学位論文要旨



No 121895
著者(漢字) 峰岸,有紀
著者(英字)
著者(カナ) ミネギシ,ユキ
標題(和) ウナギ属魚類の集団構造と分類に関する研究
標題(洋)
報告番号 121895
報告番号 甲21895
学位授与日 2006.10.02
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3077号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塚本,勝巳
 東京大学 教授 西田,睦
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 西田,周平
 東京大学 助教授 小島,茂明
内容要旨 要旨を表示する

 分子遺伝学の急速な発展は,これまでの形態形質に基づく伝統的な分類学に対して,多くの疑問を投げかけた.世界中で15種3亜種が認められているウナギ属魚類 Anguilla の分類においても同様である.解像度の高い分子マーカーを用いた集団解析の結果,ウナギ属魚類のいくつかの「種」は,遺伝的に明らかに異なる複数の繁殖集団を含むことが示され,分類の見直しが必要とされている.しかしながら,これらの集団解析は,対象種や研究者によって用いた分子マーカーや解析法が異なっているため,それぞれの結果を相互に比較し,遺伝的な分化程度をウナギ属全体で俯瞰することはできなかった.

 そこで本研究では,ウナギ属魚類の遺伝的変異を調べることにより集団構造を明らかにし,これらに基づく新たな分類体系を確立することを目的とした.まず,(1)A. marmorata,A. bicolor,A. australisの3種を対象に,核DNA(マイクロサテライト)とミトコンドリアDNA(以下,mtDNA)の調節領域を用いて集団構造を詳細に調べた.次に,(2)上記3種と検出された繁殖集団のウナギ属における系統的位置を明らかにするため,ウナギ属魚類全種と集団の系統推定を行った.さらに,(3)集団,亜種,種の各分類段階の分化程度を明らかにするため,mtDNAを用いて各集団内,集団間,亜種内,亜種間,種内,種間の遺伝的変異量をウナギ属全体で比較した.これらの結果に基づいて,(4)新たなウナギ属魚類の分類体系を提唱した.

1. A. marmorataの集団構造

 インド洋西部から太平洋東部まで広く分布するA. marmorataの集団構造を明らかにするため,8個のマイクロサテライト遺伝子座と調節領域の塩基配列を用いて集団解析を行った.本種の分布域を網羅するように,マダガスカル,レユニオン,スマトラ,スラウェシ,フィリピン,台湾,日本,グアム,アンボン,パプアニューギニア,ニューカレドニア,フィジー,タヒチの計13地点から採集した計455個体を解析に用いた.

 マイクロサテライト遺伝子座から遺伝的分化程度の指標となる固定指数(FST)を算出したところ,北太平洋の4地点(日本,台湾,フィリピン,スラウェシ),南太平洋の4地点(タヒチ,フィジー,ニューカレドニア,パプアニューギニア),およびインド洋の3地点(スマトラ,レユニオン,マダガスカル)については,一部を除き,それぞれの地域の地点間で有意な差異は認められなかった.一方,これらの3地域とアンボン,およびグアムの2地点の間では互いに有意な差異が認められた.調節領域から算出したFSTにおいても,マイクロサテライト遺伝子座と同様の結果が得られた.遺伝距離に基づく遺伝子系統樹では,北太平洋の4地点が1つの枝にまとまり,南太平洋,インド洋,グアム(マリアナ海域)は概ね地域ごとにまとまるものの,明瞭には分かれなかった.また,アンボンの標本は,主に北太平洋と南太平洋の枝に分かれて出現した.以上のことから,A. marmorataは4つの遺伝的に異なる集団(北太平洋集団,南太平洋集団,インド洋集団,マリアナ集団)からなることが明らかとなった.このうち北太平洋集団は他の集団から大きく分化しているのに対し,残りの3集団は互いに分化が浅いことが分かった.アンボンには,北太平洋集団と南太平洋集団に由来する個体が混在すると考えられた.

2. A. bicolorの集団構造

 A. bicolorは,インド洋(A. bicolor bicolor)と太平洋(A. bicolor pacifica)に計2亜種をもつとされている.本種の集団構造を明らかにするため,インド洋東部(スマトラ),インド洋西部(マダガスカル,レユニオン,セイシェル,マヨット),太平洋(フィリピン)の計6地点から採集した計145個体を用いて解析を行った.

 5個のマイクロサテライト遺伝子座からF(ST)を算出したところ,インド洋の東西の地点は,どちらも太平洋と有意に異なることが分かった.これに対し,インド洋の東西の間に有意な差はないことが明らかになった.調節領域を用いて算出したF(ST)も,マイクロサテライト遺伝子座と同様の結果を示した.また,調節領域の遺伝距離に基づく近隣結合樹においても,インド洋と太平洋の個体群はそれぞれ明瞭に異なるグループを形成する一方で,インド洋の個体群は東西でそれぞれがまとまることはなかった.以上のことから,インド洋と太平洋の2亜種は遺伝的に明瞭に異なり,インド洋のA. bicolor bicolorについては,その東西で分化していないことが明らかとなった.

