学位論文要旨



No 121906
著者(漢字) 佐藤,義明
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヨシアキ
標題(和) 国際裁判研究の機能的再構築 : 国際抗争解決動学としての国際裁判研究
標題(洋)
報告番号 121906
報告番号 甲21906
学位授与日 2006.10.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第195号
研究科 法学政治学研究科
専攻 公法専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小早川,光郎
 東京大学 教授 奥脇,直也
 東京大学 教授 大串,和雄
 東京大学 教授 中谷,和弘
 東京大学 教授 石川,健治
内容要旨 要旨を表示する

 国際司法裁判所(International Court of Justice) [以下ICJ]は元来,「当事国の機関」として当事国による抗争の解決を支援することを目的とする国際仲裁を常設化するものとして設立された.しかし,強制的管轄権は与えられず,判決を強制執行する制度も設けられていないという制度的条件の下で,抗争解決の支援という役割については限界が大きかった.そこで,ICJの制度目的は判決において一般的に適用されるべき国際法を認定して国際法を発展することへと「世代交代」したとする指摘が現れた.

 この指摘のように,ICJの裁判官の中にはその制度目的について2つの見方がある.

 1つは,「世代交代」という理解を斥けて,ICJの本質をあくまでも仲裁の延長として捉えるものである.この見方からは,当事国の意思にできる限り従い,かつ,個々の訴訟の事情に対応する便宜性も考慮して紛争を処理することがICJに求められ,具体的な抗争を解決するための必要性を離れて国際法を認定することはその「司法機能」を越えるとされる.この見方をICJの制度目的についての抗争解決観と呼ぶことができる.

 このような理解は,紛争の処理という国際法の平面におけるICJの機能を,事実の平面における抗争の解決を目的とすることに基礎付けられる.すなわち,当事国が政治的な用語を用いてその要求について交渉する抗争の解決と,法的用語を用いて要求を請求へと構成して国際法に基礎付けられた判決を得る紛争処理とを区別して,国際法の論理と事実の平面における抗争過程との緊張関係の中で,ICJの決定が下されると考えるのである.国際法形成過程についても,ICJの判決はそれが履行されて初めて,その国家実行を介してそこに関与するとされる.

 もう1つは,ICJの制度目的に「世代交代」が生じたとする理解であり,ICJの本質を「国際法の機関」として捉えて,個々の紛争を処理する際に,一般的に適用されるべき国際法を発展させることがICJに求められるとする見方である.それは国際法発展観と呼ぶことができるものであり,便宜性を排除して画一的な適用が可能な規則を分節化することがICJの制度目的であるとする.

 この立場は,国際法の国家に対する優越性を措定した上で,ICJの認定した国際法が国々の行為規範となることによって,「法の支配」としての国際秩序が自動的に確立されるとするものであり,国際政治の国際法化を構想するものということができる.そこでは,事実の平面における抗争の解決は固有のICJの固有の課題であるとはみなされない.また,ICJの判決はそれ自体が「準形式的法源」であるとされ,ICJの決定は国際法の演繹的な操作によるとされる.

 この2つの立場のいずれを機関としてのICJが採っているかは,ICJの実際の行動を分析して検討されなければならない.本稿は,請求国によって定式化され訴訟を提起する書面において提示される争論がICJによって認定され訴訟の対象とされる紛争とどのような関係に立つか,訴訟を処理する規準とされる妨訴事由や裁判準則はどのような基準で選択され認定されているのか,そして,訴訟手続の産物としてICJが抗争過程へと出力する決定にはどのようなものがあるのか,という訴訟手続の3つの段階を取り上げてICJの制度目的観を検討する.

 第1に,紛争の認定の段階においては,ICJは,紛争の背後に実在する抗争を常に参照している.まず,ICJが処理すべき紛争の類型には,国際法の抽象的認定などが含まれるが,その場合には,そのような認定の必要性を証明する抗争状況が実在することが求められる.また,具体的な抗争が存在しない限り,たとえ国際法に関する一般的な見解の相違は残存していても,訴訟は争訟性を失ったものとされ,ICJはそれを判断しない.解決されるべき抗争が存在する場合には,それは反訴の許容性の基準となる「事実の複合体」や訴訟参加の要件となる「利益」の範囲などを決定するために参照され,申立の形成などを枠付ける紛争の主題自体の変化を大きく枠付ける概念として参照される.

