学位論文要旨



No 121876
著者(漢字) 平林,直己
著者(英字)
著者(カナ) ヒラバヤシ,ナオミ
標題(和) 大腸菌23SリボソームRNAにおける保存領域の機能解析
標題(洋)
報告番号 121876
報告番号 甲21876
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第230号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 助教授 松本,直樹
 東京大学 助教授 小嶋,徹也
内容要旨 要旨を表示する

 リボソームは多数のタンパク質と数種のRNAから構成された巨大なタンパク質-RNA複合体であり、mRNAを鋳型としたタンパク質合成を司っている。最近の研究により、コドン解読機構やペプチド重合反応はリボソームに含まれるRNA成分(rRNA)がその中心的な役割を担っていることが次第に明らかとなってきた。また、rRNAは全体の二次構造や機能部位の塩基配列が種を越えて高度に保存されていることから、本研究ではrRNAの機能配列に着目し、rRNAが担うタンパク合成反応のメカニズムの解析を行った。

 ペプチド伸長反応においてリボソーム大サブユニット(50S)ではP-siteのペプチジルtRNA(pep-tRNA)とA-siteのアミノアシルtRNA (aa-tRNA)との間でペプチド重合反応が行われ、23S rRNAに存在するペプチド転移反応活性中心がその反応を触媒する。小サブユニット(30S)は、デコーディングセンターと呼ばれる部位でmRNA上のコドンとtRNAのアンチコドンの正確な対合を監視することで翻訳の精度を維持している。ペプチドの重合過程ではaa-tRNAはEF-Tu、GTPと三者複合体を形成することでリボソームのA/T-siteに運ばれる。そして30S中の16S rRNAの暗号解読中心によってコドン-アンチコドン対合が厳密にモニターされ、そのシグナルが50Sに伝達しEF-TuのGTPが加水分解される。GDPを結合したEF-Tuは、構造変化を引き起こしaa-tRNAから解離することでaa-tRNAのCCA末端が50Sのペプチド転移活性中心にエントリーされる。したがって、暗号解読とそれに続くペプチド転移反応はリボソームの大、小サブユニットのダイナミックな連携によって維持されているが、この過程の詳細な分子機構は未だ解明されていない。

 23S rRNAのドメインIVに存在するヘリックス69(H69)(position 1906-1924)は、進化的に高度に保存された領域である(図1)。特に7塩基で構成されるループの配列は、原核生物のrRNAにおいて、98%以上の保存性を保っている。リボソームのX線結晶構造解析により、H69は50Sと30Sの会合面に位置し、サブユニット間の架橋部位(bridge B2a)の一つであることが判明している。また、翻訳反応の各ステップにおいて、H69はA/T-site、A-site、P-siteにおけるtRNAと直接相互作用することが知られている。更に、EF-G、RF2、RF3、RRFなどの種々の翻訳因子と相互作用することも知られ、H69は翻訳反応の様々な局面においてリボソームの機能に重要な役割を担っていることが示唆されている。本研究では、H69の保存配列の機能的重要性に着目し、当研究室で開発された新規機能配列選択法[Systematic Selection of Functional Sequence by Enforced Replacement(SSER)法]を用い、ランダムな配列からH69の機能配列と必須残基を特定した。また得られたH69変異リボソームの機能解析により翻訳反応におけるH69の役割について検討した。

[結果と考察]

