学位論文要旨



No 121888
著者(漢字) スティラワッタナ ピッチ
著者(英字) Sutheerawatthana Pitch
著者(カナ) スティラワッタナ ピッチ
標題(和) 技術の政治性が及ぼすインフラ整備における副次的効果
標題(洋) Examining the Secondary Effects of Technological Politics in Infrastructure Development
報告番号 121888
報告番号 甲21888
学位授与日 2006.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(国際協力学)
学位記番号 博創域第242号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 国際協力学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 湊,隆幸
 東京大学 助教授 佐藤,仁
 東京大学 教授 中山,幹康
 東京大学 教授 吉田,恒昭
 東北大学 助教授 直江,清隆
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、インフラ開発がもたらす社会への副次的影響の構造を「技術の政治性」の観点から明らかにしたものである。ここで言う技術の政治性とは、ある問題解決のために導入された技術が、気づかぬうちに社会の共通の関心事や利益と関わるような人々の行動を変化、制限、あるいは馴化する過程を秩序化する、媒介としての性格を意味する。例えば、現代の情報通信技術は人間関係の崩壊を引き起こすかもしれない。あるいは、発展途上国におけるダム開発プロジェクトは生活者の水資源利用方法、労働形態、さらに、長期的視点でいえば行政や制度にも影響を及ぼす可能性がある。これらは、技術を機能性や効率性からのみ捉える従来からの直接的な視点とは異なり、技術が社会秩序に及ぼす副次的影響に言及したものである。このような技術の政治性の議論は、社会科学分野における概念的な理論にとどまっていたが、本研究ではそれを援用することにより、インフラ開発で観察される技術の政治性の様態の一つをその副次的影響とともに明らかにし、その影響に起因する価値の埋め込み構造に考察を加えた。

 本研究では、まず、日常生活において人々が意識的あるいは無意識に影響を受ける技術の政治的特性について、技術哲学分野の先行研究を整理し洞察を得た。先行研究から得られた知見は、ある技術システム(この場合はインフラ開発)の社会への導入が、無秩序に生じるのではなく一定の方向性をもち、個々の行動をある種の秩序に置き換えていく過程についての議論である。本論文では、そのような過程を「連鎖(chain)」と呼ぶことにした。連鎖とは、言い換えると、ある問題への解決策が必要とされた結果、次々と解決策の循環が発生する状況を表す。そこで、インフラ開発における連鎖による悪循環を検証するために、メラピ山(インドネシア)およびバンパコン川(タイ)における2つのダム建設の事例研究を行った。その結果、更なる追加工事や経済投資を引き起こす当初のダム建設の技術的要因とともに、環境や行政などに及ぼす影響の連鎖、さらには連鎖の悪循環における現地住民や政府など関係者の価値の埋込み構造が明らかにされた。

 本論文の特徴は、社会科学における技術の政治性に関する概念的な研究をインフラ開発に適用し、技術が及ぼす副次的影響の構造に現実の問題を用いた考察を加えた点にある。ここで示された「連鎖」の構造は、誰がステークホルダーとなるのか、ステークホルダー間にはどのような権力の不均衡が存在し、人々がその事に対してどのように意識的にふるまったかなどを分析する新しい視点を提供したものである。本研究の貢献は、インフラ開発の循環において、「誰が支配するか」そして「何が支配するか」という側面からの技術の政治性の具体的事例の提示であり、建設事業が社会秩序に及ぼす影響を、工学や経済学といった分野を超えた視点から考察した点にある。本研究の成果は、インフラ開発を分析する新しい視点を提供しただけでなく、事業計画、設計、施工、実施に応用可能な評価規準に関する示唆を含むものである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、インフラ開発が社会に及ぼす影響を副次的な観点から捉え、その発生メカニズムを明らかにしたものである。副次的影響とは、インフラの機能性や効率性に関連する工学あるいは経済学的な意味からの直接的影響ではなく、社会の共通の関心事や利益と関わるような人々の行動を気づかぬうちに変化、制限、あるいは馴化する過程を秩序化する媒介としての影響を意味する。論文の主な成果は、技術哲学分野における「技術の政治性」の理論を援用して構築した「影響の連鎖」のモデルである。提示されたモデルは、副次的影響の連鎖の過程と要因、そこにおける価値の埋め込みのメカニズムを明らかにし、実際のインフラ事業の事例に適用することにより社会科学的視点からの洞察を加えた。これは、工学に社会科学の方法論を組み合わせることによる学融合を目指したものであり、これまで深く議論されることのなかった問題に対する新しい視座を提供した点でも価値がある。

 論文は6章からなり、第1章では研究の目的、背景、手法および結論をまとめ、論文の全体構成が示されている。第2章では技術的学分野の先行研究を整理し、技術を中立性の観点から議論した文献に対する考察が述べられている。第3章では、本論文の中心となる副次的影響の「連鎖」の概念構築とその理論展開が行われ、提示されたモデルに基づくインフラ開発過程におけるステークホルダーの利得行為についても議論が加えられている。第4章および第5章では事例研究が示され、第3章でのモデルを基にした洞察が示されている。ここで用いられた事例は、国際協力事業としてのメラピ山(インドネシア)およびバンパコン川(タイ)における2つのダム建設の例である。最後に、第6章では全体のまとめが述べるとともに、将来の研究課題が議論されている。

 技術哲学分野における先行研究から得られた知見は、ある技術システムの社会への導入(この場合はインフラ開発)が、無秩序に生じるのではなく一定の方向性をもち、個々の行動をある種の秩序に置き換えていく過程についての議論である。これは、日常生活において人々が意識的あるいは無意識に影響を受ける技術の政治的特性について述べたものであり、本論文では、そのような過程を連鎖(chain)と呼ぶことにした。連鎖とは、言い換えると、ある問題への解決策が必要とされた結果、次々と解決策の循環が発生する状況を表す。本論文では、誰がステークホルダーとなるのか、ステークホルダー間にはどのような権力の不均衡が存在し、人々がその事に対してどのように意識的にふるまったかに着目した連鎖の構造を提示した。このモデルを用いた事例研究では、更なる追加工事や経済投資を引き起こす当初のダム建設の技術的要因とともに、環境や行政などに及ぼす影響の連鎖、さらには連鎖の悪循環における現地住民や政府など関係者の価値の埋込み構造が議論されている。

 本研究の貢献は、インフラ開発の連鎖において「誰が支配するか」そして「何が支配するか」という側面からの技術の政治性からの分析手法の提示であり、インフラ事業が社会秩序に及ぼす影響を、工学や経済学といった分野を超えた視点から考察した点に新規性がある。また、事業計画、設計、施工、実施に応用可能な評価規準に従来とは異なる示唆を与えるものであり、実用性の観点からも将来の研究課題として研究の意義が大きい。

 以上より、博士(国際協力学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/9276