学位論文要旨



No 121980
著者(漢字) 千野,謙太郎
著者(英字)
著者(カナ) チノ,ケンタロウ
標題(和) 協働筋の筋束動態が人間の動的な単関節運動における発揮トルクに及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 121980
報告番号 甲21980
学位授与日 2007.02.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第702号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 深代,千之
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 教授 金久,博昭
 東京大学 助教授 渡會,公治
 早稲田大学 教授 川上,泰雄
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序

 われわれが日常的に行なっている歩行、走行および跳躍といった様々な身体運動は、いくつかの単関節運動が組み合わされることによって実現されている。単関節運動は、筋の収縮によって生じた力によって引き起こされるが、筋収縮による力は、筋束の長さおよび収縮速度、すなわち筋束動態の影響を受ける。したがって、単関節運動における筋束動態を明らかにすることは、身体運動の成り立ちを理解する上で重要である。また、多くの場合、単関節運動には、解剖学的および生理学的特性の異なる複数の協働筋が関与することから、単関節運動を検討する際には、協働筋の筋束動態を考慮する必要がある。そこで、本研究では、Bモード超音波法によって、短縮性および伸張性の足関節底屈運動における腓腹筋内側頭およびヒラメ筋の筋束動態を生体計測した。その結果に基づき、動的な単関節運動における協働筋の筋束動態が、発揮トルクに及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。

第2章 動的な単関節運動における協働筋の筋束動態(研究1)

 研究1では、動的な単関節運動における(1)協働筋の筋束動態の差異を明らかにすること、および(2)筋-腱複合体の長さ変化に対する腱組織の貢献度を求めることを目的として実験を行なった。その結果、短縮性および伸張性運動における筋束の短縮および伸長速度は、ヒラメ筋よりも腓腹筋内側頭の方が高い値を示した。一方、筋の長軸方向における短縮および伸長速度には、有意な筋間差がみられなかった。また、筋-腱複合体の長さ変化に対する腓腹筋内側頭およびヒラメ筋の腱組織の貢献度は、平均すると関節角速度条件および筋によらず約50%であった。しかし、被検者内の腱組織の貢献度は、関節角速度条件によって大きく異なっていた。

第3章 筋束動態が等尺性および伸張性運動における発揮トルクに及ぼす影響(研究2)

 研究2では、腓腹筋内側頭およびヒラメ筋の筋束動態が、等尺性および伸張性運動における発揮トルクに及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。その結果、最大随意筋活動では、等尺性運動と伸張性運動において発揮されたトルクの間に、有意差がみられなかった。一方、最大下経皮刺激では、等尺性運動よりも伸張性運動において、有意に大きなトルクが発揮された。また、随意筋活動および経皮刺激条件ともに、一定の関節角度で測定した等尺性運動と伸張性運動における筋束長に有意差がみられず、伸張性運動における筋束の伸長が確認された。よって、腓腹筋内側頭およびヒラメ筋の筋束動態では、最大随意筋活動による伸張性トルクが等尺性トルクと同程度に留まった原因を説明できなかった。また、随意筋活動および経皮刺激による伸張性トルクは、関節角速度の増加に伴って有意な変化を示さなかった。腓腹筋内側頭およびヒラメ筋の筋束の伸長速度は、腱組織および羽状角の影響により、筋-腱複合体の伸長速度よりも小さく、関節角速度の増加に伴う有意な変化がみられなかった。このように、両筋の筋束の伸長速度が関節角速度依存性を示さなかったため、経皮刺激を用いた伸張性運動においても、発揮トルクが関節角速度依存性を示さなかったものと考えられた。

第4章 筋束動態が等尺性および短縮性運動における発揮トルクに及ぼす影響(研究3)

