学位論文要旨



No 121925
著者(漢字) 道正,新一郎
著者(英字)
著者(カナ) ミチマサ,シンイチロウ
標題(和) 中性子過剰核23Fの陽子殻構造
標題(洋) Proton Shell Structure in Neutron-rich Nucleus 23F
報告番号 121925
報告番号 甲21925
学位授与日 2006.12.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4925号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 上坂,友洋
 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 教授 後藤,彰
 東京大学 教授 小林,富雄
 東京大学 教授 酒井,英行
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では、(22)O核ビームへの陽子移行反応による(23)Fの陽子殻構造の実験的研究について述べる。

 1930年代に発見された安定核における魔法数の存在は、原子核の最も基本的な性質であると同時に、原子核が独立粒子模型で示される実験的根拠である。近年では、安定線からより遠くはなれた原子核を対象とした実験的核構造研究が盛んに行われるようになり、安定核およびその近傍で構築された魔法数とは異なった不安定核の構造的特徴が明らかになってきている。とくに、軽質量の中性子過剰核領域では、魔法数N=8,20の消滅、魔法数N=16の出現など、安定核では見られない多くの現象が発見され、新たな原子核構造研究の対象として盛んに研究が進められている。

 現在、魔法数の生成・消滅に関する実験的研究は、中性子過剰度にともなって弱く束縛された中性子の殻構造を調べることを中心に進められている。一方で、中性子過剰核における陽子殻構造はほとんど調べられていない。しかし、中性子過剰核の陽子は安定核に比べて強く束縛されており、中性子過剰核における核構造の新たな一面を発見する可能性がある。

 本研究の目的は、不安定核(22)Oへの陽子ストリップ反応の測定を行い、sd殻領域の中性子過剰核における陽子殻構造を明らかにすることである。原子核における殻構造を調べるうえで、陽子あるいは中性子ストリップ反応は極めて有効なプローブであるが、現在まで不安定核ビームに対して核子ストリップ反応を用いた研究はあまり行われていない。その主な理由は、不安定核が主にビームとして得られるためで、逆運動学において(d,n)(d,p)反応の測定が技術的に難しかったことにあると思われる。また、それらの反応の適合エネルギー範囲(<10MeV/u)や反応断面積の大きさ(典型的に〜10mb)も強度のない不安定核への適用が難しかった理由である。これらの困難を克服するために、われわれは逆運動学インビームγ線分光法を陽子ストリップ反応(α,t)に適用した。(α,t)反応の特徴は、核子移行チャンネルの適合エネルギーが(d,n)反応に比べて高い領域に広がっていることである。このことは、不安定核ビーム生成法として非常に強力な中間エネルギー入射核破砕反応で生成されたビームに対しての陽子ストリップ反応を可能にする。また、励起状態同定にインビームγ線核分光法を適用することで厚い二次標的が使用できる。このことにより、本実験において、毎秒2000個という弱い不安定核ビームでも十分な統計を得ることができ、中性子過剰核における陽子殻構造の情報を得ることができた。

 本研究の対象となる(23)F核の基底状態の核構造は、(22)O核と1つの陽子という描像がよくあてはまると考えられる。(22)O核は、陽子数が魔法数Z=8、中性子数が準閉殻N=14をもった硬いコアであるため、(23)Fの陽子一粒子状態は比較的大きな核分光因子をもち、陽子殻構造を調べるのに適した原子核であると考えられる。(23)Fの一粒子状態の励起エネルギーから、(17)Fにおける一粒子状態の励起エネルギーと比較することにより、d(5/2)中性子軌道の占有度の違いによる陽子殻構造の変化を明らかにすることができる。特に、(23)Fの陽子d(3/2)軌道に寄与した一粒子状態の励起エネルギーからは、基底状態が陽子d(5/2)軌道の一粒子状態であることから、不安定核のスピン軌道相互作用の大きさを知ることができる。

