学位論文要旨



No 121917
著者(漢字) 加古,敏
著者(英字)
著者(カナ) カコ,サトシ
標題(和) 窒化ガリウム自己形成量子ドットの光物性、及び非古典光発生への応用
標題(洋) Optical properties of Gallium Nitride Self-assembled Quantum Dots and Application to Generation of Non-classical Light
報告番号 121917
報告番号 甲21917
学位授与日 2006.11.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6401号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,泰彦
 武蔵工業大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 染谷,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

(以下、本文を記載する。)

半導体量子ドット構造は、伝導体電子や価電子帯正孔に対しDe Broglie波長程度の三次元ポテンシャル障壁を形成することで、電子や正孔の量子状態密度を離散的にすることができる。自己形成半導体量子ドットは、この三次元閉じ込め構造を有する半導体量子ドットを形成する一つの手法であり、最近の薄膜結晶形成技術の発展によって、歪を利用したStranski-Krastanow成長モード(S-K成長モード)を用いて比較的容易に作製されるようになった。自己形成半導体量子ドットの特徴は、プロセス等で作製した他のものと比較して結晶品質が良く高効率であるということと、濡れ層と呼ばれる薄い量子井戸構造が伴う点にある。

 本論文で研究対象としたGaN/AlN量子ドットはシリコンカーバイト(SiC)を成長基板として有機金属気相成長法で作製されたものである。III族原料はトリメチルガリウム(TMG)とトリメチルアルミニウム(TMA)、V族原料はアンモニア(NH3)である。AlN とSiCは格子定数や熱膨張係数が近いためSiC上に直接AlNを成長し、その後S-K成長モードを利用してAlN上にGaN量子ドット自己形成した。原子間力顕微鏡(AFM)で量子ドットの成長条件を探るAFM用試料の場合はその後急激に温度を室温に戻し、光学測定用の試料の場合には、数秒の成長中断後AlNを成長しCap層を形成した。ドットが成長可能な温度は非常に狭く、950℃から970℃程度である。V/III比は、表面形状やドットの大きさに関わる重要なパラメータであり、バルク結晶や量子井戸などの二次元膜を形成する時のものより非常に小さい。TMGの供給量は成長速度を決める主要因である。TMGの供給量に応じて、ある成長時間を越えるとドットが形成され始める。これはS-K成長を利用した自己形成量子ドットの成長に特徴的な点である。光学評価用試料の場合には、Cap層をGaN層の形成後に成長するが、その際にGaN層とAlN Cap層の間に入れる成長中断が非常に大事な役割を果たす。成長中断無しでは量子ドットは形成されず量子ドットからの発光を確認できないが、3秒程度入れると発光を確認できる。単一量子ドット分光には低密度ドット(109 cm(-2)後半程度)の試料が好ましいため、AFM用の試料と光学測定用試料でのドット密度対応させるために成長中断時間は最適化する必要がある。以上をもとに光学測定用試料を作製し、平均サイズの異なる試料やドット密度が低い試料を作製できた。

 本論文で用いた試料は、ウルツ鉱構造を有するGaN量子ドットである。ウルツ鉱構造をとる窒化物半導体は圧電性と焦電性を示す。外部電場がなく、かつ歪がない状態でも誘電分極が存在する(自発分極)。また歪が生じている場合は圧電効果によってさらに誘電分極が生じる。これらの特徴は窒化物半導体で構成されたヘテロ構造において本質的な役割を果たす。GaN/AlN量子ドット内にはGaNとAlNの格子定数差によって歪が誘起され圧電効果によって誘電分極が生じる。さらにGaNとAlNでは自発分極に大きな差があり、これによって界面に分極電荷が生じる。その結果量子ドット内には数MV/cmに及ぶ内部電界が生じる。量子ドット構造の三次元閉じ込めポテンシャルと内部電界による静電ポテンシャルによって電子と正孔の波動関数は空間的に反対方向に分離した形で存在する。これは電子と正孔の重なりが減少することを意味し、電子・正孔再結合の確率が減少する。これは発光再結合過程の長寿命化につながる。また内部電界の存在下では、内部電界が存在しない場合の電子・正孔状態間のエネルギー差よりもエネルギー差が小さくなる。これらの効果(Quantum Confined Stark Effect: QCSE)はGaN量子ドットのサイズが大きくなった時、発光波長の低エネルギー化と発光再結合の長寿命化といった光学特性として観測されると期待される。この効果の検証を目的にドットの平均サイズの異なる試料を準備し、フォトルミネッセンス測定(PL測定)と時間分解フォトルミネッセンス測定(TRPL測定)を低温3.5Kで行った。平均サイズが大きな試料において、バルクのGaNのPLの発光波長よりも低エネルギー側である長波長側で発光を確認した。またPL減衰時間をTRPLで測定した結果、平均サイズの大きい試料は長いPL減衰時間を示した。更に単一の試料においてもドットサイズ揺らぎを反映し、発光波長の長波化に伴ってPL減衰時間が長くなることが分かった。3つの異なる平均サイズを持つ試料のPL減衰時間の発光波長依存性は、ほぼ単一の曲線上に乗り、PL減衰時間の長いものは1μsという長い減衰時間を示す。このことから内部電界に起因するQCSEによって、ドットのサイズに依存して発光波長と発光再結合時間が決まっており、低温で非発光再結合過程が無視できると結論できる。

