No | 121949 | |
著者(漢字) | 道中,敦子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミチナカ,アツコ | |
標題(和) | 活性汚泥中に存在するポリヒドロキシアルカン酸合成遺伝子(phaC)の多様性とその挙動 | |
標題(洋) | Diversity and behavior of polyhydroxyalkanoate (PHA) synthase gene (phaC) in activated sludge | |
報告番号 | 121949 | |
報告番号 | 甲21949 | |
学位授与日 | 2006.12.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第246号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 社会文化環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 下水処理システムで活躍する複雑微生物群集(以下、活性汚泥)では、様々な微生物間で競争・共生が存在する。競争を勝ち抜く一つの戦略として摂取した炭素源を即座に繁殖に用いるのではなく、まず、エネルギー源として体内に蓄積する細菌の存在が明らかとなった。このような炭素蓄積機構は活性汚泥モデルASM No.3にも組み込まれており、ポリヒドロキシアルカン酸(以下、PHA)はその炭素蓄積物質の1つである。PHA蓄積は、生物学的リン除去法で活躍するポリリン酸蓄積細菌、また、窒素除去に利用される細菌群にも報告されており、PHAは活性汚泥の炭素源代謝だけでなく、リン除去や脱窒にも深く関わっている。 一方で、廃棄プラスチックによる被害の深刻さが増す近年、PHAは生物分解性プラスチックの原料となることから注目され、現在では、活性汚泥から単離されたWautersia eutrophaを用いた純菌培養によるPHA生産が工業化されている。また、PHAは構成するモノマーの組成によって異なる物性を持たせることができることから、様々なモノマーや共重合体の探索が試みられている。活性汚泥でのみ合成されるモノポリマーとして、3-ヒドロキシ-2-メチル吉草酸(3H2MV)や3-ヒドロキシ-2-メチル酪酸(3H2MB)が発見されており、活性汚泥には更なる新しいPHA合成細菌、新しいモノポリマーが発見される可能性が期待されている。 このように、活性汚泥中のPHA蓄積細菌は、廃水処理の面からも、廃棄物の新しい利用という面からも、非常に興味深い。しかしながら、活性汚泥中に存在する(または優占する)PHA蓄積細菌は誰か、活性汚泥でのみ発見された3H2MVや3H2MBを含むポリマーを合成するPHA蓄積細菌は誰か、またそれらのシステム内での挙動など、基礎的な情報すらわかっていない。そこで、本研究では活性汚泥中に存在するPHA蓄積細菌の基礎的知見を得るため、PHA合成のキーとなる酵素であるPHA合成酵素をコードするPHA合成酵素機能遺伝子(phaC)について、分子生物学的手法を用いて活性汚泥内でのphaCの多様性や挙動を調べることにより(1)活性汚泥中のphaCの系統的な情報を得る(多様性とその分布)、(2)系内のphaC遺伝子群集の挙動を把握する、の2点について解析を行った。 はじめに、活性汚泥中に存在するphaC遺伝子の基礎的情報を得るために実下水処理場を対象としたクローンライブラリを構築した。異なる3つの処理場(A:嫌気無酸素好気法、M:嫌気好気法、N:標準法)を対象として用いた。クローニングの結果、得られたクローンには既知のPHA合成酵素のアミノ酸配列と98%以上一致する配列が確認され、それらはいずれも一般的に処理場で観察される細菌が持つPHA合成酵素だった。また、Alcaligenes属に代表されるクラスIのPHA合成酵素と、Psedomonas属に代表されるクラスIIのPHA合成酵素が存在することがわかった。しかしながら、その他のクローンは既知のPHA合成酵素と約50-80%の相同性で、活性汚泥中にはこれまで解析されていないphaCが存在することが予想された。それぞれの試料から構築されたクローンライブラリは処理場ごとの特徴が示され、Nは他のものより比較的多様性に富んでいた。嫌気・好気運転を行っている処理場からから得たA、Mと標準法から得たNでは優占しているグループが異なっており、系統解析の結果、プラントA、Mで優占していた配列はクローンのみから構成されるクラスターでこれまで知られていたphaCとは異なる配列を持つものが優占している可能性が示唆された。 次に、系内のphaC遺伝子群集構造の挙動を捉える方法として、クローニング法・T-RFLP法を検討した。解析対象として、酢酸・プロピオン酸を基質として与え、嫌気好気運転を行った実験室連続回分式リアクター(AR3)を用いた。真正細菌群集構造については、16srDNA(V3領域)を標的としたPCR-DGGE法によりその挙動を解析した。その結果、基質の変化やバルキング等リアクターの運転の変化に伴い、真正細菌群集構造に著しい変化が見られ、さらにphaC遺伝子群集構造についても同時期に著しい変化が見られた。