、第三章は、溝口照康博士、柴田直哉博士、山本剛久博士、幾原雄一博士、第四章は、溝口照康博士、柴田直哉博士、James P. Buban博士、山本剛久博士、幾原雄一博士、第五章は、溝口照康博士、大場史康博士、柴田直哉博士、James P. Buban博士、淀川正忠氏、山本剛久博士、幾原雄一博士、第六章は、溝口照康博士、大場史康博士、柴田直哉博士、淀川正忠博士、山本剛久博士、幾原雄一博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であるものと判断する。従って、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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