学位論文要旨



No 121977
著者(漢字) 多湖,淳
著者(英字)
著者(カナ) タゴ,アツシ
標題(和) 単独軍事行動と多角軍事行動をめぐる政治学 : 第二次世界大戦後の米国による武力行使
標題(洋)
報告番号 121977
報告番号 甲21977
学位授与日 2007.02.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第699号
研究科 総合文化研究科
専攻 国際社会科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古城,佳子
 東京大学 教授 田中,明彦
 東京大学 教授 石田,淳
 東京大学 助教授 倉田,博史
 青山学院大学 教授 山本,喜宣
内容要旨 要旨を表示する

 国際政治学では戦争原因論に知られるように、軍事行動の発動に強い関心が置かれてきたが、どのように武力行使がなされるのか、いわば軍事行動の形態への関心は相対的に低いままである。これに対して、本論文は第二次世界大戦後における米国の武力行使を題材に、軍事行動の形態をめぐる研究を展開する。

 というのも、米国の発動する軍事行動の形態は、様々な波及効果をもたらす。例えば、多角軍事行動は抑制的な武力の行使にとどまる。しかし、それは他国を紛争に巻き込んでしまうという副作用がある。他方、自衛の要件を満たさないにもかかわらず、単独軍事行動を強行した場合、武力行使を禁じる現下の国際秩序を揺るがすことになる。従って、武力を多角または単独に用いる条件と動機を解き明かすことは重要な研究課題である。

 この課題に対して、今まで大きく三つのアプローチで議論が行われてきた。

 第一に、多角軍事行動や単独軍事行動が選択される条件を多角主義や単独主義という表現で論じる一群の研究が存在する。それらは、多角軍事行動と単独軍事行動が選択されやすくなる構造的な条件を把握することに力を注いできた。よって、例えば、米国の国力の変化に応じて、または、ある政権において、多角的ないし単独的な政策がとられやすいと説明する。このような議論は軍事行動の形態について大局的に理解することを可能にする点で有益である。

 第二に、同盟の理論研究は、多国籍軍編成の要因を分析することを通じて軍事行動の形態を議論してきた。圧倒的な軍事力を擁する米国であっても、危機の性格によっては軍事行動にかかる費用を他国にも負担させたいと考える。そのような動機が働く場合、米国は多国籍軍を編成するという意味で多角軍事行動を選択すると予想できる。このような議論は、なぜ米軍が単独で武力行使をしない場合があるのかを考えるに当たって、参考になる。

 第三に、国際法学における武力行使論は、国連安保理などの国際機構による武力行使容認・支持決議を問題にすることで軍事行動の形態を議論してきた。現行の国際法では、武力行使は集団的に正当化されて実施されるべきであり、単独軍事行動は自衛権の行使に該当する場合に限って許容される。ゆえに、国際法を重視すると、個別的自衛権を主張可能な場合に単独軍事行動が選択される。そして、それ以外では多角軍事行動が選択されると考えられる。このような議論の有効性は、米国が国際機構を重視する条件が明らかになる点にある。

 これら従来の研究は、軍事行動の形態を説明する重要な視座を提供してきた。しかし、課題や限界がないわけではない。先ず、先行研究には複数の仮説を相互に関連させようとする姿勢が欠けている。言い換えれば、米国のパワーであれば、パワーという一つの要因が軍事行動の形態を決定する蓋然性について議論するのみであった。関連して、方法的な問題も残されている。例えば、軍事行動の形態をめぐる決定プロセスについて、詳細な分析が不十分である。また、仮説の一般性を検証するのに適している計量分析もほとんど応用されていない。

 他には、多角主義研究や単独主義研究は、大局的な視座を提供することに力を入れるあまり、個々の軍事行動についてその形態を説明する能力を十分に伴っていない。他方、同盟の理論研究は、軍事行動の形態でも外交手続の側面を分析対象から外してしまっている。すなわち、国連安保理など国際機構から武力行使容認・支持決議を得るという意味で軍事行動が多角的になる条件は明らかにできていない。逆に、国際法学の武力行使論は、多国籍軍が編成される条件を射程に入れることはない。つまり、集団的な正当化がなされずに多国籍軍だけが編成される場合について満足のいく説明ができていない。