 とりわけ,ICJによる抗争の参照が重要であるのは,当事国が争論の「定式化の過誤」を犯していて,当事国が提示する争論が抗争の解決に有用ではない場合であり,その場合には,ICJは争論を解釈する際にその考慮事由として抗争を参照して紛争を認定したり,争論を事実上書き換えるために抗争を参照したりする法的構成を創造している.例えば,複数の請求の基礎にある「同一で単一の利益」や紛争の「当初からの窮極の目的」などである.これらの参照によって,ICJはみずからの認定を個別の抗争解決に即したものとしている.

 第2に,妨訴事由の選択においては,ICJはその定型的な処理を可能にするために論理的な順序で認定するのではなく,訴訟を却下するために最も直接的で最も国際法への波及効の少ない事由を選択する.まず,先決的抗弁の手続に囚われず,妨訴事由の審理の機が熟した時点でそれをおこない,本案の管轄権が行使されえない訴訟は速やかに却下して当事国間の障害を取り除く.また,受理可能性に係わる妨訴事由を認定することによって,理論的には先決されるべきであるが論争の的である義務的管轄権受諾宣言への自動的留保の有効性についての判断を回避する.そして,管轄権に係わる妨訴事由同士についても,自動的留保のICJ規程適合性という前提問題を審理することなく,その適用を求める当事国の意思に従って自動的留保を適用する.

 本案の裁判準則についても,国際法の一般性のある規則の適用よりも当事国間の特別国際法をできる限り適用して,当事国の意思に則って訴訟を処理する.例えば,当事国は,管轄権を特定の条約の裁判条項とすることによって,特定の条約の裁判準則とする紛争の主題を定式化することによって,そして,裁判準則自体について合意することによって,みずからが特定した条約以外の国際法が直接適用されることを排除することができ,ICJはそれを尊重している.これは,ICJの機能が,一般法秩序の維持を常に求められる国内の司法裁判所と同じ性質であるというよりも,仲裁と同じ性質を本質的にもっていることを如実に反映している.

 第3に,訴訟手続の産物を抗争過程に出力する段階については,まず,暫定措置が注目される.ICJの暫定措置は,かつては本案の対象とされる訴訟物を保全するための仮保全措置として運用されていた.しかし,近年,抗争の悪化を防止するために具体的な作為不作為を規定する暫定措置が指示されるようになり,また,法的拘束力をもつ暫定措置があることが認められた.ICJの暫定措置は,緊急性の高い事態において管轄権の確立を待たずに指示され,ICJが抗争解決を支援する前提となる状態を「国連の機関」として構築するものである.

 それは,ICJとICJ規程加盟国との内部的関係として,履行されない場合には不履行国に対してICJが遺憾の意を表明することができる強化された勧告として迅速かつ簡易に運用されるべきものである.しかし,かつては付随的手続であるとされた暫定措置が現在では独立手続化しており,しばしば現在進行中の抗争過程を制御するために指示されるが,その場合には,法的拘束力をもつ決定が下される前提となる双方聴取による情報の収集などが不十分なまま指示されることから,それはICJの司法裁判所という性質を大きく変容させている。

 本案についての処理も,ICJが個々の抗争解決を目的として訴訟を処理している.例えば,司法裁判所としての性質と相容れないといわれる勧告を,ICJは当事国の要請を受けてまたは職権でおこなっている.また,「請求を越えず」という規則にもかかわらず,ICJは判決主文において,認定された主権などを敷衍して,その論理的帰結である「原則の認定」をおこなったり,当事国が義務を引き受けた宣言を記録したり,紛争の性質がそれを適当とする場合には請求に対する悉無的な決定ではなく交渉義務の認定をおこなったりする.さらに,賠償額の算定が請求されている場合には,国際法違反と賠償義務とを認定した上で,賠償額の算定の手続は先送りして,それを当事国間の交渉に委ねる.

 以上のように,ICJの制度目的が抗争解決から国際法の認定へと「世代交代」したとする指摘はその実際の運営の原理と一致しないことがわかる.ICJは,抗争解決機能を期待通りに果たさないとしても,それゆえに国際法発展機能を果たすことができるということにはならない.ICJによる国際法の発展は訴訟当事国による判決の履行を媒介項として間接的になされるものである.つまり,ICJの個々の裁判官には,国際法発展観に立つ裁判官もいないわけではないが,機関としてのICJはほぼ一貫して抗争解決観に立つ裁判官がその決定を導いてきたのであり,近年指摘されるICJの「仲裁化」は,ICJがその本来の制度目的を果たすために考案してきた手法に他ならない.

