No | 121915 | |
著者(漢字) | スパワン ニンカムハン | |
著者(英字) | Supawan Nilkamhang | |
著者(カナ) | スパワン ニンカムハン | |
標題(和) | タイ米輸出産業の市場構造と成果に関する数量的分析 : 品質格差が市場統合度に与える影響を中心に | |
標題(洋) | Quantitative Study on the Market Structure and Performance of Rice Exporting Industry in Thailand with Special Reference to Influences of Quality Differences on Market Integration | |
報告番号 | 121915 | |
報告番号 | 甲21915 | |
学位授与日 | 2006.11.13 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3079号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 農業・資源経済学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究はタイの米輸出産業を対象として、産業組織論やミクロ経済学の理論を援用しながら、輸出業者の果たす役割や米の品質別商品化がマーケティングに及ぼす影響について、分析を行ったものである。分析方法として、タイの米経済の実態を説明するためにいくつかの計量経済モデルを作成し、分析の対象期間をデータが利用可能である1980年代後半からの16年間として、仮説の検定を行った。 研究における課題は次のような2点にまとめられる。第1は、産業組織論的な方法を使い国内米市場と米輸出セクターの産業構造を比較しながら、両者の構造の違いを明らかにすることである。第2は、共和分分析モデルを用いて、米の国内卸売と輸出市場との市場統合度について検討することである。市場統合度分析は、市場の効率性を議論する場合によく使用されるものであり、タイの米市場にも同じ手法を使った先行研究もある。ただし従来の研究では、米の平均価格データを使用したものが中心であり、米経済の実態を踏まえたものとは言い難い。本研究は、米市場の商品細分化が進行しているという認識にたって品目別に市場統合度を明らかにすることも目的としている。 まず第1章において、研究の課題と方法を述べる。続く第2章では、タイ米経済の主要な特徴をまとめた。第1に、タイの食料消費において米は最も重要な産物であり、一人当たり年間消費量は世界平均の約2倍である。第2に、タイは米輸出量において世界最大の国であり、そのシェアも2位以下の国を大きく上回っている。第3に、米産業は輸出に依存する割合が大きく、国内で生産されたものの約3分の1が輸出に向けられている。 第3章は、世界の米市場と比較しながら、タイの米輸出市場について産業組織論的分析を行った。世界の米輸出市場は、各国の国内消費に回された残りの部分が輸出されているという状況から、薄い市場であるという特徴を持つ。近年では、かつての伝統的米輸出国の位置が低下したが、同時に新しい競争相手が台頭してきている。世界の米輸出市場は、それらの主要輸出国による寡占的な構造を持っていると言える。 タイ米輸出部門における市場構造は、世界の米輸出市場と類似したものである。それは、タイ米輸出産業の構造が寡占的な特徴を持っていることから確認される。産業の集中度やハーフィンダール・ハーシュマン指数は、一貫して高い値を示してきたが、ベインによる定義に基づけば、1977年から1983年にかけては低位の集中度による寡占的状況、1990年代以降はやや集中度の高まった寡占的状況へとみることができる。 タイの米産業では、継続して新規参入者が現れており、そのダイナミックな特徴が示される。政府による規制や参入コストは重要な障壁にはなっていない。自由で競争的な環境のもとで、米輸出業者の数は1980年代の100から2004年の200にまで増加した。ただし米輸出産業は、少数の大規模な輸出業者が支配的である点は、注意が必要である。 第4章では、米市場の細分化に関する変化について分析が行われている。市場の細分化とは、広く定義されてきた一つの商品内で、需要の多様化等によって、複数の細分化された商品の独立性が増加する現象をいう。通常はそれによって、市場の拡大も付随して進行する。