学位論文要旨



No 121992
著者(漢字) 江川,長靖
著者(英字)
著者(カナ) エガワ,ナガヤス
標題(和) 膜型マトリックスメタロプロテアーゼ1(MT1-MMP)によるEMMPRIN(Extracellular matrix metalloproteinase inducer)の切断
標題(洋)
報告番号 121992
報告番号 甲21992
学位授与日 2007.03.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2781号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 服部,成介
 東京大学 助教授 大海,忍
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
内容要旨 要旨を表示する

 癌は多段階の癌遺伝子や癌抑制遺伝子の変異により発生し、脱分化・自律性増殖能、血管新生誘導能、浸潤・転移能をいった悪性形質を獲得し進展する疾患である。その中でも、浸潤・転移能は癌の悪性度を規定し、患者の生命予後を決定する重要な因子である。癌の浸潤・転移機構は、(1)原発巣からの離脱と細胞外基質(Extracellular Matrix,ECM)の分解を伴う組織内への浸潤、(2)脈管系への進入・侵出、(3)二次臓器への生着と増殖と行ったような段階を経て成立する。癌細胞は、組織内において周囲をECMに囲まれていることから、癌細胞の局所での増殖に続く周囲組織への浸潤に加えて、脈管内への侵入と侵出、遠隔臓器での生着と増殖といった複数の局面において、癌細胞によるECMの再構築−周辺環境の制御−は重要な役割を果すと考えられる。

 このECMを主な基質とする一群の酵素としてマトリックスメタロプロテアーゼ(matrix metalloproteinase;MMP)がある。MMPは活性中心に亜鉛イオンが結合する一群のエンドペプチダーゼであり、今日まで20数種が見出されている。MMPはコラーゲンやエラスチン、ラミニン、フィブロネクチンなどほとんどのECM成分に対して幅広い分解活性をもつ。多数の報告が、癌細胞によるMMPの活性亢進がECMを分解し癌細胞周辺の環境を改変することにより、癌の悪性化に関わる増殖・浸潤・転移能を促進させる可能性を示唆している。また、現在までに作製されているMMP欠失マウス、あるいはMMPを過剰発現させた改変マウスにおいてもMMPが癌の進展に寄与することを示唆する結果が得られている。このような結果は、癌の進展の際にMMPによるECM分解が重要な役割を果していることを示している。

 Membrane-type-1 MMP(MT1-MMP)はヒト線維肉腫細胞の細胞表面でMMP-2を活性化する因子として同定され、MMPの基本ドメインに加えてC末端側に細胞膜貫通部位をもつ膜型MMPとして報告された。MT1-MMPは、それ自体が直接広範なECM成分を分解することに加えて、基底膜の構成成分であるIV型コラーゲンの分解酵素であるMMP-2やMMP-13を細胞表面上で活性化する。これらのことを通して、MT1-MMPは細胞周囲の微小環境の制御を行い、癌細胞の増殖や浸潤・転移に関与していると考えられている。一方、近年MT1-MMPは、直接のECM分解に加えて細胞膜表面上で様々な機能分子と複合体を形成し、細胞表面の機能分子の制御を通して癌の浸潤・転移に深く関与する報告が多数ある。MT1-MMPは接着因子であるCD44と結合することにより運動先進部に局在し、CD44を限定分解することにより細胞移動を促進することが報告されている。加えて、MT1-MMPは運動先端部にてαvβ3インテグリンと結合、限定分解を加えることによりヴィトロネクチン上での運動性を亢進させることや、low density lipoprotein receptor-related protein 1(LRP;CD91)を限定分解することによりLRP1によるMMP-2の細胞内取り込みを抑制していることが報告されている。このように、MT1-MMPは、直接のECM分解に加えて細胞膜表面上で様々な機能分子の機能制御因子として細胞の機能に深く関与し、癌の浸潤・転移に深く関わる可能性を有する。したがって、MT1-MMPの生理的な基質となりうる膜蛋白質の同定は、癌の悪性化機構の理解に貢献すると考えられる。