 このような先行研究の問題点・限界に対して、本論文では次の三つの特色を伴った分析を展開する。

 第一に、ある一つの要因に注目した説明ではなく、複数の要因を同時に分析に組み込み、それぞれの影響を事例分析と計量分析で総合的に判断する。軍事行動の形態を決定する要因を探し出し、その特定の要因についてのみ重点的に議論する従来の研究とは一線を画し、本論文は複数の要因を相互比較する。それは、より精緻な軍事行動の形態論を可能にする。

 第二に、軍事行動の形態が、多国籍軍の編成の有無と集団的な正当化の有無、その両面から判断できると考える。そうすることで、例えば多国籍軍が編成されるものの集団的な正当化は追求されないという変則的な場合を説明することが可能になる。

 第三に、先行研究の多くが見落としてきた米国の国内政治経済の条件に注目する。というのも、軍事行動の発動の有無をめぐる既存研究は国内要因の重要性を指摘してきたからである。それを踏まえれば国内要因が軍事行動の形態に影響を与えていても不思議はない。

 本論文は次のような章立てで議論を進める。

 序論では、問題の設定を行う。軍事行動の形態を決定する要因を探ることの重要性、そして研究の射程について議論を行う。続いて、第1章では主要な先行研究を整理し、その問題点を列挙する。そうすることで、本論文の課題が明らかになる。

 第2章では、軍事行動の形態をめぐる具体的な仮説を提示する。第一に、国際レベルの構造的な要因に注目する仮説を示す。米国のパワーもしくは米国が国際機構に対して持つ影響力の変化に応じて、または冷戦終結前後で、多角軍事行動と単独軍事行動の頻度が変化するという仮説を挙げる。第二に、国内レベルの構造的な要因として、政権交代に注目する仮説を挙げる。第三に、国際レベルの個別的な要因に注目する仮説を示す。具体的には、軍事行動の規模に応じて、または各武力行使の法的位置付けに応じて形態が変化するという仮説を挙げる。第四に、国内レベルの個別的な要因に注目する仮説を示す。具体的には、米国の経済情勢、選挙日程、議会と大統領の緊張関係から軍事行動の形態を議論する。

 第3章から第6章まででは、以上の複数の仮説の妥当性を、事例分析と計量分析によって、包括的に評価する。事例分析では、仮説の前提条件や因果連鎖の存在を記述する。計量分析では、仮説の一般的妥当性を評価する。

 先ず、第3章では、多角軍事行動の典型例の一つである第一次湾岸戦争を取り上げる。意思決定者の発言録や回顧録を分析することで次のようなことが理解できる。第一に、危機の性格が軍事行動の形態決定に影響した。侵略の典型的事例ということもあり、国連を活用することが初動対応として当然ととらえられていた。第二に、費用分担が強く意識されていた。作戦の規模と米国の景気悪化が多国籍軍編成の決定に深く関連していた。第三に、議会多数派が民主党によって占められ、いわゆる分割政府であったため、国連安保理から武力行使容認決議を得ることが最優先にされた。このように、国際変数も国内変数も軍事行動の形態に影響を与えていた。

 第4章ではキューバミサイル危機とドミニカ介入を扱う。これらは第一次湾岸戦争とは対照的で、必ずしも多角軍事行動の典型例としては理解されていない。この二事例には次の共通性がみられた。先ず、中南米諸国からの反発を受けて、米国は集団的な正当化を必要としていた。また、米国が状況に最も合致した国際法を援用しようと考えた結果、地域的取極の下での集団的措置として武力行使が発動され、多角軍事行動が選択されていた。そこでは、米国がOASに対して強い影響力を持っていたため、OASを国連よりも優先した。このように、第一次湾岸戦争とは異なる形態選択のメカニズムが働いていた。なお、両事例では国内変数がほぼ影響を与えていなかった。