例えば、一般的に米商品の一部を構成していたタイの「香り米」という商品は、米の一部であることに違いはないが、今では独立した商品として認識されている。 市場の細分化をもたらすいくつかの要因は、以下の通りである。第1に、米の輸入国はそれぞれの好みに従って、一般的な米の分類よりは細かく分類された商品を要望する場合があることである。タイの米の中で新たな分類が要望される場合には、結果として従来の分類に対して市場の細分化が発生することになる。輸入国側の需要の多様化がそういった商品の細分化をもたらしていることは間違いない。第2は、米の異なった品質による分類が、価格の差異を通じて取引者の行動を規定する場合である。このことによって取引が容易になるという側面があろう。規格間の価格差も拡大する傾向にあることが確認された。 次に、市場細分化の状況を確認するために多数の米規格データを用いて、共和分モデルによって分析を行った。ここでは、輸出レベルにおける米市場を4つのサブ市場(香り米、最高級米、高級米、中級および低級米)に分けて分析を行った。分析結果から、最高級米の市場は他のものとは明確に区分され、また香り米も他のサブ市場から区分されていることが判明した。一方で、高級米、中級および低級米の市場では、市場が統合されていることが確認された。また市場の細分化の状況について構造的な変化が生じているかどうかを検討した。 一般的に、1995年以前における米の規格による市場は、それ以降に比べてより高度に統合されていたことが判明した。またその一方で、最高級米の市場は、他の市場よりも強く区分されていることが明らかとなった。 第5章では、米の規格別に国内卸売市場と輸出市場の間での市場統合度を把握するために、共和分分析を採用した。ここでは多数の米の規格を、高品質、中品質、低品質という3つに代表させて、分析が行われた。短期と長期別に分析を行った結果として、市場の統合度や市場の調整速度は、米の規格別に異なっていることが明らかとなった。例えば、香り米と最高級米の両市場はそれほど統合されている訳ではないが、その一方で、他の米の市場はかなり統合されていることが確認された。なお、各市場における平均価格を使った場合には市場統合度が高いことがみられる。 価格の共和分分析を通して、米市場の統合度における異質性を形成する要因として、(1)流通経路の太さ、(2)輸出市場の占有率、(3)米の規格における特徴、などの差異を挙げることができる。 第1の、米の規格別流通経路の太さについては、それらが米の市場統合度を左右する主要な要因であると解釈される。例えば、輸出業者による最高級米の大規模な流通経路は、国内市場における米の規格からは明確に区分されている。一方でその他の規格による薄い供給経路は、国内の変動を受けやすい一つの米市場を形成している。 第2の、米規格別の輸出市場占有率も、市場統合度に影響を与えていると解釈された。最高級米の大きな輸出占有率は、結果として米全体の市場支配力を有しており、特に輸出業者から大量の注文が入る時には、最高級米の輸出市場は国内市場にも強い影響を及ぼしている。輸出占有率や市場支配力の差異によって、米の規格ごとの輸出業者による国内米市場への依存度も異なることになる。 第3の、米の規格による特徴については、例えば香り米はその特徴から、他の一般的な米規格からは明確に区分されていると考えられる。栽培地域による制約によって、あるいは同時に国外の顧客が限られていることによって、ある特別な米品種はそれだけで区分されて取り扱われる。結果として、ある単一の米品種による輸出と国内における市場の統合度は、低くなることが予想される。 米の市場統合に関する伝統的な解釈では、高い市場統合度は市場における高い効率性を意味する、というものであった。確かに平均価格に関する限り、国内卸売と輸出の両市場の間で明らかな価格連動性が確認され、その意味で同産業は効率的であるという推論が導かれるかもしれない。しかし、販売経路の多様性や多数の米規格を確立してきたタイ米産業の場合には、市場の統合度についてはより注意深く検証されるべきであり、平均価格に基づく分析の解釈には注意が必要であろう。 本研究の分析結果に基づいた新しい解釈は、平均的に見る限りタイの米産業は効率的な特徴を有しているが、4つの部分的なサブ市場からなる内部構造に関しては、産業内にある種の非効率性が存在するというものである。高級米や、中級および低級米のサブ市場は効率的であるが、一方で最高級米と香り米の市場が効率的とは言い難い。 タイの米輸出産業における寡占的な構造は、世界の米市場において特徴的な立場に位置してきた。