学位論文要旨



No 121956
著者(漢字) 菅原,琢
著者(英字)
著者(カナ) スガワラ,タク
標題(和) 中選挙区制と自民党政権 : 55年体制下における単記非移譲式投票の影響の計量分析
標題(洋)
報告番号 121956
報告番号 甲21956
学位授与日 2007.01.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第200号
研究科 法学政治学研究科
専攻 政治専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,淳子
 東京大学 教授 蒲島,郁夫
 東京大学 教授 大串,和雄
 東京大学 教授 石川,健治
 東京大学 助教授 谷口,将紀
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、55年体制下の中選挙区制度で行われた総選挙について、単記非移譲式投票が自民党政権の継続にどのように影響を与えたのか、多角的に分析するものである。各章の要旨は次のとおりである。

 第1章では、中選挙区制における「候補者数効果」について分析を行った。中選挙区制で行われた55年体制下の衆議院選挙において、複数の候補者を出馬させる自民党は、選挙区の候補者の数や票割りに関する失敗の分、不利であったと考えられている。本稿ではこの不利の一方で、(1)得票の移譲が無く、候補者の得票率の順に議席が与えられるSNTVにおいては、大政党ほど候補者数を多く擁立できる、(2)有権者が政党ではなく候補者個人に対して投票を行う制度では、政党ラベル以外の要素を考慮した投票が行われる結果、候補者の数が多い政党ほど政党全体の集票力は大きくなる、という2つの制度的な特徴により、自民党は構造的に得票ボーナスを得ており、この面で有利であったと主張する。この「候補者数効果」は直接計測することはできないため、本稿では自民党の公認候補者数の増減と得票の増減の関係からこの効果の大きさを推測した。これをもとに候補者数効果が自民党の獲得議席数にどの程度作用していたのかシミュレーションを行ったところ、55年体制下の衆議院選挙において自民党は、複数候補擁立のリスクの結果生じる損失を上回るボーナスを、候補者数効果により得ていたという推計が得られた。

 第2章では、自民党結党当初の公認絞込みについて分析を行った。本稿では、自民党の公認候補者数の調整を、議席率最大化を企図した候補者数最適化の一環として捉え、これがどのような要因により行われるのかを探ることで、自民党の中選挙区における戦い方の特徴を明らかにするものである。人口移動仮説を巡る議論が明らかにするように、自民党の公認候補者数の増減と得票率の変動、社会経済的変動は、相互に複雑に関連しているが、本稿ではこれらの関係を、計量分析を通じ明らかにする。その結果、人口増加率と公認削減は若干の相関関係を有するものの、結党当初の過剰公認が都市中心であることがこの相関を生じさせていることが明らかとなり、一方、自民党の公認削減は過剰公認を解消する方向で働いていることは確かであるが、過剰公認を積極的に除去したのではなく、あくまで候補者の落選を通じた事後反応的な対応として公認削減が行われているということも明らかとなった。この結果は、自民党の公認システムや選挙結果は、個々の候補者の運動に依存したものであるということを示唆するものである。

 第3章では、自民党候補の地域割拠性について、その指標の特性と経年変化について特に研究を行った。中選挙区制度で行われていたかつての衆議院選挙では、複数の自民党候補者が同じ選挙区の中で別々の地域を地盤として戦う例が見られた。先行研究では、この地盤の分割の程度(割拠性)は55年体制下において経年的に低下していることが指摘されている。これに対して本稿では、(1)自民党候補者の数や他の政党の得票が割拠性の計測に与える影響を考慮して再計測を行うことにより、先行研究が指摘するほど割拠性は低下していないということを示す。加えて、(2)選挙区の割拠性が地域特性によって規定されているという先行研究の指摘を、同様に自民党候補者数の影響を考慮して再検証し、割拠性の形成が安定的な構造を有しているということを確認する。

