学位論文要旨



No 121934
著者(漢字) 藤井,仁美
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ヒトミ
標題(和) (JPHC Study)における自記式身体活動質問票の妥当性について
標題(洋) Japan Public Health Center-based prospective Study
報告番号 121934
報告番号 甲21934
学位授与日 2006.12.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2773号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 関根,信夫
 東京大学 講師 戸邉,一之
内容要旨 要旨を表示する

背景

 糖尿病や虚血性心疾患,癌などの慢性疾患の発症・コントロールへの関連という視点から,正確に身体活動量を推定する今日的必要性が増していると考えられる.特に,大規模コホート調査においては,日常に生活する,年齢・性別・職業などの多様性を持った対象者の使用に耐える,簡便かつ実用的な,質問票の開発が必要となる.また,その質問票は,身体活動の質的・量的評価の妥当性がすでに検討されたものでなければならない.今回我々は,厚生労働省がん研究助成金による指定研究班「多目的コホートに基づくがん予防など健康の維持・増進に役立つエビデンスの構築に関する研究(JPHC Study)」(主任研究者 津金昌一郎 国立がんセンターがん予防・検診研究センター予防研究部長)においてすでに初年度,5年後,10年後調査に使用されている身体活動質問票による身体活動評価について,その妥当性を検討した.実際のフィールドでfeasibilityの高い,自己記入による24時間行動記録からの推定エネルギー消費量をゴールドスタンダードとして,「身体活動質問票」をもとに推計したエネルギー消費量及びその階級分類の6種類を用いた.また,客観性が高く,個人内変動が小さいとされる運動加速度計によるエネルギー推定も用い,その妥当性も検討した.

対象と方法

 当研究は,Japan Public Health Center-based prospective Study on Cancer and Cardiovascular Disease (JPHC Study) において使用される質問票の妥当性研究で,対象はJPHC Study研究参加の日本全国に渡る,都市〜農村部の4つの保健所地域から選択された.合計110名(男性55名,女性55名)で50代から60代の配偶者同士を選択した.この研究は,国立がんセンターの倫理委員会にて承認され,またそれぞれの参加者からは書面によるインフォームドコンセントを得た.用いた身体活動質問票(PAQ)は,JPHCコホートI,IIのそれぞれの集団について,開始時,5年目,10年目それぞれの質問票及び検診時に糖尿病の罹患等について尋ねた「糖尿病質問票」の中から身体活動量にまつわる質問項目だけを抽出し再構成した.1日を構成する各活動の持続時間を,活動強度毎に想起させ,身体活動量の定量を試み,日常の仕事を含めた活動と余暇を別々に問い,農村部における労働の季節差なども念頭に置いた労働時間差を問うた.PAQの回答を,職業(農業=4,現場・自営・主婦=2.5,事務=1.5),各種活動(筋肉労働=4.5,立位・歩行=2,座業=1.5),余暇活動(ゆっくり歩行=3,早足=4,軽・中等度=4,激しい=4.5)のように強度別にmetabolic equivalents (METs)に換算し1日あたりの時間に再計算,「労働 (家事や通勤を含む)+余暇+睡眠その他」で求めた.このようにして,1)職業労働強度×時間+睡眠その他,2)活動強度別の合計+睡眠その他,3)労働の'季節変動を加味なし'EE,4)労働の'季節変動を加味した'EEの4つの定量式に加え,5)1日の歩行時間による5分類及び,6)「生活活動強度」による4分類の合計6種類を使用し,その再現性,互いの相関,24時間活動記録(24h-PAR)よりの推計EE,運動加速度計算出EEとの相関を求めた.4地域で年2回2季節(農業地域では農繁・農閑期)にわたって施行され,身体活動質問票(PAQ),24時間行動記録(24h-PAR),そして運動加速度計を用いた.解析にはJMP ソフトウエア(Ver. 5.01a. SAS Institute Inc., 2002) を用い,性別,年齢,BMI,職種,地域別の各方法により算出したEEの平均や標準偏差,ANOVA,unpaired T testにて検討した.2季節間の平均値の差については,paired T testを用い,それぞれの方法によって算出されたEEについてSpearman相関係数を計算し,データの再現性,妥当性を検討した.

