学位論文要旨



No 121927
著者(漢字) 袁,勃艶
著者(英字) YUAN,BOYAN
著者(カナ) ユアン,ボヤン
標題(和) 電子材料用タンタル、ニオブ粉末の新製造プロセスの開発
標題(洋) Development of Novel Production Processes of Tantalum and Niobium Powders for Electronic Applications
報告番号 121927
報告番号 甲21927
学位授与日 2006.12.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6402号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岡部,徹
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 光田,好孝
 東京大学 教授 森田,一樹
内容要旨 要旨を表示する

 近年、電子器機の高性能化、小型化に伴い、基幹素子である高性能コンデンサの需要が高まっている。熱的な安定性に優れた小型の高性能電子デバイスに不可欠な電解コンデンサ用の高純度タンタル粉末は、現在フッ化タンタル酸カリウム塩(K2TaF7)の金属ナトリウム熱還元法(ハンター法)によって工業的に生産され、タンタルコンデンサの基幹素材として用いられている。このハンター法は、高純度で微細なタンタル粉末を製造できる点で優れているが、還元プロセスの効率が低く、フッ化を含む廃液が多量に発生するなど環境負荷が大きいといった問題がある。さらに、タンタルは、特定の地域から年間約2000トン程度しかされず、資源的にも稀少な元素である。一方、ニオブ(Nb)は、タンタルに比べ資源的に豊富であり、その生産量はタンタルの10倍以上、金属の価格は1/10程度である。現在、ニオブは酸化物(Nb2O5)のアルミニウム還元法(Aluminothermic Reduction:ATR)によって大規模かつ低コストで生産されているが、その製品はバルク(塊)状であり、コンデンサ用の粉末原料として直接利用することができない。フッ化ニオブ酸カリウム塩(K2NbF7)の金属ナトリウム熱還元法あるいはニオブインゴットの水素化粉砕法(HDH)を利用すれば、ニオブ粉末の製造は技術的には可能であるが、コンデンサに適したニオブ粉末を効率良く製造プロセスは現時点では確立されていない。電子材料用のタンタルおよびニオブ粉末の新製造プロセスの開発は重要な課題であるが、近年は、高品質の粉末を製造する技術だけでなく、環境調和型の新プロセスの開発の重要性も高まっている。酸化物を出発原料とする場合、フッ化物原料を用いる場合に比べて廃液処理などの面で利点があるため、酸化物原料を還元して直接高純度の金属粉末を製造するプロセスも検討されている。以上の背景を踏えて、本研究ではバルク状のATRニオブおよび再生タンタルインゴットを出発原料として利用する粉末の新製造法、さらには、酸化物を出発原料として利用し金属熱還元法により効率良くタンタル粉末を製造する新しいプロセスを開発することを目標とする。

 電気化学的な粉砕手法(Electrochemical Pulverization:EP)という独自に開発した新しい手法を用いて、溶融塩中に溶解したニオブイオン(Nb(n+))を2価のジスプロシウムイオン(Dy(2+))で還元し、バルク状のATRニオブの原料から電子材料用の微細なニオブ粉末を直接製造する研究を行った。金属ニオブの棒(アノード)を1000KのNaCl-KCl-MgCl2-DyCl2溶融塩中に浸漬し、アノード溶解法により溶融塩中に溶解し、原料として溶融塩中に供給した。電気化学的手法により溶融塩中に溶解したNb(n+)イオンは、Dy(2+)イオンの酸化反応を利用して還元し、溶融塩中でニオブ粉末を製造した。ニオブ粉末の製造に伴い生成する反応生成物のDy(3+)イオンは、カソード(液体Mg-Ag合金)において、電気化学的に、あるいはマグネシウム熱還元法により還元し、還元剤であるDy(2+)イオンに再生した。実験条件によっては、微細で均一な粉末(D(10)=0.3μm,D(50)=0.5μm,D(90)=0.9μm)が得られた。さらに、溶融塩中のDy(2+)イオン濃度を変化させることによって得られるニオブ粉末の粒径を制御できることを明らかにした。

 溶融塩中に溶解したNb(n+)イオンがDy(2+)イオンにより還元され、微細で均一な粉末が生成する反応のメカニズムを解明するために基礎的な実験を行い、溶融塩中の酸化還元反応を解析した。Nb電極の陽極溶解挙動およびDy(2+)イオンの再生反応について電気化学的な手法を用いた研究を行い、また、電解時間が粉末の粒径に与える影響についても調べた。さらに、1000 KにおけるNb-Dy-Cl系の等温化学ポテンシャル図を作成し、溶融塩中のDy(2+)イオンによるNb(n+)イオンの還元に関する反応経路について考察を行った。

