No | 121935 | |
著者(漢字) | 建石,綾子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タテイシ,アヤコ | |
標題(和) | 高血圧自然発症ラット血管平滑筋細胞のN-型糖鎖修飾に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121935 | |
報告番号 | 甲21935 | |
学位授与日 | 2006.12.20 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2774号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [研究の背景および目的] 高血圧は、心臓病(狭心症、心筋梗塞)、脳卒中(脳出血、脳梗塞)及び心不全や腎障害などの動脈硬化性疾患の危険因子として重要であるが、その成因は遺伝、食塩摂取、肥満など多因子によると考えられ、未だ明らかでない。高血圧の動物モデルとして高血圧自然発症ラット(SHR)が見いだされており、大動脈及び主要分岐動脈の血管内膜は、高血圧発症前から肥厚している。この血管内膜肥厚は、中膜由来の平滑筋細胞が遊走して増殖すると共に、細胞外基質を分泌して形成されると考えられている。SHR及び対照のWistar-Kyotoラット(WKY)の大動脈から血管平滑筋細胞の初代培養株を樹立すると、SHR由来の細胞は増殖がより速く、かつ細胞飽和密度も高いことが報告されており、細胞増殖の制御機構に何らかの変化が起こっていることが予想される。一方、細胞の増殖分化おいては細胞表面のタンパク質に結合したN-型糖鎖が関与しており、特に癌細胞ではN-型糖鎖の高分岐化が細胞増殖の異常や転移に深く関わっていることが知られている。本研究ではSHRの血管平滑筋細胞を用い、細胞膜タンパク質のN-型糖鎖を解析し、増殖活性との相関を検討した。 [方法] まずSHR及びWKYから外植片法で血管平滑筋細胞の初代培養細胞を確立し、増殖曲線を作成して増殖活性を明らかにした。次に細胞膜タンパク質をアセトン沈殿で精製し、ウェスタンブロットの手法でSDS-PAGE後PVDF膜に転写し、抗体の代わりにペルオキシダーゼまたはビオチン標識した種々のレクチンと反応させ、糖鎖修飾を解析した。さらに、糖鎖は臓器特異的に発現する糖転移酵素により決定され、その酵素は遺伝子発現により調節されるので、細胞からpoly (A)+RNAを調製し、糖鎖の高分岐化に関与するN-アセチルグルコサミン転移酵素V (GlcNAcT V)とβ-1,4-ガラクトース転移酵素I-VI (β-1,4-GalT I-VI)の遺伝子発現をノーザンブロット法で解析した。 [結果] ラット血管より調整した初代培養が平滑筋細胞であることは、飽和時のhills and valleysの形態と抗α-平滑筋アクチン抗体の染色により同定した。細胞増殖曲線を描くと、細胞の倍化時間はWKYで21.8hr,SHRで18.5hrであり、飽和細胞数は、WKYで16.5x104/cm2,SHRで29.4x104/cm2であった。 細胞膜タンパク質糖鎖の解析では、CBBによる膜タンパク質の染色では高分子量のタンパク質で若干の相違が見られたが、Con A,RCA-I,L-PHA,SNAなどのレクチンとの結合が複数のタンパク質バンドで増大していた。SHRはWKYに比較して、Con Aの結合性が増大していたことから膜タンパク質のN-型糖鎖の付加が亢進していると考えられ、RCA-I,L-PHA,SNAとの結合性の増大から、複合型糖鎖の枝分かれが亢進(高分岐化)して末端のガラクトースやシアル酸の結合が増加していると考えられた。またN-型糖鎖をタンパク質から切り出すN-グリコシダーゼFで処理した後に各レクチンを反応させると、バンドのほとんどは検出されず、レクチンと結合した糖鎖はアスパラギン(Asn)に結合したN-型糖鎖であることが判明した。次に、これらの糖鎖変化がSHR由来の他の組織細胞でも起きているかどうかを解析するため、血清糖タンパク質や脳・腎臓・肝臓の細胞膜糖タンパク質を調製し、その糖鎖修飾をレクチンブロット法で解析したが、これらにおいては対照と有意な差は見られなかった。 N-型糖鎖の高分岐化に関与する遺伝子発現の解析では、SHR由来の細胞でGlcNAcT Vとβ-1,4-GalT IIの遺伝子発現が、WKY由来の細胞に比して有意に増大し、β-1,4-GalT Vは減少していることが判明した。 [考察] 細胞膜タンパク質に結合した糖鎖は、細胞の接着や情報伝達に関与し、細胞の増殖分化とも深く関わっていることが明らかとなってきた。SHR由来の血管平滑筋細胞の細胞増殖速度及び飽和細胞密度は、WKYを対照として各々約1.2倍,1.8倍であった。既存の報告でも同様の結果であり、SHRの血管平滑筋細胞の細胞増殖制御機構の変化が示唆された。レクチンブロットによる解析ではN-型糖鎖の高分岐化が見られ、これは癌細胞と同様の変化であり、遺伝子レベルでもこれを裏付けるGlcNAcT Vの発現増大が見られた。この糖鎖の相違が、WKYとSHR由来の血管平滑筋細胞の増殖活性の差と関係していると考えられる。 糖鎖と細胞増殖の関係として研究が進んでいるものに、カドヘリンなどの細胞接着因子上にある糖鎖や、EGFやTGF-βなどの細胞増殖因子の受容体上にある糖鎖がある。GlcNAcT VによりN-カドヘリン上のN-型高分岐糖鎖及びポリ-N-アセチルラクトサミン構造が増加すると、カドヘリンと複合体を作るβ-カテニンのリン酸化を誘導して細胞接着が低下、さらに遊離したβカテニンが転写因子Tcfと結合して、細胞周期を促進する遺伝子(cyclin D1,c-mycなど)の発現を誘導するという。