学位論文要旨



No 121914
著者(漢字) 馬,涛
著者(英字) Ma,Tao
著者(カナ) マ,トウ
標題(和) インド−太平洋におけるアナゴ科レプトセファルスの形態の変異と進化
標題(洋) Morphological variation and evolution of larval characteristics of congrid leptocephali in the Indo-Pacific region
報告番号 121914
報告番号 甲21914
学位授与日 2006.11.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3078号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塚本,勝巳
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 西田,睦
 東京大学 教授 西田,周平
 東京大学 教授 大竹,二雄
内容要旨 要旨を表示する

 レプトセファルスはウナギ目Anguilliformesを含むカライワシ類Elopomorphaの仔魚期に特有の幼生である.一般に大型で,著しく側偏した透明な体型は,その長い仔魚期間と相俟って,海洋表層環境へ高度に浮遊適応した結果であるといわれている.水産重要種のマアナゴConger myriasterを含むアナゴ科Congridaeはウナギ目の中でウミヘビ科Ophichthidaeに次いて二番目に大きな科であり,そのレプトセファルスの形態は,体型,色素,消化管長などの形質において極めて多様性が高い.

 本科は熱帯から温帯まで広い範囲に分布し,3亜科(チンアナゴ亜科Heterocongrinae,アナゴ亜科Congrinae,ホンメダマアナゴ亜科Bathymyrinae)32属に150種類以上が知られている.成魚の形態に基づいて系統をみると,アナゴ亜科が最も古く,ホンメダマアナゴ亜科とチンアナゴ亜科がその姉妹群であるとする仮説が提唱されている.アナゴ科は成魚の形態に変異が小さいため,分類が最も困難な科のひとつとなっている.

 一方,アナゴ科のレプトセファルスは,分類形質の数は少ないものの,それぞれの形質の変異が極めて大きい.このため,ひとつの科として共有形質をみつけることが難しく,その中にまとまりのある属として認識できるグループも少ない.これまで大西洋においては,アナゴ科レプトセファルスの分類に関する研究がいくつかあるが,インド-太平洋域ではそもそも記載された種類数が少なく,またほとんどの種において仔魚と成魚の対応関係もよく分かっていない.均質性の高い成魚の形態は,収斂進化や平行進化の結果と考えられ,多様性の高いレプトケファルスの方が科内の系統関係をより忠実に反映するものと考えられる.しかし,これまでアナゴ科レプトセファルスの系統に関する研究は少なく,分子技術を用いた研究は皆無である.

 そこで本研究では,まずインド-太平洋域から採集された多数のアナゴ科レプトセファルスの形態的多様性を記述し,これらの形態的特徴とミトコンドリアDNA(mtDNA)の部分塩基配列から,アナゴ科レプトセファルスの基本的分類単位(以下,タクサ)を決定することを目的とした.次に,得られたタクサにアナゴ科の近縁種を加えて,分子遺伝的手法により系統関係を推定し,これに仔魚の形態的特徴をマッピングすることで,各形態形質の進化パターンを明らかにする.以上を総合して,アナゴ科魚類の現行の分類の妥当性を検討し,レプトセファルスの形態における多様性の進化プロセスとその生物学的意義を考察することを狙いとした.

1.形態形質の多様性と科内のグルーピング

 2000-2005年に亘って行われた4回の航海(東シナ海におけるKT-00-16航海,東インド洋におけるBJ-03-2航海,西北太平洋におけるKH-04-2航海,西南太平洋におけるKH-04-5航海)で採集された計2708個体のアナゴ科レプトセファルスを用いた.

 本研究ではまず,既報の仔魚の形態的特徴(体高,吻の形,体側色素パターン,眼下色素の有無,消化管長,背鰭長,筋節数,最終垂直血管の筋節上の位置など)によって,採集された本科標本を分類した.その結果,アナゴ科レプトセファルスには本科を特徴づける共有形態形質は全くないことが分かった.消化管長の違いから3亜科を分別できた.チンアナゴ亜科では体長の72%,アナゴ亜科では91%、ホンメダマアナゴ亜科では95%以上であった.アナゴ亜科のほとんどのグループは眼下色素をもち,ホンメダマアナゴ亜科には,外腸を持つタイプと外腸を持たないタイプが認められた.3亜科は7属(うち1属はAriosoma属とその類似属をまとめたtype)に分類できた.すなわち,チンアナゴ亜科のHeteroconger属とGorgasia属,アナゴ亜科のConger属,Gnathophis属,Bathycongrus属,Uroconger属,およびホンメダマアナゴ亜科のAriosoma-typeである.さらに,細かく各属内をみると,それぞれ4,4,5,5,5,1,12の計36グループが認められた.これに,同定不能の未知の10グループを加え,アナゴ科に総計46の形態グループを認めた.

