学位論文要旨



No 121989
著者(漢字) 繁桝,江里
著者(英字)
著者(カナ) シゲマス,エリ
標題(和) 対人関係におけるネガティブ・フィードバック : 関係促進効果と関係阻害効果の比較、および、相互作用的視点による検討
標題(洋)
報告番号 121989
報告番号 甲21989
学位授与日 2007.03.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会心理学)
学位記番号 博人社第574号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,謙一
 東京大学 教授 山口,勧
 東京大学 助教授 唐沢,かおり
 総括プロジェクト機構 教授 秋山,弘子
 東京学芸大学 教授 相川,充
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では、「相手の態度や行動、考え方に対して否定的な評価を示す言語コミュニケーション」である「ネガティブ・フィードバック」(以後、NFと略記)が、受け手や受け手との関係に与える効果を検討した。本論文の目的は、NFの対人的効果に関連する多様な要因を可能な限り体系的に検討し、効果を予測する統括的なモデルを実証することである。

 緒論においては、NFに関連するコミュニケーションの先行研究の問題点を指摘した。具体的には、ネガティブなコミュニケーションとされる批判、および、不平に関する既存の研究では、批判や不平が対人的にポジティブな効果をもたらすという視点が欠けていることを指摘した。そこで、NFの別の側面としてのアドバイス的な特徴に注目し、サポーティブなコミュニケーションとしてのポジティブな効果について議論すると同時に、アドバイスであっても、一貫してポジティブな効果をもたらすとは限らない点に留意し議論を進めた。さらに、オープンネスに関わる研究に言及し、一般的な信念としては対人的にポジティブであるとされるオープンネスは、現実的にはアンビバレントな効果を持っていることを理論的実証的知見から指摘した。このような議論に基づき、NFのポジティブな効果を主張する際にも、同時にネガティブな効果を考慮する必要があることを示した。

 上記の議論に基づく実証研究は以下の3部構成を取り、NFという重要かつアンビバレントなコミュニケーションの効果を統括的に検討した。

 第1部では、NFの受け手が送り手からのNFを認知することは、2者の関係に何をもたらすのかという視点で、NFの対人的効果を検討した。特に、NFの両価性を解明するために、NFがどのような条件下で関係を促進、または、阻害するのかについて、日本人成人同士の実在の対人関係を対象にした郵送調査による研究を行った。

 研究1では、効果の両価性を捉えるために、NFの関係促進効果と関係阻害効果の双方を反映する従属変数を設定し検討した。その結果、送り手のNFを認知することで、受け手がその関係を「自分が成長できる関係だ」という自己成長化関係として評価する、という関係促進効果が見られた。一方、受け手がその関係を「ありのままでいられる関係だ」とする自己安定化関係としての評価については、NF認知によって低まるという関係阻害効果を予測したが、むしろ、正の連関が得られた。この連関については、逆の因果関係の可能性を議論した。なお、総合的指標である関係満足度との有意な連関は見られなかった。

 そこで研究2では、関係促進効果をもたらすNFと関係阻害効果をもたらすNFの双方の存在を確認するために、NFが受け手のネガティブ感情を喚起するかどうかという要因に着目した。その結果、ネガティブ感情を喚起しないNFを認知する関係は関係満足度が最も高く、ネガティブ感情を喚起するNFを認知する関係は満足度が最も低かった。NF認知の程度のみで検討した分析からは見出せなかった、NFの両価的な効果を明確に分けることができたといえる。

 研究3では、NFによるネガティブ感情喚起の規定要因をより論理的に検討するために、フェイス脅威度という概念を用いた検討を行った。すなわち、NFの効果はNFが与えるフェイス脅威度の強弱に依存するとし、そのフェイス脅威度は、送り手と受け手の親密度、地位差、および、個々のNFメッセージがもたらす負荷、の3要因で規定されるという公式に基づく説明を試みた。親密関係と非親密関係の双方について尋ねる調査を行い、日常的なコミュニケーション・スタイルとしてのNFが受け手の関係満足度に与える効果について、親密度と地位差に着目して検討した。分析の結果、親密関係や対等な関係においてはNFが関係促進効果を持ち、受け手が目下の関係においてはNFが関係阻害効果を持つことが示された。

