学位論文要旨



No 122007
著者(漢字) 森田,智
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,サトシ
標題(和) 開発途上国における援助事業の評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 122007
報告番号 甲22007
学位授与日 2007.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3089号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相良,泰行
 東京大学 教授 井上,真
 東京大学 教授 黒倉,寿
 東京大学 教授 鈴木,宣弘
 東京大学 教授 生源寺,眞一
内容要旨 要旨を表示する

 1980年代後半以降、開発援助における「評価」の役割が、開発援助委員会(DAC)加盟国間で論じられてきた。特に近年、援助供与国において「援助疲れ」の現象が見られる中、「評価」が援助の質の向上の問題と関連づけされ、活発な議論の的となっている。二国間・多国間を含む援助供与機関では、それぞれの援助政策または評価方針に基づき、これまで独自の運営・評価システム及び手法を開発・採用してきた。1990年代半ば以降、多くの機関において結果重視マネジメント(RBM)の導入が急速に進み、事業運営に結果重視の指向が取り入れられている中、業績測定の重要性に焦点が当てられるようになるとともに、評価の役割も大きく変わりつつあり、従来の評価体制及び手法の様々な問題点が指摘されている。そうした状況を勘案し、本研究の目的は、国内外の援助供与機関における事業運営のあり方と評価体制及び手法の現状を踏まえ、その問題点を再整理するとともに、評価の機能強化に関する改善案として、評価の機能と役割に着目した汎用性及び実用性の高い評価モデルを提唱することにある。

 本研究では、まず第1章の緒論において、評価に係る概念整理と問題提起を行った。第1部を構成する第2〜4章では主に、政府開発援助(ODA)評価に係る諸要因について現状分析及び問題点の整理を試みた。次に、第2部を構成する第5〜7章では、国内外の援助供与機関が開発途上国において実施する、社会開発分野及び教育分野における事業を扱った事例研究を通じ、それぞれ異なる特徴を備えた新たな3つの評価モデルの構築を試みた。以下、各章における主な要点について述べる。

 第2章では、まず海外におけるRBM導入の先行事例として、USAID、CIDA、AusAIDの3つのドナー機関を中心に、RBM導入の特徴及び組織における業績測定の意義と役割について整理した。次に、ドナー機関全般において現在広範に適用されているプログラムセオリー評価の理論や手法、及び利点と課題について分析を行い、評価の意義と役割について整理した。分析結果によると、評価に係る主要な課題として、ドナー機関での評価においてはプロジェクトレベルでのプログラムセオリー評価が主流であり、実際の評価実施においてプログラムセオリーの考え方や手法が適切に適用されておらず、結果として適切な分析が行われていない点、プログラムレベルでの評価手法が未だ確立されていない点等が判明した。今後、開発援助の現場における既存の評価手法の適用方法の改善を図るとともに、評価手法および理論面ではプログラムレベルにおける評価手法の開発に取り組むことが、開発援助の評価において急務である点が明らかとなった。

 第3章では、まず日本の行政改革の一環として導入された政策評価制度とその導入の現状について概観し、プログラムセオリーの観点から同制度の問題点について整理した。次に、ODAにおける政策評価導入とODA政策のあり方、そして独立行政法人化後のJICAの事業実施体制及び近年のODA改革の動向等について扱い、プログラムセオリーの観点からそれぞれの課題について整理した。分析結果によると、ODA事業への政策評価導入においては、政府による具体的な政策の明示化及び個別のODA事業に係る政策体系の提示が重要となり、その前提としてプログラムセオリーに基づいた新ODA大綱、新ODA中期政策、国別援助計画の体系化及び再整備が早急に望まれる点が明らかとなった。特に、ODAの主な実施機関の一つである国際協力機構(JICA)においては、独自に策定している国別事業実施計画と、上述した国別援助計画との整合性がとれている必要があるのに加え、今後のODAの業務の一元化とJICAへの統合に伴い、組織としての戦略計画の策定、及び開発課題と国別事業実施計画の整備・改善により、組織の事業全体における政策体系とその中での「目的(成果)-手段(活動)」の因果関係が明確化された上で、個別の活動またはプロジェクトの位置づけを捉え直すことが重要となる。

 第4章では、日本のODAの中でも技術協力に焦点を当て、まずはJICAにおける事業スキームの改善に関する事例研究を通じ、近年の独立行政法人化に伴う業務の再編成によるスキームの変化とその意義について整理した。次に、JICAにおける事業評価手法の現状について概観し、評価に係る課題について整理した。JICAのプロジェクトレベル評価においては、既に手法や評価基準等がある程度確立され、組織としてある一定の経験の蓄積がある。他方、プログラムレベル評価においてはその体制や手法等に関して未だ確立されておらず、現在も試行段階にある点が判明した。さらに第4章では、JICAにおける評価実施体制及び評価結果の活用状況についても整理を行った。JICAではこれまで、評価に関する経験が蓄積されてきた一方で、事業評価の結果が組織全般において十分に活用されてこなかった状況が明らかとなっており、貴重なリソースの有効活用が大きな課題となっている。

