No | 121902 | |
著者(漢字) | 谷野,豊 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タニノ,ユタカ | |
標題(和) | 酸化ジアシルグリセロールの検出法の開発と病理的意義に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121902 | |
報告番号 | 甲21902 | |
学位授与日 | 2006.10.19 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6399号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 先端学際工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | プロテインキナーゼC(PKC)は細胞の増殖・分化に中心的な役割を担う酵素の一つであり,ジアシルグリセロール(DAG)により活性化される.一方,酸化ストレスは動脈硬化やがんなど各種疾病の発症に深く関わっていると考えられている.酸化ストレス下で生体膜リン脂質が酸化され,これがホスホリパーゼCで加水分解されると酸化DAGが生成する.酸化DAGはPKCをホルボールエステル並に活性化する能力があり,病理的な状態でのPKC活性化因子の一翼を担う可能性がある.そこで,生体試料中の酸化DAG分析法を開発し,これを応用し酸化ストレス下の生体試料中に酸化DAGがどの程度検出できるかを明らかにすることを本研究の目的とした. 1) 研究の背景と目的 1995年竹腰らはDAGが活性酸素によって酸化を受けて生成する酸化ジアシルグリセロール(DAG-OOH)(図1に代表例として1-palmitroyl-2-linoleoylglycerol hydroperoxide (PLG-OOH) の構造式を示す)がPMAに匹敵するほどのPKC活性化能をもつことを明らかにした.1997年山本らは,PMA同様PLG-OOHがヒト好中球のPKCを活性化し,スーパーオキシド(O2(・-))の産生を誘導することを明らかにした.しかし,PLG-OOHの還元体であるPLG-OHや1, 3-linoleoylglycerol hydroperoxide (1,3-LLG-OOH) は白血球を活性化しなかった.したがって,白血球の活性化には1,2-DAGのヒドロペルオキシドであることが必要である. 2) DAG, 酸化DAGの分析法の開発 生体試料中の酸化DAGは濃度が低いことが予想されるため酸化DAGの3位の水酸基を蛍光誘導化すること(図2)によって高感度の酸化DAG定量システムの開発を行った.同様の方法で未酸化のDAGも定量出来る. これまでPKC活性化について論ずる場合において,DAGの定量は[γ-(32)P]ATPを用いていた.この方法では分子種が特定できないばかりでなく,感度的にも数十pmol程度の定量が出来るにとどまっていた.分子種が特定できるDAGの定量法としては,HPLC,GLCを使った方法がある.しかし,これらの方法はPKCを活性化するDAGの分離定量というよりもむしろ,主にリン脂質の各分子種の脂肪酸側鎖の比率を知るために用いられている. 1, 2-DAGを誘導化しないでそのままUV 205 nmで定量した例もあるが,そのままでは極性が高いので分離しにくいこと,適当なUV吸収がなく,感度が低く基質特異性もないことから,水酸基を蛍光誘導化してHPLCで分離定量する例が多い.よって本分析法の開発において,3位(1, 3-DAGの場合2位)の水酸基を蛍光誘導化し定量することにした.誘導化試薬として用いたピレン-1-カルボニルシアニド(PCC)はNambaraらによって,蛍光ラベル反応液としてのみでなく,HPLCへの応用に使われた.応用例としては,Nambaraらのステロイド誘導体の他に,カルニチンの分析例がある.PCCは触媒としてアミンが必要である.Rameshaらは1-anthroyl nitrileとDAGについてはキヌクリジンが有効であると報告しているので,触媒としてキヌクリジンとトリエチルアミン(TEA)について検討した.キヌクリジンでは室温,暗所で30分の反応時間で十分であり,誘導化効率も良かったのでキヌクリジンを使用する事にした.また,誘導体は5日間安定であった.反応させたDAG, DAG-OHを蛍光HPLCにて分析したときのクロマトグラムを図3に示す.