 もちろん,国際法発展観に立つようにみえる判決などもないわけではなく,とりわけ近年の「オイル・プラットフォーム事件」判決はそのようなものである.この判決は,国際社会において争われている国際法の内容を認定する政策形成訴訟という性質を帯びていたかもしれず,また,個別的な利益を調整する従来型の抗争ではなく,国際公序の維持に係わる現代型の抗争の解決が請求されたものであったということもできる.国際法発展観に回帰することなく抗争解決観に立ってICJがこれまで創造してきた法的構成を用いてこれらの抗争をどのように処理するかが,現在ICJの直面している課題である.

審査要旨 要旨を表示する

1.本論文は、国際司法裁判所(ICJ)の判例を中心に、国際裁判研究を機能的に再構築しようとしたものである。著者によるこの作業は2つの手順によって行われる。第1に、国際裁判の実務が、裁判所の制度目的を当事者による抗争解決の支援とする立場(著者はこれを「抗争解決観」と呼ぶ)に立つか、それとも個別紛争の解決を越えて国際法の発展に貢献することにあるとする立場(著者はこれを「国際法発展観」と呼ぶ)にあるかを判決を通じて読み取ること、第2に、諸判例における裁判所の判断の中から、抗争解決という制度目的に照らして採用された裁判所の行動基準を取り出し、その内容と裁判過程における意義を明らかにすることである。そうした上で、抗争解決支援という制度目的との関係において、裁判所がこれまでの裁判例において、紛争の主題の特定、妨訴抗弁への対応、裁判基準の選択、暫定措置の指示、交渉命令や違法確認といったレメディの選択など、裁判手続の諸段階において示してきた判断とその論理構成を通じて、裁判所の裁判行動を貫く判断基準を明らかにすることによって、国際裁判の作用を抗争解決全体のプロセスの中に位置づけ、国際裁判所による国際法判断の現実の姿を浮かび上がらせようとするものである。本論文を通じて、著者は、裁判所がこれら裁判手続の諸段階において抗争解決支援という制度目的をその判断に自覚的に取り込み、また抗争の全体的文脈を参照することを通じて目的合理的な判断を積み重ねるときにはじめて、アウトプットとしての判決主文の実効性を確保することができ、またそれが抗争当事者による抗争解決努力に反映され国家実行として定着することによって新たな法を産み出し、法の秩序を形成してきたことを示そうとしている。

2.著者がこうした論文の構想を抱くに至ったのは、これまでの学説における判例の扱いが、ともすれば国際法の実体規則に関する判断とその論理構成、とりわけ判決主文(operative part)そのものとは直接に関係のない国際法の一般的命題の提示や、必要な範囲を超えたその明確化(分節化)を志向し、さらには判決主文とは関係ない傍論(obita dicta)の片言隻句を過大に重視して取り上げ、これを国際裁判による法の発展と評価する傾向があったことによる。この傾向はとくに1960年代中盤から1980年代にかけて、ICJがほぼ開店休業状態にあったことから、研究の対象となる判例が少なかったこともあって、国際法における国際判例研究の中に定着してきたものである。また国際裁判事例は一般に散発的かつ個別的であり、それゆえ国際判例を貫く原理を模索する国際裁判研究に有利な条件は必ずしも整っていなかった。これに対して1980年代以後、国際裁判が様々な形で利用されあるいは濫用されるようにすらなったのを受けて、裁判所は、諸判例を通じて、国際裁判の実効性を確保するために工夫を凝らし様々な論理構成を採用しながら抗争解決支援という役割を果たそうと苦闘するようになっている。本論文において著者は、そうした大きな流れに着目して、現状における国際社会の分権的構造の中における国際裁判の現状の制度設計を維持しつつ、裁判所がその制度目的を適正に達成するために依拠すべき裁判行動の指針を諸判例の中から抽出して提示することを試みている。

3.こうした作業を行うために、著者は国際裁判を分析する際の作業概念として、次の概念区分を導入する。第1は、抗争、争論、紛争の概念的区別である。抗争は国家間での利害の不一致、争論は抗争を裁判所に付託するに際して抗争の当事者が法的請求として構成した法的議論の応酬、紛争は裁判所によって訴訟の対象として法的に再構成された抗争である。争論は裁判所にとっては、抗争の文脈を参照するための窓口であり、当事者の抗争認識を裁判所が知る手掛かりとなると同時に、裁判所が抗争の解決に結びつきうる裁判行動を選択する基準となるものである。

