学位論文要旨



No 121903
著者(漢字) 高橋,一彰
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,カズアキ
標題(和) チロシン硫酸化酵素の遺伝子導入による発芽型バキュロウィルス系での機能性ヒトケモカイン受容体タンパク質発現方法の開発
標題(洋)
報告番号 121903
報告番号 甲21903
学位授与日 2006.10.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第6400号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 特任助教授 先浜,俊子
 群馬大学 教授 和泉,孝志
内容要旨 要旨を表示する

 抗体医薬品をはじめバイオ医薬品の発展には、膜タンパク質を大量にかつ活性を保持した状態で発現させるシステムの開発が必要とされている。その中で一般的に用いられる哺乳類細胞を用いた発現系は、機能的に必要な翻訳後修飾が期待されるが、膜タンパク質の大量発現は困難である。一方バキュロウイルス発現系は、ポリヘドリンプロモーターを利用して昆虫細胞に目的タンパク質を発現させる系であり、翻訳後修飾は哺乳類細胞を用いた発現系よりは不完全ではあるが、目的タンパク質を大量に発現できる系として広く利用されている。バキュロウイルスは封入体ウイルスとして核内で増殖するほかに、感染するために細胞外に出る発芽型ウイルスという2つの形態をもつ。これまでに、さまざまな膜タンパク質が宿主細胞 (Sf9細胞) の膜画分だけでなく、発芽型バキュロウイルス上に機能的に発現することが報告されている。本研究では、CCケモカイン受容体に属するCCR2bおよびCCR5を発芽型バキュロウイルス上に発現させて、解析を行った。

 CCR2bおよびCCR5は、単球、マクロファージ、T細胞などに発現し、MCP-1やRANTESなどの刺激を細胞内に伝達し、細胞の走化性亢進などを誘導する。すべてのケモカイン受容体は7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体 (GPCR) であり、そのN末端領域は比較的短く、GPCRの分類上、family Aに属する。そのN末端領域にはセリンやスレオニンが多く、O型糖鎖修飾が起こっていると考えられている。またチロシンが多く点在し、その近傍にはアスパラギン酸やグルタミン酸といった酸性アミノ酸が多く存在することから、チロシンは硫酸化修飾されていると考えられている。これまでにCCR2bとCCR5のチロシン硫酸化修飾は、リガンドとの結合に重要であることが報告されている。

 またAIDSの原因ウイルスであるHIVが、ヒトの細胞に感染するためにCCR5をコレセプターとして使用することから、HIVとCCR5の関係についても数多くの研究が行われている。HIVがヒトの細胞に感染するには、HIVの表面に存在するgp120が、T細胞やマクロファージの膜タンパク質CD4に結合することから始まる。それによりgp120の立体構造が変化し、gp120はT細胞やマクロファージのCCR5やCXCR4とも結合する。そしてgp120の立体構造がさらに変化することで、gp120の内側に存在するgp41がT細胞やマクロファージの細胞膜に挿入され、ウイルスがT細胞などの細胞膜に融合し、ウイルス感染が進行する。これまでに、CCR5がコレセプターとしてgp120と結合するには、CCR5のN末端領域の硫酸化修飾されたチロシンおよび酸性アミノ酸が重要であると報告され、CCR5と翻訳後修飾のさらなる解析が求められている。

 このようにCCR5はHIVのコレセプターとして働くことが知られており、CCR5に対する新規の抗体は、HIVがCCR5と結合する機序をさら解明する道具となると思われる。またHIVとCCR5の結合を阻害する抗体であれば、抗体医薬品としての使用が期待される。そこでCCR5を発現した発芽型バキュロウイルスを抗原として、機能構造を保持したCCR5を認識する抗体の作製を試みた。さらに作製した抗体を使用して、発芽型バキュロウイルス上に発現したCCR5のチロシンの硫酸化修飾の解析をし、また、リガンド結合活性から発芽型バキュロウイルス上に発現したCCR2bのチロシンの硫酸化修飾の解析をした。さらにバキュロウイルス上に発現したCCR5またはCCR2bのチロシン残基を硫酸化修飾する方法を開発した。