 電気化学的な手法により塊状のニオブを粉末化する一連の研究成果を踏まえて、バルク状のタンタルから電子材料用の微細な粉末を製造する基礎的な研究を行った。電気化学的な手法を用いて溶融塩中に溶解したタンタルイオン(Ta(n+))をDy(2+)イオンで還元し、微細なタンタル粉末を製造する基礎的な研究を行った結果、実験条件によっては、平均粒径が約0.1μmの微細で均一なタンタル粉末がバルク状のタンタルから直接得られた。電解電流と電流効率の関係や電解電流が粉末の粒径に与える影響についても調べ、さらに、Ta-Dy-Cl系の等温化学ポテンシャル図を用いて、溶融塩中のDy(2+)イオンによるTa(n+)イオンの還元反応に関する考察も行った。

 上述の研究によって、電気化学的な手法により塊状のニオブやタンタルを効率良く粉末化し、1μm以下の微細な金属粉末が製造できることが示された。しかし、この手法はフッ素を含む廃水を生成せず、またスクラップのタンタルから粉末が効率良く製造できる一方で、従来の工業プロセスと同様、多量の溶融塩が必要である。そこで、環境に対する負荷が低く、かつ効率良くかつ金属粉末が製造できる新しいタイプのプロセスを開発することを目的とし、少量の溶融塩を用いて酸化物原料から直接タンタルの微細な粉末を製造する新しい手法について研究を行った。具体的には、Mg-Ag合金から供給されるマグネシウム(Mg)蒸気を還元剤をとして用い、タンタル酸化物(Ta2O5)を含む原料成形体をマグネシウム熱還元法により還元するプリフォーム還元法(Preform Reduction Process:PRP)に関する基礎的な研究を行った。原料となるTa2O5粉末をCaCl2などのフラックス、バインダーとともに混合して合成したスラリーを用いて予め原料成形体(プリフォーム)を作製し、これを還元前に1273Kで焼成して成形体中のバインダーおよび水分を除去した。還元実験では、Ta2O5を含む原料成形体をステンレス鋼製の反応容器の中に入れ、1273Kの一定温度でMg-Ag合金から供給されるマグネシウム蒸気と6時間反応させた。実験条件によっては、純度99mass%以上の微細で均一なタンタル粉末(D(10)=0.2μm,D(50)=0.4μm,D(90)=0.9μm)が得られた。ステンレス鋼製反応容器からのニッケル(Ni)汚染は、還元剤を合金から蒸気として供給することにより、純Mgを還元剤として使用する場合に比べ低減することができた。一連の研究により、反応系内のMgの蒸気圧を下げることにより得られる金属粉末が微細かつ均一になることがわかった。従来の酸化物を原料とする金属熱還元法では、均一で微細な金属粉末を直接製造することは困難とされてきたが、反応系におけるMgの蒸気圧を制御することにより酸化物から直接微細で均一な金属粉末が製造でき、さらに、得られる金属粉末の粒度が制御できることがわかった。

 以上、本研究を総括すると、電気化学的な手法(EP)を用いて溶融塩中に溶解したNb(n+)イオンおよびTa(n+)イオンをDy(2+)イオンで還元し、バルク状のATRニオブおよび再生タンタルから電子材料用微細なニオブおよびタンタル粉末を直接に製造するプロセスを新たに開発した。さらに、Mg-Ag合金還元剤を用いたタンタル酸化物のプリフォーム還元法(PRP)を開発し、一連の基礎的な研究により微細かつ均一な粉末が得られることを実証した。これらの研究成果は、HDH法や従来のフッ化塩の金属ナトリウム熱還元法に代わる次世代のタンタル、ニオブ粉末の製造プロセスの開発に応用できる要素技術である。本研究で得られた成果は電子材料用タンタル、ニオブ粉末の製造技術の発展に貢献ができると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、電子機器の高性能化、小型化に伴い、基幹素子である高性能コンデンサの需要が高まっている。タンタルやニオブの粉末は、高性能コンデンサ素材の一つであり、それら電子材料用の微細な金属粉末を効率良く製造する新しいプロセスの開発は重要な課題である。また、近年は高品質の粉末を製造する技術だけでなく、環境負荷が小さい環境調和型の製造プロセスの開発も重要となっている。とくに最近は、フッ化物原料を多量に使用する従来法は、排水処理などの負荷が大きいため、フッ化物原料を使わずに酸化物の原料を直接還元したり、バルク状の金属原料から直接高純度の金属粉末を製造する新しいタイプの製造法の研究開発が世界各所で行われている。本論文は、環境負荷が小さく低いコストで製造できるバルク状のニオブおよび再生タンタルインゴットを出発原料として利用して金属粉末を製造する新しい方法や、酸化物を出発原料として利用して金属熱還元法により効率良くタンタル粉末を製造する新しいプロセスの開発を行ったものである。本論文は以下の6章よりなる。

