学位論文要旨



No 121912
著者(漢字) 田中,賢幸
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,マサユキ
標題(和) 銀河の色・等級関係の形成
標題(洋) The Build-up of the Colour-Magnitude relation
報告番号 121912
報告番号 甲21912
学位授与日 2006.10.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4921号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家,正則
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 助教授 河野,孝太郎
 東京大学 教授 牧野,淳一郎
 東京大学 助教授 安田,直樹
内容要旨 要旨を表示する

 我々はz<1.3における銀河の性質の環境依存性を議論する。赤い早期型銀河は高密度環境に多く存在し、青い晩期型銀河は低密度環境に多く存在する。このように、銀河の性質は環境に依存するが、そういった依存性を作り出した物理機構は未だ明らかになっていない。銀河の性質を環境・質量・時間の関数として定量化することにより、我々は銀河の性質がいつ、どのように変わったのかを調べ、その背景にある物理機構を明らかにすることを目的とする。

 まず、スローンデジタルスカイサーベイのデータを用いて、我々は近傍銀河の形態・星形成の環境依存性を定量化した。銀河の性質は明らかに局所的な環境に依存することがわかった。赤い早期型銀河は高密度環境に多く、青い晩期型銀河は低密度環境に多い。興味深いことに、M*r+1よりも暗い銀河は環境への依存性にブレーク(急激な変化)を示す。これは、赤い早期型銀河の割合は低密度環境ではほぼ一定であるが、ある密度を境に高密度環境では急激に変化する、といったものである。一方、明るい銀河にはこのような急な変化は見られず、赤い早期型銀河の割合は銀河密度のスムーズな関数になる。このブレーク密度は、銀河群・団といった銀河集団の広がりの裾野に対応する。これはより暗い銀河の進化は、環境により強く影響を受けていることを示唆する。

 銀河の性質は大きいスケールの環境(銀河集団の大きさ)にも依存する。赤い早期型銀河の割合は、より大きな集団でより大きくなる。σ>400km s(-1)より大きな集団では、その割合が一定になるのかもしれないが、誤差が大きいのではっきりしない。フィールドと比較すると、σ〜200km s(-1)のような非常に小さな銀河群でも、赤い早期型銀河が多い。これは銀河の環境依存性を引き起こす物理機構は、銀河団のような巨大な集団でのみ有効な機構ではない、ということを示唆する。むしろ、銀河同士の(低速度での)相互作用や、ストランギュラーションといった、小さな銀河群やフィールドで有効な機構が有力であろう。

 我々はさらに銀河の環境依存性の起源を調べるために、遠方宇宙に注目する。すばる望遠鏡の主焦点カメラとイギリス赤外線望遠鏡のWFCAMで、CL0016(z=0.55)、RXJ0153(z=0.83)、RDCSJ1252(z=1.24)の三つの銀河団領域を観測した。これらのデータに我々は測光的赤方偏移を適用し、銀河団と同じ赤方偏移にいると思われる銀河を抽出した。そうして選んだ銀河の分布から、実に10Mpcを超える大規模構造を発見した。CL0016とRXJ0153については分光フォローアップ観測が行われ、それらの構造は分光的に確認されている。

 次に、構造に属する銀河の性質に注目する。まず、データクオリティの高い、SDSS、CL0016、RXJ0153に着目すると、銀河の色、特にMV>M*V+1の銀河の色は高密度領域に行くに従って、急激に青から赤に変化することがわかった。この傾向は我々の注目している赤方偏移全てで見られる。それより明るい銀河はこのようなブレークは示さない。次に、大きいスケールと小さいスケールの2種類の銀河密度から、我々は、フィールド、銀河群、銀河団の三つの環境を定義した。そこからz=0.83,0.5,0のフィールド、銀河群、銀河団の色等級図を調べた。銀河団中の赤い銀河はタイトな色・等級関係をなす事が知られていたが、我々は初めてこの関係ができあがっていく様子を明らかにした。銀河団銀河の色・等級関係は明るい側ではz=0.83ですでに出来ていて、暗い側がまだ形成過程にあるかも知れないことがわかった。銀河群銀河はz=0.83ではMV<-20でのみはっきりとした色・等級関係をなすが、より暗い側ではほとんどみられない。暗い側はz=0.55までに形成される。これらとは対照的に、フィールド銀河の色・等級関係はz=0にかけて明るい側で急激に出来上がるが、暗い側の形成はz=0でも未だ始まっていない。つまり、銀河の色・等級関係は明るい側が先に出来て、暗い側が後に出来るようである。興味深いことに、この色・等級関係の形成は低密度環境で遅れている。

 さらに我々は、RDCSJ1252銀河団のデータに基づいて、z=1.24における銀河の色の環境依存性を調べた。測光的赤方偏移により発見した銀河団・群では、フィールドと比べ赤い銀河の割合が大きいことがわかった。これは赤い銀河が、z〜1.2ですでに銀河集団における主な銀河種族になっていたことを示唆する。すなわち、銀河の星形成の環境依存性は(少なくとも定性的には)、z〜1.2でできあがっていたことになる。

 次に我々は銀河のスペクトルを用いて、明るい赤い銀河の星形成をより詳細に調べた。z〜0.8とz〜0.5の銀河団、銀河群、フィールドにいる赤い銀河のスペクトルを平均化して作った、典型的なスペクトルをz=0の銀河と比較すると、星形成率の環境依存性がはっきりと見える。銀河団の赤い銀河はどの赤方偏移でも[O(II)]輝線を出さないが、銀河群の赤い銀河はz〜0.8で弱い[O(II)]輝線を出す。z〜0.5にはその輝線は無くなっている。フィールドの赤い銀河はやや強い[O(II)]輝線をz〜0.8では示すが、z〜0.5にかけて弱くなる。この傾向はまさに銀河の色・等級関係の形成とよく一致する。