 実験は、理化学研究所加速器施設、不安定核ビームラインRIPSにおいて行なった。(22)O二次ビームは、エネルギー63MeV/uの(40)Ar一次ビームの9Be 標的との入射核破砕反応により生成した。(22)Oビームを100mg/cm2厚の液体ヘリウム標的に照射し、陽子ストリップ反応を測定した。また、二次ビームには、(23)F,(24)F,(25)Neなどの(23)F近傍の原子核も含まれていたため、(23)Fのα非弾性散乱、(24)Fの中性子ノックアウト反応、および(25)Neの二核子ノックアウト反応も同時に測定した。二次ビームエネルギーは、核子あたり約40MeVであった。反応チャンネルの同定は、入射粒子、散乱粒子の同時測定で行なった。また、生成された励起状態は、散乱粒子からの脱励起ガンマ線のエネルギーにより同定した。とくに、複数のγ線カスケードによって崩壊する励起状態に対しては、γ-γ同時測定によりカスケードを同定し、励起エネルギーを得た。本論文では、高エネルギーガンマ線に対する新しい解析手法として「検出器のクラスター解析」を紹介する。これは、コンプトン散乱や電子対生成過程でエネルギーの一部が検出器外に逃げてしまうガンマ線の事象に対して、近接の検出器を一つの検出器と見立ててガンマ線のエネルギーを決定する手法であり、ドップラーシフト補正のためセグメント化され、密集していて配置されているインビームガンマ線分光用の検出器アレイに対しては効果的な方法である。また、移行角運動量の同定のため、二次標的前後に3台の位置感応型ガス検出器を設置し、反応の散乱角度分布を測定した。

 測定の結果、4種類の直接反応から15本の(23)Fの励起状態を、2268(L=0),2920[L=2],3378(L=2,3),3833,3858,3964,4059(L=2),4618,4732(L=2,3),4923,5444,5564,6365,6629,6905keVに同定した。これらの励起状態のうち、下線で示した9本の状態は本実験において新たに発見された状態であり、その他の状態に関しても、過去の研究によって報告されている中性子分離エネルギー以下の励起状態と誤差の範囲内で一致した。( )内は陽子ストリップ反応の、また、[ ]内はα非弾性散乱の散乱角度分布から得られた軌道角運動量をそれぞれ示している。

 本実験で測定した直接反応は、励起する状態に対して強い選択性を持っていると考えられるので、それらを利用することで励起状態の性質を同定することができる。特に、陽子一粒子状態に関しては、陽子ストリップ反応で強く励起され、中性子ノックアウト反応ではほとんど励起されないはずである。このような性質から、基底状態、2268keVと4059keVの励起状態が陽子一粒子状態であると考えられる。さらに、角運動量の同定から基底状態がd(5/2)、2268keVがs(1/2)、4059keVがd(3/2)軌道の陽子一粒子状態であるとわかった。陽子ストリップ反応から得られた2268,4059keVの励起状態への分光学的因子(2J+1)C2S は、基底状態の分光学的因子をある理論的期待値である4.82に較正した時、それぞれ0.5(+0.2)(-0.3),0.9(+0.3)(-0.4)であった。

 議論として、測定で得られた(23)Fの励起状態のエネルギーを殻模型計算と比較をした。この有効相互作用は、安定核近傍のsd殻領域核の励起状態をよく再現するように調整された相互作用である。(23)Fに関しては、中性子の励起が主に寄与している励起状態では150keV以内でよく再現しているのに対して、測定されたs(1/2),d(3/2)陽子一粒子状態のエネルギーはともに予想より500keV以上高かった。このような系統的な予想のずれを改善するために、本論文では、陽子一粒子軌道間のエネルギー差を調整することを試みた。この量は、陽子一粒子状態の励起エネルギーに強く影響を及ぼすが、中性子の集団励起状態にはほとんど影響しない。調整の結果、陽子d軌道のスピン軌道相互作用によるスプリットを標準の値より1.3MeV広くする(d(5/2)軌道を0.52MeV下げ、d(3/2)軌道を0.78MeV上げる)ことによって、(23)Fの中性子集団励起状態のエネルギーをほとんど変えることなく、陽子一粒子状態を100keV以内で再現することができた。有効相互作用の陽子一粒子軌道間のエネルギーは、(17)Fのデータから決められているので、このことは(23)Fでのd軌道のスピン軌道相互作用によるエネルギー分裂が(17)Fに比べて大きいことを示唆していると考えられる。

 スピン軌道相互作用の強さは、原子核の一体ポテンシャルと最外殻の陽子の波動関数の重なりの大きさで決まるので、この示唆は、(23)Fと(17)Fとの間の一体ポテンシャルの違いが原因であると考えられる。フッ素同位体における中性子数とスピン軌道ポテンシャルの関係をみるために、有効相互作用Sly4を用いて平均場計算を行なった。計算の結果、(23)Fの中性子のd軌道のエネルギー間隔は(17)Fとほとんど変わらないにもかかわらず、陽子では(17)Fよりも1.2MeV大きいことがわかった。この分離の傾向と大きさは、殻模型計算に基づく予想とよく一致していた。また、陽子におけるエネルギー間隔は最外殻陽子の束縛エネルギーと強い相関があることも明らかになった。