 以上、第2〜4章における主な分析結果を集約すると、開発援助における事業評価に係る主要な課題として、(1)プログラムセオリーに基づいた評価の機能強化の必要性、(2)施策またはプログラムレベルでの評価モデル構築の重要性、(3)分野別での評価ガイドライン整備の重要性、(4)評価結果の有効活用の必要性、が明らかとなった。これらの点に基づき、本研究では以下の3つの事例研究を行った。

 第5章では、行政活動としてのODA事業の国民に対するアカウンタビリティの遂行に寄与することを目的とし、JICAがインドネシアで実施した社会開発プロジェクトを対象に、事例研究として実施した二次的な評価調査を基に、JICAにおいてこれまでに蓄積された事業報告書の活用を通じて、一般市民が行政活動に能動的に参画し、行政側の今後の政策形成に影響を与え得る一つの手段となり得る評価モデルとして、「プロジェクト二次評価」の新たな枠組みを提示した。本手法では、情報収集の対象が主に既存資料となるため、評価実施のコストを低く抑えることが可能となる。また本手法は、評価者が自らの興味に基づいて、外部から制約を受けない自由な立場や視点から主体的に評価を実施できるといった、従来の評価手法とは異なる可能性を有する。本手法の適用による二次評価は他の公益事業においても有効であり、事業主である行政側に対して、納税者としての市民への情報開示の責任を明確にし、行政事業に関するアカウンタビリティの担保を促す。また、サービスの受益者である市民に対して、行政活動に積極的に参画する一つの手段を提示するとともに、二次評価の実施を通じて市民の公正かつ厳格な目が行政事業に向けられ、またその評価結果の公表により、行政の政策形成における市民の発言力が拡大され得る。これらの相乗効果により、行政事業の透明性の向上と効率化がもたらされ、健全な行政活動の発展につながることが期待され、本手法は政策提言の有効なツールとなり得る。

 第6章では、近年の開発援助における分野別の評価ガイドライン及び指標の再整理の必要性を背景として、開発途上国における教育援助の中でも複数の学校建設事業案件を事例研究の主な対象として扱い、途上国政府の取り組みの一例として特にインドネシアの事例に焦点を当てつつ、評価モデルとして評価ガイドライン策定のための調査・分析手法の基本的枠組みを提示した。近年では教育援助の総合化の動きがJICAを含む複数のドナー機関において急速に広まっており、学校建設事業に関しては今後、単体での実施が減少し、教員研修やカリキュラム開発、学校運営等の複数のコンポーネントと併せる形で支援が実施されることにより、教育的効果の確保を図る試みが拡大することも考えられる。こうした援助のプログラム化へのシフトは教育分野のみに限ったことでは決してなく、他の分野においても同様の動きが急速に進みつつある。そうした中、援助評価における関心がプロジェクトレベルからプログラムや政策レベルに急速に移行しつつあるとともに、効率かつ効果的な事業評価を実施していくためにも、分野別での業績指標の収集と評価ガイドラインの整備が急務となり、またガイドラインの策定を通じて当該分野での評価実施に係る有用な示唆を得られることから、本手法は非常に有効となる。

 第7章では、現在の開発援助評価において、効果的なプログラムレベルでの評価手法の開発・確立が緊急の課題となっている点を背景に、援助対象国の特定セクターにおいて各ドナー機関が実施する援助事業の効果を、中長期的な視点から明確かつ客観的に提示する方法を提示することを目的とし、インドネシアの初中等教育セクターにおいて1990年以降、中央集権体制の下でドナー機関が実施した援助事業全般を対象とした事例研究を通じ、新たな評価モデルとしてセクターレベルでのインパクト評価の新たな枠組みを提示した。本手法では、ある一国の特定セクターで様々なドナー機関が実施する全ての援助事業が、より高次のアウトカムレベルにおいて及ぼす中長期的効果としてのインパクト発現の是非を、中長期的な視点から明確かつ客観的に提示することが可能となる。また本手法は、ドナー機関がある程度集中的に援助事業を実施しているセクターであれば、任意の対象国において適用可能と考えられる。また、本手法を用いた評価から導出された結果においては、中長期の視点から当該セクターに係る広範な事項が含まれ得る点を勘案すると、当該国政府の当該セクターに係る政策及びドナー機関の援助政策の立案・形成への提言を行うのにも、本手法は非常に有効となる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、国内外の援助供与機関における事業運営のあり方と評価体制及び手法の現状を踏まえ、その問題点を再整理するとともに、評価の機能強化に関する改善案として、評価の機能と役割に着目した汎用性及び実用性の高い評価モデルを提唱した。具体的には、国内外の援助供与機関が開発途上国において実施する、社会開発分野及び教育分野における事業を扱った3つの事例研究を通じ、それぞれ異なる特徴を備えた新たな3つの評価モデルを提唱した。以下、各モデルの主な要点について概説する。