 研究3では、等尺性および短縮性運動における筋束動態が、腱組織の長さ変化によって受ける影響を明らかにし、その結果に基づいて、筋束動態が発揮トルクに及ぼす影響を検討した。ヒラメ筋の筋束長を一定の足関節角度で測定したところ、様々な角速度条件の短縮性運動に比べて等尺性運動における筋束長が短かった。筋の発揮する力によって腱組織の長さ変化が異なることが、このような結果の要因であると考えられた。また、それらの筋束長が、筋束の長さ-力関係の上行域に対応していたことから、一定の関節角度で各測定条件におけるトルクを評価するangle-specific法を用いると、等尺性運動における発揮トルクを過小評価することが示唆された。また、ヒラメ筋の筋束の短縮速度を関節の幾何学モデルおよび羽状筋モデルから推定し、Bモード超音波法を用いて測定した実測値と比較した。その結果、各速度条件における筋束の短縮速度は、推定値に比べて実測値の方が有意に低い値を示した。このような結果は、短縮性運動における筋-腱複合体の長さ変化に対して、腱組織の長さ変化が貢献することに起因するものであると考えられた。また、筋はその短縮速度が低いほど大きな力を発揮できる(Hill 1938)ことから、一定角速度の短縮性運動における筋束の短縮速度を低く抑えることで、より大きなトルクが発揮されると推察された。

第5章 総括論議

 【動的な単関節運動における協働筋の筋束動態】 研究1において、腓腹筋内側頭はヒラメ筋に比べて、筋束の短縮および伸長速度が高かった。腓腹筋内側頭はヒラメ筋に比べて筋線維あたりの直列サルコメア数が多く(Huijing 1985; Kawakami et al. 2000; Wickiewicz et al. 1983)、速筋線維の割合が高い(Johnson et al. 1973; Saltin and Gollnick 1990)ことから、ヒラメ筋よりも高い速度ポテンシャルを有している。一方、ヒラメ筋は腓腹筋内側頭に比べて遅筋線維の割合が高く(Johnson et al. 1973; Saltin and Gollnick 1990)、全筋に含まれるクロスブリッジの数が多いとみなせることから、腓腹筋内側頭よりも強制伸長に対して高い抵抗力を示すといえる。したがって、研究1で得られた筋束の短縮および伸長速度に関する知見は、このような両筋の特性を反映したものであると推察された。一方、研究3では、膝関節を120°屈曲させることで、膝関節にもまたがる二関節筋である腓腹筋の筋束長を選択的に短縮させて実験を行なった。膝関節120°屈曲位における腓腹筋内側頭の筋束の短縮速度は、膝関節完全伸展位とは対称的に、ヒラメ筋の筋束の短縮速度よりも低い値を示した。このような結果は、筋束動態が、筋の特性だけではなく、筋内における筋束の幾何学的な配置、すなわち筋形状の影響を受けることを示唆するものである。このように、筋束の短縮および伸長速度は、協働筋においても一致しなかったが、羽状角を考慮して求めた筋の長軸方向における短縮および伸長速度に関しては、そのような筋間差が軽減された。これは、羽状角、両筋の筋腹間の相互作用および遠位部での腱組織の結合の影響に起因するものであると考えられた。また、筋の長軸方向における腓腹筋内側頭とヒラメ筋の動態を協調させることは、アキレス腱内に生じるずれ応力(shear stress)を軽減し、組織損傷の危険性を回避するという点で貢献すると思われた。

 【動的な単関節運動における筋束動態が発揮トルクに及ぼす影響】 研究1〜3を通じて、筋-腱複合体に比べて筋束の短縮および伸長速度が低いという結果が得られた。羽状筋では、羽状角の影響により、筋束の長さ変化よりも、筋束の付着している部分の腱組織の移動量の方が大きい(Gans and Gaunt 1991)。また、短縮性および伸張性運動においては、腱組織の長さ変化が、筋-腱複合体の長さ変化の一部を担う(Zuurbier and Huijing 1992; Herbert et al. 2002)。これらの影響が、筋束の短縮および伸長速度を小さく抑えた要因であると考えられた。短縮性収縮における筋は、その収縮速度が低いほど、より大きな力を発揮することができる(Hill 1938)。したがって、羽状角および腱組織の影響によって、一定角速度の短縮性運動における筋束の短縮速度が低く抑えられると、筋はより大きな力を発揮するため、結果的に、より大きなトルク発揮につながるといえる。一方、伸張性収縮によって筋が発揮する力は、伸長速度の増加に伴って等尺性収縮の約2倍にまで増加する(Levin and Wyman 1927; Edman et al. 1978)ため、筋骨格系を損傷させる可能性がある(Westing et al. 1988、1990)。よって、一定角速度の伸張性運動における筋束の伸長速度を抑制することは、筋が発揮する力を筋骨格系にとって安全なレベルに制限する役割を果たすと考えられる。

