学位論文要旨



No 121937
著者(漢字) 笹原,朋代
著者(英字)
著者(カナ) ササハラ,トモヨ
標題(和) 大学病院で活動する緩和ケアチームによる支援とその評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 121937
報告番号 甲21937
学位授与日 2006.12.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2776号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 助教授 中川,恵一
 東京大学 助教授 上別府,圭子
 東京大学 講師 永田,智子
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

 わが国のがん死亡は死因の第一位を占め、その数は依然増加し続ける傾向にある。そのような状況を受け、がんの罹患率・死亡率の減少だけでなく、がん患者の生活の質(QOL)の向上を目指した「緩和ケア」が重視されるようになってきた。現在、一般病棟、緩和ケア病棟、在宅の様々な場所での緩和ケア提供を可能にする経済的基盤が整うとともに、その体制が整備されつつある。

 わが国では、がん患者の約90%は病院で亡くなっているが、一般病棟でのがん患者に対するケアは全般的に不十分と考えられている。そのため、一般病棟で専門的な緩和ケアを提供する緩和ケアチーム(Palliative Care Team: PCT)が果たす役割は大きいと期待される。

 PCTは増加傾向にあるものの、その数は依然として少ない。また、PCTが提供する支援に関する具体的な規定はなく、その活動実態にはばらつきがあるものと推測されることから、PCTの質の保証も大きな課題となっている。PCTが質的・量的に十分でない現状では、活動が定着しているPCTが、どのような支援を行い、また、どのような評価を得ているかを明確にすることが有用と考えられる。それは、PCTのない施設にとっては設置検討の資料となり、すでにPCTがある施設にとっては具体的な活動指針となるであろう。

 そこで本研究では、PCTの普及に資するため、わが国で先駆的な活動を行い、社会的にも一定の評価を得ている施設のPCTを対象とし、以下を明らかにすることを目的として調査を行った。

1.PCTの具体的支援内容を参加観察により明らかにする。

2.PCTによる支援を次の3点から評価する。

1)PCTの支援状況

2)患者の心身状態の推移

3)病棟看護師の評価

II.参加観察によるPCTの具体的支援内容の明確化

1.方法

 PCTメンバー3名を観察対象とし、参加観察によりデータを収集した。観察場面は、PCTメンバーが病棟スタッフおよび患者・家族、その他の職種との相互作用の過程でとったすべての言動を対象とし、調査者は、観察場面に存在するが介入は行わない「観察者としての参加者」としての立場をとった。参加観察中、随時とったメモを文章化してパソコンに入力し、フィールドノートを作成した。調査期間は平成16年2月から平成16年10月であった。

 分析方法は、内容分析の手法を参考に行った。調査者がフィールドノートを一文ずつ見直し、意味ごとのまとまりに区切ったのち、先行研究を参考として暫定的に作成した、PCTの支援内容の枠組み(カテゴリ)を用いて、意味ごとのまとまりを分類した。次に、カテゴリに分類された意味ごとのまとまりを、行為に注目して共通の意味内容をもつものに分類し、サブカテゴリを作成した。各サブカテゴリには、内容を適切に表現すると考えられるラベルをつけ、それを仮コードとした。分析の妥当性を高めるため、カテゴリと仮コード、仮コードの特性を載せた仮コードリストを用いて、がん・緩和ケア領域の研究者1名がデータのコーディングを行った。コーディング結果が一致しない部分は、2人で検討して1つの結果となるようにし、カテゴリおよびサブカテゴリを再修正し、確定した。

2.結果

 PCTの支援内容は、8つのカテゴリと88のサブカテゴリに整理された。整理されたカテゴリは、【症状緩和】【患者の精神的サポート】【治療目標の明確化】【療養場所の選択・移行のサポート】【家族ケア】【看取りが近い患者のサポート】【病棟スタッフへの教育・サポート】と、これらの支援をするうえで【PCTがよりよく機能するための基盤作り】であった。