2.タクサの決定

 レプトセファルス396個体と成魚3種4個体(Ariosoma major,Ariosoma shiroanago,Uroconger lepturus)の計400個体について,mtDNA 16SrRNAの部分塩基配列を決定した.既報の2種(クロアナゴConger japonicus,マアナゴ)のデータを加え,1336サイトの塩基配列を用いて遺伝距離を算出し,近隣結合法によりハプロタイプのグルーピングを行った.

 その結果,11の分岐の深い,大きなクレードが認められ,そのうちの7クレードはそれぞれ既知の7属(Heteroconger属,Gorgasia属,Conger属,Gnathophis属,Bathycongrus属,Uroconger属,およびAriosoma-type)と一致した.各属間の遺伝距離は0.1334-0.3250の範囲にあった.

 遺伝子解析で認められた11の大きなクレードの中には多数の小さな基本単位となるクレード(以下,分子クレード)があった.これらと上記46の形態グループとの対応関係を比較検討したところ,計66タクサを認識することができた.このうち36.4%のタクサで形態グループと分子クレードが一対一で過不足なく対応した.しかし54.5%は1つの形態グループの中に複数の分子クレードがあり,逆に1つの分子クレードを複数の形態グループが構成する場合も9.1%あった.複数の分子クレードで構成される形態グループが50%以上もあるという事実は,今後アナゴ科には数多くの隠弊種や未知の地域集団が発見される可能性のあることを示している.

 本章のレプトセファルスの分子データを成魚のそれと比較して,2種のレプトセファルスAriosoma sp.7の一部とAriosoma sp.8は,それぞれA.majorとA.shiroanagoであることがと分かった.また,東シナ海から採集され,形態的にはこれまでクロアナゴと同定されていたレプトセファルスが,実はマアナゴであることも分かった.形態形質による誤同定の原因は本種の体側色素が発育初期にはなく,成長に伴って発現・発達することが分からなかったためである.また,これは小サイズ(TL<=74.0mm)のマアナゴレプトセファルスの形態と分布の初記載となった.

3.系統関係

 アナゴ科の系統推定のため,本研究で決定したアナゴ科66タクサに加え,近縁の他4科(ハモ科Muraenesocidae,シギウナギ科Nemichthyidae,クズアナゴ科Nettastomatidae,ホラアナゴ科Synaphobranchidae)の計9種について,mtDNA16SrRNAの相同領域の部分塩基配列を決定した.既報のウツボ科Muraenidaeの1種を外群として,他の3科3種(ウナギ科Anguillidae,ウミヘビ科,ノコバウナギ科Serrivomeridae)も含む計79タクサの1304サイトを用いて系統推定を行った.方法は近隣結合法(NJ,Kimura's 2-parameter),最節約法(MP,equal weighting),および最尤法(ML,GTR+I+_)に依った.

 その結果,得られたNJ樹は他の系統樹と大きく異なり,MP樹とML樹の樹形はほぼ一致した.そこで,MPとMLの厳密合意樹を作成してみると,アナゴ科の中にハモ科,グズアナゴ科およびウミヘビ科が組み込まれ,アナゴ科はこれまで考えられていたような単系統ではないことが分かった.樹形を詳しく見ると,熱帯に生息しているチンアナゴ亜科と未知のタクサのCongrinae sp. 1から成るクレードI(以下系統クレード)が最も早く分岐し,その後大きな2つの系統クレードに分かれた.そのうち系統クレードIIは,Ariosoma-type(ホンメダマアナゴ亜科)とOphisurus属(ウミヘビ科)から成り,さらにAriosoma-typeは外腸タイプと非外腸タイプの2つに分かれた.もう1つの系統クレードIIIでは,Conger属が最初に分岐し,続いてアナゴ亜科の他属が派生した.この系統クレードIIIの中に,Saurenchelys属(クズアナゴ科)とMuraenesox属(ハモ科)も含まれることが明らかになった.このようなチンアナゴ亜科が最も古く,次にホンメダマアナゴ亜科とアナゴ亜科が後に派生したとするアナゴ科内部の派生順序は,アナゴ亜科が最も古いとする従来の系統仮説とは一致しなかった.