このことから微生物群集構造が変化すると、それに伴い、phaC遺伝子群集も変化することが示唆され、T-RFLP法でその推移を確認することができた。以上のことから、リアクターの処理能力の変化・微生物群衆構造の変化に伴い、phaCの群集構造も変化することがT-RFLP法を用いた解析から確認することができ、その挙動を捉えることが出来た。しかしながら、リアクターの処理能力と遺伝子群集構造を結びつけるような情報は得られなかった。 そこで、実験室リアクターから得られた活性汚泥について、phaC遺伝子群集構造と、そのとき合成されるPHAの組成・物性との関係性について調べた。プロピオン酸・酢酸を主な基質として与えた嫌気好気連続式回分リアクター(AR5)を対象とし、T-RFLP法によりphaCの経時的挙動をモニタリングした。合成されるPHAの特性については、バッチ実験によりPHAを合成し、組成・融点・ガラス転移点・分子量・分子量分布・生分解性を測定した。同時に真正細菌群集構造については、16S rDNA(V3領域)よりその経時的変化を調べた。T-RFLPの結果、MboIでは17個、AccIIでは16個、長さの異なる末端断片(T-RF)が得られた。phaC群集構造は、運転開始2日目から30日目まで(第1安定期)と、49日目以降(第2安定期)ではその構造が大きく異なっており、30日目以降から43日目までは変動していた。phaC遺伝子群集の挙動を解析した結果、同様に第1安定期と第2安定期ではそのフィンガープリントが異なっており、これはMboI、AccII、どちらで処理した結果も同じことが示された。 合成されたPHAの組成を調べたところ、第1安定期では、3H2MVを40%程度含まれるPHAが合成され、第2安定期ではほぼ8割以上が3HVで構成されるPHAが合成された。どちらも2週間程度の短い間であったが安定したPHA生産を維持することができた。測定された融点・ガラス転移点の値から、第1安定期のPHAと第2安定期のPHAでは物性が異なることがわかった。さらに、第1安定期から第2安定期へ遷移する期間では、第1、第2安定期で見られたポリマー混合物が合成されている可能性が示唆された。PCR-DGGE法による真正細菌群集構造解析の結果、合成されるPHAが第1安定期から第2安定期へ推移した期間ではそのバンドパターンが変化していた。 以上の結果から、第1安定期と第2安定期ではphaC遺伝子群集構造が異なり、そのとき合成されるPHA組成も同様に異なっていることがわかった。よって、第1安定期から第2安定期で合成されるPHAの組成・物性が異なる原因として、微生物群集構造の違いが考えられた。また、phaC群集構造の変化はそのとき合成されるPHA組成と関連している可能性があることが示され、T-RFLP法により系内のphaC遺伝子群集構造の変化を捉えることができた。 さらに、合成されたPHAの組成変化とT-RFLP法によるphaC遺伝子群集構造の変動を比較した結果、含まれる3H2MVの割合の変化と相関を示すT-RFsがあった。クローニング法によりそのT-RFsを同定したところ、グループOTU[AR5#4]であり、3H2MVの合成になんらかの関係がある可能性が示されるphaC遺伝子の遺伝子配列、アミノ酸配列の一部を解明することができた。このOTU[AR5#4]に属していたphaC遺伝子は、系統樹上においてクローンのみから成るユニークなクラスターを構成しており、未知のphaCであると推測された。そのアミノ酸配列は、クラスIのPHA合成酵素に52-54%類似すると共に、クラスIIのPHA合成酵素にも48-50%類似していた。 また、異なる基質を与えたとき、その系に存在する微生物相に著しい違いが見られることからphaC遺伝子群集構造に影響があるだろうと考え、アミノ酸を基質とした系のクローンライブラリを構築した。しかしながら得られたクローンは他の実験室リアクター汚泥と大きな差は見られなかった。 最後に、本研究を通して(合計6つの異なる系から)得られたクローンライブラリから得られた知見をまとめた。モチーフ構造が非常によく保存されていることから、得られたクローンはphaC遺伝子であることが確認された。また、活性汚泥中にはα-、β-、γ-proteobacteriaに属する細菌が持つPHA合成酵素に類似のものが存在していた。実下水処理場標準法、嫌気好気法、実験室リアクター、それぞれ優先するグループが異なっていた。 以上、phaCを解析することで、活性汚泥中にはまだまだ未知のPHA蓄積細菌が多く存在していることがわかった。また、phaC遺伝子群集構成と合成されるPHAの組成の変化と対応することが明らかとなり、合成されるPHA組成を評価する指標なりうる可能性があることが示された。さらに活性汚泥特有に合成される3H2MVを合成する新しいPHA合成酵素のDNA配列・アミノ酸配列について手がかりが得られた。 PHA組成は生産されるプラスチックの性質が決定されるため、PHAの組成を制御することで各用途にあったプラスチックを生産することができるようになる。よって、このようなシステムにおいて、生産されるPHA組成のモニタリングツールとしてT-RFLP法が有益であることがわかった。 | |