 第2は、とくにICJという組織がもつ3つの特徴、すなわち「紛争当事者の機関」「国際法の機関」「国連の機関」の区別である。ICJは、紛争処理の諸手続段階において抗争を参照しつつ抗争解決支援に資する判断を積み重ねて、抗争を実際に解決する判断に到達することを目ざすことから、まずなによりも「紛争当事者の機関」として当事者の抗争意図をその争論の中から読み取るであろう。しかしながらICJは、同時に司法裁判所として「国際法の機関」であり、国際法の解釈適用という作業を行うことを要請され、その要請の中で、なお当事者の抗争意図を最大限取り込もうとする。さらにICJは国連憲章上、国連の司法機関として組織的に位置づけられており、とくに勧告的意見においては、「国連の機関」として国連の活動に協力することを要請される。この要請は、紛争が国際組織の活動に関連して生じている場合には、判決手続の場合でも、裁判所の判断において取り込まれることがある。

4.著者が諸判例の克明な分析を通じて国際裁判所の判断行動を支えている基準に関して到達する立場は明解である。すなわち国際法のような集権的構造を欠く法秩序における国際裁判は、抗争解決のための当事者的努力を支援することにその機能の重点があり、また、その抗争解決支援という機能を法的紛争処理の過程に自覚的に反映させることによって、実際にも抗争解決に繋がりうる判断に到達できたというものである。国際裁判制度の制度目的を自覚的に取り込んだ裁判所の判断でなければ、国家の抗争解決への努力は導かれず、判決主文に示されるレメディが国家に受容され、国家実行として実現されるのでなければ、国家間法としての国際法の発展は導かれない。著者はまた、そういう視点から諸判例において裁判所の判断の分岐点となる概念や論理を再解釈して、その意義を明確に定着させることに努め、それを通じて、国際裁判研究を機能的に再構成し、将来における裁判行動に指針を与えようとしている。

5.本論文は、そうした観点からICJを中心として国際裁判が取り扱った紛争解決事例を、これまでのいわゆる国際判例研究のように紛争主題別にとりあげて単にその判決理由の論理構成を法論理として分析するのではなく、各判例が実体的判断に行き着く過程を、判決形成手続の諸段階における手続的判断の積み重ねの結果として捉え、国際裁判の制度目的がそれらの判断にどのように反映され、それがどのように裁判所の最終的判断における多数意見と少数意見との違いを産み出していくかという観点から、諸判例を検討する。従来の国際判例研究が、いわば紛争の主題別に国際裁判の判断を通じて明確にされた国際法の実体規則の内容に主として着目し、しばしば多数意見か少数意見かを区別することなしに好ましい実体規則を恣意的に評価するのに対して、本研究では裁判手続の諸段階を貫く裁判所の判断行動の基準が、個別紛争の主題別の枠を越えて分野横断的に析出される。

 本論文は、「本稿の課題」と題した序論的考察に引き続き、第1章「国際司法裁判所の制度目的に関する2つの立場」、第2章「紛争の抗争依存性」、第3章「裁判準則の当事者意思依存性」、第4章「決定の抗争状況依存性」、「おわりに:今後の課題」から構成される。

7.まず第1章「国際司法裁判所の制度目的に関する2つの立場」において著者は、アドホックに設置される国際仲裁法廷、常設的国際裁判所として最初の常設国際司法裁判所(PCIJ)、さらに第二次大戦後のICJの設置の意義を簡単に述べることを通じて、それらに期待された紛争解決作用の手続的および制度的な特色を述べて、その歴史的な発展の中で、裁判所に「国際法の発展」の担い手としての役割を期待する考え方(国際法発展観)が現れることを指摘する。仲裁から常設裁判所の発展を国際裁判の制度目的における「世代交代」と見る立場である。この立場は、国際裁判所が個別事例の中で国際法の内容を明らかにすることが、ひいては国家の行為規範として採用され、それが国際法の発展、さらには国際社会における法の支配を導くという前提に立つ。すなわち「国際法の機関」であることを理念型とする裁判所のとらえ方である。しかし著者はこの考え方に対して、諸判例における裁判所の手続的判断は、裁判判決の範囲を紛争当事者が行為規範として受け入れうる限度にとどめることを基準としてなされており、またそうすることによってのみ裁判が抗争解決を有効に支援できると考えられてきた(抗争解決支援観)のではないかという疑問を提起する。紛争の「当事者の機関」であることを理念型とする裁判所のとらえ方である。そしてそうした観点から、これまでの国際判例の蓄積のなかで、裁判所が実際にどのような立場をとってきたのかを見定めるべく、訴訟の各手続的段階について諸先例を詳しく検討する。すなわち、争論(紛争主題)の特定、妨訴事由の認定、裁判準則の決定、レメディの選択の諸段階において、国際裁判の制度目的がどのように参照され、それが裁判所の判断にどのように反映されているかを、広範な判例を検討しながら実証的に分析する。