3. A. australisの集団構造

 タスマン海を挟み東西で別亜種とされているA. australisの集団構造を明らかにするため,オーストラリアとニュージーランドから採集した計73個体の標本を用いて解析を行った.

 3個のマイクロサテライト遺伝子座からF(ST)を算出したところ,オーストラリアとニュージーランドの個体群は有意に異なることが明らかになった.また,調節領域を用いた場合も同様の結果が得られた.しかしながら,調節領域の遺伝距離に基づく近隣結合樹では,それぞれの地域ごとにまとまらないことが分かった.以上のことから,オーストラリアのA. australis australisとニュージーランドのA. australis schmidtiiは遺伝的に異なる集団ではあるが,両者の分化は非常に浅いと考えられた.

4. 系統関係

 ウナギ属魚類の系統関係を明らかにすることにより,分類体系確立の一助とするため,mtDNA全塩基配列から15187サイトを用いて,ベイズ法によりウナギ属全種の系統推定を行った.また,4集団が検出されたA. marmorataについて,cytochrome b(以下,cyt b)遺伝子の1139サイトを用いて遺伝距離を算出し,近隣結合法により集団間の系統推定を行った.

 その結果,ウナギ属内では現在アフリカ大陸東岸に生息するA. mossambicaが最も早く派生し,その後大きな2つの系統に分岐したことが分かった.そのうちの一方の系統では,まずインドネシア・ボルネオ島に固有のA. borneensisが派生し,A. australisを含むオセアニアの3種・亜種と大西洋の2種が姉妹群となることが明らかになった.他方の系統は,A. marmorataとA. bicolorを含むインド洋から太平洋に広く生息する計11種・亜種から構成されていた.地理的に大きく離れたオセアニアと大西洋の種群が姉妹群になることから,ウナギ属全体の種分化と分散の過程を,現在の各種の分布域から単純に説明することは難しいものと考えられた.また,A. marmorataは,最初に1つの系統が派生した後,2つの系統に分岐した.このうち,最初に派生した1つと,後に派生した2つの系統のうちの一方,さらにはもう一方の系統の一部が北太平洋集団を構成し,残りの系統から最近になって南太平洋,マリアナ,インド洋の3集団が派生したことが明らかとなった.

5. 分類

 ウナギ属魚類の分類を見直すため,従来の分類による種と亜種,および本研究で明らかになった繁殖集団におけるmtDNAの3遺伝子領域の変異サイト数を算出し,相互に比較した.

 その結果,16S ribosomal RNA遺伝子では,A. marmorataの集団間変異(0〜8サイト)は,A. australisの亜種間変異(0〜7)とほぼ同程度の範囲と値を示した.また,A. bicolorの亜種間変異(9〜18)は,すでにウナギ属の種間変異(14〜58)のレベルに達していることが明らかになった.同様に,他の2遺伝子領域(調節領域,cyt b遺伝子)においても,A. marmorataの集団間変異は,12例中10例の組み合せでA. australisの亜種間変異よりも大きいことが分かった.これらのことから,従来広く認められていた集団,亜種,種という分類の階層構造は,遺伝的変異量で表される分化程度と正確には対応しないものと考えられた.また一方で,本研究で独立した繁殖集団と認められた9集団(A. marmorataの4集団,A. bicolorとA. australisの各々2亜種,A. japonicaの1種)の集団内変異を見てみると,例えば調節領域の最大値は15〜77サイトであり,繁殖集団により大きく異なった.これは種を認識する共通の基準として,遺伝的変異量(変異サイト数)のある一定の値を適用することはできないことを示唆している.

 そこで本論では,遺伝的分化程度の大小や分化後の経過時間にかかわらず,他と生殖隔離が明確な繁殖集団を,それぞれ種として取り扱うことが適切と考えた.こうして得られた「種」は,これまで明らかになっている形態形質の特徴や生態学的特性と矛盾しない.以上より,本論で得られた集団解析の結果とシノニムの記載に基づいて,ウナギ属魚類を以下の21種に分類することを提案した;A. marmorata, A. fidjiensis, A. mauritiana, A. marianaensis, A. bicolor, A. pacifica, A. australis, A. schmidtii, A. anguilla, A. borneensis, A. celebesensis, A. dieffenbachii, A. interioris, A. japonica, A. megastoma, A. mossambica, A. nebulosa, A. labiata, A. obscura, A. reinhardtii, A. rostrata.

 以上本研究では,集団,亜種,種という各分類段階における遺伝的変異量を比較検討することにより,ウナギ属魚類にはそのような階層的な分化段階が存在しないことを明らかにした.またウナギ属魚類をそれぞれの繁殖集団ごとに「種」と考え,新たな分類体系を提唱した.これは従来のウナギ属の分類の混乱を解消し,ウナギ属魚類の生物学と水産学の発展に貢献する.さらに,分類学一般の新しい研究展開の端緒となるものと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 ウナギ属魚類の分類は,亜種や遺伝的に異なる集団をどう扱うかという点において混乱している.本研究ではウナギ属3種の集団構造と遺伝的変異量を調べることにより,本属の分類を再検討することを目的とした.第1章の緒言に続き,第2章から第6章において,以下の結果を得た.

