学位論文要旨



No 121953
著者(漢字) 呉,盈瑩
著者(英字) Wu,Yin yin
著者(カナ) ゴ,インイン
標題(和) 先島諸島で越冬するサシバButastur indicusの階層的生息地選択と分布決定に関わる景観要因
標題(洋) Hierarchical habitat selection and distribution of wintering Grey-faced Buzzards(Butastur indicus)in the Sakishima Islands
報告番号 121953
報告番号 甲21953
学位授与日 2007.01.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3084号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生圏システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,廣芳
 東京大学 助教授 高槻,成紀
 東京大学 助教授 加藤,和弘
 立教大学 教授 上田,恵介
 岩手大学 専任講師 東,淳樹
内容要旨 要旨を表示する

 人間活動による野生動物の生息地の急激な変化や減少は、さまざまな動物を減少させる主要因と考えられている。このような環境変化の中で生じる動物個体群の空間動態をモデル化することは、景観の空間構造が個体群生態学的なプロセスにどのような影響を与えるのかを理解する上で、重要な役割を果たす。また、対象動物の空間分布図は、その動物にとって重要な資源が何なのかを定量的に評価するための有効な情報源にもなる。

 このような解析法としてまず使われるのが、個体の位置と景観構造などとの関係を調べる方法である。この手法は、とくに大きなスケール、例えば地域スケールでの分布を扱う場合によく用いられる。これらの研究を通して、どのような動物でも広く均一に分布することはなく、景観要素に応じて密度が変化することが、また、その様式は対象とするスケールに応じて変化することなどが明らかにされてきた。さらに、これらの現象は、生息地選択と呼ばれる動物個体の意思決定過程の結果生じることも知られている。しかし、大スケールでの動物の生息地選択の様式と個体の行動プロセスとの関係を明らかにしたり、複数スケールにわたる生息地選択の関係を調べる研究は遅れている。

 このような背景のもとに、本研究では長距離の季節的移動、渡りを行うタカ類、サシバButastur indicusの越冬個体を対象に、行動圏の利用から越冬地域の分布までの複数スケールにわたる分布決定にかかわる景観要因の解析を行った。本種は、人間活動の影響を受けやすい農地を主要な生息地とし、近年、個体数の減少が懸念されている。

 先島諸島での代表的な越冬地と考えられる石垣島の農地でサシバ7羽に電波送信機を装着し、越冬期の行動圏利用を追跡したところ、5羽について行動圏解析に充分な情報を得ることができた。行動圏面積は中央値が43.4ha、最小が13.3ha、最大が68.1haだった。対象とする景観内(約7km2)での実際の行動圏の配置は、人為的にランダムに配置した同面積の行動圏よりも有意に採草地を多く含む位置を選択していた。行動圏内の利用地点は、ランダムに配置した点よりも有意に採草地、防風林、森林の近くに位置していた。とくに、採草地との距離は他の景観要素よりも近かった。これは、防風林や森林の周縁が採食のさいの止まり木になるなどの機能をもっているためだと考えられた。

 先島諸島全体で281羽の越冬中のサシバを確認した。一般化線型モデルのモデル選択の結果、各島で越冬するサシバの密度には、農地面積の割合、島の位置、他島の農地面積とその島との距離が影響していることが明らかになった。農地割合が高いほど、また近隣に農地面積の広い島が多いほど、そして、北東に位置する島ほど、島で越冬するサシバの密度が高くなっていた。北東に位置する島ほど越冬密度が高い理由として、南下する際に島を訪れる順番が影響している可能性が考えられた。また、他島の影響を受けていたことから、サシバは、近い島ほど高い頻度で分散するといった距離依存の分散を行っている可能性が考えられた。

 各島内でのサシバの分布を解析するため、各島を1x1kmのセルに区切り、各セルでのサシバの有無と景観要素の面積の関係について一般化線型混合モデル(ランダム要因:島)のモデル選択を行った。その結果、採草地、水田、その他の農地の面積、および各島のサシバ個体数が各セルでのサシバ生息の有無に影響しており、これらの農地面積が広いほど、また島のサシバ個体数が多いほど、サシバの生息確率が高いことがわかった。

 これらの結果を通して、まずサシバにとって重要な景観要素が農地、とくに採草地であることが、小スケールの行動圏内の利用地点から大スケールの島間分布まで共通した現象であることが明らかになった。このことは、採草地などの農地面積の増減が、先島諸島のサシバの分布に大きな影響を与えることを示唆している。また、小スケールでの解析から、採草地の中でも防風林や森林の近くが重要であることが示されたことは、単に採草地が多いだけでなく、これらが隣接して存在することの必要性も考えられた。