 第5章では多国籍軍が編成されたものの、武力行使容認・支持決議案は採択されなかった第二次湾岸戦争を扱う。この事例では、米国国内の政治経済条件が軍事行動の形態を論じるに当たって鍵を握っていた。先ず、米国が多国籍軍の編成を模索した背景には、景気情勢があった。議会公聴会で繰り返し費用分担を求める意見が出され、それを無視することはできなかった。他方、議会と大統領の関係が重要であった。上院では分割政府であるものの下院では統一政府という状況で、大統領は下院の支持を先ず取り付ける作戦に出た。下院の支持を受けた大統領は上院民主党の修正案を退けることに成功し、イラクに対する武力行使を許可する合同決議を手にした。米国は国連安保理を迂回して有志連合という形で戦争に踏み切ったが、議会の支持が得られていたことがそれを可能にしていた。

 第6章では計量分析を行う。データセットには1948年から1998年までの212件の軍事行動を収録した。このデータに対する回帰分析の結果によれば、(1)激しい危機であるほど多角軍事行動が選択されやすく、(2)国際機構での孤立は単独軍事行動をもたらしやすく、(3)民間人の退避作戦では単独軍事行動が選択されやすく、(4)景気情勢に応じて多国籍軍の編成は左右され、(5)選挙日程が軍事行動の形態に影響を与え、(6)分割政府の状態においては国際機構からの決議を伴った多角軍事行動が選択されやすい、と判明した。

 以上、本論文は米国の軍事行動の形態を論じる理論、分析方法、データセットを提供している。本論文で明らかになるのは、複数の仮説の組み合わせなくしては軍事行動の形態を十分に説明できないこと、そして、今まで重視されることのなかった米国の国内政治経済条件が軍事行動の形態決定に無視できない影響を与えることである。多角軍事行動でも、(a)集団的な正当化がなされずに多国籍軍だけが編成される場合と、(b)集団的な正当化がなされて、しかも多国籍軍が編成される場合との違いは、米国国内の政治経済条件で説明できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、米国による武力行使について、なぜ武力行使が単独で行われたり多角的に行われたりするのかという問いに対して、第二次世界大戦後における米国による武力行使の事例研究と計量分析によって、武力行使の形態の相違を決定する要因を明らかにしたものである。米国による武力行使が国際関係に与える影響は大きい。2003年の米国によるイラク攻撃が、その国連安全保障理事会の武力行使容認決議がないまま実行された結果国際秩序に与える影響をめぐる議論を引き起こしたことは記憶に新しい。本論文は、米国が武力行使を行うか否かと同様、武力行使を単独で行うのか、多角的に行うのかという形態の相違に着目することにより、米国の武力行使の要因をより体系的に検討することを試みた。単独軍事行動に対する多角軍事行動を、多国籍軍の編成の有無という実施形態と国際機構に武力行使の容認決議の有無、すなわち集団的な正当化の有無という手続形態の二つの点から新たに定義し、作成した第二次世界大戦後の米国による武力行使のデータ・セットから、その8割近くが単独軍事行動であることを明らかにする。その上で、先行研究から導かれた武力行使の形態の要因についての仮説を検証した結果、米国国内の政治経済的状況が武力行使の形態を制約する要因として重要であることを指摘した。

 本論文の構成は、序論と7章、併せて全8章である。末尾に注と参考文献一覧が付され、全体のページ数はii+153ページである。本論文の要旨は以下の通りである。

 「序論」では、武力行使について、単独軍事行動か多角軍事行動かという形態の違いが国際関係に異なる影響をもたらすことを指摘し、第二次世界大戦後多くの軍事行動を行ってきた米国を考察の対象にする意義を述べるとともに、全体の構成が示される。軍事行動は「米国の正規軍が大統領の指示によって海外に展開し、特定の政治的目的をもって、その目的達成のため軍事力を用いること」と定義される。

