学位論文要旨



No 121878
著者(漢字) 吉田,義
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,タダシ
標題(和) エネルギー代謝制御におけるGhitmの機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 121878
報告番号 甲21878
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第232号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 助教授 松本,直樹
 東京大学 講師 尾田,正二
 東京大学 助教授 東原,和成
内容要旨 要旨を表示する

 先進各国においては、脂肪分摂取の増大などによる摂取カロリー過剰と運動不足などによる消費カロリーの低下によって引き起こされる肥満および糖尿病、高血圧、高脂血症などの生活習慣病の蔓延が深刻な社会問題となっている。血糖値の調節は主にインスリンによって担われているが、インスリンのシグナル伝達は遺伝的要因、環境要因の双方に影響を受けることが知られており、II型糖尿病において認められるインスリン抵抗性とインスリン分泌不全発症のメカニズムには不明な点が数多く残されている。インスリンのシグナル伝達は他のホルモンによって修飾されることが知られており、例えば成長ホルモン(GH)は脂肪細胞においてインスリンと拮抗的に働くことで脂肪細胞への糖取り込みと脂肪の蓄積を抑制する。

 遺伝子改変によってGHシグナルを阻害したマウスにおいては脂肪の分解が抑制されるために脂肪組織の肥大が認められる。この肥大した脂肪組織における遺伝子発現変化を解析したところ、新規の7回膜貫通型タンパク質の発現が低下していることが明らかとなり、Ghitm(Growth hormone-inducible transmembrane protein)と命名された。Ghitmは既知遺伝子との相同性は低く、膜貫通部位以外の機能ドメイン等も見出されないためにアミノ酸配列から機能を類推することは困難であった。

 しかしながら、Ghitmは哺乳類のみならず昆虫や線虫にも高度に保存されており、ショウジョウバエGhitmオルソログは加齢に伴って発現上昇することが知られている。Ghitmが脂質代謝および加齢に関与していることから、Ghitmは進化的に保存された未知のエネルギー代謝機構に関与していると考えられる。本研究ではGhitmが脂肪細胞の機能に果たす役割を解明することを目的とし、脂肪細胞におけるGhitmの発現解析およびGhitmノックアウトマウスの作製と代謝内分泌系への影響を解析した。

1. 脂肪細胞の栄養状態変化に伴うGhitmの発現変化

 まず、Ghitmの発現量と脂肪細胞の栄養状態変化との関連に着目して解析を行った。

培養脂肪前駆細胞3T3-L1を成熟脂肪細胞へと分化誘導すると、分化に伴ってGhitmの発現は上昇した。一方、培養を継続することによって脂肪をさらに蓄積させたところ、Ghitmの発現は再び低下した(Fig.1a)。

 次に、GHの過剰発現によってマウス脂肪組織に脂肪分解を引き起こしたところ、Ghitmの発現は低下した (図1b) 。また、レプチンを欠損することによって、もしくは高脂肪食飼料を投与することによって脂肪を過剰に蓄積したマウス脂肪組織においても共にGhitmの発現は低下していた(図1c, d)。

 以上の結果から、in vitroおよびin vivoにおいて共にGhitmは成熟脂肪細胞において高発現しているが、脂肪細胞が矮小化、もしくは肥大した際にはその発現が抑制されることが示された。すなわち、Ghitmは脂肪細胞の栄養状態変化に応じて発現制御されることで機能すると考えられる。

2. Ghitmの細胞内局在部位の同定

 Ghitmの機能部位を同定する目的で培養細胞内でのGhitm局在部位を解析した。その結果、Ghitmはペルオキシソームに特異的に局在することを明らかにした(Fig.2)。ペルオキシソームは脂肪酸の 酸化やプラスマローゲンなどのエーテルリン脂質の合成、胆汁酸の生合成など、多くの代謝系に関与する細胞内小器官であり、ペルオキシソームと肥満、糖尿病とは密接に関連している。