 第一のモデルとして、国際協力機構(JICA)がインドネシアで実施した社会開発プロジェクトを対象とした二次的な評価調査を基に、JICAにおいてこれまでに蓄積された事業報告書の活用を通じて、一般市民が行政活動に能動的に参画し、行政側の今後の政策形成に影響を与える一つの手段として、「プロジェクト二次評価」の枠組みを提示した。本手法では、情報収集の対象が主に既存資料となるため、評価実施のコストを低く抑えることが可能となる。また本手法は、評価者が自らの興味に基づいて、外部から制約を受けない自由な立場や視点から主体的に評価を実施できるといった、従来の評価手法とは異なる可能性を有する。本手法の適用による二次評価は他の公益事業においても有効であり、事業主である行政側に対して、納税者としての市民への情報開示の責任を明確にし、行政事業に関するアカウンタビリティの担保を促す。また、サービスの受益者である市民に対して、行政活動に積極的に参画する一つの手段を提示するとともに、二次評価の実施を通じて市民の公正かつ厳格な目が行政事業に向けられ、またその評価結果の公表により、行政の政策形成における市民の発言力が拡大され得る。これらの相乗効果により、行政事業の透明性の向上と効率化がもたらされ、健全な行政活動の発展につながることが期待され、本手法は政策提言の有効なツールとなる点を確認した。

 第二のモデルとして、開発途上国における教育援助の中でも複数の学校建設事業案件を事例研究の主な対象として扱い、途上国政府の取り組みの一例として特にインドネシアの事例に焦点を当てつつ、評価ガイドライン策定のための調査・分析手法の基本的枠組みを提示した。近年では教育援助の総合化の動きがJICAを含む複数のドナー機関において急速に広まっており、学校建設事業に関しては今後、単体での実施が減少し、教員研修やカリキュラム開発、学校運営等の複数のコンポーネントと併せる形で支援が実施されることにより、教育的効果の確保を図る試みが拡大することも考えられる。こうした援助のプログラム化へのシフトは教育分野のみに限ったことでは決してなく、他の分野においても同様の動きが急速に進みつつある。そうした中、援助評価における関心がプロジェクトレベルからプログラムや政策レベルに急速に移行しつつあるとともに、効率かつ効果的な事業評価を実施していくためにも、分野別での業績指標の収集と評価ガイドラインの整備が急務となり、またガイドラインの策定を通じて当該分野での評価実施に係る有用な示唆を得られることから、本手法は非常に有効である点が明らかとなった。

 第三のモデルとして、援助対象国の特定セクターにおいて各ドナー機関が実施する援助事業の効果を、中長期的な視点から明確かつ客観的に提示する方法を提示することを目的とし、インドネシアの初中等教育セクターにおいて1990年以降、中央集権体制の下でドナー機関が実施した援助事業全般を対象とした事例研究を通じ、セクターレベルでのインパクト評価の新たな枠組みを提示した。本手法では、ある一国の特定セクターで様々なドナー機関が実施する全ての援助事業が、より高次のアウトカムレベルにおいて及ぼす中長期的効果としてのインパクト発現の是非を、中長期的な視点から明確かつ客観的に提示することが可能となる。また本手法は、ドナー機関がある程度集中的に援助事業を実施しているセクターであれば、任意の対象国において適用可能である。本手法を用いた評価から導出された結果においては、中長期の視点から当該セクターに係る広範な事項が含まれ得る点を勘案すると、当該国政府の当該セクターに係る政策及びドナー機関の援助政策の立案・形成への提言を行うのにも、本手法は非常に有効となる点が明らかとなった。

 これらの結果より、本研究で新たに提唱した3つの評価モデルは、従来の評価体制及び手法の様々な問題点を解決するものであることが実証され、評価の機能の拡充と援助事業の質の向上に寄与するのみならず、事例研究で扱った以外の国や分野においても適用可能であることが確認された。以上の審査結果から、審査委員一同は本論文の学術的な独創性と実用的な有用性を高く評価し、博士学位論文として価値あるものと認めた。

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