4.形態の進化パターン

 MPとMLの厳密合意樹に,6つの形態形質(体側色素パターン,消化管長,背鰭長,吻の形,眼下色素,および体高)のマッピングを行い,アナゴ科とその近縁種のレプトセファルスの形態形質の進化パターンを調べた.

 体側色素パターンはひとつのクレードにまとまることはなく,それぞれ多系統的に出現した.体側色素の内,筋隔色素をもつものは全ての系統クレードに,また筋節色素をもつものは系統クレードIとIIに出現した.脊索付近の体側深部にある内部色素を持つものは系統クレードIIのみに出現し,またこのクレードの中には色素の退化した,あるいは全く色素がないタクサも出現した.一般的に体側色素は一列であるが,複数化したものもあり,これらは全ての系統クレードに散在した.

 アナゴ科3亜科の重要な形態形質である消化管長は,アナゴ科の進化過程で増大する傾向が見られた.逆に,背鰭長は一般に進化に伴って減少する傾向が見られた.吻の形は2つのタイプがあり,突出型が全ての系統クレードに出現したのに対して,丸型はアナゴ亜科のいくつかのタクサに限られた.眼下色素は未知のタクサのCongrinae sp. e以外のすべてのアナゴ亜科に見られた.アナゴ科の体高は一般に低いが,系統クレードIIにはGnathophis属など非常に体高の高いものから,Conger属,Uroconger属など,より伸長したものまで幅広く出現し,大きな変異が見られた.

 以上の結果から,アナゴ科とその近縁種のレプトセファルスにおいて,消化管長、背鰭長や眼下色素などの形質は系統関係をよく反映するものと考えられた.特にAriosoma-typeの中で,外腸タイプと非外腸タイプが明瞭に2つ分岐し,体サイズの増大とともに,その栄養要求を満たすために非外腸の通常型レプトセファルスから外腸タイプが出現したことは重要である。仔魚の成長と初期生活史戦略の変化とともに種分化が起こり,これに伴って消化管の伸張が生じたものと考えられた.

 本研究は形態と分子データの両方を使って,大きな形態的多様性を示すアナゴ科レプトセファルスを分類し,その系統解析から,アナゴ科の多系統性と仔魚の形態形質の進化パターンを明らかにしたものである.中でも消化管長はアナゴ科レプトセファルスの長距離,長期間の回遊生態に対応して進化してきた形質と推測された.また,アナゴ科レプトセファルスの形態形質は成魚のそれらより系統関係をより正しく反映するものと考えられ,従来の本科の分類学や系統学は再検討の必要があると考えられた.今後は更に解析に供するアナゴ科内および他科のタクサ数を増やすとともに,仔魚の初期生活史研究も含めて,本科の進化過程を明らかにする必要がある.

審査要旨 要旨を表示する

 ウナギ目魚類の成魚における形態の高い均質性に対し、仔魚期のレプトセファルス幼生の著しい多様性は特筆に値する.本研究ではアナゴ科(Congridae)のレプトセファルスの形態的特徴と遺伝的関係を調べ,本科の仔魚の形態変異とその進化過程を理解することを目的とした.第1章の緒言に続き,第2章から第6章において,以下の結果を得た.

 第2章では,2000-2005年の4航海でインド-太平洋域から採集した計2708個体のアナゴ科レプトセファルスについて,その形態的特徴を記述した.その結果,アナゴ科全体で共有する形態形質は皆無で,本科は極めて形態的多様性の高いグループであることが分かった.しかし,アナゴ科内の3亜科については,消化管長を指標に各亜科を識別できることが明らかになった.すなわち,平均消化管長はチンアナゴ亜科(Heterocongrinae)では体長の約70%,クロアナゴ亜科(Congrinae)では90%、ホンメダマアナゴ亜科(Bathymyrinae)では95%以上であった.3亜科はさらに6属1 Typeに分類でき,チンアナゴ亜科ではHeteroconger属,Gorgasia属,クロアナゴ亜科ではConger属,Gnathophis属,Bathycongrus属,Uroconger属,ホンメダマアナゴ亜科ではAriosoma-typeが認められた.また,これまで種レベルの同定の困難であった各属内には,それぞれ4,4,5,5,5,1,12の計36グループのあることが分かった.これに,現在は同定できない10グループを加え,アナゴ科に計46の形態グループを認めた.

