学位論文要旨



No 121991
著者(漢字) 宮坂,隆
著者(英字)
著者(カナ) ミヤサカ,タカシ
標題(和) Tobタンパク質複合体因子群の同定と機能解析
標題(洋)
報告番号 121991
報告番号 甲21991
学位授与日 2007.03.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2780号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 客員教授 服部,成介
 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 教授 伊庭,英夫
内容要旨 要旨を表示する

 高等生物における細胞の増殖・分化は、生命活動の維持や個体内の組織形成などに密接な関係があり、ヒトではその異常によって発癌や疾患、さらに奇形などが引き起こされる。したがって、細胞の増殖・分化が環境に応じて正常に制御されることは、生命活動を維持するために重要な要素となりうる。一方、細胞の増殖・分化を制御する因子はこれまで数多く同定され、解析されている。しかしながら、これらの既知の因子と機能によってすべての生命現象のメカニズムが説明されるわけではなく、現在もなお新たな因子が同定され、その機能についての知見が蓄積してきている。

 当研究室で注目しているタンパク質Tobは、アミノ末端における相同性からTob2、BTG1、BTG2、ANA、PC3Bとファミリーを形成しており、ファミリー間で特に相同性が高い領域としてAボックス、Bボックスの二つの領域を有している(図1)。すべてのTob/BTGファミリーメンバーは、NIH3T3細胞に過剰発現すると増殖抑制能を示す。したがって、ファミリーメンバー間で共通な細胞増殖抑制機構が存在すると推測される。現在までTobファミリーの結合因子がいくつか同定されており、特にCnot7/Caf1はすべてのTobファミリーメンバーと結合し、Tobファミリーに共通する分子制御機構の解明のための手がかりを提供すると考えられた。TobとCnot7/Caf1の会合体の結晶構造解析から、両者の会合に必要なTobタンパク質上の配列は、AボックスとBボックスに存在することが分かってきた。ところでCnot7/Caf1の酵母のホモログCaf1は、もともと転写制御に関わる因子として解析されていた。その後、酵母Caf1がmRNA分解に関わることも報告された。しかしながらTobファミリーとCnot7/Caf1の機能的な相関関係は、まだ明確になっていない。

 これら分子生物学的な研究と平行して、生物学的な研究成果も報告されている。当研究室によってtob遺伝子欠損マウスが作製され、Tobの個体レベルの役割が報告された。このマウスに観察されたOsteoblastの異常増殖による骨密度の上昇が、Tobの欠損が引き起こすSmad依存的な転写の異常亢進によることが明らかになった。また肝臓や乳房での腫瘍発生率の増加が観察され、tobが癌抑制遺伝子であることが示唆された。この腫瘍発生率の増加の一因として、tob遺伝子欠損マウスの肝臓でのcyclinD1 mRNAの過剰発現が確認された。同時に、TobがHDAC1をプロモーターへリクルートすることによってcyclinD1の転写を抑制することも解明された。他のグループからは、BTG2がDNA損傷に伴ってp53依存的に発現が上昇することで細胞周期の停止を引き起こすことや、TobがSmadのDNA結合能を増強しIL-2プロモーター活性を抑制することで、T細胞のAnergyに関わっていることなども報告されている。

 このようにTobファミリーの機能に関する情報が蓄積されてきたため、Tobの機能を解析するにあたって、視点の変化や解析手法の工夫が要求された。近年の技術進歩により、質量分析計を用いて興味あるタンパク質に会合する分子群を探索する方法は頻繁に用いられており、プロテオーム解析の一手法として有益な結果を導いている。そこで本研究ではこの手法を用いたTobに結合する複合体分子群の同定によって、Tobファミリーの細胞増殖抑制能の新しい機構を探索し、新展開を導くことを目指した。精製のために大量のタンパク質を要すると思われたため、浮遊培養によって大量の細胞を得ることが可能なHeLa.S3細胞株を選択した。

 HeLa.S3細胞への遺伝子導入によりFLAGタグ融合Tob(Tob-FLAG)を安定発現する細胞株を樹立した。得られたすべての細胞株は、親株やベクターのみを導入した細胞株に比べ増殖が遅かった。このことはTobがHeLa.S3細胞に対して細胞増殖抑制能を持つことを示しており、つまりHeLa.S3細胞内にTobによる増殖抑制に必要な分子群の存在が示唆された。次に、Tobが細胞内で複合体を形成していることを確認するために、HeLa.S3細胞から抽出したタンパク質をゲルろ過法によって分子サイズごとに分画した。それぞれの画分をウエスタンブロットした結果、Tob-FLAGが細胞内で約700kDaの複合体を形成していることが示された。また抗FLAG抗体を用いた免疫沈降によって精製されたTob-FLAG結合タンパク質を、銀染色法で検出した結果、Tobと複合体を形成する候補タンパク質が複数検出された。質量分析計を用いてこれらのTob複合体分子群を同定するために、約1×10(12)個の細胞から核抽出液を調整し、抗FLAG抗体を用いた免疫沈降によってTob複合体を精製した。次に過剰量のFLAGペプチドの添加によってTob複合体を抗体から解離させ、さらに抗Tobモノクローナル抗体による免疫沈降を行った。精製タンパク質を一次元電気泳動にかけCBBによる染色を行った結果、34本の明瞭なバンドが検出された(図2)。バンドを切り出し、トリプシン処理によるゲル内消化を行い、ペプチドを溶出した。これらをLC-MALDI-TOF/TOF質量分析計によってペプチドシークエンスした。この測定結果からMASCOT解析によってタンパク質を21種類同定した。

