学位論文要旨



No 121950
著者(漢字) ニティシリサクン スコンタラット
著者(英字) Nitthisirisakool Sukhontharat
著者(カナ) ニティシリサクン スコンタラット
標題(和) 企業統治とトービンのQ : タイ上場企業の倒産予知モデル
標題(洋) Corporate Governance and Tobin's Q : Applying a Bankruptcy Prediction Model to Thai Firms
報告番号 121950
報告番号 甲21950
学位授与日 2006.12.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(国際協力学)
学位記番号 博創域第247号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 国際協力学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳田,辰雄
 東京大学 教授 吉田,恒昭
 東京大学 助教授 湊,隆幸
 東京大学 教授 山路,永司
 上智大学 教授 松原,望
 東京大学 名誉教授 松原,望
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、企業統治と企業価値の観点から企業倒産の予知に関する新たな理論上の貢献とともに実務上の貢献をもめざしている。本論文においては、タイのバンコク株式市場に上場している207社の財務会計データを利用して、企業統治と倒産の確率に関連する重要な指標としてのトービンのQを利用して、企業倒産予知モデルを構築した。モデルの特徴は、企業統治に関わる定性的なデータを財務会計データとともに利用してロジット推計式を導出したことにある。なお、この定性的データは各企業の営業報告書や財務会計報告書から丹念に集められたものである。

 本論文は、トービンのQと企業統治に関わるいくつかの変数の関係を特定化した。具体的には、タイのバンコック証券取引所に上場している企業の企業統治に関わる諸変数を詳細に検討した後に、有意な変数を整理した。企業統治に関わる主要な変数は、1)企業の所有構造を表す上位5番目までの全株式への保有割合、と2)外国資本の経営参加の程度を表す最大外国株主の全株式の保有割合である。また、トービンのQと所有や取締役会を中心とする経営や外国資本参加の構造との関係を詳細に検討した結果、取締役会を中心とする経営構造は有意ではないことが明らかになった。すでに、「1997年のアジア金融危機後の外国資本の経営への参加はトービンのQを下げている」という結果を導いた実証研究はいくつかあるが、トービンのQという金融理論から発展した概念を利用して、企業統治に果たす主要な変数の役割を解明しようとした研究はいままでにはない。

 従来、企業の倒産予知モデルは基本的に、財務会計データを利用して統計モデルとして展開されてきた。しかしながら、1997年のアジア金融危機の発生以来、いくつかの論文では、企業統治に関わる定性的な変数を利用して倒産予知モデルが構築されるようになってきた。

 1960年代後半に登場した倒産予測モデルは、基本的には財務会計データを利用した統計モデルとして発展してきた。しかしながら、1997年に発生したアジア金融危機において、企業統治の重要性が再認識されるようになり、いくつかの研究が倒産予知モデルに定性的な企業統治に関わる変数を用いて予測を行っている。この研究は、コンピュータの処理能力の著しい改善と定性・定量データの統計処置ソフトの高度化によっている。

 本稿は2段階の研究方法を用いている。第一段階では、2004年の財務会計データと企業統治に関わるデータを利用して、企業の所有構造、外資の経営参加の程度と取締役会の構成に関連する企業統治の観点からトービンのQの回帰式を導出した。さらに、一連の制御(コントロール)変数、すなわち、企業の総資産、過去5年間の平均売上高増加率、総資産資本支出比率と産業ダミー、がこの回帰式に導入されるべきことが示唆されている。少なくとも1変数以上の企業統治に関わる変数の回帰式への導入が、タイ企業の企業統治に関わる特徴によってトービンのQの説明力をより改善することが明らかになった。これらの、企業統治に関わる定性的な変数をトービンのQの回帰式に導入したこと自体が本研究の貢献の一つとなっている。最後に、トービンのQの回帰式は、1)企業の所有構造を表す上位5番目までの全株式への保有割合、2)外国資本の経営参加の程度を表す最大外国株主の全株式への保有割合と3)一連の制御変数によって説明されている。

 第2段階において、企業統治に関わる変数を利用して推計されたトービンのQを利用して、倒産予知モデルを構築した。このモデルは2段階ロジスティック回帰を利用している。2000年から2005年までの企業財務会計データと企業統治に関する変数は、1年前に企業倒産を予知するために応用されている。28の財務会計変数から2つだけ、正味売上高営業収益率と総資本負債比率が選択された。その後に、2000年から2005年のデータを利用して、回帰式からトービンのQの推計値を計算した。2段階ロジスティック回帰モデルは、単に財務会計データを利用したモデルや財務会計データから得られるトービンのQを直接導入するモデルよりも、予知においてすぐれていた。

