学位論文要旨



No 121996
著者(漢字) 小林,克也
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,カツヤ
標題(和) 公的部門の効率化のインセンティブ : 日本の地方自治体と公企業
標題(洋)
報告番号 121996
報告番号 甲21996
学位授与日 2007.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第215号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 経済理論専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 柳川,範之
 東京大学 教授 井堀,利宏
 東京大学 教授 松井,彰彦
 東京大学 助教授 澤田,康幸
 東京大学 助教授 松村,敏弘
内容要旨 要旨を表示する

 本稿では、公共部門、とりわけ日本の地方自治体と公企業の効率化のインセンティブの問題に焦点を当て、理論分析をした。具体的には、地方自治体自身の効率化のインセンティブの問題、現行の地方自治体・中央政府間の関係が地方自治体の効率化のインセンティブにどのような影響を与えるのかに関する問題、公企業の効率化のインセンティブの問題の3点について分析した。

 公共部門の中でもこれらの部門の効率性が重要となるのは、次のような背景があるからである。日本の政府(中央政府と地方自治体)は、1990年代の度重なる景気対策の影響もあり、財政支出を拡大させてきた。その結果、国債と地方債、交付税特会借入金残高の合計は、2004年度の見込額で675兆6681億円に達している。この他、政府が設立した公企業部門が抱える負債が加わるので、その合計はさらに大きな額となる。10年前の1994年度決算での同じ合計額が294兆4921億円であったので、約2.3倍に増加していることになる。だが、どんなに負債の額が大きくなったとしても、公共設備が整備されて現役世代と将来世代が享受できる便益が等しく、かつ、現行の税率を維持したまま、将来、元利償還費を賄うことができるならば問題とならない。なぜならば、この場合、現役世代と将来世代間で受益と負担は一致し、この意味で社会的に望ましいからである。しかし、現在の負債水準は、現行税率では賄いきれないことが先行研究で指摘されている。このような状態では、政府は国民への公共サービス水準をできる限り低下させることなしに、歳出を削減することが特に必要となってくる。つまり、公共部門の効率化をいっそう図る必要がある。そして、このことを実際に認識し始めた中央政府は、政府部門の効率化への取り組みを始めている。

 この取り組みの中心は、中央政府と地方自治体間の望ましいあり方は何かということである。従来、日本の財政システムは中央集権的であったといわれるが、効率的な政府の構築のために、現在、地方分権が推し進められている。だが、地方自治体への権限委譲が本当に効率的な政府の構築へ繋がるのかについては、国内外の研究蓄積を参考にしながら、理論分析される必要がある。さらに、従来の財政システムがなぜ非効率的なのかについても明らかにされる必要がある。また、政府部門は中央政府と地方自治体だけではない。これらが設立した公企業が多数存在する。この公企業も含めての効率化が最終的に求められている。

 このような背景を踏まえ、本稿では次のように分析をした。第1章では、関連する国内外の先行研究についてサーベイをした。第2章では、分権的な地方自治体に効率化のインセンティブが本当に生じるのかどうかについて分析をした。第3章では、中央政府と地方自治体間の主要な移転制度である地方交付税が地方自治体の効率化のインセンティブについてどのような影響をあたえるのかを分析した。第4章では、公企業への官僚の再就職が公企業の効率性にあたえる影響について分析をした。

 公共部門の効率化に関する先行研究については、公共財配分の効率性から政府組織の効率性まで多様な切り口がある。このことを踏まえて、第1章では(1)外部性や情報の非対称性、政府内部のガバナンスに関する分析、(2)垂直的および水平的政府間関係に関する分析、(3)ソフトな予算制約の問題の分析に分けてサーベイをした。

 (1)では、まず外部性の内部化について、ピグー税は完全情報下でも必ずしもパレート効率的資源配分は達成できないことを示したRequateの分析を紹介した。また、政府と企業間で情報が非対称の場合の公共契約について分析したLaffont & Tiroleモデルや望ましい政治機構について分析したMaskin & Tiroleのモデルについて考察した。これらは、市場の失敗の補正をする政府の役割が必ずしもうまく機能しないということを明らかにし、その解決策を探るための基礎となる研究である。