 また、主に島間と島内での分布の解析を通して、先島諸島で越冬するサシバの生息地選択における空間階層の枠組みを示すことができた。まず、サシバは訪れた順番が早い島ほど、そして農地面積割合が高い島ほど選好する傾向が認められた。これは、南下する渡りで最初に越冬地を選択するさいに生じる生息地選択の結果だと考えられる。また、周囲の島の影響を受けていたことは、越冬する島を選択したのちに、周囲の島への分散が短距離ほど頻繁に生じるといった形で起こっている可能性を示している。

 そして、これらの大スケールで決定された各島のサシバ生息個体数は、島内でのサシバの生息地選択にも影響していた。このことから、各島内でのサシバの分布予測には、各島の景観構造以外に、島の位置や周囲の島の状況など、大スケールの現象も考慮する必要があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 人間活動による野生動物の生息地の急激な変化や減少は、さまざまな動物を減少させる主要因と考えられてきた。このような環境変化の中で生じる動物個体群の空間動態をモデル化することは、景観の空間構造が個体群生態学的なプロセスにどのような影響を与えるのかを理解する上で、重要な役割を果たす。また対象動物の分布情報は、その動物にとって重要な資源を定量的に解析し、評価するために有効な情報源ともなる。

 このような解析としてよく使われるのが、個体の位置と景観構造との関係を調べる方法である。この手法は、大きなスケール、たとえば地域スケールでの分布を扱う場合に使われることが多い。これらの研究を通して、どのような動物も広く均一に分布することはなく、景観要素に応じて密度が変化することなどが明らかにされてきた。さらに、景観要素に応じて密度が変化することは、生息地選択と呼ばれる個体の意思決定の結果生じることも知られている。しかし、大スケールでの生息地分布と個体の行動プロセスとの関係を明らかにする研究は遅れている。

 本研究では、渡りを行なうタカ類の1種、サシバButastur indicusの越冬地での分布を対象に、個体の行動圏利用から広域分布までの複数スケールにわたる分布決定にかかわる景観要因の解析を行なった。

 サシバの代表的な越冬環境をもつ石垣島で越冬するサシバ5羽を対象に、電波送信機による追跡を行ない、行動圏解析に充分な情報を得ることができた。調査地内(約7km2)での5羽の行動圏は、ランダムに配置した同面積の行動圏よりも有意に採草地を多く含む位置に存在していた。行動圏内の利用地点は、ランダムに配置した点よりも有意に採草地、防風林、森林の近くに位置していた。とくに採草地との距離は、ほかの景観要素よりも近かった。

 先島諸島全体で281羽の越冬中のサシバを確認した。一般化線型モデルのモデル選択の結果、各島で越冬するサシバの密度は、農地面積の割合、島の位置、他島の農地面積とその島との距離、に影響を受けていることが明らかになった。農地割合が高いほど、また近隣に農地面積の広い島が多いほど、そして北東に位置する島ほど、島で越冬するサシバの密度が高くなっていた。北東に位置する島ほど越冬密度が高い理由として、南下するさいに島を訪れる順番が影響している可能性が考えられた。また、他島の影響を受けていたことから、サシバが越冬期間中に周辺の島に分散している可能性が考えられた。

 各島内でのサシバの分布を解析するため、各島を1x1kmのセルに区切り、各セルでのサシバの有無と景観要素の面積の関係を、一般化線型混合モデル(ランダム要因:島)をもちいたモデル選択によって解析した。その結果、採草地、水田、その他の農地の面積、および各島のサシバ個体数が各セルでのサシバ生息の有無に影響しており、これらの農地面積が広いほど、また島のサシバ個体数が多いほど、サシバの生息確率が高いことがわかった。

 これらの結果を通して、サシバにとって重要な景観要素が農地、とくに採草地であることは、小スケールの行動圏内の利用から大スケールの島間分布までに共通した現象であった。このことは、今後、採草地などの農地面積の増減が、先島諸島のサシバの分布に大きな影響を与えることを示唆している。また、小スケールでの解析から、採草地の中でも防風林や森林の近くが重要であることが示されており、単に採草地が多いだけでなく、これらの要素が隣接して存在することの必要性も考えられる。

 一方、主に島間の分布と島内での分布の解析を通して、先島諸島で越冬するサシバの生息地選択における空間階層の枠組みを示すことができた。すなわち、南下する渡りで先に訪れた島ほど越冬地として選択する傾向が強いこと、さらに、渡り途中で越冬する島を選択したのちに、再度、周囲の島への分散が生じている可能性があることを示している。

 以上より、本研究の成果は、サシバの広域にわたる分布予測と生息地保全上、複数スケールにわたる空間解析が有効であることを具体的に提示しているだけでなく、渡りを行なうほかの鳥類の生息地保全研究にも貢献するものと考えられる。したがって、本研究は基礎、応用両面から学術上貢献するところが大きく、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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