学位論文要旨



No 121958
著者(漢字) 林,瑠美子
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ルミコ
標題(和) 素反応シミュレーションによる超臨界水酸化反応の反応機構の解析
標題(洋)
報告番号 121958
報告番号 甲21958
学位授与日 2007.01.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6405号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 新井,充
 東京大学 助教授 戸野倉,賢一
 東京大学 助教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序

 超臨界水酸化反応は新規廃棄物処理技術として期待されており、半導体工場廃液処理、実験廃液処理、PCB処理、化学兵器の処理など、様々な有害廃棄物・廃液処理技術として実用化されつつある。しかし、超臨界水酸化反応の反応器設計や処理条件の設定に関する情報は現段階では少なく、新たに反応器を設計する際には反応器のモデリングを行うことが重要であると考えられる。反応器のモデリングには各化合物の分解速度や反応機構に関する情報が必要である。分解速度としては、実験データを総括反応速度式の形で整理する方法と、反応シミュレーションにより分解速度を再現する方法の二種類が代表的である。総括反応速度式は簡便ではあるが、フィッティングに使用した実験条件の範囲外では適用の保証がなく、反応の本質をより的確に捉えた反応シミュレーションに期待が持たれる。

 超臨界水酸化反応は高密度水中の燃焼反応と捉えることができ、基本的にはラジカル連鎖反応で進行することが知られている。従って、気相燃焼反応の研究で蓄積された莫大な既存の素反応研究の成果を活用し、反応機構の検討を行うことが可能であると考えられる。しかし、超臨界水酸化反応に対しては、その反応場の特徴から必ずしも気相燃焼反応の素反応モデルを単純に外挿することはできない。超臨界水酸化反応の気相との相違点としては、温度域が比較的低い(500 ℃前後)ことによる反応機構の変化、高密度の水による溶媒効果、拡散速度の低下、水が反応物として働く効果などが指摘されているが、その影響を定量的に評価した検討は少ない。すなわち、気相燃焼反応から外挿した素反応シミュレーションを超臨界水酸化反応の実験結果と比較することで、超臨界水酸化反応の反応機構を気相との対比として理解し、高密度の水の存在が反応に与える影響をより明確にすることが重要である。

 一方、実用面では、様々な化合物の混合物である実廃水の処理速度や分解機構を、幅広い処理条件や廃液組成において適切に予測する必要がある。混合物の超臨界水酸化反応の素反応シミュレーションによりその機構を解析するとともに、素反応シミュレーションの反応速度予測手法としての可能性を評価、検討することが必要である。

 以上の背景より、本研究では、超臨界水酸化反応の反応場の特徴及びその反応への影響を、気相との対比により明確にし、さらには実廃水処理への応用するための各種化合物の分解機構と混合物の効果を素反応シミュレーションにより検討し、体系化することを目的とした。

第二章 シミュレーション及び実験の方法

 本研究は、シミュレーションと実験を相補的に行い、結果を対比させながら進めた。

 素反応シミュレーションには、基本的にはこれまでに提案されている超臨界水酸化反応の素反応モデルで考慮されている反応機構及び反応速度パラメータを用いた。いくつかの素反応の速度パラメータについては、より信頼性の高い最新の値に置き換えた。計算には理想気体のシミュレーション用ソフトCHEMKIN4.0を使用した。密度の理想気体からのずれについては、計算機上で真の密度を再現する仮想圧力を理想気体の状態方程式により逆算し、入力した。また、反応の前後で分子数が変化する素反応において、圧縮因子Zが逆反応の速度定数に及ぼすこの影響は、感度の高い無機ラジカルおよびC1化合物に関する素反応についてのみ考慮した。

 実験には流通式管型反応器を用い、510 ℃〜530 ℃、24.7 MPaで実験を行った。酸化剤には過酸化水素の熱分解で生じる酸素を用い、5〜6×10(-3) mol/lで一定とした。あらかじめ濃度を調製した有機物の水溶液と過酸化水素水溶液を独立に送液し、サンドバス内で予熱した。有機物と酸素の水溶液を反応器入口で混合することで反応開始とし、反応管を通過後は、冷却部、フィルター、背圧弁を経た後、気液分離した。液体試料はGC-FID、HPLC、TOCで、気体試料はGC-TCDで分析を行った。

第三章 超臨界水酸化反応における拡散の影響

 超臨界水酸化反応に対して、超臨界水の拡散速度がどの程度反応に影響するかを評価した。亜臨界及び超臨界水中の拡散速度定数を(a)Stokes-Einsteinの式により水の粘度を用いて見積もる方法及び(b)水の自己拡散係数から見積もる方法の二つの方法により算出した。見積もられた拡散速度定数を反応速度定数と比較し、特に反応速度定数の大きい反応R1(H+HO2=OH+OH)についてみかけの反応速度定数を算出した。超臨界域では、より小さい拡散速度定数となるStokes-Einsteinの式による見積もり(a)を用いても見かけの反応速度定数の減少は最大で24%程度であり、部分拡散律速になっている可能性はあるものの、ほとんど拡散の影響は受けないと考えられる。一方亜臨界域では、最大で49%もの見かけの反応速度定数の減少が見積もられ、また、拡散速度定数と匹敵する反応が多くなるため、拡散を考慮する必要がある場合があると結論できる。