 研究4では、研究3の知見を精緻化するために、ある1回のNFであるエピソードNFについて検討した。すなわち、NF時のフェイス脅威度を実際に測定することで、上記の規定要因の効果を確認した。さらに、フェイスには、送り手に評価されたいという接近ベースの肯定的フェイスと、送り手から自律していたいという回避ベースの自律的フェイスがあり、これらの比較も行った。その結果、フェイスのタイプによって規定要因が異なること、特に肯定的フェイスと自己志向的な自律的フェイスへの脅威が関係を悪化させることが示された。

 第2部では、コミュニケーションが、独立した個人である送り手と受け手の2者の相互作用において成り立っていることに注目し、送り手のNFに対する受け手の認知の正確性、および、送り手のNFと受け手のNFとの双方向性に着目した。すなわち、第1部で検討している受け手の個人内過程に、送り手の実際の行動を加え、受け手のNF認知や受け手のNF行動との組み合わせを検討することで、現象をより適切に反映した理解を目指した。

 研究5では、送り手と受け手の双方からペア単位で回答を得るダイアドデータを用い、NF認知は正確であるのか、どのような場合に正確なのかについて検討した。認知の正確さについては、先行研究で検討されている、相関によって捉える正確性と平均値によってとらえるバイアスの2つの捉え方に加え、双方の特徴を反映するために、送り手の実行NFの高低と受け手によるNF認知の高低の2×2の4カテゴリー分割した認知パターンを検討した。NFの測定方法が異なる2つの調査のダイアドデータを用いて検討した結果、地位差に関しては、目上のNFに対する認知が相対的にはもっとも正確であり、目下のNFに対する認知は対等な場合よりは正確であった。関係継続期間については、付き合いが長くなるほど相手のNFを過小に認知する、という知見が得られた。さらに、受け手自身のNFの投影については、かなり安定的で強い効果が見られた。

 さらに、研究6では、相互作用的視点に基づくNFの対人的効果として、1)送り手のNFに対する受け手の認知の正確性やバイアスは、対人的効果にどのように影響するのか、2)送り手と受け手自身のNFのどちらに効果があるのか、3)送り手と受け手のNF傾向の組み合わせによってNFの対人的効果は異なるのか、の3点を研究課題とした。1点目について、上記の4カテゴリーの効果を検討した結果、送り手がNFを行う傾向が実際に低く、それを受け手が正確に認知している場合に、他の3パターンよりも関係評価が低いことから、正確さ自体に効果があることが示唆された。2点目については、送り手からNFをされると認知するほど、自分が成長できる関係だと思い、受け手自身がNFを行っているほど、ありのままでいられる関係だと思うという結果から、2つの指標に対するNF効果のプロセスの違いが明確になった。3点目については、自己成長化関係としての評価は、受け手が一方的にNFを行う場合には低まること、自己安定化関係としての評価は、送り手が一方的にNFを行う場合には低くなることが示され、組み合わせの効果が確認された。

 第3部では、より応用的な視点から、在日留学生の適応と日本人ホストのNFの連関を検討した。ネガティブなコミュニケーションを抑制するという日本人の傾向が在日留学生の適応問題となっていることから、在日留学生と日本人ホストとの対人関係は、NFが特に求められている文脈であると考え、指導教員、または、日本人学生との関係を対象にNFの対人的効果を検討した。その結果、指導教員からのNFは関係満足度を高めるが、日本人学生からのNFは関係満足度を高めないという知見が得られた。指導教員との関係は主に研究の指導を目的とするため、NFが関係満足度にとって重要な意味を持つと考えられ、一方、日本人学生からのNFが満足度を高めないことは、日本人同士の関係におけるNFの効果と一貫する知見であった。次に、日本人ホストのNFは、対人的効果だけでなく、留学生活への適応全体をも促進する効果を持つという議論を行い、NFの効果をより広く検討した。指導教員からのNFが周囲の日本人の排他性の認知を低め、日本人学生からのNFは効果を持たないという結果が得られ、日本人学生が日本人の代表として捉えられていないと解釈した。しかし、指導教員のNFも日本人学生のNFも、留学生の留学満足という総合的な指標を高めていることから、日本人ホストのNFが、在日留学生にとって重要な要因であることが主張できた。また、第3部においても相互作用性に着目し、留学生と日本人学生の双方をNFの受け手として考え、NFに関わる現象が同様に生じているか否かをダイアドデータによって検討した。まず、お互いのNFに対する認知の共有については、有意な相関がないことが示された。さらに、留学生のNF評価と日本人から見た留学生のNFには弱い相関があったが、日本人のNF評価と留学生から見た日本人のNFには相関がなかった。日本人は評価に基づいて行動しているにもかかわらず、留学生に認知されていないという可能性を議論した。

