学位論文要旨



No 121982
著者(漢字) 引間,和人
著者(英字)
著者(カナ) ヒキマ,カズヒト
標題(和) 波形インバージョンによる3次元速度構造モデルの構築とそれを用いた震源過程解析
標題(洋) Waveform Inversion for 3-D Velocity Structures and Source Process Analyses Using its Results
報告番号 121982
報告番号 甲21982
学位授与日 2007.02.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4929号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 教授 平田,直
 東京大学 講師 井出,哲
 東京大学 助教授 古村,孝志
 東京大学 教授 纐纈,一起
内容要旨 要旨を表示する

 理論的グリーン関数を用いた震源過程インバージョンを精度良く行うためには,グリーン関数を計算するための速度構造モデルを正確に構築することが重要である.近地強震記録を使った震源インバージョンでは,速度構造モデルとして水平成層構造を仮定してグリーン関数を計算することがほとんどであるが,現実の地下構造を考えれば3次元速度構造モデルを使用すべきであろう.近年,強震動予測を目的として,3次元速度構造モデルが構築される例が多くなってきた.そのようなモデルでは,既存の探査データや地質学的な推定結果などから速度構造モデルを構築し,観測記録の周期特性や継続時間などの特徴が再現されるようにチューニングが行われる.この作業として,forward modeling により試行錯誤でモデル修正を行うことが多いが,非常に多くの手間と計算時間が必要である.しかし,震源インバージョンでは観測波形に見られる特徴的な位相を再現する必要があり,振幅レベルの検討が行われている既存のモデルでは,十分な精度を有しているとは言えない.

 これに対して,本研究では小地震の波形インバージョンにより震源から観測点までの2次元成層構造モデルを求める手法を開発し,その結果を補間することで3次元速度構造モデルを構築することとした.このような手順を経ることにより,現実的なコストで観測記録を説明可能な速度構造モデルを作成できる.この手法を2003年宮城県北部地震(M(JMA) 6.4)の震源域の速度構造モデル作成に適用した.そして,作成された3次元速度構造モデルを用いて3次元グリーン関数を計算し,震源過程解析を実施した.

 2次元速度構造インバージョン法では,forward計算として差分法を用いた.2次元断面内で計算された波形は,線震源からの波形に相当するために,Vidale and Helmberger (1987)に従い,計算波形に対して点震源からの波形相当となるような補正を施した.差分法は空間4次,時間2次精度の速度-応力型のstaggered gridスキームを用い,震源は速度グリッドに外力項として与えた. インバージョンを行う際の速度構造は節点を連ねて境界面形状を表すこととし,その節点での層厚を未知数としてインバージョンを行った.インバージョンに必要な偏微分係数波形は差分近似で求めた.そのため,求める節点数+1回のforward計算を行わなければならないが,2次元差分法を用いるため比較的短時間で計算を実施することができ,また,それぞれの節点変化に対する計算は独立に行えるため,複数のコンピュータを使った並列計算により,現実的な計算時間で計算を終了することができる.インバージョンは非線形となるため,逐次的なdamped least square法で行った.数値実験により,作成した2次元速度構造インバージョン法のテストを行い,設定する各層の地震波速度や震源パラメータが適切であれば,良好にインバージョンを行えることを確認した.また,事前に既存のデータによりモデルを作成したり,1次元速度構造インバージョンを行うなど,大まかな構造を決めておき,真の構造に近い初期モデルから解析を行うことにより,インバージョンを早く安定に収束させることができる.

 2003年宮城県北部地震の震源域を含む領域の速度構造モデル作成では,はじめに既存の速度構造モデルをもとに1次元速度構造インバージョンを実施し予備的な修正を行った.次にそれを2次元速度構造インバージョンの初期モデルとして,解析に使用するMW 4.7の余震と観測点とを通る9断面で2次元インバージョンを行った.その際の震源位置およびメカニズムは既存のものをそのまま使用した.実際の観測記録を用いた2次元速度構造インバージョンでは観測波形に見られる特徴的な位相を再現することが可能な速度構造が求まった.そして,これらの2次元速度構造インバージョン結果を補間して,最終的な3次元速度構造モデルを構築した.この3次元速度構造モデルを用いて3次元差分法を用いて解析に使った余震のシミュレーション計算を実施し,良好に観測波形が再現されることを確認した.また,別の余震に対してもシミュレーション計算をし,作成した3次元速度構造モデルの評価を行った.