第四章 超臨界水が反応物として反応機構に与える影響

 アルコールの超臨界水酸化反応を例に、高密度の超臨界水が反応物として反応機構に与える影響について検討を行った。メタノールの超臨界水酸化反応においては、メタノールの初期濃度が上昇するにつれてメタノール転化率が一旦減少し、その後ある初期濃度を境に逆に転化率が上昇するという実験結果が報告されている。この現象は、特にR2(H2O2+OH=HO2+H2O)の逆反応の寄与が有機物初期濃度により変化することが原因であることを素反応シミュレーションにより明らかにした。これは水が系内に高濃度に存在することによりR2の逆反応の進行が通常の気相反応より高いことによって起こる現象である。また、エタノールの超臨界水酸化反応では、気相反応と比べてメタンの収率が非常に高くなる現象が得られた。このようなメタンの生成促進は、本来はメタンの消費反応として働くはずの素反応R3(CH4+OH=CH3+H2O)において、高濃度の水の存在により逆反応の進行が促進されることにより起こることを素反応シミュレーションにより明らかにした。以上のように、超臨界水酸化反応において、高濃度に存在する水が反応物として働く反応の寄与により、通常の気相燃焼反応とは異なる現象が現れることを示した。

第五章 フェノールの超臨界・亜臨界水酸化反応における前駆解離平衡の影響

 亜臨界水中では超臨界水中に比べて非常にイオン積が大きくなるため、イオン反応が寄与する可能性があると考えられる。そこで、特にイオン性解離が重要となると考えられるフェノールの酸化反応機構にイオン反応が寄与する可能性について検討した。まず、フェノールが超臨界水および亜臨界水中でどの程度解離しているかを平衡計算により算出したところ、フェノレートイオン濃度は亜臨界水中では超臨界水中に比べて10桁程度も高くなると見積もられた。また、フェノールがフェノキシラジカルになる過程では、ラジカル的な反応のほかに、前駆解離により生成したフェノレートイオンがO2との電子効果反応により生成する経路がある可能性を、量子化学計算により示した。また、酸素付加反応が低温域で有利になることがフェノキシラジカルの消費反応を促進する可能性について検討した。

 以上より、亜臨界水中においてフェノールの酸化反応が有利に進行する理由として、酸解離により生成するイオンの反応への寄与を考慮する必要があることを示した。

第六章 超臨界水酸化反応における混合物の効果

 素反応シミュレーションの応用として、混合物の超臨界水酸化反応の反応解析と系統的な整理を行った。メタノール、エタノール、1-プロパノール、フェノール、酢酸を用いて二成分混合系の超臨界水酸化反応の実験を行った。アルコール同士の混合系では、より分解速度の大きいエタノール、1-プロパノールを添加することによりメタノールの分解が促進されることが分かった。一方エタノール、1-プロパノールはメタノールの共存による影響はほとんど受けない。また、フェノールや酢酸にアルコールを添加した系では、酢酸の転化率に対してはほとんど影響が見られず、フェノールの転化率に対しては、添加量を増やすことで分解の加速が得られた。混合物についての素反応シミュレーションを行い、分解挙動予測手法としての妥当性を評価するとともに、反応機構の解析を行った。計算結果は分解速度に対する混合物の効果についてその傾向を非常によく再現しており、混合物の分解挙動を予測する有効な手段となり得ることが示された。また、反応機構についての解析を行い、OHやHO2などのラジカルを共有することで混合物の影響が現れることを明らかにした。また、分解速度への影響には、有機物の初期濃度の効果を同時に考慮する必要がある。以上の結果を踏まえ、アルコールなどの分解しやすい化合物と比較的難分解性の化合物とに化合物をグループ分けすることにより混合物の効果を体系的にまとめた。

第七章 総括

 以上、本研究では、素反応シミュレーションにより超臨界水酸化反応の反応場の特徴を拡散の影響、反応物としての水の効果、イオン反応の寄与という観点で明らかにした。また、素反応シミュレーションは、混合物も含めた超臨界水酸化反応の反応挙動を予測し、反応機構を解析するための十分有効な手段となりうることを示した。これらの結果は、超臨界水酸化反応の反応器設計に対し非常に有用な情報となると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「素反応シミュレーションによる超臨界水酸化反応の反応機構の解析」と題し、素反応モデルに基づくシミュレーション計算によって超臨界水酸化反応の反応機構と特徴を解析するとともに、混合物の効果の予測手法としての同手法の実用性を評価するものであり、全7章から成る。