 すなわち、推計式を倒産予知モデルに導入したところ、財務会計データモデルよりも2.3パーセント程度企業の倒産を予知する精度が改善した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、企業統治と企業価値の観点から企業倒産の予知に関する新たな理論上の貢献とともに実務上の貢献をもめざしている。本論文においては、タイのバンコク株式市場に上場している207社の財務会計データを利用して、企業統治と倒産の確率に関連する重要な指標としてのトービンのQを利用して、企業倒産予知モデルを構築した。モデルの特徴は、企業統治に関わる定性的なデータを財務会計データとともに利用してロジット推計式を導出したことにある。なお、この定性的データは各企業の営業報告書や財務会計報告書から丹念に集められたものである。

 本論文は、トービンのQと企業統治に関わるいくつかの変数の関係を特定化した。具体的には、タイのバンコク証券取引所に上場している企業の企業統治に関わる諸変数を詳細に検討した後に、有意な変数を整理した。企業統治に関わる主要な変数は、1)企業の所有構造を表す上位5番目までの全株式への保有割合、と2)外国資本の経営参加の程度を表す最大外国株主の全株式の保有割合である。また、トービンのQと所有や取締役会を中心とする経営や外国資本参加の構造との関係を詳細に検討した結果、取締役会を中心とする経営構造は有意ではないことが明らかになった。すでに、「1997年のアジア金融危機後の外国資本の経営への参加はトービンのQを下げている」という結果を導いた実証研究はいくつかあるが、トービンのQという金融理論から発展した概念を利用して、企業統治に果たす主要な変数の役割を解明しようとした研究はいままでにはない。

 従来、企業の倒産予知モデルは基本的に、財務会計データを利用して統計モデルとして展開されてきた。しかしながら、1997年のアジア金融危機の発生以来、いくつかの論文では、企業統治に関わる定性的な変数を利用して倒産予知モデルが構築されるようになってきた。1960年代後半に登場した倒産予測モデルは、基本的には財務会計データを利用した統計モデルとして発展してきた。しかしながら、1997年に発生したアジア金融危機において、企業統治の重要性が再認識されるようになり、いくつかの研究が倒産予知モデルに定性的な企業統治に関わる変数を用いて予測を行っている。この研究は、コンピュータの処理能力の著しい改善と定性・定量データの統計処置ソフトの高度化によっている。

 本論文は2段階の方法で研究を進めている。第一段階では、2004年の財務会計データと企業統治に関わるデータを利用して、企業の所有構造、外資の経営参加の程度と取締役会の構成に関連する企業統治の観点からトービンのQの回帰式を導出した。さらに、一連の制御(コントロール)変数、すなわち、企業の総資産、過去5年間の平均売上高増加率、総資産資本支出比率と産業ダミー、がこの回帰式に導入されるべきことが示唆されている。少なくとも1変数以上の企業統治に関わる変数の回帰式への導入が、タイ企業の企業統治に関わる特徴によってトービンのQの説明力をより改善することが明らかになった。これらの、企業統治に関わる定性的な変数をトービンのQの回帰式に導入したこと自体が本研究の貢献の一つとなっている。最後に、トービンのQの回帰式は、1)企業の所有構造を表す上位5番目までの全株式への保有割合、2)外国資本の経営参加の程度を表す最大外国株主の全株式への保有割合と3)一連の制御変数によって説明されている。

 第2段階において、企業統治に関わる変数を利用して推計されたトービンのQを利用して、倒産予知モデルを構築した。このモデルは2段階ロジスティック回帰を利用している。2000年から2005年までの企業財務会計データと企業統治に関する変数は、1年前に企業倒産を予知するために応用されている。28の財務会計変数から2つだけ、正味売上高営業収益率と総資本負債比率が選択された。その後に、2000年から2005年のデータを利用して、回帰式からトービンのQの推計値を計算した。2段階ロジスティック回帰モデルは、単に財務会計データを利用したモデルや財務会計データから得られるトービンのQを直接導入するモデルよりも、予知においてすぐれていた。

 すなわち、推計式を倒産予知モデルに導入したところ、財務会計データモデルよりも3パーセント程度企業の倒産を予知する精度が改善した。この結果は、企業統治に関する定性的な変数を組み込んで、トービンのQを推計して、それをいくつかの量的な財務会計データと組み合わせたモデルを構築すると、倒産予知精度を5パーセント以上上げることができる可能性を示唆している。少なくとも、タイのバンコク資本市場に上場している207社に関しては上述の結果が得られた。

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