No | 121939 | |
著者(漢字) | 張,宰赫 | |
著者(英字) | JANG,JAE-HYUK | |
著者(カナ) | ジャン,ゼヒョク | |
標題(和) | 海綿由来の酵母変異株に対する増殖阻害物質に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on sponge metabolites that inhibit the growth of yeasts with specific mutations | |
報告番号 | 121939 | |
報告番号 | 甲21939 | |
学位授与日 | 2006.12.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3080号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 真菌による感染は、近年の抗生物質の繁用ならびにエイズ、悪性腫瘍、臓器移植などに対する免疫抑制剤あるいは制がん剤などによる治療のため免疫力が低下した患者を中心に増加している。真菌症に有効な薬剤はポリエンマクロライド系のアンホテリシンBなど限られたものしかなく、新しい作用機序あるいは新しい化学構造を持つ抗真菌剤の開発が急務とされている。海洋生物には陸産の生物には認められない生物活性や化学構造を持つ化合物が含まれることが知られており、海洋生物の示す多様性を考慮すると、海洋生物は未だ未開拓な生化学資源であると言える。この様な背景の下、本研究では日本沿岸で採集した海洋無脊椎動物から、特定の遺伝子に損傷がある出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの変異株に対する増殖阻害物質を探索した。細胞膜の生合成遺伝子に変異があるため抗真菌物質に対する感受性の高いerg6変異株に対する活性に注目してスクリーニングを行い、有望な活性を示した2種の海綿から活性成分の単離と構造解析を試みた。その概要は以下の通りである。 1. スクリーニング わが国沿岸産の海洋無脊椎動物867種由来の脂溶性および水溶性画分を試料とし、ペーパーディスク法を用いて出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの野生株および13種の変異株に対する増殖阻害活性を調べた。その結果、脂溶性画分および水溶性画分とも、海綿 (それぞれ29 %および18 %)およびホヤ (20 %および15 %)が高頻度で活性を示した。これらの中からerg6変異株のみに阻害活性を示した海綿S01-117および阻害の選択性は低いが様々な変異株に対し強い阻害活性示した海綿S97-335を選択した。 2. 大島新曽根産海綿S01-117からの化合物A-Dの単離および構造解析 大島新曽根において採集した深海海綿S01-117 (1 kg)をメタノールで抽出後、クロロホルムと水で二層分配し、クロロホルム層をさらに90%メタノールとヘキサンで分配した。活性が認められた90%メタノール層をさらにクロロホルムと60%メタノールで分配し、このクロロホルム層をODSフラッシュクロマトグラフィーおよびODS HPLCで精製し、化合物A (26 mg)、化合物B (57 mg)、化合物C (0.5 mg)および化合物D (0.8 mg)を得た。 まず、化合物Aの構造決定を行った。FABMSスペクトルでm/z 1080, 1082, 1084, 1086, 1088 (M+H)+ に1:4:6:4:1の強度比で分子イオンピークが検出されたことから、化合物Aは4個の臭素原子を含むことが示唆され、1Hおよび(13)C NMRデータを考慮して分子式をC(35)H(36)Br4N6O(14)と決定した。DMSO-d6中のCOSY, HOHAHAおよびHSQCデータを解析し、部分構造aおよびbが導かれた。また、炭素のケミカルシフト値を考慮してHMBCデータを解析し、部分構造c, dおよびeが得られた。なおこれらの部分構造中の交換性プロトンは(13)C NMRスペクトルにおける重水素シフト実験により特定した。 HMBCデータを解析することにより、部分構造aの窒素が部分構造cのカルボニル炭素と、部分構造bの2つの窒素が部分構造dとeのカルボニル炭素とそれぞれ結合することが判明した。また、部分構造dの4'位の炭素と部分構造aのオキシメチレン水素の間にHMBC相関が認められることから、部分構造dの4'位の酸素と部分構造aのオキシメチレンがエーテル結合を形成することが判明した。さらに部分構造dのメチレン水素と部分構造eの1"位の水酸基にROESY相関が認められたことから、部分構造dのオキシム酸素と部分構造eの2"の炭素がオキシムエーテルを形成することが示唆された。したがって、残された部分構造cの4位と5位の酸素は部分構造eの4"位とアセタールを形成することになる。 化合物Bは化合物Aと同一のFABMSデータを与え、NMRスペクトルもよく似ていた。2次元NMRから化合物Aと同一の平面構造をもつことが示されたが、トリオール部のケミカルシフトに差が認められることから、両者はジアステレオマーの関係にあるものと考えられる。化合物CおよびDはFABMSデータからそれぞれ分子量が518および449と推定され、NMRデータからこれらの化合物もブロモチロシン由来の化合物であることがわかった。現在化合物AおよびBの立体化学ならびに化合物CおよびDの平面構造に関して、さらに構造解析を進めている。 化合物AおよびBはSaccharomyces cerevisiaeのerg6変異株に対して弱いながら活性を示す一方、Candida albicansに対し強い活性を示し、さらに両者はStaphylococcus aureus, Bacillus subtilis, Escherichia coliなどのバクテリアに対し抗菌性を示した。 これまで多数のブロモチロシン誘導体が海綿から単離されているが、今回見出した化合物AおよびBは既存の化合物と比べ以下のような化学構造上の新規性をもつ。(1) 2つのベンゼン環がいずれもカテコールが臭素化された構造をもち、部分構造dにみられる5置換ベンゼン環を含む化合物は初めてである。(2) 部分構造eはブロモチロシン由来と考えられるが、この部分構造も前例がない。(3) ベンゼン環がシクロヘキセン環とスピロケタールを形成すること。(4) オキシムエテール結合をもつこと。 3. 式根島産海綿Theonella sp.