結果

 対象者は男女同数の合計110名で,最終的に103 名の年2回のデータを得た.平均年齢は60.7 歳 (41〜77歳), 平均 BMI 24.2 (18.7〜41.1)であった.PAQの項目・項目群ごとの相関では 「職業」は,活動強度を「3分類(筋肉労働,立位・歩行,座業)」においても 「4分類(座位,立位,歩行,力のいる労働)」においても,筋肉労働に割く時間,立位・歩行運動時間についての回答と正相関(r=0.27〜0.32)傾向を示し,座業時間とは有意な負相関(r=-0.29〜-0.35)を示した.労働強度が高いと「生活活動強度」も高く(r=0.44),「余暇」の機会を少なめに(r=-0.32)答えていた.「労働時間」は,「通常労働時間」と相関(r=0.68)したが,「多忙時期労働時間」とは相関しなかった(r=-0.035).また,「歩行時間」(r=0.18, 0.36)や「生活活動強度」(r=0.40, 0.49)とも相関した.「多忙な期間」が長い人は「忙しい時期の労働時間」と相関(r=0.70),「歩行時間」(r=0.19)や「筋肉労働時間」(r=0.39)も長かった.「生活活動強度」は,「座業」以外の労働の長さ(r=0.31-0.54)と正相関した.PAQ項目を組み合わせて作った種々のEE計算式(前述)についての検討では,3)'季節変動を加味なし'EE,4)'季節変動を加味した'EEのいずれの1日EE推定式も,1)職業労働強度×時間+睡眠その他 (r=0.37, 0.37),2)活動強度別の合計+睡眠その他EE (r=0.44, 0.59)とも相関していた.PAQ各質問項目の1回目と2回目の回答の合致度(再現性)は,相関係数0.40〜0.86であった.ゴールドスタンダードとした24時間行動記録算出の一日平均EEとの相関では,PAQより算出した4つのEE;1)職業労働強度×時間+睡眠その他 (r=0.39, 0.22),2)活動強度別の合計+睡眠その他 (r=0.50, 0.46),4)'季節変動を加味'3)'加味なし'のEE推定式(r=0.43〜0.56)はいずれも24h-PAR推定平均EEと有意に相関した.特に季節変動加味・加味なしのEE推定式では,24h-PAR推定量との間に有意差がなかった.一方運動加速度計算出のkcal/日を体重で除した推計EE:TEE/BW (kcal/kg=METs)は,PAQから計算するいずれのEE推定量とも相関は弱く(r=-0.014〜0.26),24時間行動記録算出EEの間も相関は弱かった(r=0.15〜0.23).3方法(24h-PAR, accelerometer, and PAQ) による推定EEについて性別,年齢,地域,季節,職業,BMIにより比較を行い,ゴールドスタンダードとした24時間行動記録算出EEでは,地域差は有意でなかったが,高齢者であるほど,あるいは農業従事者でエネルギー消費量が高かった.佐久・柏崎地域では2回の調査のEEの間に有意差,つまり季節間差があった.いずれも男性でより顕著であった.運動加速度計においても,地域差,職業間差はある傾向で,特定地域による季節間差は24h-PAR 同様存在した.PAQによる季節変動加味推計EE(Q4,7,9,10)についての検討では,職業間差のみ認めた.

考察

 当研究におけるPAQの推定EEとゴールドスタンダードである24-hPAR推定EEとの相関は中程度(r=0.22〜0.56)であった.EE推定値の絶対値も,相関係数も先行する研究と同様の数字であり,対象者の背景の多様なコホート研究において日常生活上のEEを推定する上で妥当性は十分であると考えられた.また質問の中で,主観的に日常の生活の強度を4分類する「生活活動強度」も24-hPAR推定EEとの相関はr=0.50で、身体活動量を階級分けするには使用可能であると考えられた。労働時間の季節差を勘案して平均労働時間を算出することは,季節差を考慮しない場合と比較して,相関係数に違いは出なかったが,24時間行動記録算出推定EEとの差を縮め,より正確に推定するのに役立つと考えられた.

 先行研究においても,運動加速度計算出のEEと24時間行動記録による推定EEとの相関は概して低く,その理由として,実験環境と異なり,対象者の背景(年齢・職業・活動度など)が多様,運動も歩行運動だけに限られず,加速度計では評価できない上肢等の運動があるなどが考えられる.24時間行動記録もPAQも,METsへの換算の方法は同様で,測定誤差の方向が同じである可能性がある.一方運動加速度計では、地域における推定EEの季節差は24時間行動記録と同様の傾向を検出出来ていた.また24時間行動記録からのEE換算は,高齢化している日本の地方における主に農作業関連エネルギー消費量を正しく反映しているかは疑問が残った.

 今後の課題としては,このPAQを用いての実際のコホート研究において,身体活動の質(労働か余暇など)・量(身体活動量・季節差など)と疾患の発症・進展との関連の究明が求められる.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は厚生労働省がん研究助成金による指定研究班「多目的コホートに基づくがん予防など健康の維持・増進に役立つエビデンスの構築に関する研究(JPHC Study)」においてすでに使用されている身体活動質問票による身体活動評価についてその妥当性を検討,下記の結果を得たものである.

1.身体活動質問票の項目・項目群では,「職業」「活動強度」「生活活動強度」「余暇」「労働時間」「歩行時間」などそれぞれ論理的に整合する項目に関して有意な相関が保たれ,その収束的/弁別的妥当性が確かめられた.

2.身体活動質問表の各質問項目を組み合わせて作った種々のエネルギー消費量推定の計算式についての検討では,季節による労働時間の違いを問うた質問項目を利用しない'季節変動を加味なし'と,利用した'季節変動を加味した'エネルギー消費量のいずれの推定式も,他の'職業労働強度×時間+睡眠その他'(それぞれr=0.37, 0.37),'活動強度別の合計+睡眠その他'と相関していた(それぞれr=0.44,0.59).ゴールドスタンダードとした24時間行動記録算出の一日平均エネルギー消費量との関連においても,身体活動質問表の各質問項目を組み合わせて作った種々のエネルギー消費量推定量は有意に相関していた(r=0.39〜0.56).特に'季節変動加味'・'加味なし'の推定式では,24時間行動記録からの推定量との間に有意差がなかった.

3.一方運動加速度計算出の推計エネルギー消費量は,身体活動質問票から計算するいずれの推定量とも相関は弱く(r=-0.014〜0.26),24時間行動記録算出量との相関も弱かった(r=0.15〜0.23).

 以上,本論文はJPHCstudyの身体活動質問票が,対象者の背景の多様なコホート研究においても,日常生活上のエネルギー消費量を推定する上で妥当性が十分であることを示した.糖尿病や虚血性心疾患,癌などの慢性疾患の発症・コントロールへの身体活動量の関連に関しての知見が待たれているという観点から,実際に(定量・定性を含め)正確に身体活動量を推定できる,妥当性の確かめられた,質問票開発の今日的必要性が増している点からも,学位の授与に値するものと考えられる.

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