III.PCTによる支援の評価

1.方法

 PCTの支援状況とPCTに依頼された患者の心身状態の推移については、質問紙を用いた縦断調査を行った。調査対象は、PCTに依頼された入院患者のうち、適格基準を満たす者とした。PCTの支援に関する情報として、PCTへの依頼内容、PCTが提供したケア内容、患者への訪問回数、病棟スタッフへの訪問回数を収集した。患者の心身状態は、患者の自記式調査票(EORTC QLQ-C30)への記入と病棟看護師による他者評価(STAS-J、PS)とし、依頼時および1、2、4週後の4時点で測定した。その他、患者特性、医学的情報を収集した。

 病棟看護師の評価は、質問紙を用いて行った。対象は、PCTに依頼された全患者とし、患者の観察期間終了時点あるいは依頼から4週後に、プライマリーナースに評価してもらった。調査項目は、PCTの支援による患者への影響に関する認識、病棟スタッフへのサポートに関する満足度、PCTの支援に対する改善の必要性の有無と内容、病棟看護師背景、患者背景とした。

 調査期間は、平成16年2月〜平成17年3月であった。

 解析は、各項目について記述統計量を算出した。患者の心身状態の短期的な推移を明らかにするために、1週後に測定可能であった者について、EORTC QLQ-C30では、各サブスケールの依頼時と1週後の得点をWilcoxon符号付順位和検定で、STAS-Jでは、各項目の依頼時と1週後の回答割合をMcNemar検定で比較した。また、長期的な推移を検討するために、全時点測定可能であった者について、依頼時と各時点での得点を、上記と同様の検定で比較した。

2.結果

1)調査の応諾および追跡状況

 調査期間中にPCTに依頼された患者は180名で、そのうちSTAS-J評価の適格基準を満たした者は53名、EORTC QLQ-C30調査の適格者は32名であった。1週後にSTAS-J調査可能であった者は45名(EORTC QLQ-C30調査22名)、2週後34名(同14名)、4週後20名(同8名)であった。

2)患者の背景情報

(1)患者背景

 女性が51%、平均年齢は64.3歳であった。依頼元の診療科は一般・消化器外科が最も多く(55%)、再発・転移はほとんどの者(91%)にあった。観察期間終了時点の転帰は、入院中が最も多く(42%)、次いで自宅への退院(28%)、死亡(26%)であった。

(2)依頼時の臨床症状および疼痛緩和治療状況

 疼痛がほとんど(91%)の者に見られ、次いで食欲不振(19%)、嘔気・嘔吐(17%)であった。依頼時に疼痛があった48名のうち、60%に鎮痛薬の定期処方、21%に疼痛時のみの鎮痛薬投与が行われており、実施されていない者も19%みられた。

2)PCTの支援状況

 PCTへの依頼内容は、疼痛マネジメントが最も多かった(85%)。一方、PCTが提供したケア内容は、疼痛マネジメントが最も多く(94%)、次いで患者の精神的サポート(49%)、家族の精神的サポート(36%)、疼痛以外の症状マネジメントおよび在宅療養移行のための調整(各23%)であった。

3)患者の心身状態の推移

(1)依頼時の患者の心身状態

 EORTC QLQ-C30でみると、疼痛、倦怠感、食欲不振が強く、身体機能、役割機能、情緒機能が低かった。STAS-Jでは、「痛みのコントロール」が悪く、「患者の不安」が強く、「患者の病状認識」は悪いと評価された。

(2)依頼後の患者の心身状態の推移

 依頼から1週後、EORTC QLQ-C30では、疼痛で有意な改善はなかったが不眠は有意に改善していた。一方、便秘は有意に悪化していた。STAS-Jでは、「痛みのコントロール」で「中程度以上」と評価された割合が減少する傾向にある一方、「痛み以外の症状」では「中程度以上」と評価された割合が有意に増加していた。

4)病棟看護師の評価

(1)調査票の回収状況

 患者180名分の調査票を配布し、返送は98通(回収率54.4%)であった。この返送は、63名の病棟看護師から得られた。

(2)返送された調査票の背景情報

 臨床経験の中央値は4年、女性が97%であった。依頼元の診療科は外科系が多かった(83%)。

(3)PCTの支援に対する病棟看護師の評価

97%の患者で「非常によかった」「よかった」と回答されており、PCTの支援は98%の患者で「非常に満足」「満足」「やや満足」とされた。PCTの支援に対する改善の必要性は、86%の患者について「なし」と回答された。