 (2)では、地方自治体と中央政府、地方自治体間で戦略的関係があるとき、効率性が達成されるかどうかを分析した研究について考察した。具体的には、住民移動がある場合、地方公共財供給の効率性や資源配分の補正のための再分配政策の効率性、課税の効率性は達成されるか否かについてである。諸研究から、分権的な仕組みは、効率性を達成するとは限らないことが明らかにされている。また、分権による失敗を補正する手段としての中央政府の介入は、介入のタイミングに大きく依存し、失敗すると介入がないときよりも資源配分の歪みを招きかねないことが明らかにされている。

 (3)では、地方自治体と公企業についてソフトな予算制約の問題の観点からサーベイした。地方自治体におけるこの問題を分析したWildasinモデルでは、中央政府による補助金制度があると地方自治体に過剰支出を促してしまうことを明らかにしている。同様のことが公企業についてもいえ、政府(中央政府)の介入が、介入を受ける側に過度な支出を呼び込むことがいくつかの研究で明確になっている。

 第2章では、住民移動が存在する場合における地方自治体の費用削減努力のインセンティブについて理論分析をした。ここでは、自地域の代表的個人の効用最大化を目的とする地方自治体の場合と、自地域の住民の効用和の最大化を目的とする地方自治体の場合とに分けて分析をした。前者では、従来の研究結果と比べることにより、地方自治体の費用引き下げはどのような意味を持つのかを明らかにした。後者は、自地域の経済規模の最大化を意味し、この場合、前者の結果がどう変化するのかを明らかにした。

 地方自治体の費用引き下げ行動は、従来の研究における補助金による中央政府の介入とほぼ同じ効果を持つ。このことは、社会的に費用のかかる補助金制度よりも、地方自治体の費用引き下げに任せた方が社会的には望ましい可能性があることを意味する。また、最も高い効用が得られる地域に居住したい住民の移動があると人口分布に過疎地域と過密地域が生じる場合がある。このとき、住民の効用和の最大化を目的とした地方自治体を考えた場合、費用引き下げのインセンティブが過密地域の地方自治体にいつもあるとは限らないことが明らかになった。なぜならば、過密地域では、費用引き下げにより個人で得られる効用が上昇するために人口流入を招き、混雑現象を悪化させてかえって余剰を下げてしまう効果が強く働くからである。そしてこの現象は、費用引き下げのための投資(努力)費用が0の下でも起こり得る。さらに過疎地域と過密地域が混在する場合、過密地域の地方自治体に費用引き下げのインセンティブがあるときは、人口分布の歪みの悪化を招き、社会全体からみて望ましくないという結果が得られた。このことは、中央政府が全ての地方自治体に行政サービスの効率化を促すことは社会的にいつも望ましいとはいえないことを示唆するものである。

 第3章では、中央・地方ともに社会厚生最大化を目的とする善意の政府(benevolent government)の場合でも、地方交付税は地方自治体に「ソフトな予算制約」の 問題を発生させることを理論的に明らかにした。このことは、社会厚生の主体そのものである地域住民が地方自治体の非効率的な財政運営を強く望んでいることが明確化されたことを意味する。

 ソフトな予算制約の問題とは、地方自治体が財政破綻に直面した際、中央政府による救済を事前に期待するために、地方自治体の財政運営が非効率的になってしまうという問題である。このような問題が生じるのは理論的には次のような構造があるからである。中央政府が社会的に最適に供給する公共財は、各地方自治体にとっては過剰供給となっている。このため地方自治体は、中央政府の公共財供給よりも補助金を好む傾向がある。これは事前に中央政府の財源を必要最低限なものに絞ったとしてもソフトな予算制約の問題は回避されないことを意味する。