 作成した3次元速度構造モデルを使用して,2003年宮城県北部地震の本震(M(JMA) 6.4),最大前震(M(JMA) 5.6),最大余震(M(JMA) 5.5)の震源過程解析を行った.インバージョンを行うための断層モデルは,メカニズム解や余震分布をもとに,本震の断層面は,南部は北東-南西,北部は北-南方向の走向を持つ2枚の断層面からなるものとした.最大前震の断層面は本震の南部断層とほぼ同じ面とした.最大余震は北西-南東方向の走向を持つが,いずれも西傾斜の逆断層である.震源インバージョンを行う際のグリーン関数は,相反定理を用いた3次元差分法により計算した.これにより比較的少ない計算回数で大量のグリーン関数を作成することが可能となった.同じ断層面を使った1次元グリーン関数による震源インバージョン結果も示した.1次元グリーン関数を用いた本震の解析結果では北側断層の最も浅部に大きなすべり領域(アスペリティ)が存在するが,3次元グリーン関数を用いた解析ではアスペリティが北側断層のやや深部に位置する結果となった.観測波形の再現は3次元グリーン関数を使った場合の方が良好であった.両者の結果を余震分布と比較したところ,3次元グリーン関数による結果ではアスペリティの周辺で余震が発生している様子が見られた.また,3次元グリーン関数によるアスペリティは地殻変動データのインバージョンにより推定されたアスペリティに近い位置に得られた.さらに,アンケート震度分布や墓石転倒率などから推定される最大速度の分布からは,3次元グリーン関数を使った解析で大きくすべった領域の直上ないし近傍での地震動が大きい.これらのことから,3次元グリーン関数を使った解析結果を最終結果として採用した.

 本震,最大前震,最大余震のインバージョン結果を地表面に投影して重ね合わせて見ると,それぞれのアスペリティはほとんど重ならず,これらの地震は全体としては屈曲した一枚の逆断層上で,時間差をおいて発生したものと考えられる.最大前震,本震によるΔCFFを計算し,それぞれの地震の発生による他の地震への影響を考察した.その結果,本震の破壊開始点は最大前震のすべりによって破壊が促進される位置にあり,最大余震や規模の小さな余震も最大前震,本震による応力変化により,ΔCFFが正の値となる領域に位置することがわかった.

 1次元グリーン関数による結果と3次元グリーン関数により得られた結果が異なった原因について数値実験を行い検討した.それによると,それぞれのグリーン関数で,断層面上での震源深さの違いに対するグリーン関数の変化の仕方が違っており,それによりアスペリティの位置が異なった深度に求まったものと考えられる.1次元と3次元のグリーン関数の違いは,特に後続位相で大きくなる.その場合,直達波部分のみを解析に用いることにすれば得られる結果の違いは大きくないことが期待されるが,数値実験を行った結果,1次元グリーン関数を使った場合でも3次元グリーン関数による結果に近い結果が得られることが確認された.しかし,震源近傍に十分な数の観測点が存在しないために震央距離が大きな観測点の記録も使う場合や,大規模な地震で観測波形のうち直達波のみから構成される部分を抽出するのが困難な状況では,地下構造の影響を適切に反映した速度構造モデルを使って後続位相まで正しく評価したグリーン関数を使って震源インバージョンを行う必要があろう.

 震源断層での物理現象を解明するためには観測された地震波形を解析し,断層すべりの時空間分布をできるだけ詳細に推定する必要がある.近年は大量の観測波形を解析に利用できる環境が整いつあり,断層近傍の観測記録も多数得られている.しかし,地殻浅部で発生する地震の波形記録は地表付近の不均質な地下構造の影響を受けて複雑なものとなっている.そのような記録を使い震源インバージョンを行うためには,本研究のような手順により観測記録を再現可能な速度構造モデルを構築し,解析を行うことが重要であることが示された.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなる.