図中のP,S,L,A,Oはそれぞれpalmitoyl, steaoyl, linoleoyl, arachidonoyl, oleoylを示すが,これら脂肪酸側鎖の違いによってDAG, DAG-OHの保持時間が異なる. 検量線を図4に示したが, PLGにおいては220 fmol - 1 n molの範囲において,PLG-OHにおいては30 fmol - 1 nmolの範囲においてピーク面積と注入モル数との間に良好な比例関係が認められた. 抽出溶媒としてはDAGの溶解性にすぐれる2-プロパノール(IPA)を用いた. 生体試料中には分析妨害物質も多く,酸化DAGは微量であることが予想されるので,酸化DAG抽出サンプルを逆相HPLC,順相HPLCにて精製後,蛍光誘導化し,最後に逆相HPLCで定量した.各HPLC操作での酸化DAGの回収率は75%であった. 以上の結果から,本分析法は生体試料中の酸化DAGとDAGの分離定量法として適当と考えられたので,以下の検討を行った. 3) LECラットからの酸化DAGの定量 LECラットは,遺伝的な肝炎,肝がん自然発症モデル動物として樹立された.肝臓に銅が異常に蓄積すること18週齢以降の肝炎発症の原因であり,銅のキレート剤であるトリエンチンを飲料水に溶解して経口投与すれば,肝炎の発症が抑えられる(図5). LECラットとトリエンチン投与したLECラットの肝臓中の脂質を20μM BHTおよび200μM Ph3Pを含むIPA1000μlで抽出した.BHTは操作中の酸化を抑え,Ph3Pは不安定なヒドロペルオキシドを還元し,安定なアルコールにするために加えた.内標として1,3-PAG-OHを加え,遠心分離(13000 rpm,3 min)によりペレットを除いた上澄み900μlを窒素気流下で乾固後,逆相HPLCに導入し,8.5〜13分の分画を分取した.これを窒素気流下で乾固後,順相HPLCに導入し,9〜18分の分画を分取した.その後,先に述べたような蛍光誘導化法によって蛍光誘導化し,蛍光検出器付き逆相HPLCにて定量を行った. 図5右に示したとおり,酸化DAGがLECラット肝臓中に検出され,肝炎を発症する18週齢以降その濃度は有意に増加し,20 pmol/mg-liverにまで達した.このレベルのDAG-OOHは白血球を活性化するに十分である.一方,トリエンチンを投与したLECラットの肝臓では酸化DAGレベルに変動はなかった. 4) UV照射ヘアレスマウスとヒトボーエン病患者皮膚からの酸化DAGの検出 紫外線照射は炎症や皮膚がんを誘発することが明らかになっている.同時にビタミンCや尿酸などの抗酸化物質の減少を伴うことから,酸化ストレスが関与していることが予想されている.そこで,UVBを照射したヘアレスマウスの皮膚から酸化DAGの検出を試みた. 400 mJ/cm2のUVBを照射後6時間後まで皮膚中のPLG-O(O)Hレベルが上昇し,その後減少した(図6).DAG-OOHを特異的に検出できる化学発光/HPLC分析の結果,得られたDAG-OOHは微量にとどまったため,酸化DAGの大部分はアルコール体である.したがってヘアレスマウス皮膚にはヒドロペルオキシドの還元系が存在している.一方,未酸化のPLGレベルは24時間後まで減少したことから,DAGの加水分解系のあることが示唆される.酸化DAGのPKC活性化抑制のためにこうしたメカニズムが作用していることが考えられた. 同様にUVA照射では未酸化のDAGレベルは変化しなかったが,酸化DAGレベルの顕著な上昇が認められた(図7).皮膚がんにリスクとしてUVBが喧伝されてきたが,最近ではUVA照射も問題視されており,興味深い. またヒト皮膚がん疾患の一つであるボーエン病患者の皮膚から酸化DAGが検出され,コントロール皮膚組織からは検出されなかったことも興味深い. 5) 結語 生体試料中の酸化DAGの高感度分析法を開発し,これを酸化ストレス下にある動物組織に酸化DAGが顕著に増加することを見いだした.今後,本分析法が酸化DAGの病理的役割の解明の一助となることが期待される. 図1 1-palmitroyl-2-linoleoylglycerol hydroperoxideの構造式 図2 DAG,DAG-OHを蛍光誘導化するときの反応式 DAG,DAG-OHを蛍光HPLCにて分析したときのクロマトグラム 図4 PLG,PLG-OHの検量線 図5 LECラット,trientine投与LECラットにおける血漿GOT,酸化DAGの経時変化 図6 UV照射ヘアレスマウス皮膚中の酸化PLG,PLG濃度の経時変化 図7 UVA照射ヘアレスマウス皮膚中の酸化PLG,PLG濃度の経時変化 | |