 また、中央政府の裁量的財源が大きいほど地方の努力の誘因は阻害される。この問題を避けるためには、地方の財源を増大させるとともに、地方公共財について費用面での技術革新(cost innovation)を実現することによって、努力を怠ることの機会費用を大きくする必要がある。

 第4章では、官僚の天下りがもたらす社会的な費用について、ホールドアップの概念を用いて分析を行った。日本では官僚の民間企業への再就職は制限されているが、公企業などの非営利組織へは制限がない。一般にこれらの組織は、市場では供給されない財を生産するという目的を持つために政府が補助金投入をしなければ経営が困難である。このことを背景に多くの官僚がこれらに再就職(天下り)をしている。この関係は官僚とこれら組織間の補助金支給と天下りの受け入れという暗黙の取引契約と解釈できる。つまり、天下りは受入先の生え抜き経営者が本来得られる利得を退官した官僚が一部を得る現象と見なせる。このため天下りには受け入れ側の経営努力のインセンティブが低下するというホールドアップの問題が存在し、これは天下りのもたらす費用と考えられる。したがって議会には、補助金の予算の大きさと、官僚と経営者におけるの交渉力との相関関係の程度によって予算を変えて行くことが社会的に求められる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、公共部門、特に日本の地方自治体と公的企業に関して、重要だがしばしば見過ごされがちな効率化のインセンティブという側面に焦点をあてて理論分析を行った意欲的な論文である。その中でも特に、地方自治体や公的企業が行う技術革新や経営効率化のインセンティブが、さまざまな制度設計の仕方によって、どのように影響を受けるかという点が議論されている。より具体的には、過去の文献を丁寧にサーベイした後で、分権的な制度となった場合に、地方自治体に運営を効率化させようというインセンティブがどこまで働くかを、住民移動等も考慮して厳密に分析している。また、中央政府と地方自治体間の主要な移転制度である地方交付税が地方自治体の効率化インセンティブにどのような影響があるかを検討している。さらには、官僚の天下りがもたらす社会的費用についてもホールドアップ問題という概念を用いて議論している。

 このような問題は、現実の制度設計や地方分権のあり方を考えていくうえでは、とても重要な課題であり、その点を厳密な形で理論分析を行っている点で本博士論文は高く評価されよう。

 本論文の構成は以下のようになっている。

第一章 概観

第二章 The incentive for reducing the expenditures in local governments and resident migration (地方自治体の技術革新のインセンティブと住民移動)

第三章 地方交付税制度と地方自治体の財政運営

 ―裁量的財源がもたらすソフトな予算制約―

第四章 官僚の天下りがもたらす費用

 なお、第三章の基となった論文は、『国民経済』という査読つきの雑誌に、第四章の基となった論文は、『研究年報経済学』という査読つきの雑誌に掲載されている。

各章の内容の要約・紹介

 各章の内容を要約・紹介すると以下のようになる。

 まず、第一章では、本論文全体を通ずる問題意識の概観が行われており、重要な問題点となるポイントの説明と過去の文献のサーベイが行われている。本博士論文の基本的な問題意識は、地方分権のあり方はどのようにあるべきかという点にある。従来、日本の財政システムはかなり中央集権的であったが、効率的な政府の構築をはかるために、現在地方分権が推し進められている。しかし、地方自治体への権限委譲が本当に効率的な政府の構築につながるのかどうかは、慎重な理論分析が必要であると主張されている。

 第一章では、このような問題意識に基づいて、(1)外部性や情報の非対称性を視点とした政府内部のガバナンスに関する分析、(2)垂直的および水平的政府関係に関する分析、(3)ソフトな予算制約の問題に関する分析、の三つに分けて過去の文献サーベイを行っている。

 (1)の点については、外部性が発生する場合にはピグー税は完全情報下でも必ずしもパレート効率的な資源配分が達成できないことを示した論文が紹介され、政府と企業との間に情報の非対称性が存在する場合の政府調達の問題や望ましい政治機構のあり方等についての文献が紹介されている。

