学位論文要旨



No 121981
著者(漢字) 大島,健一
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,ケンイチ
標題(和) 非極限ブラックp-ブレーンの熱力学量とラージN D_ブレーン系
標題(洋) Thermodynamic quontities of non-extremal black p-brane and large N D-brane systems
報告番号 121981
報告番号 甲21981
学位授与日 2007.02.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第703号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 講師 和田,誠夫
内容要旨 要旨を表示する

 ブラックホールのエントロピーやホーキング輻射は、古典的重力理論では現れないものであり、そのメカニズムは量子重力理論によって説明されると期待されている。したがって、ブラックホールの輻射や熱力学について研究することは、未だ理論として十分に確立していない量子重力理論の性質を調べるために非常に重要であり、この点で、現在でも盛んに研究が行われている。

 量子重力理論の最有力候補である超弦理論においても、ブラックホールのエントロピーや輻射に関する研究が数多くなされている。

 実際、超対称性を持つある種の極限ブラックホールについては、超弦理論のD-brane によるモデルによって、係数も含め、エントロピーが完全に導出された。これは革新的なことではあったが、超対称性を持つ特別な場合に限られており、ブラックホールや量子重力の理解のためには、より広い種類の一般のブラックホールの熱力学を説明する必要がある。

 しかし、超対称性を持たない一般の場合には、弱結合極限で定式化された超弦理論によって強結合領域の重力理論のブラックホールを記述することは困難であり、量子補正などの効果をすべて取り入れなければならないと考えられている。実際、超対称性を持つextremal black 3-brane に少しだけ質量を加えて超対称性を破ったnear extremal black 3-brane に対して、D-braneと理想気体によるモデルを適用すると、エントロピーの係数は違ってしまう。

 また、最近になって、超対称性を持たない一般のblack ρ-brane(non-extremal black ρ-brane ) について、D-brane と反D-brane によるモデルにエントロピー最大化条件を課して説明しようとする試みもなされた。しかし、各変数のベキ乗は合っているものの、さらなる係数の不一致が生じ、弱結合極限のモデルとしての理論的困難や、連続的にnear extremal black ρ-brane に移行しない、などの問題も生じた。

 上記に述べたように、そもそも、一般の場合には、ブラックホールの熱力学に対して超弦理論によるD-brane モデルを直接的に適用する理論的根拠が薄い、という問題もある。

 そこで、本研究では、最初に特定のD-brane モデルを想定するのではなく、まず、係数まで完全に一致した正しいエントロピーと輻射温度を導出する現象論的モデルを探した。non-extremal black ρ-brane についてのそのモデルは実際に発見され、そのモデルからは、正しい吸収確率も導出される。また、このモデルは連続的にnear extremal black ρ-brane に移行することもできる。

 本論文では、ブラックホールの熱力学やD-brane によるエントロピー導出、および、関連する研究に関するレビューを行った上で、本研究で発見された現象論的モデルについて説明する。エントロピー最大化条件を課すと、そのモデルからは、エントロピー、温度、エネルギーなどが係数も含めてすべて正しく得られることを示す。また、そのモデルが、near extremal black ρ-braneについてのモデルと同様の形をしており、gas の自由度などを置き換えたものとなっている、などのいろいろな特徴について分析した。

 次に、そのモデルの妥当性や論拠について検討した。non-extremal black ρ-brane とnear extremal black ρ-brane の間に幾何学的類似性があることを示し、horizon の近傍では、non-extremal black ρ-brane は、near extremal black ρ-brane のパラメータを変えたgeometry と一致することを示す。発見された現象論的モデルが、near extremal black ρ-brane モデルの一部を置き換えることにより得られるという事実は、この幾何学的類似性と対応しており、モデルの妥当性の傍証となる。さらに、massless スカラー場の作用の値を具体的に調べることにより、non-extremal black 3-brane の黒体放射領域では、より踏み込んだ議論が可能となり、このモデルの妥当性を示した。

 また、このモデルを利用して、正しい吸収確率(およびgreybody factor) が得られる理由も、同様の幾何学的類似性によって説明される。具体的には、black 3-brane 時空におけるmassless スカラー場の運動方程式を考察することによって説明する。