 はじめにCCR5を発現した発芽型バキュロウイルスを抗原にして、機能構造を保持したCCR5を認識する抗体の作製を行った。ヒトCCR5とマウスCCR5は相同性が高く、またバキュロウイルス上にはウイルス由来の膜タンパク質であるgp64が多量に発現しているため、CCR5を発現した発芽型バキュロウイルスを通常のマウスに免疫した場合、gp64に対する抗体産生反応が強く誘導され、目的の抗原に対する抗体を得ることが困難であることが考えられた。そこでCCR5ノックアウトマウスと、gp64に対して免疫反応が著しく減弱しているgp64トランスジェニックマウスを交配して得られる、gp64発現CCR5ノックアウトマウスに免疫した。CCR5を発現した発芽型バキュロウイルスを96穴プレートに固層化してELISA解析を行い、陽性反応を示したハイブリドーマからCCR5のC端領域を認識するモノクローナル抗体を得た。このモノクローナル抗体はFACS解析において、CCR5を発現したCHO細胞にサポニンを添加して、細胞膜の透過性を上昇させることにより陽性反応が観察されることから、CCR5のC端領域の構造を認識していることが確認できた。しかし抗体医薬品として使用できるような、CCR5の細胞外領域を認識する抗体は作製できなかった。

 作製したC端領域を認識する抗体と市販されているN端領域に対する抗体を用いて、発芽型バキュロウイルスに発現したCCR5とCHO細胞に発現したCCR5をウエスタンブロット解析で反応性を比較した。その結果、C端領域に対する抗体は、発芽型バキュロウイルスに発現したCCR5にもCHO細胞に発現したCCR5にも反応した。一方、N端領域に対する抗体は、CHO細胞に発現したCCR5には反応するが、発芽型バキュロウイルスに発現したCCR5には反応しなかった。

 次に発芽型バキュロウイルスに発現したCCR2bの結合活性を、CCR2bのリガンドであるMCP-1を用いて観察した。その結果、発芽型バキュロウイルスに発現したCCR2bには、MCP-1との結合活性は観察されなかった。

 これまでにCCR2bとMCP-1との結合には、CCR2bのN端領域に存在するチロシン残基が重要であることが報告されている。また、本研究で使用したCCR5のN端領域の抗体の認識配列にも、チロシン残基が含まれていることが報告されている。そこでバキュロウイルスに発現したCCR2bおよびCCR5は、チロシンの硫酸化修飾が不十分である可能性が考えられた。チロシンの硫酸化修飾は、トランスゴルジでおこるタンパク質の翻訳後修飾のひとつであり、チロシン残基を硫酸化する酵素、Tyrosylprotein sulfotransferase (TPST) がこの反応を行う。TPSTはII型膜タンパク質で、硫酸供与体であるadenosine 3' - phosphate 5' - phosphosulfate (PAPS)からチロシン残基のヒドロシキル基へ硫酸イオンを転移付加する反応を触媒する。これまでにヒトでは、TPST-1とTPST-2の2種類が存在することが報告されている。そこでTPST-1リコンビナントウイルスをCCR2bリコンビナントウイルスまたはCCR5リコンビナントウイルスと共感染させて、sf9細胞中のTPST量を増加させた時に、CCR5に対する抗原抗体反応やCCR2bのリガンド結合反応に変化があるかを観察した。

 発芽型バキュロウイルス上に発現したCCR5は、TPST-1リコンビナントウイルスを共感染させることにより、C端領域の抗体と同様に、N端領域の抗体もCCR5を認識するようになった。さらに試験管内において、CCR5およびTPST-1を発現した発芽型バキュロウイルスとPAPSを反応させると、N端領域の抗体がさらに強くCCR5を認識するようになった。このことから、使用したCCR5のN端領域の抗体は、硫酸化修飾したチロシンを認識し、発芽型バキュロウイルスに発現しているCCR5は、チロシン残基の硫酸化修飾が不完全であることが示された。

 一方、発芽型バキュロウイルス上に発現したCCR2bは、TPST-1リコンビナントウイルスを共感染させることにより、MCP-1との結合活性が観察され、その解離定数は0.58 nMであった。このことから、発芽型バキュロウイルス上に発現したCCR2bもチロシンの硫酸化修飾が不完全であり、そのためにMCP-1との結合活性が見られなかったことが示された。

 以上のことから、発芽型バキュロウイルス上に発現したCCR5およびCCR2bは、それぞれのリコンビナントウイルスを単独で感染させた場合、チロシンの硫酸化修飾がほとんど起こっていない状態で発現することが分かった。また、TPST-1リコンビナントウイルスを共感染させることで、硫酸化修飾された受容体を簡便に発現させることができることが分かった。CCR5とHIVの結合には硫酸化チロシンが重要であることが報告されており、本研究で開発したバキュロウイルスを使用したチロシンの硫酸化修飾法は、その修飾の有無の違いが大きく、硫酸化修飾にターゲットを絞ったAIDS治療薬のスクリーニングに用いることが可能であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 学位論文「チロシン硫酸化酵素の遺伝子導入による発芽型バキュロウイルス系での機能性ヒトケモカイン受容体タンパク質発現方法の開発」について審査した結果を報告する。

 Gタンパク質共役型受容体 (GPCR) は、細胞膜を7回繰り返して貫通するという特徴的な共通構造を持っており、におい、光、ホルモン、脂質、アミノ酸、神経伝達物質などの刺激を細胞内に伝達する重要な膜タンパク質分子群である。またGPCRは疾患と関連している場合が多いことから、医薬品開発の標的として注目されている。さらに近年、疎水性アミノ酸領域を7回もつGPCR遺伝子をゲノムDNAやcDNAのデータベースから見出すことが可能になっているが、多くのGPCRはリガンドが未知であるオーファン受容体のままである。これらのことからGPCRの機能解析が強く求められているが、GPCRは疎水性が高く従来の発現系では機能的に発現しないことが多く、解析が遅れている。このためGPCRを活性が保持された状態で発現させるシステムの開発が必要とされている。バキュロウイルス発現系は、目的タンパク質を昆虫細胞内に大量に発現させる系として広く利用されているが、GPCRをはじめとする膜タンパク質のリコンビナントバキュロウイルスを昆虫細胞に感染させたときに、昆虫細胞から発芽したバキュロウイルス上にこれらの膜タンパク質が機能を保持して発現することが分かっている。本研究は、GPCRであるCCR2bおよびCCR5を発芽型バキュロウイルスに発現させ、そのときのCCR2bおよびCCR5のチロシン硫酸化修飾について解析し、その修飾の欠損を補う発現方法を開発するものである。

 本研究の前半では、ケモカイン受容体CCR5を発現した発芽型バキュロウイルスを抗原として、抗体の作製を試みている。CCR5は免疫系細胞の遊走に関わっているほかに、HIVが免疫系細胞に感染する際に共受容体として利用して細胞内に入り込むことが知られており、CCR5に対する抗体はその機能解析やAIDS治療薬の開発に必要不可欠である。本研究で作製された抗CCR5抗体はCCR5のC端領域を認識し、ウェスタンブロットや細胞膜の透過性を亢進させた細胞のFACS解析に利用できることから、SDSによる変性、未変性に関わらずCCR5に反応し、広く利用できることが示された。またCCR5のN端領域を認識する抗体が作製されなかったことは、抗原として使用した発芽型バキュロウイルスに発現したCCR5は、N端領域の構造が哺乳類細胞に発現したものとは異なる可能性を示唆した。

 本研究の後半では、発芽型バキュロウイルス上に発現したCCR5およびCCR2bのN端領域の構造について検討を行っている。CCR5に対する抗体反応により、発芽型バキュロウイルス上に発現したCCR5のN端領域の構造は、哺乳類細胞に発現したCCR5と異なっていることが明らかとなった。また発芽型バキュロウイルス上に発現したCCR5およびCCR2bは、そのリガンドであるRANTESやMCP-1と結合しないことが明らかとなり、そのN端領域に何らかの欠損があることが示された。しかしこの抗CCR5抗体に対する反応やリガンド結合活性の欠如は、チロシン硫酸化転移酵素TPST-1の共発現により回復することを発見した。つまりCCR5およびCCR2bを単独で発現させた場合には、N端領域のチロシン残基が硫酸化修飾されていない状態であり、TPST-1の共発現により簡便に硫酸化修飾されたCCR5やCCR2bが発現できることを明らかにした。これまでにCCR5のチロシン硫酸化修飾は、CCR5とリガンドとの結合に重要であることが報告されているだけでなく、CCR5とHIVの結合にも重要であることが報告されている。本研究のチロシン硫酸化修飾法はTPST-1の共発現の有無によりCCR5の硫酸化修飾の有無が大きく表れることから、硫酸化修飾にターゲットを絞ったAIDS治療薬のスクリーニングに与える影響は極めて大きいと考えられる。またこれまでにチロシン硫酸化修飾は多くの膜タンパク質で起こっていると考えられているものの、その機能が解明されたものはCCR5やCCR2bなどごく一部である。これは現在チロシン硫酸化修飾と膜タンパク質の機能を解明するために用いられている実験系が、チロシン残基をフェニルアラニンに改変する方法であるため、はじめに硫酸化修飾されるチロシン残基を同定する必要があることが原因と考えられる。一方、本法はチロシン残基の同定を必要とせず、膜タンパク質とチロシン硫酸化修飾を研究する上でも新たな実験方法となることが考えられる。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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