 実験結果1および2の事実は、Ghitmがペルオキシソームにおいて栄養状態変化に応じて発現を変動させることで脂質の代謝に関与していることを強く示唆している。

3. Ghitm遺伝子ノックアウトマウスの作製

 Ghitmの機能をさらに解析するため、Ghitmノックアウトマウス(GhitmKO)を作製した。Ghitm遺伝子上において開始メチオニン及び第1〜第3膜貫通領域を含むエクソン2〜4を欠失するようにターゲティングベクターを作製し、ES細胞に導入することで相同組み換えを行った。定法に従ってキメラマウス、ヘテロ組み換えマウスを得た後、生殖細胞系列でCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニックマウスと交配することで、GhitmKOを作製した。GhitmKOはメンデル則に従って産まれ、剖検による組織異常は認められなかった。

4. Ghitmノックアウトマウスの代謝内分泌経路の解析

 野生型マウス(WT)とGhitmKOの脂肪組織間で脂肪細胞機能に関わる遺伝子群の発現比較を行ったところ、脂肪組織の種類によって異なる遺伝子群に発現変動が認められた。例えば、肩胛骨間白色脂肪(intrascapular white adipose tissue, iWAT)および褐色脂肪組織(intrascapular brown adipose tissue, iBAT)においてはucp(uncoupling protein)、βアドレナリン受容体 (type3)、PGC1αといった遺伝子で発現の低下が見られたのに対し、精巣上体白色脂肪組織(epididimal WAT, eWAT)においてはこれらの発現低下は認められなかった。この結果は、Ghitmが血糖値や遊離脂肪酸を初めとした代謝内分泌経路に関与しており、その機能は脂肪組織間で異なることを示唆している。

 そこで、Ghitm遺伝子欠失による脂質代謝内分泌系への影響を解析するため、野生型及びGhitmKOに高脂肪飼料を投与し、体重変化、血糖値、血中遊離脂肪酸およびトリグリセリド量の測定を行った。

  この結果、高脂肪飼料を与えた際にはGhitmKOはWTと比べて有意に体重増加が認められたのに対し、通常飼料下では体重は逆に減少した(Fig.3)。また、高脂肪食下ではGhitmKOは高血糖、低遊離脂肪酸となった(Fig.4)。

 GhitmKOがWTに比べて高脂肪食下で高血糖となったことから、Ghitm遺伝子が血糖値の調節に関わっていることが示唆された。そこで、血糖値上昇を引き起こした原因をさらに解析するため、グルコース投与時の血糖値およびインスリンの測定(グルコース耐性試験)およびインスリン投与時の血糖値の測定(インスリン耐性試験)を行った。この結果、GhitmKOは高脂肪食下におけるインスリンに対する応答は正常であったのに対し(Fig.5b)、WTに比べてグルコース投与時の血糖値が有意に上昇した(Fig.5a)。一方、WTおよびGhitmKOの初代培養脂肪細胞においてインスリンシグナル伝達経路を解析したところ、インスリン刺激によるインスリン受容体 (IR) 、インスリン受容体基質 (IRS) 、Aktのリン酸化に差違は認められなかった。

 インスリン耐性試験およびインスリンシグナル伝達経路の解析から、GhitmKOが示す高血糖はインスリン分泌の不全によるものであることが示唆された。そこで、グルコース耐性試験時のインスリン分泌量を測定した。この結果、GhitmKOはWTに比べてグルコース投与時のインスリン分泌が低下していることが明らかになった(図5c)。