 第2章では,インド洋と太平洋の計13地点から採集したA. marmorata計455個体を用いて,本種の集団解析を行った.8個のマイクロサテライト遺伝子座を用いて遺伝的分化程度を調べたところ,北太平洋(日本,台湾,フィリピン,スラウェシの4採集地点),南太平洋(タヒチ,フィジー,ニューカレドニア,パプアニューギニア),インド洋(スマトラ,レユニオン,マダガスカル)の3地域と,アンボン,グアムの2地点の計5地域・地点の間にはいずれの組み合わせにおいても有意な差異が認められた.ミトコンドリアDNA(以下,mtDNA)の調節領域の近隣結合樹では,標本は上記の地域ごとにまとまり,アンボンは北太平洋と南太平洋の枝に多く出現した.以上より,本種は4つの繁殖集団(北太平洋集団,南太平洋集団,インド洋集団,マリアナ集団)からなることが明らかとなった.アンボンには,北太平洋集団と南太平洋集団に由来する個体が混在すると考えられた.

 第3章では,インド洋と太平洋で別亜種とされるA. bicolorの集団構造を明らかにするため,インド洋西部(マダガスカル,レユニオン,セイシェル,マヨット),インド洋東部(スマトラ),太平洋(フィリピン)から採集した計145個体を用いて解析を行った.5個のマイクロサテライト遺伝子座と調節領域を用いて遺伝的分化程度を調べたところ,インド洋の東西の間には差異が認められなかったが,両者は太平洋と明瞭に異なった.以上より,A. bicolorの2亜種は互いに異なる繁殖集団で,インド洋では東西の間で分化してないことが明らかとなった.

 第4章では,タスマン海の東西で別亜種とされるA. australisの集団構造を明らかにするため,オーストラリアとニュージーランドから採集した計73個体を用いて解析を行った.3個のマイクロサテライト遺伝子座と調節領域を用いて遺伝的分化程度を調べたところ,2つの地域間に有意な差異が認められた.しかし,調節領域に基づく近隣結合樹では地域ごとにまとまらなかったことから,A. australisの2亜種は遺伝的に異なる集団ではあるが,その分化程度は極めて小さいと考えられた.

 第5章では,ウナギ属魚類の系統関係を明らかにするため,mtDNAの全塩基配列を用いてベイズ法によりウナギ属全種の系統推定を行った.また,cytochrome b遺伝子を用いて近隣結合法によりA. marmorataの集団系統解析を行った.その結果,ウナギ属ではA. mossambicaが最も早く派生し,その後2つの系統に分岐したことが分かった.一方の系統はA. borneensisと,オセアニアの3種・亜種,大西洋の2種の計6種・亜種から成り,他方の系統はインド洋から太平洋に生息する計11種・亜種から構成されていた.A. marmorataでは最初に北太平洋集団が派生し,ごく最近になって,他の3集団が派生したものと考えられた

 第6章では,ウナギ属魚類の分類を見直すため,各分類段階(種,亜種,集団)と本研究で検出した各繁殖集団の遺伝的分化程度の対応関係を検討した.mtDNAの3遺伝子領域における変異サイト数を算出し,属内で比較したところ,各繁殖集団の集団内変異は繁殖集団によって大きく異なった.また,亜種間変異よりも集団間変異の方が,種間変異よりも亜種間変異の方が大きい場合のあることが明らかになった.このことから,従来の分類の階層構造と遺伝的分化程度は必ずしも対応しないと考えられた.これらは種の基準として,遺伝的変異量(変異サイト数)のある一定の値を適用することはできないことを示している.

 そこで本研究では,分化程度の大小にかかわらず,他と生殖隔離が明確な繁殖集団をそれぞれ種として取り扱うことが適切と考え,ウナギ属魚類を以下の21種に分類することを提案した;A. marmorata, A. fidjiensis, A. mauritiana, A. marianaensis, A. bicolor, A. pacifica, A. australis, A. schmidtii, A. anguilla, A. borneensis, A. celebesensis, A. dieffenbachii, A. interioris, A. japonica, A. megastoma, A. mossambica, A. nebulosa, A. labiata, A. obscura, A. reinhardtii, A. rostrata.

 以上,本研究は,ウナギ属魚類の集団構造とそれらの遺伝的分化程度を詳細に調べることにより,現行のウナギ属魚類の分類を再検討し,新たな分類体系の基盤を提示したものである.これは,従来の分類における混乱を解消し,生態研究や水産資源管理の基礎として貢献するものと考えられる.よって審査委員一同は,本論文が学術上,応用上寄与するところが少なくないと判断し,博士(農学)の学位論文としてふさわしいものと認めた.

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