学位論文要旨



No 121943
著者(漢字) 梶村,大介
著者(英字)
著者(カナ) カジムラ,ダイスケ
標題(和) 嗅覚神経細胞最終分化における Kruppel - like transcription factor 7 の機能解析
標題(洋) Functional analysis of Kruppel-like transcription factor 7 in terminal differentiation of mouse olfactory sensory neurons
報告番号 121943
報告番号 甲21943
学位授与日 2006.12.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第691号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保田,俊一郎
 東京大学 助教授 山田,茂
 東京大学 助教授 村越,隆之
 東京大学 助教授 柳原,大
 東京大学 助教授 奥野,誠
内容要旨 要旨を表示する

 Kruppel-like transcription factors(KLFs)は哺乳動物の転写因子で、ショウジョウバエのセグメント形成因子Kruppelと相同性を有する。KLFsはC末端に特徴的な保存された3つのzinc-fingerドメインを持ち、N末端の違いにより多様性を示す。KLFsはzinc-finger型の転写因子であるSp-1転写因子と相関を持ちGCリッチなDNA配列に同様の親和性がある。今日までに16種類のKLFsが報告されており発生期に様々な機能を持つことが示されている。これまでに作成されたKlfノックアウトマウスは全て致死性であり、このグループの転写因子が哺乳類の発生において重要な役割を持つと考えられている。マウスKlf7は発生期に中枢神経系(CNS)および末梢神経系(PNS)の広範囲で発現し、成体での発現は嗅覚神経系や小脳などの限定された領域にのみ残る。Klf7-/-マウスも他のKlfノックアウトマウス同様に致死性であり、CNSおよびPNSに発生異常が観察される。組織学的観察ではKlf7-/-マウスは脳全体が野生型に比べ小さく、特に嗅球は著しく小さい。また脳梁をはじめ、大脳皮質、嗅覚、視覚などの様々な領域で軸索伸張異常が見られる。Klf7-/-マウスでは特に、嗅球の発生異常が著しく、嗅球に特徴的な層構造が形成されず、嗅上皮からの軸索投影がほとんど見られない。これらの組織学的観察からKlf7は軸索伸張および嗅球発生に重要な役割を果たしていることが示唆される。しかしながら、これらの過程における分子的なメカニズムについてはほとんどわかっていない。そこで、本研究ではKlf7の下流遺伝子を探り、Klf7の発生における機能を追究することを目的とした。

 嗅球の発生には嗅上皮からの軸索投影が必要であるという考えが提唱されており、このことからKlf7-/-マウスでは嗅球のみならず、嗅上皮にも発生異常がある可能性が考えられた。嗅覚神経細胞における発生マーカーの発現をin situ hybridizationにより調べたところ、前駆体マーカーであるNgn1には発現量の差が見られなかったものの、後期分化マーカーであるGAP43,OMP,SCG10の発現が著しく低下していた。OMPは成熟嗅覚神経細胞のみで発現しており分化マーカーとして用いられている。OMPプロモーター依存的EGFP発現ベクターを持つトランスジェニックマウスではKlf7+/+バックグラウンドに比べKlf7-/-バックグラウンドでのEGFP発現量が減少していた。これらの後期分化マーカー発現の減少からKlf7-/-マウスでは嗅覚神経細胞の最終分化が完了していないことがわかった。更に、クロマチン免疫沈降法、ルシフェラーゼレポーターアッセイ、ゲルシフト法を用いたin vitro系の発現制御解析から、OMPはKlf7によって直接的に遺伝子発現調節が行われていることも明らかになった。

 嗅覚神経細胞由来のmRNAを用いたマイクロアレイによる発現比較ではKlf7+/+マウスとKlf7-/-マウス間で29遺伝子の発現に差が確認された。これらの遺伝子のうちL1 cell adhesion molecule(L1)は神経の軸索伸張に関わる因子として最もよく知られている。L1の発現は実際にKlf7-/-マウス嗅覚神経細胞で減少していることが免疫染色により確認され、さらにin vitro系を用いた発現解析からL1もKlf7により直接的に遺伝子発現が制御されていることがわかった。これらの結果はKlf7の軸索伸張作用がL1依存的に働いている可能性を示唆している。マイクロアレイにより発現差異が確認された遺伝子のうち既知の遺伝子は17個あり、このうち5つの遺伝子は細胞骨格関連の遺伝子であった。細胞骨格は軸索の主要な構成因子であることから、細胞骨格遺伝子発現低下がKlf7-/-マウス軸索伸張異常の要因のひとつである可能性が考えられる。