SSER法によるH69の機能配列の決定と表現型の解析

当研究室で開発されたSSER法は、遺伝学的な手法を用い、ある特定の遺伝子領域における機能配列を完全にランダムな配列より選択することを可能とする方法である。ランダムな配列からの選択であるため、他生物由来の配列や進化的に排除された機能配列をも選択することが可能である。SSER法をrRNAの解析に適用するため、ゲノム上の7つのrRNAオペロン(rrn)をノックアウトした後、rrnBオペロンとsacB遺伝子を持つプラスミドpRB101でrRNAを供給した大腸菌株(NT101)を用いた。そして、pRB101と同一の複製基点とrrnBを持ち、異なる選択マーカーを有するプラスミドpRB102をライブラリーの作成に用いて、pRB102上のH69のループ配列(1912-1918)に対してPCRを応用した方法で完全にランダムな配列(16,384通り)に変換したプラスミドライブラリーを作成した。次にNT101株を、得られたプラスミドライブラリーで形質転換を行った。この時点ではpRB101とpRB102が一時的に共存する状態になるが、23S rRNA上の変異は優性致死である場合が多いため、大部分の配列はこの過程で除かれると考えられる。一方で導入されたH69の配列がrRNAとして機能するものであればpRB101を排除することができる。pRB101にはショ糖感受性を示すsacB遺伝子が搭載されており、ショ糖培地で選択することで機能配列を有するpRB102を効率的に選択することができる。得られた大腸菌株は細胞内の全てのリボソームがH69変異体で置換されているため、その後のリボソームの機能解析にも都合が良い。

 16,384通りのバリエーションの中から野生株と同じ配列を持ったものを含め13種類の機能配列がこの方法によって得られた(Table.1)。A1912とU1917は全ての変異体に共通に存在したことから、これらの塩基は他の塩基に置換することができず、リボソームの機能に必要不可欠であることが示された。1918位は野生型のA以外にGが選択されたが、G1918は真核生物のrRNAに保存されている残基であり、この変異体は生育速度の低下も観測されなかった。このことから、原核生物と真核生物で異なるこの位置の塩基は機能的差異によるものではないことも明らかになった。更に、得られた結果を検証するため、H69ループ配列の各部位における塩基を他の3種類の塩基に置換し、SSER法によって機能選択を行う、Bscan法を行った。その結果、新たに7つの変異体を得た。以上の結果からH69ループ配列の機能配列はANNHNURであることが判明した。進化的な保存性が高いにも関わらず、他の塩基に置換可能である部位と置換不可能である部位が明確となり、H69の機能における残基ごとの重要性を浮き彫りにすることができた。さらにH69ループの配列数の増減や、ステムの長さを短くする変異を試みたが、いずれも変異体を得ることはできなかったことから、H69のループの塩基数とステムの長さは機能に重要であることも判明した。また各変異体の生育速度を測定した(Table.1)ところ、clone.4(U1915A)とclone.9(U1915A, A1918G)は非常に生育速度が遅かったのに対し、clone.6(A1918G)は生育速度の低下が観測されなかった。この結果から、生育速度の低下はA1915に起因すると考えることができる。一方でA1915をもつ別の変異体(clone.11と12)は生育速度が回復していることから、これらの変異体が持つC1914Aや A1916Cなどの変異がA1915の変異を相補していると考えられる。

サブユニット間の会合におけるH69変異の影響

 生育の阻害は変異リボソームの機能低下によるものと考えられるが、H69はサブユニット間の架橋部位のひとつであることから、clone9,11,12についてサブユニットの会合状態をショ糖密度勾配遠心法(sucrose-density gradient centrifugation)により検討した(図2)。Clone 4については生育が悪く解析は行えなかった。6mMマグネシウム(Mg)の条件下で、野生株では全体の約70%の50Sが70Sに取り込まれていたが、それぞれの変異体においては野生株と比べると明らかに70Sの割合が低下していた。Mg濃度を変化させたところ、clone 12は高濃度Mgの条件下でサブユニットの会合が顕著に回復したが、clone9では依然60%の50Sが解離した状態であった。この結果からH69の保存配列はリボソームのサブユニットの会合に大きく影響することが明確となった。特に1915位がサブユニットの会合に重要な働きを担っていることも明らかとなった。