 同定タンパク質には、出芽酵母の研究によって転写制御やmRNA分解に関わることが知られているCCR4-Not複合体の構成分子群のヒトホモログが7種類含まれていた。具体的にCnot1、Cnot2、Cnot3、Cnot6-like(酵母CCR4ホモログ)、Cnot7/Caf1、Cnot9/Rcd1(酵母Caf40)、Cnot10(酵母Caf130)がそれにあたる。既知のTob結合因子Cnot7/Caf1が同定されたことは、本実験系の信頼性を示している。他にも、11種類のRNA結合タンパク質と2種類のRNAヘリケースも含まれていた。このことは、Tob複合体がmRNAの転写伸長、mRNAスプライシング、mRNA輸送など、mRNAプロセシングに関わる機能を有していることを示唆している。例えばCD44 mRNAのスプライシング制御に関わっているSam68も同定タンパク質に含まれていた。現在のところ、TobやCCR4-Not複合体がmRNAスプライシング制御に関わるという報告は無く、今後新規機能として確証されることが期待される。

 CCR4-Not複合体の構成分子群は下等生物や植物でも保存されている。中でもNot1を欠損した酵母細胞は唯一致死性を示す。このことはNot1が複合体中で唯一生存に不可欠な因子であることを示唆している。また酵母ツーハイブリッドアッセイやGSTプルダウンアッセイ、そして免疫沈降実験によって、Not1がCCR4-Not複合体分子群の足場として機能していることが推測されている。一方Tobのホモログは多細胞動物だけでクローニングされており、酵母には存在しない。したがって多細胞動物で特有な、CCR4-Not複合体の機能に対するTobの作用機構が存在すると考えられた。そこでTobのCCR4-Not複合体に対する作用を知るために、複合体で中心的な因子Cnot1の機能解析に焦点を絞った。Cnot1は電気泳動で約250kDa付近を示すタンパク質であり、NCBIデータベースより全長が2376アミノ酸残基からなることがわかっている。特に既知の機能ドメイン構造は見あたらないが、酵母、線虫、ショウジョウバエホモログのアミノ酸配列と比較すると、高度に保存されている領域が3ヶ所存在した。しかし、これらの領域がどのような機能を有しているかは不明である。

 Cnot1の過剰発現実験のために、全長のヒトcnot1 cDNAのクローニングを行った。Cnot1がTobやCnot7/Caf1との複合体形成を確かめるために、Cnot1、Tob、Cnot7/Caf1を過剰発現したCOS7細胞に対し、グリセロールグラジエント法を行った。その結果、これら三つのタンパク質が同じフラクションに存在し、つまり同じ複合体を形成していることが示された。さらにCnot1のTobやCnot7/Caf1との結合領域を決定するために、Cnot1欠失変異体を作製し、COS7細胞にTobまたはCnot7/Caf1と共発現させた。酵母Not1とCaf1の結合や、TobとCnot7/Caf1の結合が確認されていることからも、TobがCnot7/Caf1を介してCnot1に結合する可能性を想定していた。しかしながら、細胞抽出液を免疫沈降法とウエスタン法によって確認した結果、TobとCnot7/Caf1はCnot1上の異なる領域に結合することがわかった。この結果に加え、TobがCnot7/Caf1と直接結合することからも、これら三分子が複雑に結合しあい立体構造を形成していると考えられた。

 次にCnot1の細胞レベルでの機能を知るためにオリゴsiRNAのトランスフェクションによるRNAi法を行った。HeLa細胞においてCnot1の発現が抑制されると、細胞増殖が抑えられた。Cnot1は細胞増殖を正に制御するか、もしくは増殖に必須な因子であることが示された。上述のtob遺伝子欠損マウスの報告で、TobによるcyclinD1プロモーター活性の抑制がルシフェラーゼアッセイを用いて示されていた。そこでこの実験系をCnot1の過剰発現系に適用した結果、cyclinD1プロモーター活性の上昇が検出された。逆にCnot1をRNAi法によって発現抑制したときには、cyclinD1プロモーター活性が低下した。以上よりCnot1がcyclinD1プロモーターを正に制御する因子であることが示された。しかし、RNAiによってCnot1の発現を抑制させたとき、TobはcyclinD1プロモーター活性を抑制した。この結果からTobとCnot1におけるcyclinD1プロモーターの制御は互いに独立している可能性が示唆された。