 EMMPRIN(Extracellular matrix metalloproteinase inducer)は2つの免疫グロブリン様ドメインを持つ一回膜貫通型糖蛋白質である。EMMPRINは腫瘍細胞の細胞膜上に発現し近隣の間質細胞を刺激しMMP-1の発現を誘導する分子として同定された。EMMPRINは多くの癌組織において高い発現が認められており、MMP-1に加え、MMP-2、-3、-9、MT1-MMP、MT2-MMPの産生を誘導することが報告されている。今までの報告によると、EMMPRINは癌細胞の培養上精中にタンパク質分解酵素によるsheddingによって放出され、MMP誘導因子として機能することが知られている。この、sheddingは亜鉛のキレーターで抑制されることから、MMPを含むメタロプロテアーゼが関与していることが考えられる。しかし、EMMPRINのsheddingにおける、生理的な責任酵素、その切断部位については未知の部分が多い。EMMPRINの蛋白質分解酵素によるsheddingは、可溶性のEMMPRINを産生することに加えて、EMMPRINの膜上での機能制御、EMMPRINのターンオーバーにも重要な役割をしていると考えられている。そこで、今研究において我々はEMMPRINのタンパク質分解酵素によるsheddingについて詳細な検討を行ったので報告する。

 はじめに、線維肉腫細胞株HT1080、類上皮腫細胞株A431および胃癌細胞株TMK-1の3種類の癌細胞株を用いて、EMMPRINの発現および培養上清中へのsheddingを査定した。この際、MMPの発現および活性を促進することが知られているPMA(100nM)を加え、その影響を確認した。HT1080およびA431細胞においては、培養上精中に完全長のEMMPRINに加えて、分子量の小さな22kDaのEMMPRIN断片が検出された。以前の報告にあるような50kDa程度のEMMPRIN断片は検出されなかった。この22kDaのEMMPRIN断片のsheddingはPMA刺激によって増強され、MMPの合成阻害剤であるMMI270によって完全に抑制された。

 次に、この22kDa EMMPRIN断片のsheddingにおける責任酵素の同定を試みた。まず、生体内におけるMMPの阻害分子であるTIMP-1およびTIMP-2のEMMPRINのsheddingに与える影響を検討しところ、22kDa EMMPRIN断片のsheddingはTIMP-2によって抑制されるが、TIMP-1によっては抑制されないことが示された。この結果より22kDa EMMPRIN断片のsheddingにはMT-MMPsが関与している可能性が示唆された。続いて、22kDa EMMPRIN断片のsheddingにMT-MMPsの与える影響を検討したところ、MT1-MMPおよびMT2-MMP共発現で培養上清中に断片がsheddingされた。一方、他のMT-MMPの共発現ではEMMPRINのsheddingは誘導されなかった。次に、内在性のMT1-MMPおよびMT2-MMPが22kDa EMMPRIN断片のsheddingに与える影響をMT1-MMP、MT2-MMPに対するsiRNAを用いて評価した。その結果、MT1-MMPの発現低下によって22kDa EMMPRIN断片のsheddingが顕著に抑制され、MT2-MMPの発現低下によってもわずかに抑制された。これらの結果より、MT1-MMPが22kDa EMMPRIN断片のsheddingに関して主要な責任酵素であることが示された。

 次に、22kDa EMMPRIN断片のC末端を質量分析装置を用いて解析したところAsn(98)であった。加えてin vitroにおいてMT1-MMPがEMMPRINをAsn(98)-Ileにおいて切断することを示した。MT1-MMPによるEMMPRIN切断部位(Asn(98)-Ile)は、EMMPRINの二つある免疫グロブリン様ドメインのリンカー部位にあり、22kDa EMMPRIN断片はN端側の免疫グロブリン様ドメインを含む。この部位はMMP産生誘導能に必須であることから、sheddingされた22kDa EMMPRIN断片がMMP誘導活性を保持しているのか検討しところ、正常線維芽細胞に対してMMP-2産生誘導能を持つことが示され、EMMPRINはMT1-MMPによって、MMP誘導活性をもつ機能ドメインがsheddingされることが明らかとなった。また、A431細胞を用いた免疫染色の結果、MT1-MMPとEMMPRINはlamellipodiaにおいて共局在することが明らかとなり、そのような浸潤先端部位でMT1-MMPによるEMMPRINのsheddingが重要である可能性が示唆された。