 第1章では、軍事行動の形態(単独か多角か)がもたらす影響が素描され、先行研究が軍事行動の形態を決定する要因について十分に検討してこなかったことが指摘される。軍事行動の形態の検討に示唆を与える先行研究として、(1)多角主義と単独主義をめぐる研究、(2)同盟の理論研究、(3)国際法学における武力行使の研究が取り上げられ、軍事行動の形態を理解する上でのそれぞれの有益な点と不十分な点が述べられる。(1)は多角軍事行動と単独軍事行動が選択されやすい構造的な条件(米国の国力、国際機構における米国の影響力、国際規範の存在など)を示唆し、(2)は多国籍軍の編成と費用分担の必要性を関連づける視角を提供し、(3)は、武力行使は集団的に正当化されて実施されるべきとする現代の国際法秩序における集団的正当化と米国の政策との関係の検討を促すとする。しかし、これらの研究は軍事行動の形態をめぐる因果関係を断片的に明らかにしたに過ぎないこと、多角の定義が多様であること、国内的要因についての検討が少ない点で不十分だとされる。本論文では、体系的な検討を行うために、多角軍事行動を、多国籍軍の編成の有無だけでなく、国際機構からの決議の有無、すなわち集団的な正当化の有無により定義し、軍事行動の態様を、実施も手続きも多角的である完全な多角軍事行動、実施だけが多角的である部分的な多角軍事行動、実施も手続きも単独である単独軍事行動に分ける見方を提示する。

 第2章では、軍事行動の形態をめぐる仮説の提示と検証方法が述べられる。先行研究から10個の仮説が導出され、これらは、国際変数重視-国内変数重視と構造的要因重視-個別的要因重視の2つの軸からなる類型に分類される。具体的には、国際レベル・構造的要因仮説として、米国のパワーの変化、米国が国際機構に対して持つ影響力の変化、国際規範の変化に着目する仮説、国内レベル・構造的要因仮説として政権交代に着目する仮説、国際レベル・個別的要因仮説として作戦規模と費用分担、国際法と集団的正当化に着目する仮説、国内レベル・個別的要因仮説として、米国の国内経済状況、選挙日程、分割政府に着目する仮説である。これらの仮説を体系的に検証するには、個別的要因仮説については仮説の前提条件や因果連鎖の存在を確認するために事例研究によるプロセス・トレーシングが必要であり、10個の仮説の一般的妥当性を検証するには計量分析が適していることが説明される。

 第3章から第5章まで、意思決定者の発言記録、回顧録、公文書を用いて政策決定をたどることにより仮説の検証が行われる。第3章では、完全な多角軍事行動の代表的事例として第一次湾岸戦争が取り上げられる。この事例では、選挙日程を除く個別的要因仮説が当てはまることが明らかにされる。具体的には、米国が多国籍軍を編成し国連での決議を得るという選択を行ったのは、国連の活用が当然であると考えられたこと、作戦規模の大きさと米国の景気悪化により費用分担が課題であったこと、分割政府であったために国内での正当化の必要性から大統領は国連安全保障理事会から武力行使容認決議を得ることを最優先したことによる。

 第4章では、米国が単独軍事行動をしたという印象が一般的であるが、実際には完全な多角軍事行動が選択された1962年のキューバミサイル危機と1965年のドミニカ介入が検討される。キューバ危機は、米州機構(OAS)の集団的決定に基づく多角的な海上封鎖であり、ドミニカ介入は単独軍事行動からOAS下における多国籍軍の編成へと変化した事例である。この2つの事例では、国内レベルの仮説は支持されず、中南米諸国からの反発に遭い米国が集団的正当化を必要としたこと、OASにおける米国の影響力が大きかったこと、作戦規模の大きさから国内で費用分担を求める声が存在していたことが明らかにされ、国際レベルの仮説が支持されることが確認された。