 第3章では,46形態グループのレプトセファルス395個体と成魚3種(Ariosoma major,Ariosoma shiroanago,Uroconger lepturus)3個体の計398個体について,mtDNA 16SrRNAの部分塩基配列を決定した.既報の3種(Conger japonicus,Conger myriaster,A.shiroanago)のデータを加え,1336サイトの塩基配列を用いて遺伝距離を算出し,近隣結合法によりハプロタイプのグルーピングを行った.その結果,形態で分けられた上記6属1 Typeはそれぞれ一つのクレードにまとまった.これらのクレードは、さらに小さなクレードから成り,本研究では,遺伝距離と形態的特徴に基づいて,アナゴ科に計66タクサを認めた.形態的特徴では識別できなかったタクサが20(約3割)もあったことは,アナゴ科には多数の隠蔽種や未知の地域集団が存在することを示している.

 本章で得られた分子データを成魚のそれと比較したところ,2種のレプトセファルスAriosoma sp.7とAriosoma sp.8は,それぞれA.majorとA.shiroanagoであることが明らかになった.また,東シナ海から採集され,形態的にはクロアナゴと同定されていたレプトセファルスが,実はマアナゴの仔魚であったことも分かった.これは小サイズ(TL 74.0mm以下)のマアナゴレプトセファルスの形態と分布の初記載となった.

 第4章では,以上により決定したアナゴ科66タクサに加え,他の近縁4科(ハモ科,シギウナギ科,クズアナゴ科,ホラアナゴ科)の計9種について,mtDNA 16SrRNAの相同領域の部分塩基配列を決定した.さらに既報の4科(ウナギ科,ウミヘビ科,ノコバウナギ科,ウツボ科)4種を加え,計79タクサについて,1304サイトを用いて系統推定を行った.樹形がほぼ一致した最節約樹と最尤樹の厳密合意樹を作成した結果,アナゴ科の中にハモ科,グズアナゴ科およびウミヘビ科が組み込まれ,アナゴ科はこれまで考えられていたような単系統ではないことが分かった.アナゴ科の内部関係を見ると,チンアナゴ亜科が最も早く分岐し,その後,クロアナゴ亜科とホンメダマアナゴ亜科が分岐したことが明らかになり,従来の形態に基づく系統仮説は見直しが必要であると考えられた.

 第5章では,厳密合意樹に6つの形態形質をマッピングし,アナゴ科とその近縁種のレプトセファルスの形態形質の進化パターンを調べた.体側色素パターン,吻の形、眼下色素,体高などの特徴はひとつのクレードにまとまることはなく,散発的に出現したことが分かった.一方,消化管長はアナゴ科の進化過程で増大し,背鰭長は減少する傾向が見られ,これらの形質は系統関係をよく反映するものと考えられた.特に,Ariosoma-typeでは,2つのグループが外腸の有無によって明瞭に特徴づけられ,体サイズの増大とともに,その栄養要求を満たすために外腸を持たない通常型レプトセファルスから,特異な外腸を持つタイプが出現してきたものと考えられた.

 第6章では,以上の結果をまとめ,アナゴ科レプトセファルスの形態変異と進化過程を総合的に考察した.消化管長はアナゴ科レプトセファルスの長距離,長期間の回遊生態に適応して進化した形質と推測された.アナゴ科レプトセファルスの形態形質は成魚のそれより系統関係をより正しく反映しており,従来の本科の分類や系統は今後再検討の必要があると考えられた.

 以上,本研究は形態と分子データの両方を用いて,高い形態的多様性を示すアナゴ科レプトセファルスを分類し,その系統解析から,アナゴ科の非単系統性と仔魚の形態形質の進化パターンを明らかにしたもので,海洋生物学や水産科学の基礎として大きく貢献するものと考えられる.よって審査委員一同は,本論文が学術上,応用上寄与するところが少なくないと判断し,博士(農学)の学位論文としてふさわしいものと認めた.

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