【結論】

 GHの抑制時及びレプチン欠損時、高脂肪食負荷時には脂肪の蓄積が、GHの過剰発現時には脂肪の分解が引き起こされるが、Ghitmはいずれの場合にもその発現が抑制された。脂肪前駆細胞である3T3-L1は分化に伴って脂肪を蓄積するが、この分化時にGhitmは一旦発現上昇した後に発現が抑制された。これらの結果より、in vivoおよびin vitroにおいて共にGhitmは成熟脂肪細胞に発現していること、脂肪を過剰蓄積、もしくは分解した際には発現が抑制されることを明らかにした。また、GhitmKOは脂肪細胞において複数の脂肪細胞機能関連遺伝子に発現変化が認められた。GhitmKOは高血糖となったが、これはインスリンシグナルが阻害されたことによるものではなく、インスリンの分泌不全によるものであることを明らかにした。また、Ghitmがペルオキシソームに局在していることは、Ghitmが脂肪細胞のペルオキシソームにおいて脂質の代謝経路を制御することを強く示唆している。今後Ghitmの分子生物学的機能が明らかになることで、生物種間で保存された未知のエネルギー代謝機構が明らかになることが期待される。

Fig.1 脂肪細胞の栄養状態変化に伴うGhitmの発現変化

(a)3T3-L1の分化誘導に伴うGhitmの発現

3T3-L1を定法に従って分化誘導し、Ghitmの発現変化をノーザンブロッティングおよびウェスタンブロティングによって解析した。Ghitmは分化に伴って発現上昇し、脂肪の過剰蓄積に伴って再び発現低下した。

(b-d)脂肪蓄積量を変化させた際のマウス脂肪組織におけるGhitm発現量

GH過剰発現(脂肪分解,b)、レプチン欠損ob/ob(脂肪過剰蓄積,C)、高脂肪食負荷(脂肪過剰蓄積,d)のマウス脂肪組織におけるGhitmの発現をRT-PCRによって解析した。

各脂肪細胞における脂肪蓄積量を模式的に示した。

Fig.2 Ghitmのペルオキシソームへの局在

CHO細胞にGhitmおよび70kDaペルオキシソーム膜タンパク質(PMP70)を発現させ、免疫染色を行った。

Fig.3 野生型(WT)およびGhitmノックアウト(KO)マウスの体重変化

WTおよびKOマウスに高脂肪食(HFD)および低脂肪食(LFD)を与えてからの体重変化を測定した。N=12-15,mean±SEM. *,p<0.05;**,p<0.01

Fig.4 Ghitmノックアウトマウスにおける血糖値、遊離脂肪酸、コレステロール、トリグリセリド量の測定

高脂肪食/低脂肪食負荷(HFD/LFD)後のマウス血清中の血糖値、遊離脂肪酸、コレステロール、トリグリセリド量を測定した。N=5,mean±SEM. *,p<0.05;**,p<0.01

Fig.5 グルコース耐性試験およびインスリン耐性試験

(a)24時間絶食後マウスに1.5mg/body weightのglucoseを腹腔内注射した後の血糖値変化。N=5,mean±SEM

(b)自由摂食下マウスに0.75mU/body weightのinsulinを腹腔内注射した後の血糖値変化。N=5,mean±SEM

(c)24時間絶食後マウスに1.5mg/body weightのglucoseを腹腔内注射した後のインスリン量変化。N=6,mean±SEM. *,p<0.05;**,p<0.01;HFD,high-fat diet;LFD,low-fat diet

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章では Ghitm(Growth hormone-inducible transmembrane protein)の発現と細胞内局在部位の解析結果が、第2章ではGhitm遺伝子改変マウスの作製と表現型の解析結果が述べられている。

 まず、緒言で本研究の背景となる様々な先行研究を紹介し、それらをもとに、本研究の意義および目的が述べられている。

 第1章では、まず、Ghitmの発現量と脂肪細胞への脂肪蓄積量変化との関連に着目して解析を行い、培養脂肪前駆細胞3T3-L1を成熟脂肪細胞へと分化誘導すると、分化に伴ってGhitmの発現は上昇すること、培養を継続することによって脂肪をさらに蓄積させたところ、Ghitmの発現は再び低下することを示した。次に、GHの過剰発現によってラット脂肪組織に脂肪分解を引き起こしたところ、Ghitmの発現は低下した。また、レプチン遺伝子の欠損、もしくは高脂肪食飼料を投与することによって脂肪を過剰に蓄積したマウス脂肪組織においても共にGhitmの発現が低下していることを見出した。これらの結果から、in vitroおよびin vivoにおいて共にGhitmは成熟脂肪細胞において高発現しているが、脂肪細胞が矮小化、もしくは肥大した際にはその発現が抑制されることを示した。