IV.考察

 本研究では、東京都内にある一大学病院で活動しているPCTの具体的支援内容を参加観察により質的に明らかにするとともにその支援を、支援状況、患者の心身状態の推移および病棟看護師の認識により評価した。

 PCTの具体的支援内容は8つに整理され、PCTはこれらの支援内容について、病棟スタッフを補完、連結するように機能するとともに、患者・家族に対する主体的な支援をしていたことが明らかとなった。これらの結果は、他施設のPCTにとって行動レベルでの具体的な指針となりうるとともに、PCTの質を評価するための指標を検討するうえで、有用な資料になるであろう。

 依頼内容および依頼時の状況から、PCTは、疼痛マネジメントをはじめとする身体症状への対応を第一に求められていることが示された。しかし、患者には他のニーズも存在し、PCTは依頼された事柄への対応だけでなく、患者をトータルに捉えたうえで必要に応じたケアを提供していることが示唆された。

 PCTへの依頼後、1週後に疼痛は改善しなかった。しかし、不眠は有意に改善していたことから、睡眠が確保できる程度の疼痛緩和は図ることができた可能性があると考えられた。一方、1週後に便秘は有意に悪化しており、管理の不十分さが伺えた。

 PCTの支援が、患者にとってよかったと認識されていた者は多かった。また、病棟スタッフへのサポートに対する満足度も高かった。これにより、本研究で示した内容のケアを提供する、コンサルテーション型のPCTの支援は、病棟看護師から高い評価を得ていることが明らかとなった。

 一般病棟において、がん患者と家族に対し質の高い緩和ケアを提供していくうえで、PCTの支援を評価することは重要であり、今後は、本研究で明らかになったPCTによる支援の他の側面についても評価していくことが課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、東京都内の大学病院で活動する緩和ケアチームを対象とし、緩和ケアチームの具体的支援内容を明らかにするとともに、その支援を支援状況、患者の心身状態および病棟看護師の認識の3つの側面から評価したものであり、以下の知見を得ている。

1.緩和ケアチームの支援内容は、【症状緩和】【患者の精神的サポート】【治療目標の明確化】【療養場所の選択・移行のサポート】【家族ケア】【看取りが近い患者についてのサポート】【病棟スタッフへの教育・サポート】と、これらの支援をするうえでの基盤としての【緩和ケアチームがよりよく機能するための基盤作り】の8つに整理された。

2.依頼内容として、8割以上で疼痛マネジメントが挙げられ、その他の理由は2割以下であった。一方、提供したケア内容は、疼痛マネジメントが9割以上と最も多いのは変わらなかったが、4割以上に患者の精神的サポート、2割以上に疼痛以外の身体症状マネジメント、家族の精神的サポート、家族への病名・病状説明、在宅療養移行のための調整がなされていた。

3.緩和ケアチーム依頼時の患者は、疼痛、倦怠感、食欲不振、不安が強かった。

4.緩和ケアチームに依頼されてから1週後の患者について、EORTC QLQ-C30では不眠が改善し、便秘が悪化していた。また、STAS-Jでは「痛み以外の症状」が悪化していた。

5.本研究で示した支援内容を提供するコンサルテーション型の緩和ケアチームは、病棟看護師から高い評価を得ていた。

6.緩和ケアチームは、症状緩和だけでなく療養場所の選択・移行や医療者への教育・サポートなど多面的な支援を行っていたことから、今後は他の側面についても評価していくことが課題である。

 以上、本論文では、大学病院で活動する緩和ケアチームが提供する具体的支援内容を明らかにし、その支援を多面的に評価した。わが国において、がん医療の一環として緩和ケア提供体制の整備が重要課題となっている中、先駆的な緩和ケアチームの具体的支援内容を明らかにし、その支援を評価したことは、緩和ケア提供体制を量的・質的に充実させる上で重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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