 第4章では、自民党候補者の地盤について、地域の得票の独占率を用いて分析を行った。自民党候補者の割拠性の強さや、選挙区の割拠構造の強さについては、これまでもしばしば研究されてきている。しかし、よりミクロな自治体・地域を単位としては計量的に研究されてはいない。本稿では、選挙区を構成する個々の地域に焦点を当て、自民党候補の地盤の形成と変動について分析を行った。その結果、(1)個別の地域が特定候補の地盤となるかどうかは、その地域の地域特性とはあまり関係なく、選挙区全体の競争構造が重要であること、(2)個別地域の被割拠性は頻繁に変動すること、(3)地域の被割拠性は自民党候補者間の競争構造の変動(候補者数変動、新規参入)の影響により変動すること、(4)世襲等の正統後継候補は割拠構造を更新しない傾向にあること、(5)候補者の地域割拠は自民党の地域別得票率にプラスの効果をもたらすこと、などが明らかとなった。これらの結果は、候補者独自に選挙運動組織を運営し、地域割拠を通じて集票を行うという自民党型の選挙スタイルの特徴が、候補者間の流動的な競争を通じて高得票率を維持するのに寄与しているということを示すものである。

 第5章では、55年体制下における選挙を通じ、自民党の議員と幹部に関し、農村バイアス傾向が強まっていった様相を明らかにした。本稿では、自民党政権の政策が農村の声を強く反映したものとなっている構造を、選挙と自民党内組織の計量的観察から明らかにしている。選挙過程においては、定数不均衡に加え、農村部で自民党選出議員が多いことも、農村過大代表の政権形成に寄与している。また、選挙過程における農村バイアスは55年体制下、特に初期において拡大傾向を見せていることが明らかとなった。農村部選出議員の平均当選回数は55年体制下を通じ伸びており、これが自民党内の組織、権力配置に関しても影響を与え、特に政党幹部、大派閥の領袖はほとんどが農村選出議員で占められるようになっていることが明らかとなった。55年体制以降の日本政治においても、この農村バイアス構造は残存しており、構造改革を巡る論争など政権運営に影響を与えていると考えられる。

 以上の議論により、中選挙区制度は、既存の研究が主張している以上に、自民党の選挙結果と、自民党政権の継続、自民党政権の性格に影響を与えているということが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「中選挙区制と自民党政権―55年体制下における単記非移譲式投票の影響の計量分析」は、55年体制下の中選挙区制度で行われた総選挙について、単記非移譲式投票という制度が、自民党の選挙結果と選挙過程にどの程度、どのように影響を与えたのか、分析するものである。

 中選挙区制の下でどのような選挙が行われ、どのような選挙結果が生じるかについて、これまでさまざまな研究がなされてきている。その中で、有権者個人単位の行動をサーベイ・データから研究する研究者の間では、候補者要因の影響や地元利益志向が、中選挙区制における有権者の投票行動の特徴として指摘されてきた。つまり有権者は、政党だけでなく候補者個人、あるいは地域利害というような要素を考慮し、投票を決定しているのである。そしてこれは、特に自民党候補に関して顕著であるとされている。ただし、このような特徴が自民党の選挙結果にどの程度、どのように影響を与えているかについて、明確に示した研究はない。

 一方、主に集計データを用いて研究する選挙制度研究者の間では、もっぱら政党公認候補者の得票合計と議席数の関連から、政党制や大政党の有利さについて論じられている。ここでは、中選挙区制の下で個別の有権者がどのように投票しているのかはあまり考慮に入れられていないばかりか、単記非移譲式投票制度下における有権者の自由な投票行動は、大政党、すなわち自民党にとっては候補者間の得票の不均一の要因として、「頭痛の種」として描かれている。

 これに対して本論文では、投票行動研究の知見を選挙制度研究にフィードバックすることにより、自民党が政権を維持した選挙構造とその帰結について段階的に明らかにする。より具体的には、SNTVは政党ではなく候補者を基準とした投票行動を生じさせ、同時に政党ごとの候補者数を規定しており、このことが選挙区内の地域の得票を掘り起こす仕組みとして作用し、自民党に歴史的に有利に働いているということを、計量的に明らかにする。以下、各章の内容を示す。

 第1章では、中選挙区制における「候補者数効果」について分析を行った。中選挙区制で行われた55年体制下の衆議院選挙において、複数の候補者を出馬させる自民党は、選挙区の候補者の数や票割りに関する失敗の分、不利であったと考えられている。本章では、この不利の一方で、(1)得票の移譲が無く、候補者の得票率の順に議席が与えられるSNTVにおいては、大政党ほど候補者数を多く擁立できる、(2)有権者が政党ではなく候補者個人に対して投票を行う制度では、政党ラベル以外の要素を考慮した投票が行われる結果、候補者の数が多い政党ほど政党全体の集票力は大きくなる、という2つの制度的な特徴により、自民党は構造的に得票ボーナスを得ており、この面で有利であったと主張する。この「候補者数効果」は直接計測することはできないため、本章では自民党の公認候補者数の増減と得票の増減の関係からこの効果の大きさを推測した。これをもとに候補者数効果が自民党の獲得議席数にどの程度作用していたのかシミュレーションを行ったところ、55年体制下の衆議院選挙において自民党は、複数候補擁立のリスクの結果生じる損失を上回るボーナスを、候補者数効果により得ていたという推計が得られた。