H69は翻訳の正確性に重要な役割を持つ

H69はtRNAと直接相互作用していることが知られているためH69の変異が翻訳精度にどの程度影響するのかを検証した(図3)。H69変異体に+1フレームシフト、-1フレームシフト、UAGリードスルー、UGAリードスルーの活性を評価するlacZリポーター遺伝子を含むプラスミドをそれぞれ導入し、β-ガラクトシダーゼの発現量からH69変異リボソームの翻訳精度を定量した。その結果、clone 4と9でフレームシフトとリードスルーの顕著な上昇が観測された。Clone 11では+1フレームシフト、UGAリードスルーの活性が確認された。それに対してclone.6では野生株と比べて大きな活性の差は見られなかった。この結果から、A1915の変異は翻訳の正確性に影響を及ぼすと考えられる。

H69のタンパク質合成とtRNAの結合に与える影響

次にA1915の変異を持つclone.9,11についてpoly(U)-programmed polyphenylalanine syntyesisによる翻訳活性を測定した。その結果、それぞれの変異体で野生株に比べて明らかに低い反応速度を示した。また、aa-tRNAの濃度依存的なペプチド合成量の測定では野生株と比べclone.9では約3分の1の合成能力しか持たないことが明らかになった。しかし、EF-Gの濃度別の測定では野生株と変異体で大きな差が見られなかったことから、この変異体は高い濃度のaa-tRNAを必要とすることが明らかになった。さらにtRNAと変異体リボソームの親和性をnon-enzymatic P- and A-site bindingにより検証した。tRNAのP-siteへの結合は野生株と変異体で顕著な差は見られなかったが、A-siteへの結合は著しくそれぞれの変異体で低下していた。このことからH69はtRNAとの結合に影響することが示唆された。

H69変異体の修飾部位の検証

変異をを導入したH69のループ部位はm3ψ1915とψ1917に修飾部位を持つ。大腸菌ではこの部位の修飾酵素遺伝子rluDを持たない株は50Sサブユニットの形成が悪く、生合成に重要であることが知られている。このことから修飾がH69変異体に存在するかをprimer extension法を用い検証した。その結果、1915の部位にUを持つ変異体clone2,5,6,7でm3ψもしくはm3Uが確認された。そしてψ特異的な化学修飾を行った変異体に対して検証したところ、保存部位U1917はすべての変異体でψに修飾されていた。

結論

H69は種を超えて非常に高く保存された領域であるがSSER法により機能配列を決定した結果16,384通りのバリエーションの中から13の機能配列を持つ変異体を得た。A1912とU1917はリボソームの機能を維持する上で必要不可欠であり、A1915の変異を持つ変異体はサブユニットの会合状態が悪く、tRNAの結合や翻訳活性の低下を引き起こし、結果として生育速度や翻訳活性に影響を及ぼすことが明らかになった。このことからH69はデコーディングにおいてA-siteへのtRNAの結合を調節することにより翻訳精度のコントロールに重要な役割を担っていると考えられる。

図1.H69の二次構造

A-sitetRNとP-sitetRNAとの接触部位がある。1912-1918の7塩基をランダム(N)にした。

Table.1 SSER法により得られたH69(1912-1918)の機能配列

図2. サブユニット間の会合状態

図3 H69変異体の翻訳精度

図5 H69変異体のA-siteへの結合

図4 H69変異体翻訳活性 ■WT ●clone11 ○clone9

図6 phmerextension法による修飾部位の検証

審査要旨 要旨を表示する

 リボソームはタンパク質とRNAから構成された複合体であり、mRNAを鋳型としアミノ酸を重合するタンパク質合成装置である。近年、X線結晶構造解析や様々な生化学的な解析によりその触媒反応はリボソーム中のRNA成分(rRNA)が中心的な役割を担うことが明らかとなってきた。rRNAは機能部位の二次構造や塩基配列が種を越えて高度に保存されている。本論文はrRNAの機能配列に着目し、rRNAが担うタンパク合成反応の機構の解明を目的として行われたものである。本論文は2章から構成され、リボソーム大サブユニットのrRNA中に存在する進化的に高度に保存された領域、ヘリックス69(H69)について研究が行われている。H69のループ配列(1912位〜1918位)は原核生物のrRNAにおいて98%以上の保存性を保っている。そしてH69はサブユニット間の架橋部位の一つであることが判明している。また一連の翻訳反応において、A/T-site、A-site、P-siteにおけるtRNAと直接相互作用することが知られ、H69は翻訳反応の様々な局面においてリボソーム機能に重要な役割を担うことが示唆されている。