8.第2章(「紛争の抗争依存性」)では、紛争の存否、紛争主題の特定など裁判手続きのいわば入口の問題において、国際裁判の制度目的がどのように裁判所の判断を規整してきたかについて分析する。これらを決定する権限は裁判所にあるものの、それは抗争当事者の提示する争論(法的言語による抗争)を基礎として行使されるものであるが、抗争解決支援を裁判所の制度目的とする立場においては、この権限の行使において裁判所は当面の抗争を解決できるように紛争を認定し、このような紛争のみを処理すべきであることとなる。こうした前提にたって裁判所が実際にそれらの権限の行使においてどのような論理構成をとっているかを検討した上で、裁判所のこれらの問題処理の根底を流れる傾向を指摘する。紛争の存否の前提となる紛争の概念については、裁判所はPCIJ判決が示した「法または事実に関する意見の相違」「二当事国の法的見解または法的利益の矛盾または対立」という定義を「確立した判例」であるとしつつも、実際にはさらに様々な制限的あるいは緩和的条件をとりこんで、紛争の分節化をはかっている。この紛争の分節化は、紛争主題をどのように特定するかを、紛争当事国の争論に現れる当事者の意図を裁判所が忖度しつつ、抗争状況との関係において、抗争解決に有用であるかどうかという判断としてなされていることが指摘される。

 この点を明らかにするべく、著者はまず抗争状況については次の3つの認識の基準をたてる。すなわち、第1は、抗争が既に完了した行為の国際法的評価の問題である場合と、国際法違反の行為を予防するために国際法を認定する問題である場合(ただし紛争の成熟性についての判断は緩和される傾向にある)、第2は、紛争の定式化において抗争が抽象化されている程度の問題(国際法違反の具体的認定か、具体的判断対象とは離れた条約解釈や慣習法の内容の認定か)、第3は国際法違反の認定の目的が回復的救済か、再発防止など未来志向的か、である。また争論の主題を、紛争当事国の請求の内容に応じて、(1)賠償義務の認定、(2)原因判決、(3)国際法の付随的認定、(4)国内法の国際法適合性審査、(5)国際法の抽象的認定、の5つに分類する。そうした上で、この抗争の客観的状況の認識と紛争当事者の争論の意図が、裁判所による紛争主題の特定の判断にどのように結びついて行くかを著者は分析する。

 裁判所の諸判例は、たとえば国際法の抽象的な認定を行う場合でも、それが抗争解決の見込みを促進するかどうか、抗争の争点を増大させる危険がないかなどを判断したうえで、紛争の分節化を通じて裁量権を行使していると分析される。また裁判所が「争訟性の喪失」(mootness)の法理を用いて訴訟を却下するかどうかを判断する場合にも、訴訟の目的のみならず、訴訟の却下が抗争解決促進に結びつくかどうかに応じて、裁判所の判断が異なってくることが示される。さらに、紛争主題の拡大・縮小、訴訟参加、などに関する諸判例の検討によっても、それらを認めるかどうかの判断が、結果として抗争解決につながるかどうかによって強く影響を受けていることが確かめられる。

 次に、諸判例を通じて、裁判所が争論の背後にある抗争を参照するための様々な法的構成を創造してきていることが示される(紛争主題の抗争依存的な認定)。そこではまず、(1)争論の解釈において裁判所によって抗争が参照される場合(二重の請求を抗争対象である「利益の単一性」ゆえに却下したインターハンデル事件判決、「請求の全体」から却下したELSI事件判決)、(2)職権により抗争が参照され、紛争が限定される場合(「訴訟の根源」は核実験の違法性判断をうること自体にではなくそれを停止させることにあったとして、「訴訟の根源」の意義を「紛争の背後にある抗争」という意味に巧みに転用して訴訟を却下した核実験事件)、(3)紛争の範囲を拡大するために抗争を参照する場合(「本来の抗争」の概念によって当事者の主張を超えて紛争の範囲を拡大したオイルプラットフォーム事件)などの法的構成を分析し、結論的には、これらを通じて裁判所は国際法の発展を自己目的とする訴訟の処理を自制してきたとする。

