学位論文要旨



No 121987
著者(漢字) 高雄,さとみ
著者(英字)
著者(カナ) タカオ,サトミ
標題(和) タイにおける末梢T/NK細胞増殖症/リンパ腫に関する血清学的・分子生物学的研究
標題(洋) Serological and molecular study of peripheral T/NK-cell proliferative disease/lymphoma in Thailand
報告番号 121987
報告番号 甲21987
学位授与日 2007.03.02
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4932号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 石田,貴文
 東京大学 助教授 近藤,修
 東京大学 教授 青木,健一
 東京大学 教授 植田,信太郎
 東京医科歯科大学 助教授 清水,則夫
内容要旨 要旨を表示する

 非ホジキンリンパ腫の12%を占める成熟TおよびNK細胞腫瘍は一般にアジア系、または遺伝的にアジア系と近い人類集団に多くみられる。タイにおける2000年の新規登録がん患者は3,613人で、そのうちリンパ腫患者の割合は男性で4.7%、女性で2.5%であった。今日までにタイ南部を中心に多くのT細胞疾患/リンパ腫患者が見つかり、原因不明の本疾患は末梢T/NK細胞増殖症/リンパ腫(PTPD/L)という名称で分類された。PTPD/Lの患者は、様々な臨床症状を呈し、多様な病理学的所見および結果を示す。その多くは進行が早く予後不良であり、多臓器にわたる腫瘍細胞の浸潤が顕著である。これまでに、これら腫瘍細胞の一部でEpstein-Barrウイルス(EBV)転写RNA(EBERs)が発現していることがわかった。

 EBVは1964年に発見されたγ-ヘルペスウイルスの一種で、そのウイルスキャリアは世界に広く分布している。このウイルスはB細胞親和性を示し、細胞を不死化することができる。EBVの感染は、伝染性単核症やバーキットリンパ腫、上咽頭がん、胃がん、ホジキン病、移植後リンパ増殖性疾患、エイズ関連リンパ腫などで確認されている。これまでB細胞親和性ウイルスとして知られていたEBVが近年、慢性活動性EBV感染症を含むT細胞やNK細胞の致命的なリンパ組織増殖性疾患、鼻腔の節外性NK/T細胞リンパ腫やNK細胞白血病とも密接に関連することがわかってきた。

 本研究の目的は、PTPD/Lにおける臨床病理学的、免疫学的な側面を明らかにし、疾病を特徴づけることにある。EBVの状態と患者の宿主免疫状態を解明するために血清学的・分子生物学的分析をおこなった。タイ国ソンクラ県におけるPTPD/L患者172人を本研究の対象とし、対照群にはソンクラ県在住の健康な123人を充てた。診断は病理組織学的検査によってなされ、悪性T細胞リンパ腫の分類は主にWHO分類法に従った。

 血清学的には、疾病の指標となる抗EA-IgG抗体および抗VCA-IgG抗体の抗体価がPTPD/L患者で有意に高かった(P = 0.002、P < 0.001)。患者139人のうち93人(66.9%)で末梢T細胞にEBVゲノムが確認され、悪性病変部位における浸潤T細胞については検査した22検体すべてがEBERs陽性であった。このように、PTPD/Lの患者でEBV感染T細胞が高頻度に検出されたことは本研究の注目すべき結果の1つであり、EBVがPTPD/Lの発生に重要な役割を果たしていることが示唆された。本疾患では複数の臓器が同時に侵されている症例が多く、このことにEBV感染末梢T細胞が関与しているのではないかと推察される。PTPD/LにおいてEBVは I型(54.5%)およびII型(45.5%)の潜伏感染を示したが、II型に関してはLMP1の発現が弱いタイプだったのでI/II型と決定した。

 B細胞親和性のEBVがどのようにしてT細胞に感染するのかは先行研究でもまだはっきりとは解明されていない。CD21はEBVがB細胞に感染する際のレセプターであるが、これがT細胞でも発現していることがある。しかし、PTPD/L患者数例のT細胞ではCD21の発現は検出できなかった。また、EBVはCD21以外にウイルス糖タンパクgp42とHLA-DRとの結合によりB細胞に感染することができる。本研究では、フローサイトメトリー法による細胞表面抗原の解析からPTPD/L患者の末梢T細胞がHLA-DR陽性で、それらの細胞がDNA1μgあたり5,806〜1,355,582 copiesのウイルスゲノムを含有することが明らかになった。このことから、T細胞に発現するHLA-DRがEBVのT細胞感染において何らかの働きをする可能性が考えられた。