審査要旨 | 本論文は「活性汚泥中に存在するポリヒドロキシアルカン酸合成遺伝子(phaC)の多様性とその挙動」と題し、都市下水の排水処理法として最も一般的に使われている活性汚泥法において、処理機能を担う微生物(活性汚泥)の中に存在するPHA(ポリヒドロキシアルカン酸)蓄積細菌の群集構造を遺伝子レベルで解析することを試みたものである。PHAの蓄積は、活性汚泥による有機物除去において中核的なプロセスであるにもかかわらず実際の活性汚泥法に於いてPHA蓄積を担っている細菌群集の構造と機能に関する知見はきわめて限られている。また、PHAは生物分解性プラスチックの一つであり、活性汚泥を利用して生産することができれば、排水中の有機物を再資源化できるあらたな技術開発につながる可能性があり、その点からも活性汚泥中のPHA蓄積細菌群集構造を解析する意味がある。本研究はそのような背景のもとに、PHA合成の鍵となる酵素であるPHA合成酵素をコードするPHA合成酵素機能遺伝子(phaC)を標的遺伝子として、活性汚泥内に存在するphaCの多様性や挙動を調べることにより(1)活性汚泥中のphaCの系統的な情報を得る(多様性とその分布)、(2)系内のphaC遺伝子群集の挙動を把握する、の2点を目的として解析を行ったものである。 本論文は10章から構成される。第1章は「研究の背景と目的」であり、2章は「既存の研究」、3章は「手法」である。第4〜9章に研究結果を記している。第10章に「総括」として得られた結果の総括と今後の展望・課題について記している。 本研究で得られた研究結果は以下のようにまとめられる。 まずはじめに、実下水処理場を対象としたphaC遺伝子のクローンライブラリを構築した。異なる3つの処理場(A:嫌気無酸素好気法、M:嫌気好気法、N:標準法)を対象として用いた。それぞれの試料から構築されたクローンライブラリは処理場ごとの特徴が示され、Nは他のものより比較的多様性に富んでいた。嫌気・好気運転を行っている処理場からから得たA、Mと標準法から得たNでは優占しているグループが異なっており、系統解析の結果、プラントA、Mで優占していた配列はクローンのみから構成されるクラスターでこれまで知られていたphaCとは異なる配列を持つものが優占している可能性が示唆された。 次に、系内のphaC遺伝子群集構造の挙動を捉える方法を検討した。その結果、基質の変化やバルキング等リアクターの運転の変化に伴い、PCR-DGGE法により調べて真正細菌群集構造に著しい変化が見られ、さらにT-RFLP法で解析したphaC遺伝子群集構造についても同時期に著しい変化が見られた。以上のことから、リアクターの処理能力の変化・微生物群衆構造の変化に伴い、phaCの群集構造も変化することがT-RFLP法を用いた解析から確認することができ、その挙動を捉えることが出来た。 そこで、実験室リアクターから得られた活性汚泥について、phaC遺伝子群集構造と、そのとき合成されるPHAの組成・物性との関係性について調べた。プロピオン酸・酢酸を主な基質として与えた嫌気好気連続式回分リアクターを対象とし、T-RFLP法によりphaCの経時的挙動をモニタリングしたところ、3H2MVを40%程度含まれるPHAが合成される時期と8割以上が3HVで構成されるPHAが合成される時期があり、T-RFLP法で調べたPHA蓄積細菌群集構造もこの2つの時期で明らかに異なることがわかった。 さらに、合成されたPHAの組成変化とT-RFLP法によるphaC遺伝子群集構造の変動を比較した結果、含まれる3H2MVの割合の変化と相関を示すT-RFsがあった。クローニング法によりそのT-RFsを同定したところ、グループOTU[AR5#4]であり、3H2MVの合成になんらかの関係がある可能性が示されるphaC遺伝子の遺伝子配列、アミノ酸配列の一部を解明することができた。このOTU[AR5#4]に属していたphaC遺伝子は、系統樹上においてクローンのみから成るユニークなクラスターを構成しており、未知のphaCであると推測された。そのアミノ酸配列は、クラスIのPHA合成酵素に52-54%類似すると共に、クラスIIのPHA合成酵素にも48-50%類似していた。 以上、本論文は、これまで研究事例のきわめて限られていた活性汚泥法内のPHA蓄積細菌群集の構造を解析するために、phaCを標的とした分子生物学的手法を確立し、これを用いてphaC遺伝子群集構成と合成されるPHAの組成の変化と対応することを示した。また、合成されるPHA組成を評価する指標なりうる可能性があることを示した。さらに活性汚泥特有に合成される3H2MVを合成する新しいPHA合成酵素のDNA配列・アミノ酸配列の一部を解読した。その成果は、排水処理技術としての活性汚泥法の有機物除去機構に関する理解を深める上で、またPHAを生物分解性プラスチックとして回収するシステムを構築する上での重要な基礎を与えており、環境学の発展に大きく寄与するものである。したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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