 第1章は緒言であり、研究の背景や目的が述べられている。まず、廃棄物処理技術としての超臨界水酸化反応の特徴を述べた上で、素反応シミュレーションを用いた反応機構解析においては超臨界水の気相燃焼反応との相違点を十分に考慮する必要があること、また、超臨界水が反応機構に与える影響は必ずしも十分に解明されていないことを述べている。このような背景をふまえ、本論文では溶媒である水が超臨界水酸化の反応機構に与える影響を素反応シミュレーションを用いて解明するとともに、その応用として実際の処理で重要となる混合物の効果の解析を行うことを目的とすると述べている。

 第2章では、素反応シミュレーションと実験の方法について述べている。シミュレーションの方法としては、本研究で用いた各素反応と素反応速度定数及び熱力学データについて詳細に記述するとともに、基本的な計算方法と解析方法について述べている。実験方法としては、実験装置の構成と操作法、分析手法について述べている。

 第3章では、超臨界水酸化反応における各素反応の反応速度と拡散速度の比較を行うことによって、素反応モデルの適用可能性について定量的に議論している。Stokes-Einsteinの式ならびに水の自己拡散係数を用いて、個々の素反応について部分拡散律速の反応速度定数を算出したところ、超臨界水中である500 ℃, 25 MPaにおいて、拡散による反応速度定数の減少は最大で24%と見積もられるものの、ほとんどの素反応では拡散の影響が無視できるため、反応機構全体への拡散の影響は小さいと結論付けている。一方、亜臨界域である350 ℃, 25 MPaでは最大で49%の反応速度定数の減少が見積もられ、さらに拡散速度に匹敵する重要な素反応の数も多くなることから、拡散の影響を無視するべきではないと述べている。

 第4章では、超臨界水酸化反応において、系内に高濃度に存在する水が反応物として寄与することにより、反応機構に影響を与える場合があることを、実験及び素反応シミュレーションにより示している。メタノールの超臨界水酸化反応では、メタノールの初期濃度変化にメタノール転化率が依存するという挙動について、水が高濃度で存在する超臨界水中では、水とヒドロペルオキシラジカルの反応が無視できなくなることが原因であることを明らかにしている。また、エタノールの超臨界水酸化反応では、水とメチルラジカルの反応が無視できなくなることにより、メタンの収率が気相燃焼反応と比べて高くなることを示している。

 第5章では、フェノールの超臨界・亜臨界水酸化反応に対し、イオン種が反応機構に及ぼす影響について述べている。特に亜臨界水中では、超臨界水中に比べてフェノールの解離度が大きく、生成したフェノレートイオンが酸素との電子交換反応によりフェノキシラジカルを生成する機構が反応促進に寄与する可能性があることを量子化学計算により示している。また、スーパーオキシドアニオンなどのその他のイオン種が反応促進に寄与する可能性についても述べており、酸解離性化合物の超臨界・亜臨界水酸化反応においてこれまで考慮されなかった、イオン種の反応機構への関与を明らかにしている。

 第6章では、実廃水処理において重要な知見となる混合物の超臨界水酸化反応について、モデル物質を用いた実験と素反応シミュレーションにより検討している。実験的検討により、アルコールの共存が難分解性化合物の分解を加速し、一方でアルコールの分解は難分解性物質の共存により抑制されること、これらの相互作用は混合比に強く依存することなどを明らかにしている。一方、素反応シミュレーションによってこれらの実験結果がよく再現されることから、素反応シミュレーションが混合効果を予測する上で有効な手法となりうると評価している。また、シミュレーションで得られるラジカル種の濃度変化や感度解析などの情報から、混合系における酸化反応の促進・抑制効果が分解生成物やヒドロキシラジカル等の反応性の高い中間体を双方の反応系で共有することに起因することなど、混合系における反応挙動を機構論的に解析している。さらに、化合物を反応加速剤と抑制剤の二種類に大別することによって混合物の効果を体系的にまとめており、これらの知見は実廃液処理に際し有用な情報となるものであると述べている。

 第7章では、以上の結果を総括するとともに、素反応シミュレーションの超臨界水酸化反応への適用の際にさらに検討すべき点や、より多くの化合物への展開、実処理への応用などを含めた今後の展望について述べている。

 以上要するに、本論文は超臨界水酸化反応の反応機構を素反応シミュレーションを用いて解析することにより、超臨界水中の反応機構の特徴を明らかにするとともに、実廃水処理で重要となる混合物の効果を体系的に整理するものであり、素反応シミュレーションの超臨界水酸化反応への適用可能性を示した点で工学的に高い価値を有し、超臨界流体工学及び化学システム工学の発展に大きく寄与するものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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