 総合考察として、上記の研究による本論文の貢献を3点にまとめた。第1に、NFの対人的効果として、自己成長化関係としての評価と自己安定化関係としての評価の2指標を検討したことの成果を示した。自己成長化としての評価を検討したことでNFの関係促進効果が見出され、自己安定化関係としての評価を検討したことで、NFの効果の短期的効果と長期的効果の違いや、NFと関係評価の因果の方向性について議論が深まった。第2に、NFが関係満足度に与える効果の規定要因を整理した。フェイス脅威という概念に着目したことで効果の規定要因を集約して説明することに成功し、さらに、日常的なコミュニケーション・スタイルの効果を説明するに当たり、ある特定のコミュニケーションを詳細に検討しそれが累積した結果として考察することに成功した本論文は、意義深いものと言える。第3に、在日留学生の適応における研究によってNF研究の応用的価値を示した。日本人同士の関係の知見と比較することで、たとえば指導教官のNFは目上からのNFであっても課題志向的関係であるゆえにポジティブな効果をもたらすこと、留学生と日本人友人の間でNFの傾向に差はあってもNFの効果は同様である可能性があること、さらに、日本人からのNFは留学生の適応を促進することなど、知見の一貫性と応用可能性を検討することができたといえよう。最後に、本論文の課題として、NFの対人的効果のプロセスを解明すること、NFのコンテクストの効果を検討することの2点について論考している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、コミュニケーションにおいてその受け手の態度や行動、考え方に対して否定的な発言を行う「ネガティブ・フィードバック」(以下略記してNF)が、対人関係に及ぼす効果について、社会心理学の視点から理論分析・実証分析を行ったものである。日常のコミュニケーションにおいて、このようなNFは多々生じているが、それがもたらすプラスとマイナスの効果は体系的に検討されてこなかった。だが、リスクある意思決定(会社の中での失敗隠しなど)や集団間接触(異文化間コミュニケーションなど)のような多様な場面で、NFが適切に機能することは、事故や社会的問題を未然に封じる可能性を持ち、さらに発展的な関係を築く決定的な意味を有する。したがってNF研究は日常場面の心理の検討に留まらず、社会的な含意の大きな研究だと考えられる。

 論文の緒論においては、NFに関連する既存の研究では対人的にポジティブな効果をもたらす側面の検討が欠落している点が指摘され、NFの両価的な特性が明らかとなる。これを受けて三部構成で実証研究がなされる。第1部では、NFのもたらす対人的な効果の両価性を検討するために、日常の対人関係をターゲットとした日本人成人のサンプリング調査データを用いた研究が進められた。研究1、2では、NFを認知することで、受け手がその対人関係を自己成長化関係として評価するか自己安定化関係として評価するかが両価性のポイントであることを解明している。研究3、4では、NFの効果がNFのもたらすフェイス脅威度の強弱に依存する点を検討している。そして対等な関係や親密関係においてはNFの関係促進効果が示され、受け手が目下の条件下で関係阻害効果が析出された。第2部では、NFがダイアド間の相互作用に基づくことに着目している。研究5、6では、コミュニケーションの送り手と受け手の双方から回答を得る、スノーボールサンプリングによるダイアドデータを用い、NF認知の正確性やNFの双方向性の持つ意味を検討している。NF認知における受け手自身のNFの投影について安定的な効果が見られたものの、条件依存的に正確さ自体の効果が見いだされている。さらに、自己成長化関係としての評価は受け手の一方的なNF時には低下し、自己安定化関係としての評価は送り手の一方的なNF時には低下することが示され、双方向性を考慮する必要性が明らかとなった。第3部では、応用的視点から在日留学生の適応と日本人ホストのNFの連関を検討し、研究の多様な応用可能性が探られている。

 結果として本論文は、これまでの対人的コミュニケーション研究の欠陥をつき、かつ高度な社会調査手法を通じてNFの両価性に関わる諸仮説の実証を果たしえている。仮に問題があるとすれば、それは常に流れゆく日常のコミュニケーションを一時点で切り取って検討する手法として社会調査手法がどこまで追いつけるかにあるだろう。これは今後の課題としておきたい。以上によって著者が研究者として十分な能力を有することが示されているので、本審査委員会は博士(社会心理学)の学位を授与するに値するものと判断する。

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