 第1章は,イントロダクションであり,観測される地震波形から震源での断層運動を推定するという地震波形インバージョンについてのレビューがされ,地下構造モデルが適切でなけれはならないと指摘している.

 第2章では地震波形を用いて3次元地下構造モデルを作成する手法が提案される.本研究では小地震の波形インバージョンにより震源から観測点までの2次元成層構造モデルを求める手法を開発し,その結果を補間することで3次元速度構造モデルを構築することとした.このような手順を経ることにより,効率よく観測記録を説明可能な速度構造モデルを作成できる.2次元速度構造インバージョン法では,forward計算として差分法を用いている.2次元断面内で計算された波形は,線震源からの波形に相当するために,Vidale and Helmberger(1987)に従い,計算波形に対して点震源からの波形相当となるような補正が施された.差分法は空間4次,時間2次精度の速度-応力型のstaggered gridスキームを用い,震源は速度グリッドに外力項として与えられた.インバージョンを行う際の速度構造は節点を連ねて境界面形状を表すこととし,その節点での層厚を未知数としている.インバージョンに必要な偏微分係数波形は差分近似で求められた.そのため,求める節点数+1回のforward計算を行わなければならないが,2次元差分法を用いるため比較的短時間で計算を実施することができ,また,それぞれの節点変化に対する計算は独立に行えるため,複数のコンピュータを使った並列計算により,現実的な計算時間で計算を終了することができる.インバージョンは非線形となるため,逐次的なdamped least square法で行っている.数値実験により,作成した2次元速度構造インバージョン法のテストを行い,設定する各層の地震波速度や震源パラメータが適切であれば,良好にインバージョンを行えることが確認された.事前に既存のデータにより大まかな構造を決めておき,真の構造に近い初期モデルから解析を行なえば,インバージョンを早く安定に収束させることができると期待される.

 第3章では,この手法を2003年宮城県北部地震(M(JMA)6.4)の震源域の速度構造モデル作成に適用している.

 第4章では得られた3次元地下構造モデルを用いてグリーン関数を計算し,2003年宮城県北部地震の本震(M(JMA)6.4),最大前震(M(JMA)5.6),最大余震(M(JMA)5.5)の震源過程解析を行っている.グリーン関数は,相反定理を用いた3次元差分法により計算され,これにより比較的少ない計算回数で大量のグリーン関数を作成することを可能にしている.同じ断層面を使った1次元グリーン関数による震源インバージョン結果も示しされ,1次元グリーン関数を用いた本震の解析結果では北側断層の最も浅部に大きなすべり領域(アスペリティ)が存在するが,3次元グリーン関数を用いた解析ではアスペリティが北側断層のやや深部に位置する結果となった.

 第5章では,第4章で得られた滑り分布について,1次元グリーン関数を使った震源解析との違いとその原因について考察している.それによると,それぞれのグリーン関数で,断層面上での震源深さの違いに対するグリーン関数の変化の仕方が違っており,それによりアスペリティの位置が異なった深度に求まったものと考えられる.1次元と3次元のグリーン関数の違いは,特に後続位相で大きくなる.その場合,直達波部分のみを解析に用いることにすれば得られる結果の違いは大きくないことが期待されるが,数値実験を行った結果,1次元グリーン関数を使った場合でも3次元グリーン関数による結果に近い結果が得られている.しかし,震源近傍に十分な数の観測点が存在しないために震央距離が大きな観測点の記録も使う場合や,大規模な地震で観測波形のうち直達波のみから構成される部分を抽出するのが困難な状況では,地下構造の影響を適切に反映した速度構造モデルを使って後続位相まで正しく評価したグリーン関数を使って震源インバージョンを行う必要があろう.

 第6章はまとめである.

 なお第4章の1部は,纐纈一起教授との共著論文として発表済みであるが,すべて,候補者が筆頭著者であり,候補者が主体になって行ったものである.また最初の共著論文に書かれた研究(1次元構造モデルによる解析)は,候補者の提案した3次元構造モデルを推定して震源解析を行う手法との比較としてのみ使われていて,本論文の主要な部分ではない.

 従って,博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク