学位論文要旨



No 121924
著者(漢字) 菅野,憲
著者(英字)
著者(カナ) カンノ,アキラ
標題(和) インテインを利用した生体内タンパク質動態解析のための生物発光プローブ
標題(洋) Genetically Encoded Intein-Based Probes for Monitoring Protein Dynamics in Living Subjects
報告番号 121924
報告番号 甲21924
学位授与日 2006.11.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4924号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 浜口,宏夫
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 長谷川,哲也
内容要旨 要旨を表示する

1. 序

 生きた細胞内での様々な化学的プロセスにおいて,タンパク質間相互作用やタンパク質輸送は中心的な役割を担っている.現在我々が手にしている生命現象に対する知識の大半は生化学的分析法によってもたらされたものである.しかし,その手法は破壊分析であるため生きた細胞の動態に関する情報は損なわれている.当研究室では生きた細胞内のタンパク質動態を解析するため,インテインを用いた非破壊的分析手法を提案してきた.これまでにタンパク質間相互作用検出法のための蛍光・発光プローブ,オルガネラ局在タンパク質同定のための蛍光プローブ,生物個体におけるタンパク質核内輸送検出のための発光プローブが当研究室から報告されている.インテインとはタンパク質スプライシング反応を触媒するポリペプチドである.タンパク質スプライシング反応とは,mRNAからタンパク質への翻訳後に,インテイン(intein)が切り出され隣接するエクステイン(extein)同士が再連結する自己触媒反応である(図1).

 本研究では,生きた細胞・個体でのタンパク質動態解析のために,インテインを利用した2つの新規発光タンパク質プローブの開発を行った.それらは,(1)タンパク質間相互作用検出のためのインテインを介したレポーター遺伝子プローブ,および(2)生体のミトコンドリアからのタンパク質放出を検出するための発光プローブの2つである.両者とも,観測対象の現象が生起して初めて光シグナルを放出する,という特性を有している.

2. タンパク質間相互作用検出のためのインテインを介したレポーター遺伝子プローブ

 従来の非破壊的タンパク質間相互作用検出法の代表例としてtwo-hybrid法が挙げられる.この手法により多くの生命現象の解明されたのも事実であるが,細胞の核外での相互作用,分子メカニズムを同定・検出することはできない.一方,タンパク質相補(PCS)法を用いれば,核外での相互作用も検出できるが,得られるシグナルは微弱である.そこで,インテインとレポーター遺伝子とを組み合わせれば,高感度に核外でのタンパク質間相互作用を検出できるのではないかと考えた.

 検出原理を図2に示す.特異的なDNA配列に結合するタンパク質modified LexA (mLexA)にインテインDnaEのN末側(DnaEn)とタンパク質Xを繋げた融合タンパク質と,転写活性化タンパク質VP16ADにC末側DnaE(DnaEc)とタンパク質Yを繋げた融合タンパク質をCHO-EGFR細胞(チャイニーズハムスター卵巣由来)に発現させる.これと同時にタンパク質発現量の内部標準としてレニラルシフェラーゼ(Rluc)も共に発現させておく.XとYが相互作用し,DnaE同士が近接しスプライシング反応が起こると,新たにキメラタンパク質mLexA-VP16ADが生じ,結果,レポーター遺伝子であるホタルルシフェラーゼ(Fluc)がmRNAへ転写される.まず,D-ルシフェリンを基質とするFluc由来の発光値(LF)を測定し,続いてセレンテラジンを基質とするRluc由来の発光値(LR)を測定する.X-Y相互作用の評価は,相対発光値(RLU;RLU=LF/LR)を基準に行う.

 まず3種のタンパク質対をモデルとし,相互作用に基づくRLUの変化を観察した.(i)上皮増殖因子(EGF)存在下で相互作用するRas-Raf-1,(ii)恒常的に相互作用するRasV12-Raf-1,(iii)いかなる場合にも相互作用しないRas-delRaf-1の3種である.発光測定の結果,相互作用する組合せでは30から40のRLUが,相互作用しない組合せでは10以下のRLUが観察された(図3).これは,本プローブを用いてタンパク質間相互作用の検出が可能であることを示している.次に,Ras-Raf-1相互作用検出を通して従来のタンパク質間相互作用検出法と本手法とを対比することで,用いたインテインの役割を明らかにしようと考えた.Two-hybrid法(白抜き円),PCS法(黒三角)ではEGF濃度依存的なRLU変化は観察されなかった(図4).本手法(黒四角)では,RLUが10(-9) M EGFから上昇し始め,10(-7) M EGFで飽和に達した.当研究室から報告されているFlucのタンパク質再構成(PRS)法(灰色三角)ではEGF濃度に応じた若干のRLU上昇が観察されたが(図5b),そのシグナル強度は本手法で得られた1/500程度のRLUであった(図5a).従って,インテインとレポーター遺伝子を用いることで,従来法では検出困難であった細胞膜近傍でのRas-Raf-1相互作用を高感度に検出することができたと言える.また本プローブはEGF刺激の濃度の違いによる相互作用の程度の差異を区別できると考えられる.

 本検出法ではレポーター遺伝子にFlucのcDNAを用いたが,これを緑色蛍光タンパク質(GFP)のcDNAに置き換え,蛍光標示式細胞分取器を用いることで,大量の未知のタンパク質間相互作用同定や特定のタンパク質間相互作用に影響を与える薬剤候補のスクリーニングが行える可能性を示唆している.

3. 生体のミトコンドリアからのタンパク質放出を検出するための発光プローブ

 タンパク質の局在変化を調べる際,対象のタンパク質をGFP等で蛍光標識し,顕微鏡下で観察する手法が広く使われている.しかし,この方法では一度に観察できる細胞数は限られる上,曖昧な局在変化の判定に陥りやすい.そこで本研究では,顕微鏡下での観察を必要としない,タンパク質局在が変化して初めて光シグナルを発する発光タンパク質プローブの開発を目指した.そのモデルとしてミトコンドリアタンパク質Smac/DIABLOを選んだ.

 ミトコンドリアに局在するcytochrome cやSmac/DIABLOなどのタンパク質がアポトーシス過程の初段において,細胞質へ放出されることが知られている.このSmac/DIABLOにRluc(1-229)(RlucN)とDnaEnを連結させたタンパク質(N末プローブ)と,Rluc(230-311)(RlucC)とDnaEcを連結したタンパク質(C末プローブ)をMCF-7細胞(ヒト乳ガン由来)に発現させる(図6).アポトーシスを誘導する化学物質スタウロスポリン(STS)によりN末プローブがミトコンドリアから細胞質中へ放出されると,細胞質中のC末プローブに近接し,スプライシング反応が起きる.このときRlucが再構成されるため,セレンテラジンを用いれば発光値(L)を測定できる.続いて細胞の全タンパク質質量(m)を測定してRLU(=L/m)を算出し,これをN末プローブ放出の評価に用いる.

 初めに,STS刺激前後でのN末プローブの細胞内局在を調べた.図7a-7cに示すように,STS刺激以前はN末プローブが主にミトコンドリアに局在し,刺激から1時間も経過すれば細胞質中へ移行することが分かった.次にSTS刺激の後,発光測定を行った.このときN末,C末プローブを発現しているMCF-7細胞は破砕することなく生きたまま測定に用いた.図8は刺激後にRLUが増加したことを示している.これと図7a-7cと照らし合わせると,このRLU増加はSTS刺激に誘起されるN末プローブの細胞質中への放出に基づくものと考えられる.

 さらに生物個体レベルで,この現象を観察できるか検証した.N末,C末プローブを発現したMCF-7細胞をマウスの右後肢付近に,全長Rlucを発現したMCF-7細胞を左後肢付近に移植した.マウスの体重(kg)あたり10μgのSTSを腹腔に注射したのち,移植箇所付近の発光値を冷却CCDにて測定した.そしてRLU(=LR/LL)を算出し(図9a),生きたマウスでのN末プローブ放出の評価を行った.結果は,刺激直後のRLUに対する各測定時間でのRLU比として図9bに示す.RLU比の上昇と,図8の結果との良い一致は,本検出法が生物個体レベルでの観察にも応用可能であることを意味している.

 本研究において,分割Rlucをインテインにより再構成させる手法で,細胞質へのSmac/DIABLO放出のスクリーニング法を確立した.これは培養細胞のみならず,生きたマウスでもSmac/DIABLO放出の検出を可能にした.本手法の概念は他のオルガネラタンパク質へも適用可能であると考えられる.また,Smac/DIABLOはガンなどの病変に関わりがあることから,本手法は,新規薬剤候補や細胞毒性を持つ化学物質のスクリーニングへの応用も期待できる.さらに,本プローブを全身に発現しているトランスジェニックマウスを作製することで,成長過程において見られるアポトーシスの検出という展開も考えられる.

4. まとめ

 本研究を通じ,(1)タンパク質間相互作用検出のためのインテインを介したレポーター遺伝子プローブ,(2)生体のミトコンドリアからのタンパク質放出を検出するための発光プローブ,の開発に成功した.(1)はインテインとレポーター遺伝子アッセイとを組み合わせることで,従来のtwo-hybrid法,PCS法では評価できないEGF依存的Ras-Raf-1相互作用検出を可能にした.また本手法は当研究室すでに報告されている分割FlucのPRS法よりも高感度な検出法である.さらに本手法の応用例として,未知のタンパク質間相互作用同定や,特定のタンパク質間相互作用に影響を与える物質のスクリーニングも考えられる.(2)ではインテインと分割Rlucを利用し,生きた細胞・個体レベルでのSTSに誘起されるSmac/DIABLO放出の検出に成功した.応用例として,新規薬剤候補や有毒な物質のスクリーニングが考えられる.また,本プローブを発現しているトランスジェニックマウスの作製により,新たな生命現象の解明への期待も高まると言える.

図1. インテインによるタンパク質スプライシング反応.

図2. インテインを介したレポーター遺伝子アッセイ.

図3. タンパク質間相互作用に基づく生物発光.