 第1章ではH69の保存配列の機能的重要性に着目し、ある特定の遺伝子領域における機能配列を完全にランダムな配列より選択することを可能とする、新規に開発された機能配列選択法[Systematic Selection of Functional Sequence by Enforced Replacement(SSER)法]を用い、H69の機能配列と必須残基を特定している。また得られたH69変異リボソームの機能解析により翻訳反応におけるH69の役割について検討している。

 本章ではPCRを応用した方法でH69ループ領域を完全にランダムな配列(16,384通り)に変換したプラスミドライブラリーの中からリボソームとしての機能を持った変異体を得て、リボソーム機能に必要不可欠な塩基を決定した。その結果1912位と1917位は必要不可欠な塩基で、保存性が高いにも関わらず他の塩基に置換可能である部位と置換不可能である部位が存在することを明らかにした。また各変異体の生育速度を測定することで生育阻害を示す変異体を得ている。

 H69はサブユニット間の架橋部位のひとつであることから、生育阻害を示した変異体のサブユニットの会合状態をショ糖密度勾配遠心法により検討した結果、70Sリボソームの割合は変異体では野生株と比べると明らかに低下していたことから、H69はリボソームのサブユニットの会合に大きく影響することを明らかにした。

 次にH69はtRNAと直接相互作用していることから、H69変異体の翻訳精度への影響をタンパク質の誤翻訳の割合を測定し、生育阻害を示した変異体で翻訳精度が低下していることを明らかにした。このことからH69はコドン認識におけるtRNAとの相互作用に関与することが強く示唆された。

 次に生育阻害を示し翻訳精度にも影響を示した変異体からリボソームを回収しin vitroでのペプチド合成による翻訳活性を測定した結果、生育阻害を示した変異体リボソームはペプチド合成能が低下し、またその機能はアミノアシルtRNAの濃度依存的であることを明らかにした。さらにA-,P-site bindingにより変異リボソームとtRNAとの結合を測定し、H69はA-siteにおけるtRNAとの相互作用に関与することを明らかにした。またリボソームの会合やtRNAとの相互作用に影響を示した変異体は共通して1915位にAの変異を持つことから、これらの影響はこの変異に起因するものと推測している。

 第2章ではH69変異体の修飾塩基についてその有無を検証している。H69の1911位、1915位、1917位は修飾酵素RluDにより修飾を受けるが、この欠損株では生育阻害が確認されている。H69変異体はその塩基配列が野生株とは異なるために修飾酵素の認識機構に影響を及ぼし、前章の結果は必要不可欠な1917位の修飾欠損により導かれたものとも考えうるため、この1917位の修飾の有無をプライマー伸長法により検証した。その結果すべての変異体において1917位の修飾が確認され、前章の結果はH69そのものの機能を検証したものと結論付けている。

 以上要するに、本論文は23S rRNA中の高度に保存されたH69の機能解析を行うにあたり、新規に開発されたSSER法を用いてH69の機能配列を決定した。さらに変異体の解析から、H69はサブユニット間の結合に重要な役割を担うこと、コドン認識過程においてtRNAとの結合を調節することで翻訳精度に関わる重要な機能部位であることを明らかにした。この成果はタンパク合成反応の分子機構を解明する上で大変意義のある研究成果である。よって本論文は博士(生命科学)の学位請求論文として合格であると判断する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24334