 第2章では、自民党結党当初の公認絞込みについて分析を行った。本章では、自民党の公認候補者数の調整を、議席率最大化を企図した候補者数最適化の一環として捉え、これがどのような要因により行われるのかを探ることで、自民党の中選挙区における戦い方の特徴を明らかにするものである。人口移動仮説を巡る議論が明らかにするように、自民党の公認候補者数の増減と得票率の変動、社会経済的変動は、相互に複雑に関連しているが、本章ではこれらの関係を、計量分析を通じ明らかにする。その結果、人口増加率と公認削減は若干の相関関係を有するものの、結党当初の過剰公認が都市中心であることがこの相関を生じさせていることが明らかとなり、一方、自民党の公認削減は過剰公認を解消する方向で働いていることは確かであるが、過剰公認を積極的に除去したのではなく、あくまで候補者の落選を通じた事後反応的な対応として公認削減が行われているということも明らかとなった。この結果は、自民党の公認システムや選挙結果は、個々の候補者の運動に依存したものであるということを示唆するものである。

 第3章では、自民党候補の地域割拠性について、その指標の特性と経年変化について特に研究を行った。中選挙区制度で行われていたかつての衆議院選挙では、複数の自民党候補者が同じ選挙区の中で別々の地域を地盤として戦う例が見られた。先行研究では、この地盤の分割の程度(割拠性)は55年体制下において経年的に低下していることが指摘されている。これに対して本章では、(1)自民党候補者の数や他の政党の得票が割拠性の計測に与える影響を考慮して再計測を行うことにより、先行研究が指摘するほど割拠性は低下していないということを示す。加えて、(2)選挙区の割拠性が地域特性によって規定されているという先行研究の指摘を、同様に自民党候補者数の影響を考慮して再検証し、割拠性の形成が安定的な構造を有しているということを確認した。

 第4章では、自民党候補者の地盤について、地域の得票の独占率を用いて分析を行った。自民党候補者の割拠性の強さや、選挙区の割拠構造の強さについては、これまでもしばしば研究されてきている。しかし、よりミクロな自治体・地域を単位としては計量的に研究されてはいない。本章では、選挙区を構成する個々の地域に焦点を当て、自民党候補の地盤の形成と変動について分析を行った。その結果、(1)個別の地域が特定候補の地盤となるかどうかは、その地域の地域特性とはあまり関係なく、選挙区全体の競争構造が重要であること、(2)個別地域の被割拠性は頻繁に変動すること、(3)地域の被割拠性は自民党候補者間の競争構造の変動(候補者数変動、新規参入)の影響により変動すること、(4)世襲等の正統後継候補は割拠構造を更新しない傾向にあること、(5)候補者の地域割拠は自民党の地域別得票率にプラスの効果をもたらすこと、などが明らかとなった。これらの結果は、候補者独自に選挙運動組織を運営し、地域割拠を通じて集票を行うという自民党型の選挙スタイルの特徴が、候補者間の流動的な競争を通じて高得票率を維持するのに寄与しているということを示すものである。

 第5章では、55年体制下における選挙を通じ、自民党の議員と幹部に関し、農村バイアス傾向が強まっていった様相を明らかにした。本章では、自民党政権の政策が農村の声を強く反映したものとなっている構造を、選挙と自民党内組織の計量的観察から明らかにしている。選挙過程においては、定数不均衡に加え、農村部で自民党選出議員が多いことも、農村過大代表の政権形成に寄与している。また、選挙過程における農村バイアスは55年体制下、特に初期において拡大傾向を見せていることが明らかとなった。農村部選出議員の平均当選回数は55年体制下を通じ伸びており、これが自民党内の組織、権力配置に関しても影響を与え、特に政党幹部、大派閥の領袖はほとんどが農村選出議員で占められるようになっていることが明らかとなった。55年体制以降の日本政治においても、この農村バイアス構造は残存しており、構造改革を巡る論争など政権運営に影響を与えていると考えられる。