 (2)については、地方自治体と中央政府の間に、あるいは地方自治体間で戦略的な関係が存在する場合に、効率性が達成されるのかどうかについて文献が紹介され、議論が説明されている。また、(3)については、地方自治体と公的企業について、たとえば中央政府による補助金制度があると地方自治体が過剰な支出を行ってしまうなどのソフトな予算制約問題が生じるとし、それらについての文献が紹介されている。

 これらの文献は、いずれも第二章以降で本論文が詳細に検討している問題と密接に関連するトピックスを取り上げているものであり、文献サーベイであると同時に第二章以降に対する適切なイントロダクションになっている。

 第二章では、第一章で行われた問題意識の提示を受けて、地方自治体の費用削減インセンティブの問題を扱っている。地方自治体においても、さまざまな工夫をすることによって、公共投資の効率性を高め、より少ない支出で投資を行うことが可能になる。本章で焦点をあてているのは、このような費用削減努力のインセンティブがどのような要因によって影響を受けるのか、そしてそれが最適なものになりうるのか、という問題である。

 この章では、地方間で住民移動が起こる可能性を明示的に考えたうえで、費用削減努力のインセンティブを考えている。地方間での住民移動の可能性は、地方財政の研究分野では重要なセットアップであるが、費用削減インセンティブも合わせて考えることにより、モデルはより含意のあるものになっている。

 結果としては、そもそも人口過密地域の地方自治体の場合には、費用引き下げのインセンティブが常にあるとは限らないことが示されている。また、パレート効率的な努力水準が均衡となる十分条件も示されており、一般的な命題にも応える構成になっている。

 第三章では、地方交付税が地方自治体に対して「ソフトな予算制約」の問題を生じさせているのか理論的に検討している。ここで、ソフトな予算制約とは、地方自治体が財政破たんに直面した場合には中央政府による救済が行われることを事前に予測すると、地方自治体の財政運営が非効率的になってしまう問題である。

 本章の特徴は、たとえ中央・地方ともに社会厚生最大化を目的とする「善意の政府」の場合でも、ソフトな予算制約の問題が発生することを明らかにしたことである。

 また、事前に中央政府の財源を最低限なものに絞ったとしてもソフトな予算制約の問題は回避されないことが示されている。さらに、中央政府の裁量的財源が大きいほど地方の努力に対するインセンティブは阻害されることも示されている。

 第四章では、官僚の天下りがもたらす社会的費用について、ホールドアップ問題という概念を用いて分析を行っている。一般に天下りを受け入れているような公的企業では、政府が補助金を投入しなければ経営が困難になるという構造も持っている。

 この点を考えると、政府と公的企業とは、補助金支給と天下りの受け入れという取引契約を暗黙に行っていると解釈することができるとこの章は主張している。その結果、受け入れ先の生え抜き従業員は経営者として本来得られる利得を、天下り役員に取られてしまっている。これは、受け入れ側企業の従業員の経営努力インセンティブを低下させるというホールドアップ問題が生じているというのが、この章の基本的なメッセージである。

 さらに本稿の理論モデルを裏付ける事例として、付録で静岡市の事例が紹介されている。これは、自治体が天下りを受け入れる代わりに、官僚は予算の裁量を使って優先的に建設予算を配分しているという新聞記事の事例であり、本章で議論されている理論モデルにかなり整合的な内容になっている。

論文の評価

 本論文がとりあげたテーマは、わが国の財政や地方自治の問題を考えていくうえで非常に重要なトピックスであり、また、学術的にも、国際的にみて注目度の高い研究分野である。したがって、本論文のテーマは、学術的にみてもあるいは実態経済の面からみても、重要性の高いものであり、それに対して、正面から取り組んだ本論文の分析は高く評価できる。