 血液学者および病理学者にとって、T細胞リンパ腫の分類は長年の課題であり難問である。PTPD/Lの診断も臨床症状と病理組織学的な所見に基づいており、明確な診断基準は確立されていなかった。そこで、本疾患にEBV感染が深く関係していることがわかったので、診断と予後の予測を目的として患者血漿中でのEBV DNAの検索をおこなった。血漿中のウイルスDNAの頻度はPTPD/L患者(n = 23)と対照群(n = 22)においてそれぞれ100.0%と0.0%で、検出されたEBV DNAの多く(87.0%)はウイルス粒子由来であり、患者血漿中のEBV DNAが主にウイルスタンパク質の殻に覆われた状態で存在することが示唆された。血漿中のウイルス粒子と患者の予後との間に関連はみられなかったものの、簡便なこの血漿ウイルスDNA検査は、全か無かの結果が迅速に出せる上に患者への負担も少なく、PTPD/Lの今後の診断の一助となることが期待される。次に、T細胞にウイルス感染が確認された患者(EBV関連PTPD/L(EBV-PTPD/L))86人についてEBV DNAの定量分析をおこなったところ、対照群111人と比較して有意に高い値を示し(中央値4906.5 copies/ml、50〜9,144,000 copies/ml)(P < 0.001)、その上、ウイルスコピー数と予後の重篤さとに相関が見られた。血漿EBV DNAの定量分析は、前述の定性分析では不可能だった患者の予後と結果を予測する上で非常に有用であり、より信頼性の高いPTPD/Lの指標になると考えられる。また、血漿EBV DNA量は患者の状態を反映しているので、今後、本疾患の有効な治療法が見つかれば治療の効果をモニターすることも可能となるであろう。

 EBV-PTPD/Lの発生に関わる宿主側の因子を明らかにするため、EBVのBCRF1領域と高い相同性を示すインターロイキン-10(IL-10)の血中濃度を調べた。患者(n = 63)の血中IL-10濃度は対照群(n = 111)と比較して有意に高い値を示し(中央値52.2 pg/ml、< 5.0〜2998.8 pg/ml)(P < 0.001)、その上、血中IL-10レベルと予後の重篤さとに相関が見られた。また、EBV-PTPD/L患者の血漿EBV DNAと血中IL-10レベルは正の相関(rs = 0.360、P = 0.004)を示した。血中IL-10の測定は、患者の予後と結果を予測する上で非常に有用である。患者と対照群の血中IL-10濃度の違いは何に起因するのかを明らかにするために、付加的な実験をおこなって両グループの遺伝的背景を調べた。IL-10遺伝子プロモーター領域の3つの多型(G-1082A、C-819T、C-592A)はin vitroでIL-10産生量に関与すると言われているが、EBV-PTPDLでみられた高い血中IL-10濃度に特定の遺伝子型およびハプロタイプは関連していなかった。

 PTPD/LにおいてEBVがI型とI/II型(LMP1の発現が弱いII型)の潜伏感染を示したことから、EBVがウイルスタンパク質をより低く発現することで細胞障害性T細胞による抗原認識からの回避を有利にしていると考えられる。また、最近のマウスモデルでの研究でリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスの持続感染でIL-10が重要な役割を果たすことが示されたが、患者の血漿EBV DNAと血中IL-10レベルは正の相関を示すという本研究で得られた知見から推察するに、EBV-PTPD/Lにおいてウイルスを排除するような宿主の免疫反応からEBVが逃れる上で高濃度の血中IL-10という環境が何らかの働きをしているとも考えられる。今回の実験ではIL-10を測定する際にヒト由来のものとウイルス由来のものを区別していないが、両者が判別できれば、EBVが宿主の免疫監視機構を掻い潜るのにウイルス由来のIL-10がどの程度寄与しているか明らかになるであろう。

 本研究では、PTPD/Lという新たなT/NK細胞疾患について特にEBVの感染という観点から様々な検索をおこない、多くの知見を得ることができた。今後疾病をより詳しく解明するために、患者の遺伝的背景や後天的背景についてのさらなる研究が待たれる。