からの化合物C121Aの単離と構造決定 式根島産海綿Theonella sp. (凍結重量700 g)をメタノールで抽出後、エーテルと水で二層分配し、水層をさらにブタノールで抽出した。活性が認められたブタノール層をODSフラッシュクロマトグラフィー、シリカゲルカラムクロマトグラフィーおよび逆相HPLCで順次精製し、新規化合物C121A (1.5 mg)および既知のtheopederin B (2.3 mg), C (2.0 mg)およびD (0.5 mg)を単離した。化合物C121Aの分子式はFABMSおよび(13)C NMRデータからC(31)H(53)NO(11)と決定し、さらに各種二次元NMRデータを解析しtheopederin BのO-メチル基がO(-n-)ブチル基に置き換わった化合物であることを決定した。化合物C121Aは野生株の成育を阻止する一方erg6変異株に対してより強い活性を示し、P388マウス白血病細胞に対してIC(50)値<10.0 pg/mLと非常に強い細胞毒性を示した。 以上、本研究では、出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの変異株の増殖阻害を指標とし2種の海綿から4種の新規bromotyrosine類縁体および1つの新規theopederin類縁体を単離、構造決定することができた。 a b c d e 化合物AおよびB C121A | |
審査要旨 | 真菌による感染は、近年の抗生物質の繁用ならびにエイズ、悪性腫瘍、臓器移植などに対する免疫抑制剤あるいは制がん剤などによる治療のため免疫力が低下した患者を中心に増加している。真菌症に有効な薬剤はポリエンマクロライド系のアンホテリシンBなど限られたものしかなく、新しい作用機序あるいは新しい化学構造を持つ抗真菌剤の開発が急務とされている。海洋生物には陸産の生物には認められない生物活性や化学構造を持つ化合物が含まれることが知られており、海洋生物の示す多様性を考慮すると、海洋生物は未だ未開拓な生化学資源であると言える。この様な背景の下、本研究では日本沿岸で採集した海洋無脊椎動物から、特定の遺伝子に損傷がある出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの変異株に対する増殖阻害物質を探索した。細胞膜の生合成遺伝子に変異があるため抗真菌物質に対する感受性の高いerg6変異株に対する活性に注目してスクリーニングを行い、有望な活性を示した2種の海綿から活性成分の単離と構造解析が行われた。 まず、海洋無脊椎動物867種由来の脂溶性および水溶性画分を試料とし、ペーパーディスク法を用いて出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの野生株および13種の変異株に対する増殖阻害活性がおこなわれ、その結果、脂溶性画分および水溶性画分とも、海綿 (それぞれ29 %および18 %)およびホヤ (20 %および15 %)において高頻度で認められた。これらの中からerg6変異株のみに阻害活性を示した大島新曽根産海綿海綿S01-117および阻害の選択性は低いが様々な変異株に対し強い阻害活性示した式根島産海綿S97-335が選択された。 S01-117 (1 kg)をメタノールで抽出後、溶媒分画および HPLCで精製し、化合物A (26 mg)、化合物B (57 mg)、化合物C (0.5 mg)および化合物D (0.8 mg)が得られた。 まず、化合物Aの構造決定が行われた。FABMSスペクトルでm/z 1080, 1082, 1084, 1086, 1088 (M+H)+ に1:4:6:4:1の強度比で分子イオンピークが検出されたことから、化合物Aは4個の臭素原子を含むことが示唆され、1Hおよび(13)C NMRデータを考慮して分子式がC(35)H(36)Br4N6O(14)と決定された。DMSO-d6中のCOSY, HOHAHAおよびHSQCデータを解析し、2つの部分構造が導かれた。また、炭素のケミカルシフト値を考慮してHMBCデータを解析し、さら3つの部分構造が得られた。なおこれらの部分構造中の交換性プロトンは(13)C NMRスペクトルにおける重水素シフト実験により特定された。HMBCデータを解析することにより、部分構造間のつながりが明らかにされた、最後は消去法により、全構造が決定された。 化合物Bは化合物Aと同一のFABMSデータを与え、NMRスペクトルもよく似ていた。2次元NMRから化合物Aと同一の平面構造をもつことが示され、トリオール部のケミカルシフトに差が認められることから、両者はジアステレオマーの関係にあるものと考えられた。化合物CおよびDはFABMSデータからそれぞれ分子量が518および449と推定され、NMRデータからこれらの化合物もブロモチロシン由来の化合物であることがわかった。 化合物AおよびBはSaccharomyces cerevisiaeのerg6変異株に対して弱いながら活性を示す一方、Candida albicansに対し強い活性を示し、さらに両者はStaphylococcus aureus, Bacillus subtilis, Escherichia coliなどのバクテリアに対し抗菌性を示した。 式根島産海綿S97-335 (凍結重量700 g)をメタノールで抽出後、溶媒分画および各種クロマトグラフィーにより順次精製し、新規化合物C121A (1.5 mg)を単離した。化合物C121Aの分子式はFABMSおよび(13)C NMRデータからC(31)H(53)NO(11)と決定し、さらに各種二次元NMRデータを解析しtheopederin BのO-メチル基がO(-n-)ブチル基に置き換わった化合物であることを決定した。化合物C121Aは野生株の成育を阻止する一方erg6変異株に対してより強い活性を示し、P388マウス白血病細胞に対してIC(50)値<10.0 pg/mLと非常に強い細胞毒性を示した。 以上、本研究により、出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの変異株の増殖阻害を指標とし2種の海綿から4種の新規bromotyrosine類縁体および1つの新規theopederin類縁体が発見された。本研究により新しい骨格を持つ生物活性化合物が発見され、海洋性化学資源の開発に新しい知見を加えた。そこで、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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