タイにおける一つの米市場は、品質の差異に基づいて異質なサブ市場に区分することができる。異質なサブ市場の形成は、この産業が世界市場から多様な需要を喚起することに成功したと解釈できるかも知れない。あるサブ市場における非効率性は発生しているが、世界市場における支配力は確かに存在しているのである。したがってタイ米産業の競争力は、寡占的ではあるが競争的でダイナミックな輸出業者によって生み出されていることは間違いないであろうが、さらに別の要因があることも予想される。ただしこの別要因の解明には、なお多くの作業が必要であると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、タイの米輸出産業を対象として、産業組織論やミクロ経済学の理論を援用しながら、輸出産業の市場構造の特徴とその変化をまとめ、その上で米のマーケティングの効率性について規格別に分析を行ったものである。分析の対象期間は、データが利用可能である1980年代後半からの16年間としている。 本研究の主要な課題は次の2点に設定されている。 第1は、世界の米市場と比較を念頭におきながら、産業組織論的な分析に基づき、タイ米輸出セクターの産業構造の特徴とその変化について考察することである。 第2は、共和分分析モデルを用いて、米の国内卸売市場と輸出市場の統合度について数量的に検討することである。市場統合度分析は市場の効率性を議論する際に頻繁に使われる手法であり、タイの米市場についても同じ手法を使った先行研究もある。ただし従来の研究では平均価格データを使った分析のみであり、米市場の商品細分化が進行している状況下では適切とは言い難い。この論文では米の規格別に市場統合度を検討している。 第1の研究課題に関して、まずタイ米輸出部門における市場構造は世界の米輸出市場と類似した寡占的な構造を持っていることが確認される。続いて、輸出産業の集中度やハーフィンダール・ハーシュマン指数が計測され、タイ輸出産業は1977年から1983年では低位の集中度による寡占的状況、1990年代以降はやや集中度の高まった寡占的状況であったことが明らかになった。またタイ米産業では継続して新規参入者が現れており、政府による規制や参入コストは参入障壁にはなっていない。これらのことは、タイの米輸出産業の寡占度が高まり、少数の大規模輸出業者が支配的であるという点が強まっているものの、なおダイナミックな性格を有することを示すものである。 第2の課題については、まず米市場における商品細分化の状況を確認する。輸出市場が4つのサブ市場(香り米、最高級米、高級米、中級および低級米)に分けられ、相互の価格関連性が共和分分析によって検討された。分析結果によって、最高級米市場は他のサブ市場と明確に区分され、また香り米も他のサブ市場から区分されていることが判明した。一方で、高級米、中級および低級米の市場では、市場がかなりの程度において統合されていることが確認された。また、1995年以前とその後の状況を比較することによって、最高級米と香り米が他のサブ市場との統合性を薄めている傾向も明らかになった。 以上の分析を踏まえ、米の規格別に、国内卸売市場と輸出市場の間での市場統合度が計量的に分析された。ここでは多数の米の規格を、高品質、中品質、低品質という3つに代表させ、それぞれのサブ商品に共和分分析の手法が適用された。分析結果は、市場の統合度や市場の調整速度は、米の規格別に異なっていることを示すものである。例えば、香り米と最高級米については卸売市場と輸出市場はそれほど統合されている訳ではないが、他方で、他の米についての両市場はかなり統合されていることが確認された。 また米市場の統合度に関するカテゴリー間異質性をもたらしている要因が検討されているが、この論文で指摘されているもっとも重要な要因は、輸出業者が最高級米などの輸出占有率が高い規格品について大規模で太い流通経路を作り上げており、卸売市場とのリンクを必要としないことであろう。 以上、本研究はタイの米輸出産業の産業組織論的アプローチによるその産業構造の特徴と変化を的確に指摘し、更に米の規格ごとに卸売市場と輸出市場の市場統合度に関する新しい分析をおこなった。導かれた分析結果からは、これまでの研究では見られない知見も得られており、本研究における学術上の意義は大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するに値するものと認めた。 | |
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