 次に、Ghitmの機能部位を同定する目的で培養細胞および脂肪細胞内でのGhitm局在部位を解析し、いずれの場合もGhitmはペルオキシソームに特異的に局在することを示した。ペルオキシソームは脂肪酸のb酸化やプラスマローゲンなどのエーテルリン脂質の合成、胆汁酸の生合成など、多くの脂質代謝系に関与する細胞内小器官であり、ペルオキシソームと肥満、糖尿病とは密接に関連していると考えられる。

 第2章では、Ghitmの機能を個体レベルで解析するため、Ghitmノックアウトマウス(GhitmKO)を作製した。Ghitm遺伝子上において開始メチオニン及び第1〜第3膜貫通領域を含むエクソン2〜5を欠失するようにターゲティングベクターを作製し、ES細胞に導入することで相同組み換えを行い、定法に従ってキメラマウス、ヘテロ組み換えマウスを得た後、生殖細胞系列でCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニックマウスと交配することで、GhitmKOを作製した。GhitmKOはメンデル則に従って産まれ、剖検による組織異常は認められなかった。次に、野生型マウス(WT)とGhitmKOの脂肪組織間で脂肪細胞機能に関わる遺伝子群の発現比較を行ったところ、脂肪組織の種類によって異なる遺伝子群に発現変動の差を見出した。この結果は、Ghitmが血糖値や遊離脂肪酸を初めとした代謝内分泌経路に関与しており、その機能は脂肪組織間で異なることを示唆していた。そこで、Ghitm遺伝子欠失による脂質代謝内分泌系への影響を解析するため、野生型及びGhitmKOに高脂肪飼料を投与し、体重変化、血糖値、血中遊離脂肪酸およびトリグリセリド量の測定を行った。その結果、高脂肪飼料を与えた際にはGhitmKOはWTと比べて有意に体重増加が認められたのに対し、通常飼料下では体重は逆に減少した。また、高脂肪食下ではGhitmKOは高血糖、低遊離脂肪酸となった。GhitmKOがWTに比べて高脂肪食下で高血糖となったことから、Ghitm遺伝子が血糖値の調節に関わっていることが示唆された。そこで、血糖値上昇を引き起こした原因をさらに解析するため、グルコース投与後の血糖値の測定(グルコース耐性試験)およびインスリン投与後の血糖値の測定(インスリン耐性試験)を行った。その結果、GhitmKOはインスリン投与によって血糖値が正常に低下したのに対し、WTに比べてグルコース投与後の血糖値が有意に上昇した。一方、WTおよびGhitmKOの初代培養脂肪細胞においてインスリンシグナル伝達経路を解析したところ、インスリン刺激によるインスリン受容体 (IR) 、インスリン受容体基質 (IRS) 、Aktのリン酸化に差違は認められなかった。これらのインスリン耐性試験およびインスリンシグナル伝達経路の解析から、GhitmKOが示す高血糖はインスリンシグナル伝達の不全によるものではなく、インスリン分泌の不全によるものであることが示唆された。そこで、グルコース耐性試験時のインスリン分泌量を測定したところ、GhitmKOはWTに比べてグルコース投与後のインスリン分泌が低下していることが明らかにした。

 得られた結果をもとに本研究の総括を行ったのち、材料と方法、参考文献、謝辞が書かれている。

 以上、本論文は、エネルギー代謝制御におけるGhitmの機能を初めて明らかにしたもので、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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