 【結論】 動的な単関節運動における協働筋の筋束動態は、筋束方向においては異なるが、筋の長軸方向においては、その差異が軽減されることが明らかになった。また、腱組織や羽状角が筋-腱複合体の長さ変化の一部を担うため、筋束は筋-腱複合体よりも短縮および伸長速度が低くなる。短縮性運動における筋束の短縮速度の抑制は、より大きなトルク発揮につながり、その一方で、伸張性運動における筋束の伸長速度の抑制は、発揮トルクを筋骨格系にとって安全なレベルに制限するという点で貢献すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 ヒトの身体運動は、単関節運動が組み合わされることによって実現されている。単関節運動は、筋の収縮によって生じた力によって引き起こされるが、筋収縮による力は、筋束の長さおよび収縮速度、すなわち筋束動態の影響を受ける。したがって、単関節運動における筋束動態を明らかにすることは、身体運動の成り立ちを理解する上で重要である。また、多くの場合、単関節運動には、解剖学的および生理学的特性の異なる複数の協働筋が関与することから、単関節運動を検討する際には、協働筋の筋束動態を考慮する必要がある。そこで、本研究では、Bモード超音波法によって、短縮性および伸張性の足関節底屈運動における腓腹筋内側頭およびヒラメ筋の筋束動態を生体計測し、動的な単関節運動における協働筋の筋束動態が、発揮トルクに及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。

 【研究1:動的な単関節運動における協働筋の筋束動態】

 研究1では、動的な単関節運動における(1)協働筋の筋束動態の差異を明らかにすること、および(2)筋-腱複合体の長さ変化に対する腱組織の貢献度を求めることを目的とした。その結果、短縮性および伸張性運動における筋束の短縮および伸長速度は、ヒラメ筋よりも腓腹筋内側頭の方が高い値を示した。一方、筋の長軸方向における短縮および伸長速度には、有意な筋間差がみられなかった。また、筋-腱複合体の長さ変化に対する腓腹筋内側頭およびヒラメ筋の腱組織の貢献度は、平均すると関節角速度条件および筋によらず約50%であった。しかし、被検者内の腱組織の貢献度は、関節角速度条件によって大きく異なっていた。

 【研究2:筋束動態が等尺性および伸張性運動における発揮トルクに及ぼす影響】

 研究2では、腓腹筋内側頭およびヒラメ筋の筋束動態が、等尺性および伸張性運動における発揮トルクに及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。その結果、最大随意筋活動では、等尺性運動と伸張性運動において発揮されたトルクの間に、有意差がみられなかった。一方、最大下経皮刺激では、等尺性運動よりも伸張性運動において、有意に大きなトルクが発揮された。また、随意筋活動および経皮刺激条件ともに、一定の関節角度で測定した等尺性運動と伸張性運動における筋束長に有意差がみられず、伸張性運動における筋束の伸長が確認された。よって、腓腹筋内側頭およびヒラメ筋の筋束動態では、最大随意筋活動による伸張性トルクが等尺性トルクと同程度に留まった原因を説明できなかった。また、随意筋活動および経皮刺激による伸張性トルクは、関節角速度の増加に伴って有意な変化を示さなかった。腓腹筋内側頭およびヒラメ筋の筋束の伸長速度は、腱組織および羽状角の影響により、筋-腱複合体の伸長速度よりも小さく、関節角速度の増加に伴う有意な変化がみられなかった。このように、両筋の筋束の伸長速度が関節角速度依存性を示さなかったため、経皮刺激を用いた伸張性運動においても、発揮トルクが関節角速度依存性を示さなかったものと考えられた。