 第1章では、ニオブとタンタルの発見から工業生産までの歴史、過去のニオブとタンタルの製造プロセスの研究やその特徴、問題点などを解析し、各種粉末製造法の原理と特徴について論じ、本研究の位置付けと目的を明確化している。

 第2章では、電気化学的な粉砕手法(Electrochemical Pulverization: EP)という独自に開発した新しい手法を用いて、バルク状の金属ニオブから電子材料用の微細なニオブ粉末を直接製造する研究を行っている。金属ニオブの棒(アノード)を1000KのNaCl-KCl-MgCl2-DyCl2溶融塩中に浸漬してアノード溶解法によりNb(n+) イオンを溶融塩に連続供給し、これを溶融塩中のDy(2+)イオンの還元力を利用してニオブ粉末を製造した。ニオブ粉末の製造に伴う反応生成物のDy(3+)イオンは、カソード(液体Mg-Ag合金)において電気化学的に、あるいはマグネシウム熱還元法により還元し、還元剤であるDy(2+)イオンに再生した。実験条件によっては、微細で均一な粉末(D(10)=0.3μm、D(50)=0.5μm、D(90)=0.9μm)が得られた。一連の研究により、溶融塩中のDy(2+)イオン濃度を変化させることによって、得られるニオブ粉末の粒径を制御できることを明らかにしている。

 第3章では、溶融塩中に溶解したNb(n+)イオンがDy(2+)イオンにより還元され、微細で均一な粉末が生成する反応のメカニズムを解明することを目的として基礎的な実験を行っている。Nb電極の陽極溶解挙動およびDy(2+)イオンの再生反応について電気化学的な手法を用いた研究を行い、また、電解時間が粉末の粒径に与える影響などについても明らかにしている。さらに、1000KにおけるNb-Dy-Cl系の等温化学ポテンシャル図を作成し、溶融塩中のDy(2+)イオンによるNb(n+)イオンの還元に関する反応経路について考察を行っている。

 第4章では、バルク状のニオブを電気化学的な手法により粉末化する一連の研究成果を踏まえて、バルク状のタンタルから電子材料用の微細な粉末を製造する基礎的な研究を行っている。一連の研究の結果、平均粒径が約0.1μmの微細で均一なタンタル粉末がバルク状のタンタルから直接製造できることを実証している。電解電流と電流効率の関係や電解電流が粉末の粒径に与える影響について明らかにし、さらに、Ta-Dy-Cl系の等温化学ポテンシャル図を用いて、溶融塩中のDy(2+)イオンによるTa(n+)イオンの還元反応に関する考察も行っている。

 第5章では、環境に対する負荷が低く、かつ効率良く金属粉末を製造する新しいタイプの還元プロセスの開発を目的とし、少量の溶融塩を用いて酸化物原料から直接タンタルの微細な粉末を製造する新しい手法について研究を行っている。具体的には、Mg-Ag合金から供給されるマグネシウム(Mg)蒸気を還元剤として用い、タンタル酸化物(Ta2O5)を含む原料成形体(プリフォーム)をマグネシウム熱還元法により還元するプリフォーム還元法(Preform Reduction Process:PRP)に関する基礎的な研究を行っている。従来の酸化物を原料とする金属熱還元法では、均一で微細な金属粉末を直接製造することは困難とされてきたが、条件によっては純度99 mass%以上の微細で均一なタンタル粉末(D(10)=0.2μm、D(50)=0.4μm、D(90)=0.9μm)が得られることを示している。反応系におけるMgの蒸気圧を制御することにより酸化物から直接微細で均一な金属粉末が製造でき、さらに、得られる金属粉末の粒度が制御できることも明らかにしている。

 第6章では本研究で得られた成果を総括している。

 以上要するに、本論文は、 電気化学的な手法を用いて溶融塩中に溶解させたNb(n+)イオンおよびTa(n+)イオンをDy(2+)イオンで還元し、バルク状のニオブおよび再生タンタルから電子材料用の微細なニオブおよびタンタル粉末を直接に製造するプロセス、および、Mg-Ag合金を還元剤蒸気の供給源として用いたタンタル酸化物のプリフォーム還元法を開発し、一連の基礎的な研究により微細かつ均一な粉末が得られることを実証している。これら一連の研究成果は、従来の機械的な粉砕法やフッ化物塩の金属ナトリウム熱還元法に代わる次世代のタンタル、ニオブ粉末の製造プロセスの開発に応用できる要素技術であり、材料工学の発展に大きく寄与するものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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