 第5章では、多国籍軍が編成されたが国際機構での決議が得られなかった部分的な多角軍事行動の事例として、第二次湾岸戦争が取り上げられる。完全な多角軍事行動の事例である第一次湾岸戦争と対比される。この事例では、作戦規模から多額の戦費が予想され費用分担を求める意見が国内で強かったことが多国籍軍の編成を促したこと、第一次湾岸戦争時と異なり分割政府でなかったために議会での支持を得られる見通しがあり国連安全保障理事会の決議を得る必要性が低かったこと、が明らかにされた。

 第3章から第5章の事例分析により、10個の仮説はそれぞれが支持される可能性があり、また、個別的要因重視の仮説が妥当する事例があることが確認された。

 第6章では、第二次世界大戦後の米国の軍事行動全体を10個の仮説がどの程度説明するかを検証するために、計量分析が行われる。軍事行動のデータ・セットは、既存の2つのデータ・セット(Instances of Use of United States Armed Forces Abroad, 1798-2001, The Importance of Carriers in an Era of Changing Strategic Priorities: U.S. Navy Crisis Reponses 1946-89)を組み合わせて論文提出者が作成したデータ・セット(USMPAD1.1)が用いられる。これには分析単位を広い意味での作戦として1948年から1998年までの212の軍事行動が収録されている。軍事行動の形態は、実施形態は他国軍隊と指揮権を統合し戦域で協力して作戦行動を行ったか否か、手続の形態は国際機構を媒介し決議の採択を伴う軍事行動の発動であるか否かでコード化された。212件のうち、単独軍事行動が79%、部分的な多角軍事行動は8%、完全な多角軍事行動は13%を占める。マルチノミアル・ロジットモデルとヘックマン・プロビットモデルの2つの回帰分析モデルによる分析の結果、(1)激しい危機であるほど多角軍事行動が選択されやすく、(2)国際機構での孤立は単独軍事行動をもたらしやすく、(3)民間人の退避作戦では単独軍事行動が選択されやすく、(4)景気情勢に応じて多国籍軍の編成は左右され、(5)選挙日程が軍事行動の形態に影響を与え、(6)分割政府の状態においては国際機構からの決議を伴った多角軍事行動が選択されやすい、ことが明らかにされた。

 第7章の結論では、事例分析と計量分析の結果、軍事行動の形態の選択について、(1)完全な多角軍事行動は、分割政府の状況にあり、選挙の直前から選挙後約1年の間に、規模が大きく上陸部隊の展開を伴う武力行使を行う場合に選択されやすい。国際機構における米国の影響力が弱い場合、完全な多角軍事行動はとられにくい、(2)部分的な多角軍事行動は、米国の景気が悪化し、統一政府の状態にあり、規模が大きく上陸部隊の展開を伴う武力行使を行う場合に選択されやすい、(3)完全な単独軍事行動は、米国の景気が良好で、統一政府の状況にあり、選挙後1年以上経過しており、規模が小さく上陸部隊の展開を伴わない武力行使を行う場合に選択されやすい。また、作戦の目的が民間人の退避、自衛権の発動と考えられた場合、完全な単独軍事行動は選択されやすい、とする。

 以上のような内容を持つ本論文は、次の点で評価することができる。第一に、本論文は、第二次世界大戦後の米国の武力行使に関して、研究の射程を広げることに貢献する意欲的な論文である。第二次世界大戦後、国連の集団安全保障体制において武力行使が原則として禁止されている中、米国は多くの武力行使を行ってきた。武力行使に関する従来の研究は、なぜ武力行使を行うのかという問いを扱うものが大半であった。他方、対外政策の研究においては、国家がとりうる対外政策の形態として、多国間、二国間、単独的政策があるとされ、近年、各国はどのような場合にどのような政策を選択するのかが関心を集めている。特に、多国間の枠組みを重視する政策を多角主義として、国際協調との関係で論じる研究も多い。本論文は、武力行使においても、単独で行使するか多角的に行使するかによってその国際関係に与える影響が異なることを重視し、武力行使の形態に着目した分析を行う必要性を提唱した点、従来の武力行使についての研究の射程を広げたと言え、高く評価できる。また、多角的軍事行動を、実施と手続という点から定義したことにより、費用分担と正当化という異なる理由を整理して分析することを可能にしたと言えよう。