 以上の各章の議論からは、自民党はSNTVによって候補者数と集票力に関し有利であること、落選しない限り公認数が維持される「戦略」等によって自民党の候補者数は維持されていたこと、自民党候補の地域割拠構造は55年体制期を通して比較的安定していたこと、自民党候補の地域割拠、地盤形成は自民党の総得票率を押し上げていたこと、そして地域利益代表としての自民党の農村バイアスが55年体制下で強固になっていったことが明らかとなった。これらの結果は、同一政党の候補者が集票を競い、一方で大きな政党ほど擁立候補者数において有利であるという中選挙区制の選挙構造が、自民党の選挙結果と政権の継続、そして政権の性格に影響を与えているということを示すものである。

 以上が本論文の要旨である。以下にその評価を述べる。

 菅原論文の第1の長所は、既存の研究でほぼ定説化している「中選挙区制は自民党に不利な選挙結果をもたらす」という理論に真っ向から挑戦し、独自の集計データを用いながら、中選挙区制は自民党にとってむしろ有利であると結論づけたことである。本論文では、旧来の選挙制度研究が暗黙裡の前提とした「政党への投票」を、日本の現実に近づけて「候補者への投票」に修正し、再分析した結果、これまでの研究の指摘とは全く正反対の結論を得たのである。この結果は、中選挙区制における自民党の弱さという理論上の結論と、自民党の現実の選挙での強さという矛盾を解消するものである。また、地元利益志向、候補者への投票、後援会組織、地方議員に見られる「系列」の仕組みなど、中選挙区と日本の選挙政治にまつわるさまざまな経験的な事実と、既存の選挙制度理論を架橋するものである。

 菅原論文の第2の長所は、計量分析と戦後政治史の研究がうまく調和していることである。例えば、第5章の「日本政治における農村バイアス」は、1955年から93年までの日本政治における農村バイアスを描いたもので、計量分析を使った戦後政治史の研究と言える。自民党が農村偏重的であるということを各種のデータから示しており、自民党議員は過剰に農村を代表しているだけでなく、幹部や派閥領袖等の実力者は一般の議員に比較してさらに農村代表的な傾向が強いということが明らかとなった。そしてこの傾向は、55年体制を通じて強固になっていることが明らかとなった。この結論の独創的なところは、自民党の農村偏重が農業人口が急激に低下した90年代以降も長期間続き、それが都市部の自民党離れに結びついていたことを集計データを用いて描き出したことである。

 第3の長所は、既存のデータに頼ることなく独自に巨大なデータベースを構築し、データの裏付けによって自らの理論を提示していることである。最近の論文は、既に存在するデータベースを用いながら美しい理論を追求する傾向にあるが、本論文はその傾向から超然としている。それによって、複雑な政治の動きを漏らすことなく把握し、独自の理論を提示することができたのである。サーベイ・データによらず、アグリゲートデータを再加工することによってかくも緻密な分析ができることを示した本論文は、日本政治研究の実質・方法両面において裨益するところが大きい。

 しかし、本論文にも疑問点が無いわけではない。第3の長所である複雑な政治を漏らすことなく把握しようとする学問姿勢は、論文全体のまとまりと主張の分かりにくさに結びついている。各章が機能的に結びついておらず、論文全体の主張がやや不明確である。

 第2に、既に定式化された理論に対して挑戦する場合、統計的頑強さが必要である。各選挙区において各党(候補者の合計)得票に応じて議席を比例配分したときと比べて、中選挙区制による大政党の獲得議席は少なくなることは、理論的にも経験的にも実証されている。菅原論文の主張は、自民党の候補者数が増えることによって、自民党票が増大するゆえに中選挙区制は自民党に有利である、というものである。菅原論文が正しいことを証明するには、公認候補者増を独立変数、自民党得票増を従属変数という回帰分析だけではなく、双方向の因果関係を仮定した同時方程式( simultaneous equations)を併用すべきではなかったか、と思う。本論文の公刊にあたっては、今後の課題とされるべきであろう。

 しかし、これらの疑問点は本論文の価値を著しく下げるものではない。本論文は、中選挙区制の理論研究に新しい知見を開いたのみならず、計量的な戦後政治史の分野においても大きな貢献を行った。この論文は学界に裨益するところが大きい特に優秀な論文であり、よって、博士(法学)の学位を授与するにふさわしいものと認められる。

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