 本研究をまとめると、(1)Tob複合体の構成分子としてCCR4-Not複合体構成分子群やRNA結合タンパク質群を同定した。(2)特にTobの機能を理解するために、酵母のCCR4-Not複合体中でも生存に不可欠なNot1のヒトホモログCnot1に注目した。(3)Cnot1はTobやCnot7/Caf1と同じ複合体を形成しているが、TobとCnot7/Caf1が結合するCnot1の領域は異なっていた。(4)RNAi法の結果から、Cnot1は細胞増殖の進行に関係する因子であった。(5)ルシフエラーゼアッセイによって、Cnot1がcyclinD1プロモーター活性を上昇させることが分かった。これらの結果をふまえ、今後Cnot1の発現を抑制しマイクロアレイをするなど、転写標的となりうる因子を探索し、Tobのマイクロアレイデータとの比較によって、機能的な関係が解明されることが期待される。また、Tob複合体中に複数のRNA結合タンパク質が存在したことからも、Tob複合体がmRNAの転写からタンパク質の翻訳までのmRNAプロセシングに関わっていることが推測された。TobやCnot1の過剰発現や発現抑制系によって、Tob複合体とmRNAの伸長、スプライシング、輸送、分解などとの関係を一つずつ検証していくことが重要と考えられた。

図1 Tobファミリーの模式図

N末端に相同領域が存在し、その中に特に相同性が高いAボックスとBボックス領域が存在する。各メンバーのアミノ酸数を右に示した。

図2 Tob複合体

抗FLAG抗体と抗Tob抗体によって精製され同定されたTob複合体因子群。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、癌抑制因子の候補であるTobの分子メカニズムを解明するために、HeLa.S3細胞からTobが形成する複合体を精製し、複合体に含まれるタンパク質群を質量分析によって同定したものであり、下記の結果を得ている。

1、大量培養が可能な浮遊系のHeLa.S3細胞を用い、Tob-FLAG安定発現細胞株を樹立した。その細胞株は、親株やMockプラスミドを導入したコントロール細胞株に比べ、増殖速度が抑制されていることが示された。

2、ゲルろ過によって、安定発現したTob-FLAGが、HeLa.S3細胞でタンパク質複合体を形成していることが確認された。特に、細胞を核と細胞質に分画した抽出液では、両画分における複合体の大きさに違いがあることが示された。

3、細胞増殖抑制活性をもつTobの機能や作用機構を詳細に解析していくために、抗体を用いたアフィニティー精製と質量分析法を組み合わせることによって、Tob複合体構成タンパク質群を同定した。これにより、TobとCCR4-Notタンパク質複合体との相互作用が示された。また、Tob複合体構成タンパク質としてRNA結合タンパク質群が同定されたことから、TobがmRNA代謝の制御に関わっていることが示唆された。他にも、TAB182を同定しており、Tobがテロメアの伸長の調節に関わっていることが示唆された。

4、CCR4-Not複合体中で、複合体形成の足場となることが推定されているCnot1について、RNAi法による解析を行った。その結果、Cnot1がHeLa細胞の生存に必須なタンパク質であることが示された。

5、COS7細胞を用いた免疫沈降実験によって、Cnot1のデリーションミュータントとの相互作用を調べた結果、Caf1/Cnot7は、酵母での報告と一致してCnot1のN末端側保存領域と相互作用することが示された。一方、Caf1/Cnot7と相互作用することからも、TobはCnot1のN末端側に相互作用することが推測されたが、TobはCnot1のN末端だけでなくC末端にも相互作用することがわかった。このことから、TobがCCR4-Not複合体と相互作用することによって、転写やmRNA deadenylationに関与することが推測された。

6、Tobを安定発現した細胞株では、EGFレセプターの発現がタンパク質レベルで低下していることが示された。ルシフェラーゼを用いたレポーターアッセイにより、TobがCnot7/Caf1と協調的に、mRNAの3'-UTRを介して、EGFRの発現を抑制している可能性が示唆された。

 以上、本論文は、これまで核で転写を制御していると考えられてきたTobが、CCR4-Not複合体を介して、転写ならびにmRNAプロセシングに幅広く関わり、細胞増殖を制御していることを提唱している。本研究は、転写制御ならびに、転写後のmRNAのプロセシングによる、細胞の増殖抑制メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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