 以上の考察から、(17)Fに比べて増加した6個のd(5/2)中性子により(23)Fの最外殻陽子が強く束縛され、その結果、陽子d軌道のエネルギー間隔が(17)Fに比べて大きくなっていると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章からなる。第1章は導入部であり、本研究が中性子過剰領域での新魔法数発現の起源に深く関連すると考えられるスピン軌道分離機構の解明を目指していることが述べられている。この目的のため、陽子数が魔法数8であり、中性子数が14である酸素22核に陽子を一個付加したフッ素23核の陽子一粒子状態に対し核子移行(α,t)反応による実験研究を行った。

 第2章では、従来困難であった不安定核ビームを用いた核子移行反応による研究が、(α,t)反応を用いることにより可能となる理由が、簡単なモデル計算によって説明されている。

 第3章では、実験セットアップについて、理化学研究所加速器施設不安定核ビームラインから検出器群・回路系に至る詳細が述べられている。本実験では、論文申請者の寄与による、荷電粒子測定用ヨウ化ナトリウム・シンチレーション検出器が新たに導入されている。

 第4章は、データ解析に当てられている。本研究で目的としたフッ素23核は多くの束縛励起状態を持ち、一つの反応の際複数のガンマ線が放出され、かつ2MeV以上のエネルギーを持つガンマ線も多く放出される。論文申請者は、高エネルギーガンマ線に対する検出効率の低下を補う新たな解析方法として「クラスター解析法」を考案した。この手法は、コンプトン散乱によって複数の検出器でガンマ線が検出された事象に対し、それらのエネルギーを加えて脱励起ガンマ線の全エネルギーを決定する手法であり、ドップラー効果補正のため細かくセグメント化され、密集した配置を持つインビームガンマ核分光用の検出器群にたいしては極めて有効である。また、シミュレーションで得られた応答関数を用いて各励起状態への断面積を導出する新たな解析手法も本論文において初めて用いられている。論文申請者が発案したこれらの手法は、今後同様の実験で広く用いられると考えられる。

 第5章では、フッ素23核励起状態からのガンマ崩壊過程同定、励起エネルギーの決定、各反応の微分断面積についての結果が示されている。解析の結果、基底状態、2268keVと4059keVの励起状態が陽子一粒子状態であると同定され、更に角度分布から基底状態がd(5/2)、2268keVがs(1/2)、4059keVがd(3/2)軌道に対応することが決定された。この他に13の励起状態が同定されており、このうち9つは本研究によって新たに発見された状態である。

 第6章では、余剰中性子数がフッ素23核の陽子一粒子軌道エネルギーに与える影響について議論されている。特にd状態のスピン軌道結合した二準位のエネルギー差に着目し、それが従来の殻模型理論予測に比べ500keV以上高いことを明らかにした。この結果は、中性子集団運動励起状態のエネルギーが理論予想とよく一致していることと対照的であった。論文申請者はこの不一致を説明するため、陽子d軌道のスピン軌道分離を調整して、実験結果の再現する試みを行った。結果として、スピン軌道分離を殻模型の標準値より1.3MeV広くすることによって、励起エネルギーを100keV以内で再現できる事を示した。更に、この微視的起源を探るため、Skyrme型相互作用を用いた平均場計算を行い、フッ素17核とフッ素23核のd軌道におけるスピン軌道分離が、中性子軌道ではほとんど変わらないにもかかわらず、陽子軌道ではフッ素23核の方が1.2MeV大きくなることを明らかにした。これらの結果から、フッ素23核の陽子一粒子状態は、中性子数の増加に伴う平均場の変化に由来する陽子d軌道のスピン軌道分離エネルギー増加の影響を受けて、予想よりも高い励起エネルギーに現れていると結論づけられている。

 第7章は、以上の内容をまとめたものである。

 原子核における殻構造を調べるうえで、核子移行反応による一粒子状態探索は極めて有効な手法であるが、いままで不安定核ビームに対しての研究は主に実験的な困難からあまり行われていなかった。論文申請者は、(α,t)反応を用いることでこの困難を解決し、入射核破砕反応による不安定核ビームと、厚い標的が使用できるインビーム核分光を組み合わせた陽子移行反応の測定手法を確立した。更に、高エネルギーガンマ線の解析において有効な新手法を発案し、これらを用いてフッ素23核の陽子一粒子状態を初めて同定、その結果から中性子過剰核におけるスピン軌道分離機構解明につながる重要な実験的結果を得た。

 なお、実験は東京大学、理化学研究所、京都大学、東北大学および立教大学による共同研究であるが、論文提出者は実験の発案、設計段階から、準備、遂行まで常に中心的役割を果たし、実験データの解析はほぼ全てを一人で行っている。このことから論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上のことから、論文申請者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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