 より具体的には以下の点について本論文には独創的な貢献が認められる。まず、第一章については、効率化のインセンティブという切り口から、今までの地方財政あるいは地方自治体に関する研究を手際よくまとめた的確なサーベイが行われている。そこでは地方自治体にとっては、そもそも資源をより効率的な活用しようというインセンティブがどの程度あるのか、また中央政府と地方自治体との関係はそのインセンティブに対してどのような影響を与えるのか、あるいは公的企業の場合には、効率化のインセンティブはどのようになるか等、現在の地方分権の問題を考えるうえで重要なポイントが議論されており、それらの問題に関する適切なサーベイが行われている。

 第二章は、本博士論文の中心的な章であり、地方自治体の費用削減インセンティブという問題を軸に詳細な理論分析が行われている。住民の地域間移動も考えたうえで、このような費用削減インセンティブの問題を考えることは、極めて現実的かつ学術的にも重要な研究課題である。が、多様な問題がそこに含まれてしまうため、理論モデルがどうしてもかなり複雑になってしまう。本章では、この点をうまく解消して理論モデルを組み立てており、手際よく結論を導いている。この点は、本博士論文の重要な貢献のひとつと考えられる。

 また得られる結論は、地方自治体がどのような目的関数を持って行動をしているのか、あるいはどのようなタイミングで意思決定が行われるのかに応じてかなり変わってくる可能性がある。この点についても本論文は詳細かつ緻密な検討を行っており、この問題に関して一般的な含意が得られるような論文構成になっている。

 第三章では、地方交付税とソフトな予算制約という、現在のわが国にとって重要な問題に関しての理論研究が行われている。一般的には、潤沢に交付金を与えてしまうと財政規律を緩めてしまうという論理は極めて直観的なものであろう。しかし、効率性改善のための努力水準の選択や、国家公共財、地方公共財の供給を明示的に考えた場合に、地方交付税がどのように公共財供給やインセンティブに影響を与えるのかは、まったく自明なことではない。本章は、この点を厳密な形で理論分析を行っており、高く評価されるべきポイントであろう。

 地方交付税のような裁量的補助金は、たとえ中央政府や地方自治体が全て社会厚生最大化を目的としている場合でも、地方自治体にソフトな予算制約の問題を生じさせるという結論は、裁量的補助金の問題点を鋭くし指摘している点においても、意義のある結論である。また、この理論分析から導かれる現実的な解決策も検討しており、この点においても、本章の分析は重要な貢献をしていると考えられる。

 第四章では、官僚の天下りがもたらす費用を考察しているが、政府と天下り受け入れ企業との間の暗黙の長期的取引契約関係として捉えている点に大きな特徴がある。このように捉えることによって、企業内で得られるレントの配分が天下りによってどの程度歪められているかを理論的に分析することが可能になる。その結果、受け入れ側の経営努力が低下するというホールドアップ問題が生じることを明らかにしているが、この点についても、天下りの問題点のひとつを浮かび上がらすことに成功しているという点から評価できるものだろう。

 このように本博士論文は地方自治体の問題や公的企業の問題を理論的に厳密な形で分析を行った優れた博士論文であるが、改善しうる点が、残されていないわけではない。まず現実との対応関係をより明確にすることあるいはこの理論的結果を利用した実証的分析を行っていくことは、この論文で得られた結論をより説得的にしていくうえで必要なことであろう。たとえば、第四章で議論されているようなホールドアップ問題により経営インセンティブの低下が実際にどの程度おきているのか実証的に検証していくことは、困難ではあるが重要な課題であろう。また、理論的結論の頑健性についても、もう少し検討の余地はある。たとえば第二章で行われている理論分析は、かなり複雑な構造を持った理論モデルによって導かれているものであるが、さまざまな検討を行っており、ここで得られた結論がある程度一般性をもつことは明らかにされている。しかし、モデルの設定を変えた場合にどの程度結論が有効なのかはやはり、にわかには判断しにくい。よって、より一般的なモデルで検討を行い、得られた結論の頑健性をさらに確かめていく作業は意義のあるものだろう。しかしながら、これらの点はいずれも今後の更なる研究の発展を示唆するものであり、本論文の価値を損なうものではないと考えられる。

 以上の点により、審査委員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位授与に値するものであると判断した。

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