 平均的なスペクトルから4000Åブレークの強度(D(4000))とHδ吸収線の強度を測り、それらをモデル予想と比較した。D(4000)は銀河の星形成活動を長いタイムスケール(>10億年)でトレースするが、一方Hδは、より最近の星形成活動を反映する(〓10億年)。すなわち、これらの指標を組み合わせることで、銀河の最近の星形成活動を調べることが出来る。z〜0.8の銀河群の赤い銀河と、z〜0.5のフィールドの赤い銀河は、D(4000)に対してHδ吸収線が強い。これらの環境は色・等級関係の形成が見られたところである。すなわち、これらの環境にいる銀河の星形成活動は、つい最近弱まったといえる。星形成がゆっくり止まったと考えると、このような強いHδ吸収線は説明がつかず、これは星形成が比較的短いタイムスケール(<10億年)で止まったことを示唆する。ストランギュレーションは星形成をゆっくりと止めるので、この機構が原因ではないようだ。したがって、銀河の星形成は、短い時間で星形成の止まる、銀河同士の相互作用により終息したのかもしれない。

 以上の結果の解釈の一つとして、銀河はダウンサイジング的な進化をした、と考えることが出来る。すなわち、重い銀河が始めに星形成をやめて、時間とともにより軽い銀河が星形成をやめていく、という描像である。色・等級関係の形成が低密度環境で遅れることから、このダウンサイジングは環境に依存しているようである。つまり、銀河の進化は大質量で高密度環境にいる銀河が最も速く、低密度環境・小質量銀河では遅れている、ということを意味する。平均的な銀河スペクトルによると、星形成は比較的短いタイムスケールで終息したことが示唆される。銀河同士の相互作用が銀河の星形成を止め、色・等級関係を形成させた物理機構なのかも知れない。しかしながら、銀河同士の相互作用のみでは星形成のダウンサイジングは説明しにくい。最近の銀河形成モデルによると、活動銀河核からのエネルギー放出が、ダウンサイジングを再現する重要な要素であることが示唆されている。活動銀河核がダウンサイジングを引き起こす上で、何か役割を果たしているのかも知れない。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、すばる望遠鏡主焦点カメラと英国赤外線望遠鏡の赤外線カメラを用いて、赤方偏移0、0.55、0.83、1.24の宇宙での銀河の測光学的な性質と、銀河数密度環境の関係を系統的に調べることにより、観測事実から銀河進化について解明することを試みた論文である。

 論文は、まず第一章で、銀河の分布に見られる大規模構造の存在、銀河の性質と銀河数密度環境との関係、銀河進化に対する環境効果などに関するこれまでの研究を整理し、本研究で目指す研究テーマについて概説している。続く第二章では、本研究のベースとなる観測装置である、すばる望遠鏡、スローンディジタルスカイサーベイ、および英国赤外線望遠鏡について、また第三章ではこれらを用いて観測した赤方偏移0から1.3までの4つの時代の観測領域について、述べている。第四章、第五章では赤方偏移0にあたる現在の近傍宇宙での銀河の性質を、スローンディジタルスカイサーベイデータを用いて銀河の色、星生成率、形態などが銀河数密度にどのように依存しているかを詳述している。銀河の三次元分布を調べるための赤方偏移の分光学的測定と測光学的推定法について詳しく検証し、銀河数密度の局所的定量化と大局的定量化法を導入することにより銀河団と銀河群を区別し、さらには色等級図上での銀河の分布から、星生成を終えた銀河が群れるために次第に顕著に見えるようになる銀河の赤色系列を同定する方法など、これまでの研究を踏まえながらも、独自のアイデアを盛り込んだ定量化と解析を進めた。

 本論文の主要な部分となる第六章では、銀河の測光学的性質が赤方偏移や銀河数密度とともにどのように変化するかを、注目する赤方偏移範囲以外の銀河を適切に除去しながら解析し、光度分布関数や色等級図上の特徴を抽出した。第七章では分光学的赤方偏移決定が成されたデータを用いて、前章での測光学的解析の妥当性を検証した。

 最後に第八章ではこれらの解析結果を基に、色等級図上での銀河の赤色系列が赤方偏移とともに成長していく様子を整理し、いわゆる「ダウンサイジング」効果が利いていること、またそのためには星形成過程が終焉する物理過程として銀河と銀河の衝突合体による成長が鍵となっていることを議論している。

 具体的な研究成果としては、本研究により、(1)近傍銀河の解析からは、赤い銀河は銀河数密度の高い領域に多く、青い銀河が銀河数密度の低い領域に多いという従来から指摘されてきた傾向は、比較的暗い銀河で急に著しくなること(ブレークの存在)が明らかとなった。(2)また、赤色系列を成す赤い早期型銀河の割合は銀河数密度の高い大きな集団ではより早い時期から大きくなることを、赤方偏移の異なる4つの時代について、銀河団、銀河群、一般フィールドでの精度の良い色・等級図を比べることにより、明快に示した。

 本研究は、極めて良質かつ膨大な数の銀河の測光学的データを赤方偏移0から1.3までの四つの時代について、統一的に解析することにより、銀河の性質が銀河数密度に依存していること、また赤方偏移とともにその傾向も変化していることを、世界でも初めて、雄弁に実証したものとして、特筆すべき成果と新しい知見をもたらしたものであることを審査委員会一同が確認した。申請者は博士課程3年に在学中であるが、すでに本研究の主要部分をいくつかの学術査読論文として出版しており、その研究業績は秀でたものである。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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