 【研究3:筋束動態が等尺性および短縮性運動における発揮トルクに及ぼす影響】

 研究3では、等尺性および短縮性運動における筋束動態が、腱組織の長さ変化によって受ける影響を明らかにし、その結果に基づいて、筋束動態が発揮トルクに及ぼす影響を検討した。ヒラメ筋の筋束長を一定の足関節角度で測定したところ、様々な角速度条件の短縮性運動に比べて等尺性運動における筋束長が短かった。筋の発揮する力によって腱組織の長さ変化が異なることが、このような結果の要因であると考えられた。また、それらの筋束長が、筋束の長さ-力関係の上行域に対応していたことから、一定の関節角度で各測定条件におけるトルクを評価するangle-specific法を用いると、等尺性運動における発揮トルクを過小評価することが示唆された。また、ヒラメ筋の筋束の短縮速度を関節の幾何学モデルおよび羽状筋モデルから推定し、Bモード超音波法を用いて測定した実測値と比較した。その結果、各速度条件における筋束の短縮速度は、推定値に比べて実測値の方が有意に低い値を示した。このような結果は、短縮性運動における筋-腱複合体の長さ変化に対して、腱組織の長さ変化が貢献することに起因するものであると考えられた。また、筋はその短縮速度が低いほど大きな力を発揮できるため、一定角速度の短縮性運動における筋束の短縮速度を低く抑えることによって、より大きなトルクが発揮されると推察された。

 【総括論議】研究1において、腓腹筋内側頭はヒラメ筋に比べて、筋束の短縮および伸長速度が高かった。この結果は、腓腹筋内側頭はヒラメ筋に比べて筋線維あたりの直列サルコメア数が多く速筋線維の割合が高いこと、逆に、ヒラメ筋は腓腹筋内側頭に比べて遅筋線維の割合が高く全筋に含まれるクロスブリッジの数が多いという両筋の特性を反映したものであると推察された。一方、研究3では、膝関節を120°屈曲させることで、膝関節にもまたがる二関節筋である腓腹筋の筋束長を選択的に短縮させて実験を行なった。膝関節120°屈曲位における腓腹筋内側頭の筋束の短縮速度は、膝関節完全伸展位とは対称的に、ヒラメ筋の筋束の短縮速度よりも低い値を示した。この結果は、筋束動態が、筋の特性だけではなく、筋内における筋束の幾何学的な配置、すなわち筋形状の影響を受けることを示唆するものである。このように、協働筋であっても、筋束の短縮および伸長速度は一致しなかったが、羽状角を考慮して求めた筋の長軸方向における短縮および伸長速度に関しては、そのような筋間差が減少した。これは、羽状角、両筋の筋腹間の相互作用および遠位部での腱組織の結合の影響に起因するものであると考えられた。

 研究1〜3を通じて、筋-腱複合体に比べて筋束の短縮および伸長速度が低いという結果が得られた。羽状筋では、羽状角の影響により、筋束の長さ変化よりも、筋束の付着している部分の腱組織の移動量の方が大きく、短縮性および伸張性運動においては、腱組織の長さ変化が、筋-腱複合体の長さ変化の一部を担う。これらの影響が、筋束の短縮および伸長速度を小さく抑えた要因であると考えられた。また、羽状角および腱組織の影響によって、一定角速度の短縮性運動における筋束の短縮速度が低く抑えられると、筋はより大きな力を発揮するため、結果的に、より大きなトルク発揮につながるといえる。

 動的な単関節運動における協働筋の筋束動態は、筋束方向においては異なるが、筋の長軸方向においては、その差異が減少することが明らかになった。また、腱組織や羽状角が筋-腱複合体の長さ変化の一部を担うため、筋束は筋-腱複合体よりも短縮および伸長速度が低くなる。短縮性運動における筋束の短縮速度の抑制は、より大きなトルク発揮につながるという点で貢献すると考えられた。これは,身体運動科学の分野における意義は大きく,したがって,本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する.

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