図4. Two-hybrid法,PCS法と本手法の比較.

図5. PRS法との比較.(a)本手法との比較.(b)(a)の拡大図.

図6. 本手法の検出原理.

図7. N末プローブの細胞内局在.(a)STS刺激前のミトコンドリア画分のウェスタンブロッテイングと(b)免疫染色(白線20μm).(c)刺激前後の細胞質画分のウェスタンブロッテイング.

図8. STS刺激下でのRLU変化.

図9. マウスの発光測定.(a)RLU算出方法.(b)RLU比.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は以下の6章より成る.

 第1章および第2章は序論であり,本研究の背景,動機と目的が簡潔に述べられている.生命現象に関する情報の多くは生化学的分析法によりもたらされたものであるが,それは破壊分析であるがゆえに動的情報は損なわれていると述べた後,タンパク質スプライシング反応を起こすポリペプチド(インテイン)を用いることで生細胞内の非破壊的タンパク質動態解析が可能となることを述べている.本研究では,(1)タンパク質間相互作用検出のためのインテインを介した発光プローブ,および(2)生体のミトコンドリアからのタンパク質放出を検出するための発光プローブ,の開発を目的とすることが述べられている.

 第3章は,タンパク質間相互作用検出のためのインテインを介したレポーター遺伝子プローブの開発について述べている.本プローブは以下の3つのキメラDNAから構成される.すなわち,(1)特異的DNA配列に結合するタンパク質modified LexA (mLexA)にインテインDnaEのN末側(DnaEn)と検出対象タンパク質Xを連結した融合タンパク質のcDNA,(2)転写活性化タンパク質VP16ADにC末側DnaE (DnaEc)とXの標的タンパク質Yを連結した融合タンパク質のcDNA,および(3)mLexA-VP16ADが結合することでホタルルシフェラーゼ(Fluc)を産生しうるレポーター遺伝子である.XとYが相互作用し近接するとDnaEがタンパク質スプライシング反応を起こし,新たにmLexA-VP16ADが組継がれる.このmLexA-VP16ADの作用に基づき産生されたFlucの酵素活性をX-Y相互作用の尺度にしている.3種のタンパク質対をモデルとし,相互作用が起こる場合にのみ相対発光値(RLU)が上昇することを示している.これに加え,上皮増殖因子(EGF)により誘起されるRas-Raf-1相互作用の検出において,EGF濃度増加に応じてRLUも上昇することを明らかにした.また,従来の非破壊的タンパク質間相互作用検出法であるtwo-hybrid法,タンパク質相補法,タンパク質再構成法ではRas-Raf-1相互作用を検出するのは困難であることを見いだしている.本実験では実施例として3種のタンパク質対を扱ったが,FlucのcDNAを緑色蛍光タンパク質のcDNAに置き換え,蛍光標示式細胞分取器を用いることで,未知のタンパク質間相互作用同定や特定のタンパク質間相互作用に影響を与えうる薬剤候補のスクリーニングを大量かつ高速に行えることを論じている.

 第4章は生体のミトコンドリアからのタンパク質放出を検出するための発光プローブの開発について述べている.本プローブは,(1)ミトコンドリアタンパク質Smac/DIABLOに,分割したレニラルシフェラーゼ(Rluc)のN末側とDnaEnとを結合した融合タンパク質,および(2)DnaEcとC末側Rlucとを結合した融合タンパク質から成る.(1)が細胞質中へ放出されると,細胞質中の(2)に近接してタンパク質スプライシング反応が起き,Rlucが再構成される.Rlucの酵素活性をもって,タンパク質放出の尺度としている.ヒト乳ガン由来のMCF-7細胞を用いて,スタウロスポリン依存的なSmac/DIABLO放出に基づきRLUが上昇することを明らかにしている.さらに,生きたマウスでもこの現象を可視化検出できることを示している.本研究はSmac/DIABLOを実施例として取り上げたが,その概念は他の細胞小器官に局在するタンパク質に関しても適用可能であることを論じている.Smac/DIABLOはガンなどの病変に関わりがあることを述べた上で,本手法の応用例として,新規薬剤候補や細胞毒性を持つ化学物質のスクリーニングを挙げている.また,本プローブを全身に発現している形質転換マウスの作製により,成長過程においてみられるSmac/DIABLO放出を検出することで,新たな生命現象解明の端緒となりうると述べている.

 第5章,第6章はそれぞれ総合的結論,参考文献である.

 以上のように,本研究では,インテインを利用した生体内でのタンパク質動態解析法の確立に関する研究を行い,(1)インテインとレポーター遺伝子とを組み合わせることで,タンパク質間相互作用を高感度に検出可能であること,(2)インテインと分割Rlucを利用することで,生きた細胞・個体でのミトコンドリアからのタンパク質放出が検出可能であることを明らかにした.これらの研究は理学の発展に大きく寄与する成果であり,博士(理学)取得を目的とする研究として十分であると審査員一同が認めた.なお,本論文は各章の研究が複数の研究者との共同研究であるが,論文提出者が主体となって行ったものであり,論文提出者の寄与は十分であると判断する.

 従って,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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