 第二に、本論文は、武力行使の形態を決定する要因について多様な先行研究を整理し、第二次世界大戦後の米国による武力行使について体系的な検討を試みている。すなわち、従来の研究が示唆してきた個別の要因を10個の仮説として取り上げ、それぞれの要因の影響を事例分析と計量分析で総合的に検討する。先行研究の多くがある特定の要因を中心に考察を加えているのに対し、本論文は先行研究が示唆する複数の要因を相互に比較することによって、どの要因がより強く影響を与えるのかということを明らかにしようとする点で、先行研究からの知見の体系化を図る試みと言えよう。また、体系的な検討を可能にするために、本論文は回帰分析を行っているが、このテーマに関しては初めての試みと言ってよいだろう。新たなデータ・セットを作成し、検討に適した新しいモデルを採用し、結果についても妥当な解釈を行っている点は評価に値する。また、計量分析だけではなく、事例の分析により、計量分析で明らかにされない点を検証していることは検証に厚みをもたせている。

 第三に、本論文は、米国による武力行使の形態の決定に国内要因が大いに関係していることを明らかにすることによって、従来の研究に新たな知見を加えることに成功している。特に、国際機関の手続を重視するか否かは、国際的な正当化の要請だけでなく、米国国内政治において分割政府の場合に国内の支持を調達するために要請されるという点、言い換えれば、統一政府の場合には国際機構の手続は重視されない可能性があることを実証的に明らかにしたことは、国際秩序を考える際に新たな視点を提示するものと言えよう。

 しかしながら、本論文には不足の点も存在する。まず、第一に、本論文は、米国による武力行使が国際関係に与える影響の大きさを前提として問題の設定を行っているが、武力行使の形態の相違が国際秩序に与える影響については、国際機構の権限が強化されるか否か、米国の行動を抑制するか否か、第三国を巻き込むか否かという3点のみを「波及効果」という言葉を使用して指摘している。これらの考察は必ずしも十分になされているとは言えず、従って、国際秩序に対してどのような影響を及ぼすのかを十分に明らかにするには、さらに検討が必要だろう。第二に、本論文は、武力行使の形態の決定の様々な要因を体系的に検証しようとしているために多くの仮説を取り扱っているが、それゆえに仮説間の関係についてはほとんど説明がされていない。様々なレベルの要因について10個の仮説をあげているが、仮説間の関係はどのように整理されたのであろうか。例えば、米国のパワーには、米国国内の経済状況は関連しないのだろうか。仮説相互間の関係、特に、国際的要因と国内的要因の関係性について、より丁寧な考察があれば、要因についてより体系的な検討が行えたものと考えられる。第三に、計量分析だけではなく事例研究によって、仮説のより詳細な検討を行っていることは評価できるものの、事例として取り上げられているのは、武力行使の形態の内、完全な多角軍事行動と部分的な多角軍事行動であり、単独軍事行動は取り上げられていない。この点で、事例選択が十分に検討されたのかやや疑問が残る。

 以上のような欠点があるものの、これらの点は本論文の学術的な価値を損なうものではない。本人もこれらの点を自覚しており、これらの疑問に答えることによって今後の研究が進んで行くことが十分に期待できる。米国による武力行使という、現代の国際関係において、一般的にも、また学術的にも多くの関心を集める課題に対して、先行研究では必ずしも着目されてこなかった武力行使の形態の相違の重要性を喚起し、その体系的な分析を行った点で、国際政治学の分野において多大な貢献をしたものと認めることができる。以上の点から審査委員会は、本論文の提出者は、博士(学術)の学位を授与されるのにふさわしいと判断する。

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