 自己形成量子ドットはその形成過程に起因して、作製された個々のドットのサイズやドット周辺の環境が不均一であるという特徴がある。これは発光波長の不均一拡がりなどの現象として観測される。このため、ドット集団を対象とした研究では個々のドットの特性が、この不均一拡がりによって一般に隠されてしまう。詳細な量子ドットの性質を知るには個々の量子ドットにアクセスする必要がある。単一量子ドット分光は光学的に個々の量子ドットにアクセスし、その光学特性を調べる有効な方法である。しかしながらGaN量子ドットは近紫外波長領域で発光するために実験光学系の工夫を必要とした。単一量子ドット分光にはいくつかの手法があるが、本論文では、最終的にサンプル表面の加工と近紫外領域における顕微鏡という組み合わせを採用した。励起光としてレーザー光を非線形光学結晶によって波長変換したものを用いた。励起光の波長は266nmであり、ドットの濡れ層を励起することに相当する。この近紫外領域における単一量子ドット分光によって、量子ドット構造に特徴的な、離散的状態密度を反映した発光線を確認したが、他の材料系と比較すると線幅は非常に大きい。これは、原因がまだ明確ではないが、ドット周辺のキャリア密度の揺らぎによる局所的な電場の揺らぎに起因していると考えられる。この電場を介して電子・正孔状態が変化し、発光エネルギー位置が揺らいだ結果、観測される発光線幅が拡がっていると考えられる。このメカニズムは内部電界が存在する系では増大されると考えられGaN量子ドット中に強い内部電界が存在していることと矛盾しない。

 量子ドット内の電子状態は、電子・正孔対が一対の場合、電子・正孔対が二対の場合などの多粒子がドット内に存在する場合、一般に粒子間相互作用によって電子または正孔のみの場合と電子状態が異なる。 この効果は発光現象において、強励起下では弱励起下の発光線の周辺に新たな発光線が出現するという形で観測できる。この方法によってGaN量子ドット中に励起子(電子・正孔対)が二対入った場合の励起子分子からの発光を確認した。量子ドット中の励起子分子は励起子が独立に二つあるとした場合よりも粒子相互作用によってエネルギーが一般には異なる。本研究ではGaN量子ドット中の励起子分子は独立に存在すると考える場合よりもエネルギーが高くなること明らかにした。これは励起子同士が反発し合うことを意味しており、クーロン引力よりも反発力が勝る結果起こると考えられる。反発しているにも関わらず安定に存在できるのは三次元閉じ込めポテンシャルの効果である。

 光子の二次相関関数を測定することはドットからの発光線の起源を特定する強力な方法である。この二次相関関数は、半透明ミラーにフォトンを入射させて二つの光路に分離後、各々の光路で検出器を用いてフォトンを検出し、各検出器における検出時間の差に応じて同時にフォトンを検出するイベントを調べるHanbury-Brawon and Twiss(HBT)型の相関測定系を用いて測定した。光子一個が測定系に入射した場合どちらか一方の検出器でのみフォトンが検出され、二つの検出器のミラーからの距離が同じであれば同時計数のイベントは時間差がゼロの場合起こらない。これはアンチバンチングとして知られている。単一量子ドットからのフォトンは一度に一つしか出ないと考えられ、アンチバンチングの観測はその発光線が単一の量子ドットに起因していることを示す証拠となる。GaN量子ドットの発光線幅は非常に大きく、前述の発光を観測するだけでは不均一拡がりの可能性を排除できない。本研究ではGaN量子ドットからの発光線に対しHBTを用いて連続光励起下において二次相関関数を測定し、明確なアンチバンチングを観測した。このことから、発光線は単一のGaN量子ドットに起因するものであると結論できる。また二つの検出器で観測される波長を変えることで、異なる発光線間の相関を測定できる。同一の量子ドットでない場合は時間差の違いによって同時計数は変化しない。しかしながら前述した励起子分子の発光線と励起子の発光線の間には明確な非対称な二次相関関数が得られた。この非対称性は励起子分子の励起子の一つが発光再結合した後に励起子の発光が起こる量子カスケード過程に起因していると考えられ、励起子分子の発光線の同定を更に証拠づけるものである。