増殖因子受容体に糖鎖が関与する例としては、受容体の膜への輸送やリガンドとの結合、二量体形成、エンドサイトーシスに影響を及ぼす例が報告されている。ガレクチン3は、GlcNAcT Vなどにより増加するポリ-N-アセチルラクトサミン構造に高い親和性を持つタンパク質であるが、EGF受容体やTGF-β受容体上のN-型糖鎖が変化するとこれらの受容体を架橋して除去を遅延させ、結果として細胞表面でこれらの受容体が増加し、増殖因子への感受性が高まる。 血管平滑筋細胞の増殖にどのようにN-型糖鎖が関与しているかの直接的な証拠は得られていないが、先の報告などを考え合わせると、高分岐糖鎖がカドヘリンなどの細胞接着分子の機能を変化させたり、細胞表面の増殖因子受容体タンパクを増加させるといった機序が推定される。 しかし、糖鎖末端にガラクトースを転移するGalTに関しては、癌細胞で見られる遺伝子変化と異なり、癌化とは異なる糖鎖の生合成経路であることが判明した。ガラクトースは分岐した後の糖鎖が伸びていく土台となる糖であり、そのガラクトースの付加の順番や位置が異なることで、タンパク質の形状が変化し、機能が異なるといったことが予想される。これはSHR由来の細胞で増殖が増大しているとはいえ、癌細胞とは質的に異なり、その増殖には制限があることと関係しているかもしれない。この末端のガラクトースが細胞増殖の制御に重要である可能性もあるが、基質特異性の解明と共に今後の研究課題である。 本研究で明らかになった血管平滑筋細胞の膜タンパク質における糖鎖修飾の変化は、初めての報告である。糖鎖変化は臓器特異的に発現する糖転移酵素の作用により決定されるが、それが血管平滑筋細胞に起こった時、その増殖に変化をもたらし、内膜肥厚を誘導し、高血圧に関与する可能性があることが本研究により示唆された。こうした糖鎖修飾の変化が、実際にどのように関与するのか、また人の高血圧においても認められるのか、今後さらに研究していく必要がある。 | |
審査要旨 | 本研究は、SHR(高血圧自然発症ラット)の血管平滑筋細胞を用いて、その増殖と細胞膜糖タンパク質のN-型糖鎖の変化との関係、及びその原因となる遺伝子変化を解析した。糖鎖は翻訳後修飾の一つとして注目されており、特に細胞表面のタンパク質に結合した糖鎖は、細胞の接着や情報伝達に深く関与することが明らかになりつつあり、癌細胞などではその増殖制御異常との関係が報告されている。 まず、SHRと対照のWKY (Wistar-Kyoto)ラットの大動脈から血管平滑筋細胞の初代培養を樹立し、細胞増殖曲線を作成。その細胞増殖特性の差を明らかにした。次に、培養細胞の膜タンパク質を調整し、レクチンブロットにより糖鎖修飾を解析した。その結果N-型糖鎖の高分岐化が示され、その原因遺伝子となりうる、GlcNAcT (N-acetylglucosaminyltransferase) VやGalT (β1,4-galactosyltransferase) I〜VIについてノザンブロットで解析した。その結果高分岐化を起こすGlcNAcT Vは上昇、その基部となるガラクトースを転移するGalTについては、癌細胞とは異なることが明らかとなった。現時点ではGalTの基質は明確でなく、糖鎖が細胞増殖に関わる機序と共に考察した。 以上、本論文はSHRの血管平滑筋細胞の増殖における、細胞表面の糖タンパク質糖鎖の変化という新しい知見を明らかにした。循環器領域における翻訳後修飾と細胞増殖の関係は、高血圧や動脈硬化の機序解明の一助となりうる点が評価され、学位の授与に値するものと考えられる。 尚、審査会において以下のような質疑応答があり、それに沿って論文の記述を訂正した。 ・細胞表面の糖鎖という視点が新しく興味深い。 ・高血圧への関与は本研究では触れておらず、細胞増殖に話を絞った方がよい。 ・糖鎖は遺伝子の発現のみで調節されるのか。→今のところ他の調節因子は見つかっていない。 ・培養細胞はどの時期のものを使用したのか。→飽和密度となる少し手前、培養5-7日目のhills and valleysを示さない増殖期の細胞を回収して実験に使用した。 ・大動脈をそのままレクチンブロット解析したらどうなるか。→ラット3匹分で行ったが、得られるタンパク質量が少なく、レクチンとの反応が非常に弱く解析できなかった。 ・レクチンブロットにおいてCBBでWKYとSHRに差があるように見え、タンパクに差があるために糖鎖に差があるだけではないのか。→提出した論文の写真では一部スメアになってしまい差があるように見えるが、何度も繰り返した実験ではほとんど差はなかった。 ・たまたま二つの事象が同じ転写因子の系の末端として起こっているだけではないのか。追加実験として遺伝子変化を導入すると細胞増殖に実際に変化が起こるか。→癌細胞においてはそのような実験が行われているが、現在研究室がなくなり物理的にも追加実験を行うことは難しいため、考察で触れた。 ・Working hypothesisの図を入れる。 ・実際に自分の行った実験と考察をはっきり区別して記述する。 ・糖鎖は増殖に実際にどのように関与するのか →糖鎖は、分子の立体構造や可塑性、親水性を変化させてタンパク質間相互作用などに影響すると考えられている。 ・SHRのVSMCの増殖においてG1,G2が短縮していることがわかっており、それとどう関係するか。 ・転写因子のレベルではどういったことがわかっているのか。 →既存の報告より考察に加えた | |
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