 以上の結果から、細胞によるEMMPRINのsheddingの責任酵素として初めてMT1-MMPを同定した。EMMPRINはMT1-MMPによってAsn(98)-Ileで切断され、22kDaのEMMPRIN断片を遊離する。この22kDaのEMMPRIN断片はMMP誘導活性を持つことが示された。EMMPRINはMT1-MMPによるsheddingによってMMP誘導活性や細胞間相互作用に重要であるN端のIgドメインを遊離することが示された。このことは、可溶性のMMP誘導因子をMT1-MMP依存的に培養上精中に産生することに加えて、細胞表面の機能的なEMMPRINを減少させることとなり、EMMRPINの機能を負に制御する可能性も考えられる。このように、MT1-MMPはそれ自身のECM分解やMMP-2活性化に加えて、EMMPRINのsheddingを介してMT1-MMPが癌組織においてMMPの産生の制御を行っている可能性が示されたことは、MT1-MMPの浸潤・転移における多彩な機能を理解するうえで重要な所見であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は癌の浸潤や転移における細胞周囲微小環境の制御に重要な役割を演じていると考えられるマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の誘導因子であるEMMPRINのsheddingに関して、その責任酵素および切断部位の同定、切断の意義について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.細胞株HT1080およびA431細胞において、MMP依存的に新規のEMMPRIN断片(22kDa EMMPRIN断片)が培養上清中にsheddingされることを見出した。また、生体内におけるMMPの阻害分子であるTIMP-1およびTIMP-2の22kDa EMMPRIN断片のsheddingに与える影響を検討しところ、22kDa EMMPRIN断片のsheddingはTIMP-2によって抑制されるが、TIMP-1によっては抑制されないことが示された。この結果より22kDa EMMPRIN断片のsheddingには膜型MMP(MT-MMP)が関与している可能性が示された。

2.EMMPRINと6種のMT-MMPをそれぞれトランスフェクションし22kDa EMMPRIN断片のsheddingにMT-MMPの与える影響を検討した結果、MT1-MMPおよびMT2-MMPの共発現時において培養上清中に断片がsheddingされることを示した。続いて、MT1-MMPおよびMT2-MMPに対するsiRNAを用いて、内在性のMT1-MMPおよびMT2-MMPが22kDa EMMPRIN断片のsheddingに与える影響を検討した結果、MT1-MMPの発現低下によって22kDa EMMPRIN断片のsheddingが顕著に抑制された。これらの結果より、22kDa EMMPRIN断片のsheddingに関してMT1-MMPが主要な責任酵素であることが同定された。

3.シグナルペプチド直下にFLAG標識したEMMPRINを安定発現させ、MT1-MMPの共発現によってsheddingされた22kDa EMMPRIN断片を抗FLAG抗体を用いて精製した。この精製された22kDa EMMPRIN断片に脱糖鎖処理を加えたところ、22kDaから10kDaに分子量が変化し、22kDa EMMPRIN断片のコア蛋白質が10kDaであることが示された。次に、精製された22kDa EMMPRIN断片のC末端を質量分析装置を用いて解析したところAsn(98)であった。加えてin vitroにおいてMT1-MMPと予想される切断部位を含むペプチドを反応させ、そのペプチドの質量変化を質量分析装置を用いて解析した結果、MT1-MMPが直接EMMPRINをAsn(98)-Ileにおいて切断することが明らかとなった。

4.MT1-MMPによるEMMPRIN切断部位(Asn(98)-Ile)は、EMMPRINの二つある免疫グロブリン様ドメインのリンカー部位にあり、22kDa EMMPRIN断片はN端側の免疫グロブリン様ドメインを含むと考えられた。この部位はMMP産生誘導能に必須であることから、精製された22kDa EMMPRIN断片がMMP誘導活性を保持しているか検討しところ、正常線維芽細胞に対してMMP-2産生誘導能を持つことが示された。したがって、EMMPRINはMT1-MMPによって、MMP誘導活性をもつ機能ドメインがsheddingされ、可溶性のMMP誘導因子を産生することが明らかとなった。

以上、本論文はEMMPRINのsheddingに対する解析から、新規の22kDa EMMPRIN断片を見出し、そのsheddingの責任酵素としてMT1-MMPを同定した。加えて、そのMT1-MMPによる切断部位を同定し、sheddingされた22kDa EMMPRIN断片にMMP誘導能があることを明らかにした。本研究において、MT1-MMPがそれ自身のECM分解能やMMP-2活性化能に加えて、EMMPRINのsheddingを介してMT1-MMPが癌組織においてMMPの産生の制御を行っている可能性が示され、癌細胞周囲微小環境の制御におけるMT1-MMPの多彩な機能を理解するうえで重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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