 近年注目を集めている量子情報分野において、光子に情報を担わせる方法が検討されている。単一光子源と呼ばれる、決まった時間に光子一個を出す装置は量子暗号における量子鍵配信の効率化などの応用において重要であると考えられている。これまで報告された量子ドットの中でもエピタキシャル法によって作製された量子ドットは、大きな系、例えば光共振器内などに埋め込むことが容易であると考えられておりデバイスを作成する観点から重要である。現在のところエピタキシャル法によって作製された量子ドットを用いた単一光子源は低温に限定されている。GaN量子ドットは閉じ込めの大きさと材料系の特徴から高温での動作に有利であると考えられる。本研究では、前述のHBTの相関測定系を用いてパルス励起下において二次の相関関数を測定し、200Kの高温まで明確なアンチバンチングを観測した。単一光子源の性能を測る指標は、まだどれも満足いくものではないが、この結果は今後の高温動作に向けた研究の礎となるものである。

審査要旨 要旨を表示する

 窒化ガリウム系半導体は、青色発光を中心とした応用面と強い分極効果や大きな励起子束縛エネルギーなどの特徴的な物性を示すため、広く注目を集めている。しかし、量子ドットなどナノ構造の物性研究は良質の量子ドットを形成することが困難であったため十分ではなかった。本論文は、"Optical properties of Gallium Nitride Self-assembled Quantum Dots and Application to Generation of Non-classical Light"(日本語訳:窒化ガリウム自己形成量子ドットの光物性及び非古典光発生への応用)と題し、窒化ガリウム/窒化アルミニウム(GaN/AlN)自己形成量子ドットの光物性と、この量子ドットを発光源とした近紫外光波長領域における非古典光発生の試みに関する研究について論じており、8章より構成されている。英文で書かれている。

 第1章の「Introduction」(序論)では、半導体量子ドットの電子状態と光学的な実験手法による研究の概要、また窒化物半導体の一般的な物理特性とその量子構造におけるユニークな特徴を概説している。

 第2章は「Growth of Hexagonal GaN Quantum Dot」(六方晶窒化ガリウム量子ドットの成長)と題し、シリコンカーバイト(SiC)を成長基板としてMOCVD法で作製されたGaN/AlN量子ドットの成長を記述している。原子間力顕微鏡と蛍光分光による評価から、GaN量子ドットの成長様条件と成長メカニズムの議論を展開している。

 第3章は「Time-Resolved Photoluminescence Spectroscopy」(時間分解蛍光分光)と題し量子ドットサイズに依存する発光再結合寿命時間について実験と理論計算両面から考察を行っている。発光波長の長波化に伴って蛍光減衰時間が長くなることを実験で明らかにしている。また理論計算によって実験結果を十分に再現できることを示し、GaN量子ドット中に生じている窒化物ヘテロ構造特有の強い内部電界が中心的な役割を担っていることを示している。

 第4章は「External Electric Field Dependence」(外部電界依存性)と題し外部から電界を印加したときの発光の変化について実験と理論計算の両方から考察を行っている。必要なデバイスプロセスの開発やデバイスの電気的な評価について論じた後に、実際に外部電界によって発光を制御できること、またそれによって第3章における結論を補強できることを示している。

 第5章は「Single Dot Spectroscopy」(単一量子ドット分光)と題し個々のGaN量子ドットの光学特性を考察している。近紫外波長領域における単一量子ドット分光を試みるために、試料作製法や実験光学系の構築法を議論している。この単一量子ドット分光を基礎に離散的状態密度を反映した発光線を確認するとともに、発光線幅の起源の議論、励起子発光とそのフォノン介在発光、励起子分子の発光などの同定を励起強度依存性と時間分解蛍光測定によって行っている。また、内部電界の影響を強く受けた励起子分子の結合エネルギーの議論を理論計算と併せて考察している。

 第6章は「Photon Correlation Spectroscopy」(光子相関分光)と題し、光子の二次相関関数を測定することによって第5章での発光線同定の検証を行っている。励起子発光に関して明確なアンチバンチングを観測することで、発光線が単一のGaN量子ドットに起因するものであることを示している。また励起子分子発光線と励起子の発光線間において非対称な二次相関関数を観測し、これが量子カスケード過程に起因していることを理論計算と併せて考察している。また励起子の発光線とそのフォノン介在発光線との間で光子相関を測定し明確なアンチバンチングを観測することで単一の量子ドットからの発光であることを示している。

 第7章の「Application to Generation of Non-classical Light」(非古典光発生への応用)では、GaN量子ドットを非古典光発生のための発光源として利用する試みを議論している。パルス励起下において二次の相関関数を測定し、200Kの高温まで明確なアンチバンチングを観測することで、GaN量子ドットが高温で動作可能な単一光子源として有望であることを示し、またその特性についても理論的な考察を行っている。

 第8章の「Conclusion」(結論)では、本論文の主要な結果をまとめると同時に、この研究の将来の方向性について議論している。

 以上これを要するに、本論文は、単一量子ドット分光の手法等を駆使し励起子の特異な相関効果等GaN量子ドットの光物性を明らかにするとともに、GaN量子ドットが高温動作可能な単一光子源として有望であることを示したものであり、電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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