審査要旨 | 日本人の死亡原因の約30%を占め、増加傾向にある癌のメカニズムを解明し、治療や診断法を開発することは、ストレスの多い高齢化社会を迎える日本にとって最大の課題となっている.癌を含めた加齢に伴い増加する疾患の大きな要因としてラジカルの関与が注目されている。 フリーラジカルはDNAを酸化的に修飾し,8-ヒドロキシグアニンやチミングリコールを生成させ,DNAの複製エラーを起こすことが明らかになっており,発がんイニシエーターとしての役割が指摘されている.一方,発がんのプロモーターとしては外因性のホルボールエステル類が多く研究されており、ホルボールエステル類と同様に酸化ジアシルグリセロール(酸化DAG)がプロテインキナーゼC(PKC)をよく活性化することが知られている。癌や代謝性疾患における酸化DAGの役割を探るため、本論文では酸化DAGの検出法の開発に取り組み,酸化ストレスが関与する疾患動物モデルを用いて実証的な検討・考察を行っている. 第1章では序論として,酸化ストレスの概要と生体内で起こる酸化反応について述べ、活性酸素およびジアシルグリセロールと発ガンプロモーター仮説について概説している。酸化DAGが病理的意義を持つかどうかは,生体試料中に酸化DAGが検出されるかどうかにかかっているが,第2章ではその方法を詳しく述べている.まず超高感度で分析するためにピレン-1-カルボニルシアニドを用いた蛍光誘導化法を採用している.触媒はキヌクリジンが良いことを明らかにしている.誘導化後は逆相高速液体クロマトグラフィーにより,脂肪酸側鎖の違いや,酸化,未酸化の違いによって良好に分離することができることを明らかにし,さらに未酸化DAGは220 fmol - 1 n molの範囲において,酸化DAGにおいては30 fmol - 1 nmolの範囲においてピーク面積と注入モル数との間に良好な比例関係を認めている.生体試料を分析する場合,抽出溶媒として2-プロパノールでの抽出効率が良く,再現性があるとしている.また,生体試料中の妨害物質を除き,濃度が低い酸化DAGを濃縮するために,内部標準を添加後,蛍光誘導化する前に,逆相HPLC,順相HPLCで精製,濃縮することが必要であることを明らかにしている.同上の操作による損失も少なく,再現性もある事から,本研究で開発した酸化DAG分析法は信頼性があると結論している.さらに,健常人血漿から酸化DAGの検出を試みており,予想通り酸化DAGは検出されず,検出限界から考えると0.88nM以下であると論じている.この事から,以降の章で酸化ストレスの関与が指摘されている動物モデルから酸化DAGの検出を試みている. 第3章では遺伝的な肝炎,肝がん自然発症モデル動物として樹立されたLong Evans Cinnamon(LEC)ラットからの酸化DAGの定量を試みている.以前の研究からLECラットは肝炎発症時に酸化ストレスが亢進することが明らかになっている.肝臓中の酸化DAGレベルも肝炎発症前に比べ,肝炎発症後に有意に増加することを認めている.銅イオンのキレート剤であるトリエンチンを飲料水に混ぜ摂取させると,肝炎を発症せず酸化DAGレベルも増加しなかった.以上の結果から,肝炎の発症に伴う酸化ストレスの亢進時に酸化DAGが生成している事を明らかにしている. 第4章ではUV照射したヘアレスマウス皮膚からの酸化DAGの検出を試みている.未照射あるいは低用量の紫外線に比べ,発赤する用量のUVAあるいはUVBを照射後,数時間で酸化DAGレベルが有意に増大することが認められたと述べている.また,皮膚中に砒素が沈着することが原因とされていて,活性酸素の関与が考えられている皮膚の疾病であるボーエン病患者皮膚からの酸化DAGの検出も試みており,正常皮膚組織からは検出されなかったが,病変組織からは酸化DAGが検出されたことを明らかとしている. 以上,酸化DAGの生体試料中での検出法を開発し,酸化ストレス下の動物組織中で検出できたことは,未だ解明が不十分である酸化DAGの病理的意義を明らかにする上で重要な貢献と考えられた. したがって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
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