審査要旨 要旨を表示する

 悪性リンパ腫には、欧米ではB細胞由来のものが多く、Tリンパ腫は比較的に稀な疾患である。ところが、アジアでは、Tリンパ腫はBリンパ腫に較べ高頻度で見つかり、民族あるいは地理的要因の関与が考えられ人類学的にも興味の対象となっている。タイ南部において、リンパ腫を含むT細胞の増殖異常症(PTPD/L)が観察されていたが、その原因は不明であった。ガンマヘルペスウイルスの一種であるEpstein-Barrウイルス(EBV)は、人類集団に遍く分布するものの、関連する細胞増殖性疾患の分布は、民族で異なる場合が多く関心を集めていた。PTPD/L患者の腫瘍細胞の一部に、EBV転写RNAが確認され、その関与が疑われた。本研究は、PTPD/Lの発症・進行・病態にEBV及び関連因子がいかにかかわっているかをまとめたものである。

 本論文の主文は6つの章から構成されている。第1章で研究全体の背景の説明と位置づけがなされ、第2から5章に研究成果が提示され、第6章が全体のまとめに充当されている。

 第1章では、研究対象としたPTPD/LとEBVに関する情報が要約され、悪性リンパ腫の世界分布、EBVの属性、についてこれまでになされてきた研究を中心に本研究の背景が紹介されている。

 第2章では、PTPD/LにおけるEBVの動態を血清学的に調べ、疾病の指標となる抗EA-IgG抗体および抗VCA-IgG抗体がPTPD/L患者で有意に高いことを示した(P=0.002、P<0.001)。また、患者末梢T細胞でのEBVゲノムの存在、悪性病変部位の浸潤T細胞におけるEBV転写RNAの存在のように、PTPD/LにおいてEBV感染T細胞が高頻度で検出されることは、本研究の注目すべき結果の1つであり、EBVがPTPD/Lで重要な役割を果たしていることを示し、本疾患をウイルス側から特徴づけたることが出来た。PTPD/LにおけるEBVの潜伏感染の状態は免疫組織学的検索により、I型とI/II型(LMP1の発現が弱いII型)であることを明らかにした。一方、フローサイトメトリー法による細胞表面抗原の解析では、PTPD/L患者の末梢T細胞がHLA-DR陽性で、それらの細胞が5,806〜1,355,582 copies/mg DNAのウイルスゲノムを含有することを示し、PTPD/LとEBVとの関連を明らかにしたことは高い評価を受けた。

 第3章と4章では、EBVの関与が明らかとなったPTPD/Lにおいて、診断と予後の予測を目的として患者血漿中でのEBV DNAの検索をおこなっている。通常の定性PCRでは、その頻度はPTPD/L患者と対照群においてそれぞれ100.0%と0.0%であり、DNaseI処理によりEBVゲノムの多くはウイルス粒子由来であることを示した。さらに定量PCRでは、対照群と比較して患者でウイルスコピー数が高い値を示し(中央値4906.5 copies/ml、50〜9,144,000 copies/ml)(P<0.001)、ウイルスコピー数と予後の重篤さとに相関があることを見いだした。血漿EBV DNAの定量分析は、患者の予後を予測する上で有用であり、抗体価よりも信頼性の高いPTPD/Lの指標になると評価された。

 第5章では、EBV-PTPD/Lの患者側の要因を探るために、EBVのBCRF1領域と高い相同性を示すインターロイキン-10(IL-10)の血中濃度を調べている。患者の血中IL-10濃度は対照群と比較して有意に高い値を示し(中央値52.2 pg/ml、<5.0〜2998.8 pg/ml)(P<0.001)、血中IL-10レベルと予後の重篤さとに相関が見られた。また、EBV-PTPD/L患者の血漿EBV DNAと血中IL-10レベルは正の相関(rs=0.360、P=0.004)を示した。高IL-10が遺伝的な背景によるものか、ひいては、EBV-PTPD/L発症に遺伝的寄与があるのかを調べるため、IL-10産生量に関与すると言われるIL-10遺伝子プロモーター領域の3つの多型(G-1082A、C-819T、C-592A)について検索したが、特定の遺伝子型・ハプロタイプの関与は否定された。血中IL-10の測定が、患者の予後を予測する上で有用なマーカーと考えられたことは、医療分野への応用という点でも期待される。

 本論文は石田貴文他との共同研究に基づいている。石田は指導教員として、その他の共同研究者は検体収集・記載・診断の立場から共著者として参画している。本論文の実験・解析は論文提出者が終始主体となっておこない、その論文への寄与は十分と判断される。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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