9.第3章(「裁判準則の当事者意思依存性」)では、裁判準則の選択においても、国際裁判が当事者意思に依存することが諸先例の分析を通じて示される。著者によれば、裁判が説得性をもつための条件としては、(1)事実認定の能力、(2)法を知る能力、(3)公正な判断を下す能力が必要であるところ、国際裁判はこれらの点で大きな制約があり、それが国際裁判の抗争解決支援への自制、「紛争当事者の機関」への自己規定へとつながる。

 まず、裁判所が、妨訴抗弁段階における妨訴事由の存否と選択、妨訴抗弁提出の時期、妨訴事由の審理順序、受理可能性の判断などにおいて、どのように紛争当事者の意思を忖度し、抗争解決という制度目的を達成しようとしてきたかを、諸判例を検討することを通じて明らかにしている。ついで、本案判決段階における裁判準則とされる国際法の認定についても、裁判所が、当事者の意思に添う準則によってその決定を基礎づけていることが、管轄権の基礎との関係、紛争の主題との関係、当事国間での裁判準則に関する合意・意見の一致の存在、職権による国際法認定の限定などの諸例を通じて、同様に明らかにされていく。こうして、裁判は、裁判所の「法を知る」能力に基礎づけられながらも、具体的事件について判断をするにあたっては、国際法の概念を細分化(分節化)し、事実関係をそれに当てはめることによって画一的な処理を可能とする類型的思考によってではなく、個々の抗争との関係で訴訟を適時に処理しようとする機能的思考によって支えられ、またそれが裁判官の裁判行動を支配してきたことが指摘される。

10.第4章(「決定の抗争状況依存性」)では、裁判所の判決で採用されるレメディについても、判決の実効性を確保できる範囲に決定の内容の選択を限定し、抗争解決という制度目的の実現を目指す様々な論理構成が産み出されてきていることが明らかにされる。まず暫定措置については、国際司法裁判所規程における権利の仮保全のための措置が、紛争の悪化・拡大の防止あるいは人権保護のために拡張され、本案の付随手続であるはずの仮保全措置が独立手続化し、その運用を通じて、裁判所が抗争解決条件の設定ないし維持のための抗争制御措置としてこれを利用するようになってきていることを指摘し、その過程で、実質的には暫定措置の前提としての「一応の管轄権」(prima facie jurisdiction)の存在要件も相対化され、また双方聴取の保障や本案先取りの排除の要請が抗争状況との関係で踏み破られるようになり、それが暫定措置の実効性を弱める原因となっていることを指摘し、仮保全措置制度のこうした運用に疑問を呈している。もっともこの部分では、暫定措置はあくまで勧告に留まるという観点から、著者は裁判所が自らを第一次的に「当事国の機関」として捉える立場から、むしろ「国連の一機関」(国連憲章40条の安全保障理事会による「暫定措置」との類比)として位置づける立場に転換していることを積極的に読み取ろうとしている。

 また判決形成において、裁判所が抗争制御という観点から、本来、原則として裁判所は当事国の申し立てに含まれない争点を決定したり、申し立てられていないレメディを決定したりすべきではないとされるにもかかわらず、当事者の請求を越えて、判決主文に勧告を付したり、交渉義務を認定したり、紛争当事者が限定した紛争の範囲について付託事項の変更を交渉することを求めたり、さらに原因判決と賠償額算定の手続とを分離するなど、抗争状況を参照しつつ、抗争過程を制御し、抗争解決の有効性を確保するために様々な提案を当事者に対して行ってきていることが、諸判例を通じて明らかにされる。

11.以上のように本論文において、著者は、分権的国際社会において、抗争を最終的に解決するのはあくまで抗争当事国であるという現実を踏まえつつ、その中で国際裁判が有効に機能するために、裁判所が、抗争状況をにらみながら、訴訟の付託から国際法の認定、レメディの決定にいたる訴訟手続の諸段階において、当事者意思の制約を受けながら、抗争の制御および解決というその制度目的を実現するために、様々な論理構成を産み出してきていることを、豊富な裁判実践を通じて実証的に明らかにしている。

以上が本論文の概要である。以下、評価を述べる。

12.第1に、本論文は、国際裁判について、諸判例にみられる各手続段階での裁判所の判断やその結果として裁判所が到達する判決主文の内容の検討を通じて、そこに裁判所の判断行動を貫く基準を読み取り、裁判所が必要に応じて当事者の抗争意図を抗争の文脈に照らして再解釈し、紛争を再構成しながら結論を導く過程を明らかにすることを意図した、優れて実定法的かつ実証的な論文であり、その意図は十分に達成されている。本論文がその副題を「国際抗争解決動学としての国際裁判研究」としていることは、手続的判断の積み上げのアウトプットとして裁判所の実体的判断が形成され、それが抗争過程に再びインプットされ、当事者の抗争解決努力が促進され抗争が最終的に解決される過程が、どのような裁判実践を通じて導かれうるかを、裁判内在的な法論理の側面から検討したという意味において了解できる。そこでは紛争の主題に関する国際法の実体的な内容に基づく複数の可能な選択肢についての著者自身の知見を前提として、それとの比較において、法適用の結果として選択された判決主文の内容およびこれと直接関係する判決理由の論理構成や新たな概念の導入に現れる、裁判所の実体法的判断の選択のあり方が吟味され、裁判所がなぜそのような結論を導いたかが各判例について検討される。それは、国際法の実体的な理論の直接の適用というだけでは捉えられない内容が、裁判実践において裁判所の判断結果およびそれを正当化する論理構成の中に埋め込まれていく過程を説明しようとする試みであり、その試みは成功したといえる。

13.第2に、本論文は分権的な国際社会において国際裁判が有効に機能するために、裁判手続の諸段階において裁判所がどのような賢慮を用い、またそれをどのような論理構成として定着させているかを諸判例を通じて実証的に抽出し、さらにこれを国際裁判の制度目的についての考え方に関連づけることによって、将来の裁判行動のあるべき基準を提示する実践的な試みでもある。その前提となる抗争解決観と国際法発展観という二項対立の図式に関しては、国際裁判過程はこの二項対立によって説明しつくせるものではないとも言えよう。しかし現代国際法におけるように国際法の変化が急速に進み法が生成途上にある中で紛争が生じ、また従来は国際法の規律対象でなかった分野が拡大して法の欠缺が顕著になっている時代において、国際裁判所が時として個別紛争の処理と法の補充・発展の狭間で困難な選択を迫られていることを考えれば、それは極めて現代的な対立の図式としての意味をもっていることが了解される。著者は、主として判決の多数意見の中に抗争解決観を読み取っているが、たしかに、現代国際法の上に述べたような歴史的環境のなかで、国際裁判の制度目的を抗争解決に置くか、国際法の発展に置くかという立場の違いが、多数意見と少数意見との熾烈な対立の分岐点になっており、とりわけ多数意見に抗争解決観が強く反映されていることも事実であろう。最近における国際裁判事例の急増、とりわけ一方的提訴(請求による付託)の増加とともに、裁判判決が遵守されない事例も増えてきており、この対立は、裁判所が自らの作用の有効性を確保するために、その訴訟手続の中に自覚的に取り込むことがますます要請されるようになってきている実際的な問題でもある。違法宣言判決や交渉命令判決など、新しいレメディの方式が紛争当事者によって求められ、あるいは裁判所がそうしたレメディを判決主文に取り込むようになる背景にも、同様の事情がある。本論文は、諸判例の分析を通じて、そのことを実証的に明らかにし、同時に、抗争の客観的状況と抗争当事者の意図を前提として抗争の当事者的解決を支援するために裁判所が導入する様々な手続的な概念やそれを個別化していく論理構成の意義を、国際裁判の制度目的の観点から定位した。こうして本論文は、着実な実証を通じて国際裁判システムの理念と構造を明らかにしたものと評価することができる。

14. 第3に、本論文が「国際裁判研究の機能的再構築」と題していることからも知られるように、それは現状の国際社会において裁判が最大限にその能力を発揮するために何が裁判所の裁判行動の基準となるべきかを、裁判手続の諸段階において実際に採用された多様な判断基準、新規な概念や論理構成を検討することを通じて、明らかにしている。もちろんそれらは個別の判例の特定の文脈の中で採用された基準という限界はあるものの、それら判断基準や裁判所による様々な手続的な工夫が蓄積され豊富化されることが、裁判の抗争解決における有効性に対する期待を高めていくことになろう。こうした視点は、従来の個別事例ごとに行われてきた国際判例研究においてはえてして見逃されてきたことであり、また管轄権判断、暫定措置、訴訟参加、反訴など、個別の訴訟手続要素ごとになされてきた従来の国際裁判研究の視野からも見逃されてきていた点である。その意味で、本論文は今後の国際判例研究の基礎理論を提供するものとしても重要である。とりわけ抗争解決観と国際法発展観との対立を、学説レベルに止まらずに、裁判所の諸判例を通じて明らかにし、裁判所が産み出してきた様々な論理構成を抗争解決観にたって再構成したことは、今後、個別事例について判例研究を行う場合の判例の見方、抗争全体の中での判決論理構成のとらえ方などに与える影響は大きい。

 もちろん、本論文にも欠点がないわけではない。

15.第1に、本論文は、国際裁判とくにICJシステムのダイナミックな側面を実証的に明らかにすることには成功しているが、その動学と裁判システムの構造とを体系的に結びつけて明らかにするための新たな統合的な概念は提示されていない。そのため、全体としての国際裁判が、個別の抗争の解決を通じて国際法の発展、さらには国際法秩序の形成に結びついていく道筋が必ずしも明確になっていない。この点は、国内実定法の理論において実体法と訴訟制度の相互関係を体系的に明らかにすることに意が用いられてきたことと比較するとやや物足りなさも感じられ、国際裁判の法的構造の議論の枠組みとなるような体系的概念の提示は今後の課題として残されている。

16.第2に、抗争解決観と国際法発展観を対置するに際して、従来は学者出身の裁判官が多かった国際裁判所の特質から、それら裁判官の学者としての著作が広範に参照されているが、著者自身述べているように、一応同じ立場と見られる著作のなかにも、なお様々なバリエーションがある以上、それら学説上の差異をより厳密に捉えておくことも必要であろう。実際の裁判過程でも、これらバリエーションの中に含まれる単純な二項対立には解消されない差別化の要因が、裁判官の判断行動に実際に影響を与えたことも考えられる。

 また、個別抗争の解決という視点を強調するあまり、国際判例を通じて国際法の実体的規則の内容が明確化されることが、それに引き続く他の国際紛争をめぐる外交交渉などの抗争の当事者的解決の過程に影響を与えることや、裁判所が先例との一貫性を確保してその権威を維持しようとする面もあるといった点が閑却されすぎている観は否めない。各判例において、少数意見が多数意見の論理構成の不備をつくことによって、後の国際法過程における議論に及ぼす影響もある。さらに、裁判所が国際法の実体規則の発展を抗争状況を取り巻く大状況の一つとして意識しつつ判断を行っている場合もあり、そうした側面をも抗争解決と関連づけて概念的に位置づけておく必要があると思われる。

18.第3に、概念の厳密さや訳語の適切さに欠けると思われるころが見受けられる。とりわけICJを「当事者の機関」「国際法の機関」「国連の機関」に区分する際に、その区分の概念的意義、相互の影響関係が必ずしも明らかではないだけでなく、こうした性格付けと国際裁判の制度目的に関する「抗争解決観」、「国際法発展観」との対応関係ももう少し明確にする必要がある。また著者独自の概念や用語が説明のないままに使用されたり(たとえば「レメディ」に暫定措置を含める用法、「国際司法裁判所規程内部関係としての暫定措置」など)、さらにある事実が証明なしに立論の根拠とされている箇所(たとえばアドホックな仲裁との比較における常設裁判所の場合の訴訟コストなど)も散見され、それが時に本論文を読みにくくし、あるいはその説得力を弱めている部分もある。

 しかし、以上のような欠点は本論文の価値を大きく損なうものではない。またそれは今後の研究の進展を通じて、十分に補正することが可能なものでもある。本論文は、一貫した視点から諸判例の分野横断的な実証研究をおこなうことを通じて、諸判例のなかに裁判所の判断行動を導いた基準を確認し、その基準が具体的な手続問題についての裁判所の判断にどのように反映され、また裁判判決の主文を導いたかを明らかにするという著者自身が設定した課題を十分に達成しており、本論文が国際法学界に裨益するところは大きい。したがって、本論文はとくに優れた論文として博士(法学)の学位を授与するに相応しいものと判断する。

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