 本研究ではKlf7が嗅覚神経細胞の最終分化に必須の因子であることを明らかにし、分子メカニズムの解明が進んでいない嗅覚神経細胞後期発生に新たな知見を与えるものであった。またKlf7は嗅覚神経細胞において軸索誘導因子L1の発現を直接的に制御していることが分かり、Klf7の軸索伸張作用という特徴的な現象がL1依存的である可能性を示すものであった。

審査要旨 要旨を表示する

平成18年11月21日に学位請求の内容及び専攻分野に関する学識について口頭による試験を行った。下記のような内容の口頭発表を行い、公開および非公開での質疑応答(主要なものを記載する)があり、的確に答えることができ、専攻分野に関する学識が確認できた。

[口頭発表要旨]

 Kruppel-like transcription factors 7(Klf7)はショウジョウバエ体節形成因子Kruppelと相同性を有する哺乳類の転写因子であり、マウスKlf7は発生時に中枢神経系、末梢神経系に発現する。Klf7-/-マウスは致死性で嗅覚系発生異常、神経軸索伸張異常等の表現型を呈する。本研究ではこれらの表現型とリンクするKlf7下流遺伝子を探索し、Klf7の神経発生における機能を探った。

 Klf7-/-マウスの嗅覚神経細胞では前駆体マーカーであるNgn1には発現量の差が見られなかったものの、後期分化マーカーであるGAP43,OMP,SCG10の発現が著しく低下しており、Klf7-/-マウスでは嗅覚神経細胞の分化が完了していないことが示された。またIn vitro系の実験によりOMPはKlf7の直接的ターゲットであることもわかった。マイクロアレイによる嗅覚神経細胞での発現比較ではKlf7+/+マウスとKlf7-/-マウス間で29遺伝子の発現に差が確認された。これらの遺伝子のうちL1 cell adhesion molecule (L1)は神経の軸索伸張に関わる因子として最もよく知られているが、実際にKlf7-/-マウスではL1タンパク発現量が減少しており、OMP同様の実験アプローチからL1もKlf7により遺伝子発現が直接的に制御されていることがわかった。マイクロアレイではL1以外に細胞骨格関連遺伝子、神経輸送小胞などの軸索主要構成分子の遺伝子発現量が減少していることもわかった。

 本研究ではKlf7が嗅覚神経細胞の最終分化に必須の因子であることを明らかにした。またKlf7-/-マウスの軸索伸張異常の原因としてL1発現の低下による可能性、および細胞骨格関連遺伝子、神経輸送小胞などの軸索主要構成分子の遺伝子発現量減少による可能性があることを示しKlf7依存的軸索伸張のメカニズムに新たな知見を与えるものであった。

下記のような質問に対して的確な説明を行なった。

[質問1] 嗅覚神経細胞分化と胎齢の関係はどうなっているか?In situ hybridizationで検証したのはそれと照らし合わせてどの時期か?

[答え] 嗅覚神経細胞の前駆体は胎齢(E)9前後に生まれE14.5ころには分化が完了し、最終分化マーカーであるOMPが発現し始めます。In situ hybridizationでマーカー遺伝子発現を調べた時期は全て胎齢18.5で野生型では十分に成熟嗅覚神経細胞が現れる時期である。

[質問2] OMPはどのような機能分子か?

[答え] OMPはOlfactory mature proteinと呼ばれ分化が完了した嗅覚神経細胞でのみ発現します。OMP-/-マウスでは形態的な異常はほとんどありませんが、嗅覚の感度が下がるという報告があります。

[質問3] L1の構造や機能はどのようなものか?

[答え] Immunoglobrin用ドメインを細胞外に持つ細胞膜貫通タンパクで、NCAMなどと構造的相関があります。細胞内ではアンキリンと呼ばれるアクチン結合タンパクと会合していて細胞外からの情報に応じてアンキリンを介してアクチンの重合に作用することにより軸索伸張に関わっていると考えられています。L1-/-マウスは実際に軸索伸張異常が観察されます。L1の会合相手としてはL1どうしでの会合をはじめNCAMやインテグリン、細胞外マトリックスなど様々な会合相手があると報告されています。

以上のように、学位請求の内容及び専攻分野に関する学識から判断し、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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