 さらに、エントロピー最大化について議論する。本モデルおよび既存のnon-extremal black ρ-brane のモデルにはエントロピー最大化の条件が課されているが、一方、Euclidean action によるブラックホールの自由エネルギーの計算過程において、重力の古典解がエントロピー最大の条件に相当していることを示す。このことは直接的に本モデルのエントロピー最大化と結びつかないが、まったく別の文脈でもブラックホールのエントロピー最大化条件が出てきたことは興味深いことである。また、本モデルの一部の項は、エントロピー最大化条件から正しい温度やエントロピーが導出されることを保証する項となっており、この点もモデル全体の妥当性を示している。

 これらの議論により、今まで係数の食い違いや不連続性、あるいは、D-braneモデルとしての理論的問題などが生じていたnon-extremal black ρ-brane の熱力学モデルについて、正しい温度・エントロピー・吸収確率を導出する現象論的モデルを提示し、non-extremal black ρ-brane の幾何学的性質や、スカラー場の作用と運動方程式、さらに、Euclidean action による自由エネルギーの導出などの点から、そのモデルの妥当性や傍証を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 ブラックホールのもつエントロピーやホーキング輻射の問題は、ブラックホールの物理の中心をなすものであり、その機構の解明は現代物理学の中心課題の一つとなっている。量子重力理論の最有力候補である超弦理論においても、ブラックホールのエントロピーや輻射に関する研究が数多くなされてきた。実際、超対称性を持つある種の極限ブラックホールについては、超弦理論のD-braneによるモデルによって、係数も含め、エントロピーが完全に導出された。これは画期的なことではあるが、超対称性を持つ特別な場合に限られており、ブラックホールや量子重力の理解のためには、より広い種類の一般のブラックホールの熱力学を説明する必要がある。

しかし、超対称性を持たない一般のブラックホールの場合には、弱結合極限で定式化された超弦理論によって強結合領域の重力理論のブラックホールを記述することは困難であり、複雑な量子補正の効果をすべて取り入れなければならないと考えられている。実際、超対称性を持つextremal black 3-braneに少しだけ質量を加えて超対称性を破ったnear extremal black 3-braneに対して、D-braneと理想気体によるモデルを適用すると、エントロピーの係数は違ってしまう。

また、最近になって、超対称性を持たない一般のblack p-brane(non-extremal black p-brane)について、D-braneと反D-braneによるモデルにエントロピー最大化条件を課して説明しようとする試みもなされた。しかし、各変数のベキ乗は合っているものの、さらなる係数の不一致が生じ、弱結合極限のモデルとしての理論的困難や、連続的にnear extremal black p-braneに移行しない、などの問題も生じてしまう。

こうした状況を踏まえて、本論文において申請者は、特定のD-braneモデルを始めに想定するのではなく、まず、正しいエントロピーと輻射温度を導出する現象論的モデルを探すアプローチを試みた。non-extremal black p-braneについてのこのモデルは実際に構成する事が出来、正しい吸収確率も導出される。また、このモデルは連続的にnear extremal black p-braneに移行することもできる。

本論文では、2、3、4章でブラックホールの熱力学やD-braneによるエントロピー導出、および関連する研究に関するレビューを行ない、5章で本論文で提案された現象論的モデルについて説明する。エントロピー最大化条件を課すと、このモデルから、エントロピー、温度、エネルギーなどが係数も含めてすべて正く導かれる。また、そのモデルが、near extremal black p-braneについてのモデルと同様の形をしており、gasの自由度などを置き換えたものとなっている。

次に、このモデルの妥当性や論拠について検討した。まずnon-extremal black p-braneとnear extremal black p-braneの間に幾何学的類似性があることから、horizonの近傍では、non-extremal black p-braneは、near extremal black p-braneのパラメータを変えたgeometryと一致することが示される。発見された現象論的モデルが、near extremal black p-braneモデルの一部を置き換えることにより得られるという事実は、この幾何学的類似性と対応しており、モデルの妥当性の傍証となる。

また、このモデルを利用して、正しい吸収確率(およびgreybody factor)が得られる理由も、同様の幾何学的類似性によって説明される。具体的には、black 3-brane時空におけるmasslessスカラー場の運動方程式を考察することによって説明される。

この論文は極値がエントロピーを与える新しい現象論的なモデルを提案し、これから正しい温度・吸収確率などが導かれる事。さらにこのモデルがnear extremal p-braneのモデルで知られるものから特定のパラメーターの置き換えによって得られる事。またこのパラメーターの置き換えが幾何学的な意味付けを持つ事などを導きブラックホールの物理に有用な新しい知見を付け加えた。

 したがって、本審査員会は博士(学術)の学位を授与するににふさわしいものと認定する。

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